『もののけ姫』はなぜ、かつてない大ヒットを記録できたのか?宣伝戦略に見るその挑戦を振り返る
宮崎駿監督によるスタジオジブリの『もののけ姫』4Kデジタルリマスター版が、全国のIMAXシアターで10月24日より上映中だ。『もののけ姫』は1997年に劇場公開され、当時日本で公開された邦洋画の興行記録を塗り替える、興行収入193億円、観客動員数1420万人もの大ヒットを記録。2020年にもコロナ禍のなかでリバイバル公開され、8.8億円の興行収入を上げている。本稿では『もののけ姫』の宣伝戦略を中心に、本作がスタジオジブリ作品のなかにおいて、いかに特別な映画であったのかを振り返ってみたい。

激しい爆風がサンたちを襲う
絶好のタイミングと見極め、『もののけ姫』の映画化に着手
宮崎監督が月刊アニメージュで断続的に連載してきた漫画「風の谷のナウシカ」が完結したのは、1994年3月号。そのころから彼とプロデューサーの鈴木敏夫は、次回作の構想を話し合った。ここで鈴木は、50代後半を迎える宮崎の体力、気力を想い、アクションを盛り込んだ時代劇を作る最後のチャンスと考えて、すでにイメージボードがあった『もののけ姫』の映画化を勧めた。

村を襲ったタタリ神を討ち、呪いをもらってしまうアシタカ
こうして『もののけ姫』は1994年夏から準備に入ったが、宮崎監督のなかで、もののけと姫の冒険活劇のようだった当初の物語に対する興味は薄れていき、室町時代の日本を背景にした、神々が宿る大自然と、それを破壊して生きる人間との対立を描く壮大なストーリーが生まれていった。
スタジオジブリ史上、かつてない大作映画になることを予見した鈴木は、製作費を16億円と見積もり、当時スタジオジブリの親会社だった徳間書店の徳間康快社長に相談すると、社長の鶴の一声で製作費は20億円に決定したという(最終的には24億円かかった)。

古い神が棲むというシシ神の森
周囲の反対を押し切って莫大な宣伝費を投入
予算の増大は、目標とする収益のペイラインの額を大きくした。『もののけ姫』以前の、日本映画最高記録は『南極物語』(83)の59億円(当時は配給収入で計算。現在の興行収入にすると110億円)。鈴木プロデューサーは配給収入の目標を60億円に設定し、これを達成するために一つの法則を提唱する。
それが“宣伝費=配給収入”の法則である。彼はそれまでのスタジオジブリ作品の新聞広告やテレビスポット、タイアップやパブリシティ、イベントなどにかかった宣伝費用をすべて金銭換算し、宣伝費と配給収入がほぼ同額になることに気づいた。だとすれば60億円を目指す『もののけ姫』は、宣伝に60億円かければいい。

【写真を見る】当初のもののけと姫の冒険活劇から、神々が宿る大自然とそれを破壊して生きる人間との対立を描く壮大なストーリーに変わった『もののけ姫』
周囲からの反対を押し切って、彼は配給宣伝費5億円(最終的には10億円)、製作宣伝費2億円、日本生命とのタイアップ8~10億円、新聞の連載やテレビの特番、出版社を使った告知と大々的な試写会、先行して発売されたイメージアルバムなどの音楽CD、ジブリ作品のビデオ販売時のプロモーションなど、当時のメディアをフル活用する宣伝戦略を立案し、実行に移していく。

森の精霊、コダマ
また、1996年7月には徳間グループがディズニーとの提携を発表。これによって『もののけ姫』はディズニーの子会社ミラマックスによって、アメリカ、ブラジル、フランス、ドイツ、イタリアで配給されることが決まった。このこともまた、世界のスタジオジブリを印象付ける宣伝材料の一つになった。

夜になると巨大なデイダラボッチになるシシ神
『南極物語』『E.T.』を超える記録的な大ヒットに!
かつてない大量宣伝を経て、1997年7月12日に公開された『もののけ姫』は、『南極物語』だけではなく、それまでの邦洋画合わせた史上最大のヒット作『E.T.』(82)が持つ配給収入96億円の記録を11月には超え、最終的に配給収入113億円(興行収入では193億円)に達した。過去のスタジオジブリ作品で最大のヒットが、『紅の豚』(92)の配給収入27億1300万円だったことを思えば、この記録がいかにすごいものだったかわかるだろう。

エボシたちの前で夜の姿になるシシ神
その数字の大きさから『もののけ姫』は社会的なムーブメントを巻き起こし、スタジオジブリと宮崎駿の名前は、幅広い世代に認知され、またその作品は国境を越えて愛されるようになった。そして、次作『千と千尋の神隠し』(01)で米アカデミー賞長編アニメ映画賞とベルリン国際映画祭金熊賞に輝いたのである。

シシ神に首を返そうとするアシタカとサン
50代の宮崎駿が持てる情熱を注ぎ込んだ渾身の名編を最高の画質と音で
スタジオジブリが国内外で飛躍する大きなポイントとなった『もののけ姫』。IMAXで上映される今回の4Kデジタルリマスター版では、グレーディングを4Kでやり直し、音に関しても音楽、効果音、セリフを同じレベルで出力して、合成し直している。作品をひと足早く鑑賞したが、明暗や細密な描写まで緻密に再現された映像の素晴らしさはもちろん、囁くような虫の鳴く声や迫力ある火薬の爆発音など、音の表現にも圧倒された。

会いに行くよ、ヤックルに乗って
改めて、これは映画館で観るべき作品だと再認識した。この機会に、50代の宮崎監督が持てる情熱を注ぎ込んだ渾身の名編を、最高の画質と音で体感してみてはいかがだろうか。
文/金澤誠
※宮崎駿の「崎」は「たつさき」が正式表記