Netflixのターゲットは、日本のTVドラマが切り捨てた”おじさん達”だった…昭和・裏社会ドラマばかりがヒットしてしまう「日本市場の特殊性」

かつて視聴率の女王として芸能界に君臨した占い師・細木数子氏の半生を描いたNetflixのオリジナルドラマ『地獄に堕ちるわよ』が話題だ。

『全裸監督』に始まり、『地面師たち』『極悪女王』『九条の大罪』など、Netflixの日本発オリジナルドラマは、たびたび世間の注目を集め、ランキングでも上位を独占してきた。

‟おじさん”を狙い撃ち, Netflixの全方位戦略, 海外大ヒット作も日本では大コケ, ホームラン主義へのシフト, 「大ヒットの空気」への懸念

photo by Gettyimages

一方で、SNSでは一部のユーザーから「昭和や裏社会ばかりでさすがに飽きた」「展開がどれも似ている」という声も聞こえてくる。

しかし、それでも彼らは「昭和・裏社会」をテーマにした‟定型ドラマ”を量産しなければならない。

前編記事〈『地獄に堕ちるわよ』がヒットも「昭和と裏社会ばかりで飽きた」との声も…それでもNetflixが定型ドラマを量産せざるを得ない「切実な裏事情」〉で、詳しく解説している。

本稿では、このようなジャンルがやたらとウケる日本市場の特殊性に迫っていく。

‟おじさん”を狙い撃ち

しかし、なぜこれほどまでに、「昭和・裏社会」ジャンルのNetflixオリジナルドラマが日本で確実に当たり続けるのか。

そこには、現在の地上波テレビや映画が見落としていた「巨大な空白地帯」がある。配信ドラマを中心に手掛けるプロデューサーは、ターゲットの生態を次のように分析する。

「現在の地上波ドラマの多くは20〜40代の女性層を意識した作りになっています。背景にあるのは、テレビ局とスポンサーの思惑です。

この層の女性は男性に比べて、好みのドラマ作品を見つけると積極的に応援しようとしてくれます。友人に広めてくれたり、SNSに書き込んだりしてくれるのです。一定の支持を見込めるため、女性をターゲットにしたドラマ企画はテレビ局でも通りやすい。広告を出すスポンサーもお金をドブに捨てることになりません。

では、映画業界の現状はどうかというと、いまや映画館に足を運ぶのは熱心な映画ファンかアニメ目当ての人たちです。結果として、日本のエンタメ界において、テレビを観ない、映画館に行く機会もなくなった『中年男性』が完全に孤立していました。Netflixが拾い上げたのは、まさにこの層なのです」

Netflixの全方位戦略

現代の地上波はコンプライアンスの遵守により表現のソフト化が進んでいる。しかし、今の中年男性が思春期を過ごした昭和や平成の序盤は、地上波のゴールデンタイムでも過激な描写や激しい暴力シーンが普通に放送されていた時代だった。

その中で育った彼らにとって、Netflixが描く「暴力・反社・エロ・昭和」という要素は、単なる刺激ではない、かつて自分たちが熱狂したテレビカルチャーに対する、ある種の「郷愁(ノスタルジー)」を感じさせるものなのだ。

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普段エンタメに触れないおじさん世代が「地面師たちは一気見した」と口を揃え、飲み会のネタにする光景を見にしたことはないだろうか?彼らの顔は普段会社で見せるものではなく、学生時代に戻ったように活き活きとしているはずだ。

Netflixがこうした層を確実に仕留めに行く一方で、かつてのメディアの王様であった地上波テレビに対しては、どこか冷ややかな視線も向けているようだ。前出のプロデューサーは、Netflix側のスタンスをこう明かす。

「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)などのスポーツ配信に力を入れ始めた際、Netflixの関係者は『若い人はもうテレビを見ていない。Netflixで配信したほうが、若者はよっぽど喜んでくれる』という趣旨の発言をしていました。かつてはテレビの専売特許だった大型スポーツイベントすらも、配信のほうが最適に囲い込めるという自信の表れであり、ある種の地上波軽視とも取れる本音です」

昭和のノスタルジーで中年男性を熱狂させつつ、スポーツというキラーコンテンツを使って「テレビ離れ」した若者層をも取り込もうとする。この全方位の戦略こそが、現在の彼らの指針と言える。

海外大ヒット作も日本では大コケ

この「分かりやすさと快感、あるいは郷愁」の追求は、日本の視聴者環境の、いわばガラパゴス的な状態を背景としている。

その象徴的な事例が、イギリスで製作され世界中で大ヒットを記録したドラマ『アドレセンス』を巡る国内の反応だ。別の映像プロデューサーはこう語る。

「殺人を犯した少年とその家族、および捜査に当たる人々の苦悩を一話ワンカットで描いたこの作品は、日本でもSNSを中心に、ドラマ好きやクリエイターの間では非常に高く評価されていました。しかし、一般の視聴者層にはなかなか広がらなかった。『アドレセンス』が観られなかったのは日本だけだとNetflix関係者は嘆いていました」

世界的なトレンドが「テーマ性の深い、考えさせる人間ドラマ」に動いている一方で、日本の一般市場においては、日々の疲れを癒やすためのエンタメに、そこまでの重厚さや精神的負荷を求めない傾向があるのかもしれない。

結果として、テーマの重い社会派作品は敬遠されがちになり、ルールが明確で展開が分かりやすい裏社会モノやデスゲームに手が伸びやすくなる。世界標準のプラットフォームでありながら、Netflix Japanが「まずは国内でのヒット」を最優先に掲げるのは、こうした日本の視聴心理に合わせているからだと言える。

ホームラン主義へのシフト

そんなNetflixだが、実は大きな転換期を迎えている。

かつては配信ラインナップの拡充のため、とにかくオリジナル作品を増やしていたNetflixも今は利益重視のため当たる企画を厳選している。会員数の頭打ちもあり、「量」から「質」への移行は世界的な流れのようだ。

一方で、Netflixは「昭和・裏社会」といった稼ぎ頭に頼るだけでなく、常に新たなジャンルを探し続けてきた。

「宇多田ヒカルの楽曲から着想を得た『First Love 初恋』や、佐藤健主演の『Glass Heart』のような音楽ドラマ、さらには竹内涼真が本格的なダンスに挑んだ映画『10DANCE(テンダンス)』など、幅広いジャンルへの挑戦とクオリティの担保は流石だと言わざるを得ません」(前出・映像プロデューサー)

さらに近年では、純粋なエンタメ作品に留まらず、スポーツをはじめとするその他の分野へもプラットフォームとしての領域を広げようとしている。ユーザーの生活のすべてをカバーする方向へと舵を切り、全生活圏を押さえようという戦略だ。

「大ヒットの空気」への懸念

しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。私たちが日々目にする「大ヒット配信中!」という文句は、一体何を根拠にしているのだろうか。

前出のプロデューサーは最後にこう指摘する。

「テレビの視聴率や映画の興行収入と違って、Netflixが公表している視聴データは、あくまで『自社基準で集計された自社発表の数字』に過ぎません。第三者機関による客観的な検証や、他媒体との横並びの比較ができないという不透明さがあります。ランキングの順位も、基本的にはNetflixというシステムの中だけの相対的なものです。

にもかかわらず、私たちはメディアやSNSを通じて『世間でこれほど流行っている』という空気感をいつの間にか刷り込まれている。プラットフォーム側のさじ加減一つで作られる空気感に乗せられ、消費させられている側面はないでしょうか。この空気作りの巧みさは恐ろしさでもあり、エンタメの多様性を狭めていくリスクも孕んでいます」

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常に新たな挑戦を続けながらも、データに基づいて確実に数字を稼ぐNetflix。彼らの手のひらの上でエンタメを消費させられるのは、日々忙しく暮らしている一般視聴者にとって、ある種の心地良さがある。それは「みんなが見ている」という安心感によるものだろう。

しかし先日のWBCの放映権獲得に見られるように、Netflixの影響はエンタメの外へ飛び出し、私たちの生活に入り込もうとしている。その思惑の全体像は計り知れない。

この先もずっと、あの赤い「N」のマークに身を委ねられるのか。

今一度、立ち止まって考えてみたい。

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