前座のアーティストと衝突したバンド
- ZZトップとブラック・クロウズ
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- モトリー・クルーとスティール・パンサー
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- アイアン・メイデンとオジー・オズボーン
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- ローリング・ストーンズとプリンス
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- エアロ・スミスとメガデス
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- ボン・ジョヴィとスキッド・ロウ
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- ジ・エナミーとオアシス
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- クリスティーン・ヤングとモリッシー
- クリスティーン・ヤングとモリッシー
- ジミ・ヘンドリックスとモンキーズ
- ジミ・ヘンドリックスとザ・モンキーズ
- イーグルス・オブ・デス・メタルとガンズ・アンド・ローゼズ
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- アジーリア・バンクスとザ・ストーン・ローゼス
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- ガンズ・アンド・ローゼズとサウンドガーデン
- ガンズ・アンド・ローゼズとサウンドガーデン
- タイタス・アンドロニカスとザ・ポーグス
- タイタス・アンドロニカスとザ・ポーグス
- スレイヴスとスリーフォード・モッズ
- ザ・コーラルとザ・メトロズ

ビッグバンドとのツアーは、バンドにとって新しい観客に作品を披露し、ファン層を拡大する絶好の機会となることが多いが、必ずしもそう簡単にうまくいくとは限らない。
イベントの中心となるヘッドライナーと、前座的役割のオープニングアクトがうまく嚙み合わなかったり、オープニングアクトと兼ストとしてヘッドライナーの前に登場するサポートアクトが衝突したりするケースも少なくない。
このギャラリーでは、大きなトラブルとその原因を紹介する。クリックして見てみよう。
ZZトップとブラック・クロウズ

1991年、ブラック・クロウズはZZトップのオープニングアクトとして出演することになっていた。しかし、クロウズのボーカリスト、クリス・ロビンソンはツアーの企業スポンサー(米国ビール醸造会社のミラー)に不満を抱き、ツアー全体を商業主義だと非難した。彼は観客にその旨を伝え、ZZトップのマネージメントもこれに反発した。
ZZトップとブラック・クロウズ

企業スポンサーへの抗議により、ブラック・クロウズはツアーから追放された。「彼らは私が言おうとしていることを検閲しようとしていたんです...私の人生で唯一自分でコントロールできるもの、つまり私の音楽について、大企業に指図される筋合いはありません」とロビンソンはこの出来事について語った。
モトリー・クルーとスティール・パンサー

スティール・パンサーは、モトリー・クルーの2011年ツアーのサポートアクトとして出演予定だった。このバンドは奇行やパロディーでよく知られているが、クルーのドラマー、トミー・リーとベーシストのニッキー・シックスはスティール・パンサーを全く面白く思っていなかった。彼らはバンドに対して敵意を抱くほどだった。
モトリー・クルーとスティール・パンサー

「彼らは、私たちが彼らを直接からかっていると思ったんだと思います。でも、それは彼らのエゴが大きすぎるからです。僕たちがやっていることは、彼らと直接関係のないことですから」とスティール・パンサーのドラマーのスティックスザディニアは言った。
アイアン・メイデンとオジー・オズボーン

2005年、アイアン・メイデンはオズフェストへの出演が予定されていたが、ブルース・ディッキンソン率いるバンドは、ショーの商業性に異議を唱えた。シャロン・オズボーン(オジーの妻でもあり、イベント主催者)によると、アイアン・メイデンのフロントマンは、バンドにテレプロンプター(台本拡大装置)は必要なく、「リアリティショーにしなくても本物になります」と主張したそうだ。
アイアン・メイデンとオジー・オズボーン

オジーもディキンソンの発言に不満を抱いており、後に「私が知らないうちに、彼は毎晩ステージに上がって私の悪口を言っていたんです。あれはずるいですね」と語った。
ローリング・ストーンズとプリンス

1981年、プリンスはローリング・ストーンズの前座として招待された。プリンスがまだ大スターになる前のことで、ストーンズの観客は彼を歓迎しなかった。観客は彼に物(食べ物も含む)を投げつけ、罵声を浴びせた。
ローリング・ストーンズとプリンス

ローリング・ストーンズもプリンスに同情の意を表明しなかった。「本当にビッグなヘッドライナーになれば、毎晩瓶を投げつけられる覚悟が必要です」とミック・ジャガーは言った。
ローリング・ストーンズとプリンス

バンドのギタリスト、キース・リチャーズもミック・ジャガーと同じ考えだった。「プリンスは、プリンスであることの意味を見つけなければなりません。証明する前に自らに称号を与えるのは難しいということです」とリチャーズは言った。「ツアーで私たちの前座を務めた時の彼の態度はまさにそれでした。私たちの観客を侮辱していました。ストーンズのコンサートであんな風にヘッドラインを叩きのめそうとするものではありません。ただ自分らしくいて、それを守る方がよっぽど良いです。彼は、もう自分がすでに王様だと思っているプリンスです。彼に幸運を祈ります」とも述べた。
エアロ・スミスとメガデス

メガデスは1993年にエアロスミスの「ゲット・ア・グリップ」ツアーで前座を務めた。しかし、メガデスのフロントマン、デイヴ・ムステインは、スティーヴン・タイラー率いるエアロスミスの扱いに不満を抱いていた。サウンドチェックの欠如やステージのバックドロップの欠如などが問題視されていたようだ。
エアロ・スミスとメガデス

エアロスミスのギタリスト、ジョー・ペリーは、自分の立場を「大抵は他のロックバンドと気軽で敬意ある関係を築いていましたが、ゲット・ア・グリップツアーの初め、メガデスがオープニングアクトを務めた時、嫌なことがありました。デイヴ・ムステインがステージに上がってきて、私たちがもう時代遅れだって悪口を言ったんです。あれは受け入れられないですね。だから、そのツアーからメガデスを外しました」と説明した。
ボン・ジョヴィとスキッド・ロウ

ボン・ジョヴィはスキッド・ロウのレコード契約獲得を手助けし、1988年にはツアーにも同行させたが、スキッド・ロウが有名になり始めると、バンド間の緊張が高まった。ツアー中も両バンドの間でいたずらは繰り広げられていたが、ある時、事態は行き過ぎた展開になった。スキッド・ロウのフロントマン、セバスチャン・バックがステージに上がる直前にアイスミルクをかけられたため、彼は演奏中にボン・ジョヴィの悪口を言った。
ボン・ジョヴィとスキッド・ロウ

セバスチャン・バックによると、ジョン・ボン・ジョヴィは公演後のバックステージで彼にパンチを繰り出した(しかし、当たらなかった)。彼の証言によると、ジョン・ボン・ジョヴィの父と兄もバックを脅迫したという。確執があったにもかかわらず、2人は現在は良好な関係にある。セバスチャン・バックは「ジョンは私とバンドにチャンスを与えてくれた。そのことに私は永遠に感謝しています」と綴っている。
ジ・エナミーとオアシス

2009年、ザ・エナミーのトム・クラークは、ノエル・ギャラガーがインタビューでの彼の発言に反応したことを受け、2つのイギリスのバンド間の緊張の高まりを食い止めることに成功した。クラークは「ノエルはもうそんなことをする必要はないと思います。彼はただ愛しているからやっているんです」と発言したが、ギャラガーはこれをオアシスへの皮肉だと解釈した。
ジ・エナミーとオアシス

ノエルはソーシャルメディアに「どうやらオアシスはもう終わったみたいですね?(ツアーで)トップバッターで出たいのか、どうなんですか?」と投稿した。クラークはそれを否定し、「オアシスはこれまでも、そして今も、僕の一番好きなバンドの一つです。彼らがツアーに招待してくれたことは本当に光栄で、待ち遠しいです!」とコメントした。
クリスティーン・ヤングとモリッシー

アメリカ人歌手クリスティーン・ヤングは、2007年のモリッシーのツアーで、観客にモリッシーがゲイであるとほのめかしたため、ツアーから追放された。
クリスティーン・ヤングとモリッシー

クリスティン・ヤングは2014年にモリッシーとのツアーに復帰したものの、再び降板させられてしまった!今回はモリッシーが風邪を引かせたと責め立てたのだ。ヤングは風邪ではなくアレルギーだと主張し、これを否定した。「こんな嘘は許せません...特に私の健康に関する嘘は。本当に度を越していて、異常です」と彼女は語った。
ジミ・ヘンドリックスとモンキーズ

1967年、ジミ・ヘンドリックスはアメリカ合衆国で数々の公演でモンキーズのオープニングアクトを務めた、この公演はサプライズだった。その数か月前、ヘンドリックスは「ああ、最悪!大嫌いです。あんなの全くつまらない...。成功した人たちを批判することはできないですが、モンキーズみたいな人たちってどうなんでしょう?」と発言した。
ジミ・ヘンドリックスとザ・モンキーズ

言うまでもなく、モンキーズの観客はヘンドリックスのファンではなく、それはショーの間も感じられ、観客はヘンドリックスにブーイングしたり、彼の演奏中にモンキーズのために叫んだりしていた。
イーグルス・オブ・デス・メタルとガンズ・アンド・ローゼズ

イーグルス・オブ・デス・メタルは2006年にガンズ・アンド・ローゼズとアメリカ合衆国でツアーを行う予定だったが、実際には一公演しか行わなかった。アクセル・ローズは、理由は未だに不明だが、彼らをツアーから外すことを決めた。
イーグルス・オブ・デス・メタルとガンズ・アンド・ローゼズ

最も奇妙なのは、バンドのフロントマン、ジェシー・ヒューズによると、演奏中はアクセル・ローズがそこにいなかったことだ。「演奏が終わって30分くらい経ってから彼が到着したんです。ステージにスタスタと上がって、大騒ぎしたんです」と彼は語った。
アジーリア・バンクスとザ・ストーン・ローゼス

2013年のシドニーのフューチャー・ミュージック・フェスティバルでのザ・ストーン・ローゼスのサウンドチェックが、どうやらアジーリア・バンクスのパフォーマンスを妨げたようだ。
アジーリア・バンクスとザ・ストーン・ローゼス

彼女は彼らを「白人の老人集団」と呼び、「排泄物と死だけを望みます」とツイートした。その後、バンクスは「私の元ツアーマネージャーは、私が彼を解雇したからザ・ストーン・ローゼズと協定を結んで私のライブを妨害したんです...」とツイートした。
ガンズ・アンド・ローゼズとサウンドガーデン

サウンドガーデンは1991年、ガンズ・アンド・ローゼズの「ユーズ・ユア・イリュージョン」ツアーのオープニングアクトを務めた。世界屈指のビッグバンドとツアーを組むという大きなチャンスだったが、サウンドガーデンはガンズ・アンド・ローゼズを自分たちの理念とは正反対だと考えていた。彼らは公演を敢行したが、そのことに満足していなかった。ガンズ・アンド・ローゼズのクルーは彼らを「フロウンガーデン(しかめっ面ガーデン)」と呼んでいた。
ガンズ・アンド・ローゼズとサウンドガーデン

サウンドガーデンのベーシスト、ベン・シェパードは「そんな世界とは一切関わりたくないです。私はロックスターではないし、ロックスターは好きではありません。彼らと一緒にいたくありません。あのツアーはメタル全開の祭典で、狂気じみていました。スタジアムで演奏するなんて、決して望んでいませんでした。でも、あそこで私たちは、パンクロッカーだった頃に私を殴り倒そうとしたのと同じようなロッカーたちに囲まれていたんです。そういうファンには、ものすごく敵意を抱いていました」と説明した。
タイタス・アンドロニカスとザ・ポーグス

アメリカのインディーズロックバンド、タイタス・アンドロニカスは2011年にシェイン・マガウアンのバンドとツアーを行ったが、あまりうまくいかなかった。フロントマンのパトリック・スティックルズによると、ザ・ボーグスは彼らにあまり良い対応をしなかったという。
タイタス・アンドロニカスとザ・ポーグス

「本当に腹が立ちました。私たちは当然受けるべき敬意を全く払われていなかったんです。『重要なパンクバンドだ』という敬意どころか、人間としての敬意すら払われませんでした。ザ・ボーグスのメンバーの中で、自己紹介をしてくれたのはティンホイッスル奏者のピーター・「スパイダー」・ステイシーだけでした。45秒ほど話したけど、それだけでもとても良い気分でした」と彼は語った。
スレイヴスとスリーフォード・モッズ

2015年のグラストンベリー・フェスティバルで、スレイヴスはスリーフォード・モッズの前にステージに登場した。スリーフォード・モッズのフロントマン、ジェイソン・ウィリアムソンは観客に「サポートバンドは楽しめましたか?誰でしたっけ?テイク・ザット(ポップなアイドル的な存在の意味で)ですか?」と問いかけた。この発言は、ウィリアムソンがスレイヴスを嫌っていると発言してから数週間後のことだった。「彼らは写真で私のポーズをとって、私たちの真似をしているんです」と彼は言った。
ザ・コーラルとザ・メトロズ

リバプールのバンドであるザ・コーラルは、「ますます制御不能な乱暴な行動」と機材の破壊を理由に、ロンドンのインディーバンドであるザ・メトロスのツアー参加を禁止した。
出典:(Far Out Magazine) (NME) (Louder) (The LA Times) (Ultimate Classic Rock)