【「15分でチケット完売」の三島由紀夫映画】緒形拳、沢田研二、烏丸せつこ、横尾忠則、石岡瑛子らとポール・シュレイダーが作り上げた「封印作品」の全貌…いま日本初上映される意義【東京国際映画祭】
日本未公開だった『MISHIMA』
10月27日から開幕する第38回東京国際映画祭で、ひときわ熱い注目を集めているのが、ポール・シュレイダー監督作品『MISHIMA』(1985年)国内初上映のニュースだ。海外でも評価の高い作家・三島由紀夫の生涯と作品を、型破りな手法で映像化した異色の伝記映画『MISHIMA』は、本来は1985年の第1回東京国際映画祭でお披露目される予定だった。しかし、諸般の事情で上映は中止。その後、劇場公開も見送られたまま、日本国内では完成以来40年間も公に観ることができなかった。

© 1985 The M Film Company
それが今回、日本映画クラシックス「生誕100年 三島由紀夫」特集の1本として、待望のスクリーン初上映を果たす。まさに歴史的快挙と言っていい。平日の午前中スタートの上映にもかかわらず、チケット発売開始から15分足らずで完売したという報せも、さほど驚くにあたらないほどの“事件”といえる上映なのである。
観ようと思えば見れたが…
とはいえ、『MISHIMA』は決して“幻の映画”だったわけではない。1980~90年代には、個人経営のレンタルビデオ店の棚に、ひと回り大きなプラケースが特徴的な米国版直輸入ビデオが陳列されている光景をよく目にした。筆者も初見時は近所のレンタル店で借りて観た覚えがある。中身は米国公開版なので、三島由紀夫役を演じた緒形拳のナレーションは、ロイ・シャイダーによる英語ナレーションに差し替えられていた。とはいえ、映画本編のセリフは大部分が日本語であり、言葉の壁はほとんど感じなかった。
ちなみに本編中、沢田研二と烏丸せつこが共演する「鏡子の家」パートで、アンダーヘアが映るカットがあり、その場面だけは通関上の理由でノイズ処理が施されていた。モザイクではなく、たしか数秒間、画面全体が砂嵐状態になっていたと記憶している。少しでも画面にヘアが映っていたらボカシがかけられていた時代の話だが、いまとなっては普通に無修正でソフト化しても差し支えないレベルだろう。
もちろんこれは正規ルートで貸し出していたわけではないので、国内のレンタルビデオ業界全体が大手チェーンに牛耳られてしまってからは、米国版『MISHIMA』のパッケージを見かける機会はほぼなくなってしまった。ただし、2001年にアメリカでDVDが発売されて以降は、日本でもネット通販などで個人輸入が比較的容易になり、ハードルはさらに下がった。
2008年には、映画マニア御用達のレーベル「クライテリオン・コレクション」から、豪華仕様のコレクターズ・アイテムとして2枚組DVDが発売。このとき、緒形拳による日本語ナレーション、笠智衆が出演するシーンなどが復活したディレクターズ・カットで観ることも可能になった。現在は同内容のBlu-rayソフトも米国で発売されており、リージョンコードが共通する日本のBlu-rayプレイヤーでも難なく再生することができる。

© 1985 The M Film Company
ゆえに現状では、“幻の映画”と謳われながらも、観ようと思えば観られる環境はかなり整っていると言える。ちなみに、2010年に鹿砦社から刊行された書籍『三島由紀夫と一九七〇年』(著:板坂剛、鈴木邦男)には、『MISHIMA』本編DVDを“参考資料”扱いの付録として収録。事実上の日本初リリースとなったが、どうやら非公式だったらしい。
初の「公式上映」の意義
それでも、今回の映画祭における初の公式上映が貴重であることには変わりない。一般観客の多くは、輸入盤Blu-rayを購入してまで映画を観る習慣はないだろうし、できれば正式に日本国内の映画館で、大勢のファンと感動を分かち合いたいと願うのが人情であろう。
巷では、これまで上映を阻んできた要因として、原作者の遺族の反対、右翼団体の抗議活動などが大きく影響してきたと言われている。だが、最大の要因は「面倒ごとを極力避けようとする日本人気質」ではないだろうか。その呪縛がようやく解かれること自体、時代の変化を感じさせる出来事でもある。
さて、『MISHIMA』とはどんな映画なのか? 監督のポール・シュレイダーは三島由紀夫の大ファンであり、兄レナード・シュレイダーとともに『ザ・ヤクザ』(1974年)のストーリーを共作するなど、日本文化への造詣も深い人物。その作家性は、脚本を手がけた『タクシードライバー』(1976年)、監督作『魂のゆくえ』(2017年)『カード・カウンター』(2021年)などを観ればわかるように、社会の規範から外れた孤独でストイックな人間の彷徨、あるいは暴力や破滅願望に彩られた魂の救済といった主題を描き続けている。『MISHIMA』もまさにそんな「魂の軌跡」を描いた、ポール・シュレイダーならではの作品だ。

© 1985 The M Film Company
映画『MISHIMA』は、1970年11月10日、三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地での演説後に自決した「最後の一日」の朝から始まる。そこから、三島の少年時代から作家としての絶頂期、私設民兵組織「楯の會」の活動に傾倒していくまでの軌跡を、モノクロ映像による回想形式で淡々と綴っていく。その合間に、彼の小説「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬(『豊饒の海』第2巻)」の3編を、鮮烈なカラーで映像化した劇中劇パートが挿入される。
三島を嫌うセットデザイナー
坂東八十助(現・十代目坂東三津五郎)、佐藤浩市、沢田研二、左幸子、横尾忠則、永島敏行、池部良、三上博史といった豪華キャストの競演にも目を見張るが、それ以上に強烈なのが、劇中劇パートのセットデザインを手がけた石岡瑛子の仕事である。当時、グラフィックデザイナーとして国際的に活躍していた石岡は、本作のプロデューサーでもあるフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)の日本版イラストポスターを手がけたことで製作陣の目に留まり、いきなりプロダクションデザイナーに抜擢。人生初の大役に挑みつつ、常識にとらわれない抽象的かつ演劇的なビジュアルを縦横無尽に展開した。

© 1985 The M Film Company
なかでも、金屏風を立体化したような「金閣寺」のきらびやかなセットは、いま観てもインパクト絶大。さらに、毒々しいネオンと色彩で戦後日本の退廃を表した「鏡子の家」、白と黒を基調としたスタイリッシュで審美的な「奔馬」も、彼女独自の視点から捉えたミシマ・ワールドをエキセントリックに具現化している。なお、石岡は『MISHIMA』公開当時から三島由紀夫が嫌いであると公言し、その感性こそがポール・シュレイダーに歓迎されたと語っている。
『MISHIMA』のセット部分は東宝スタジオで撮影された。映画業界ではまったくの新人だった石岡は、ベテランスタッフとの共同作業にだいぶ苦労したという。それでも、監督のシュレイダー、撮影監督のジョン・ベイリーは、石岡の自由なクリエイティヴィティを励まし、尊重し、できるかぎり協力を惜しまなかった。『MISHIMA』の圧倒的映像美は、まさにジョンとポールとエイコの共同作業の結晶である。その後、種田陽平が美術監督を手がけた『キル・ビル Vol.1』(2003年)や、鈴木智香子がアートディレクターをつとめたドラマ『ワンダヴィジョン』(2021年)といった、日本人スタッフが創作面で中核を担ったハリウッド作品の偉大な先例とも言えよう。
石岡瑛子の貴重なインタビュー
1987年にアスキー出版局から刊行された『実録!スーパー映画人』(著:マイクロソフトプレス/デイヴィッド・チェル、訳:鶴岡雄二)には、石岡瑛子の貴重なインタビューが収録されている。ここに一部を抜粋しよう。

『実録!スーパー映画人』(1987年、アスキー出版局刊)書影
あなたは『将軍』という映画を見たかしら。あの映画はアメリカではヒットしたけれど、日本では完全に失敗だったわ。私は東京での封切りの翌日に見にいったの。大劇場なのに観客はほんの20人ほどしかいなかったわ。始まって20分もすると、館内には私と友だちしかいなくなっていたのよ。みんな怒っちゃったのね。ひどい映画だったわ。安手のみやげものよ。
〈Mishima〉は、アメリカ人が初めて真面目に日本を扱った映画なの。アメリカ人が日本人に対してまじめに、好意をもった態度で接し、対等の立場で日本人スタッフと共同作業をしたいと考えていることが、日本人スタッフにも伝わった時、私たちにもこの映画が『蝶々夫人』や『将軍』のようなみやげもの映画にはならないだろう、ということが確信できたの。
(中略)
これはアメリカと日本のアーティストが、歴史的な協力関係を作った大変重要な映画なのよ。私たちはきわめて対等な関係と愛情をもち、そしてかなりの知的レベルで働いたわ。こういう映画を批判することはたやすいけれど、実際に作ることは、とりわけアメリカ人の監督にとってはすごく困難なことなのよ。
ちなみに、ここで話題になっている映画『将軍』とは、ジェームズ・クラヴェル原作のTVドラマシリーズ『将軍 SHŌGUN』(1980年)の再編集劇場版のことである。奇しくも44年後、同ドラマのリメイク版『SHOGUN 将軍』(2024年)で、主演の真田広之は日本人初のゴールデン・グローブ賞とエミー賞のダブル受賞を獲得することになる。
なお、幻想的な劇中劇パート以外の、現実に即したシーンは、東宝のベテラン・竹中和雄が美術を手がけた。成瀬巳喜男をはじめとする巨匠だけでなく、岡本喜八や須川栄三といった異才たちとも組んできた、モダンなセンスを感じさせるルックを作り上げている。また、編集には『戦場のメリークリスマス』(1983年)を手がけた大島ともよが名を連ねているところも注目だ(ただし、音の編集も含めた最終的な仕上げまでは参加できなかったとのこと)。
映画のもうひとつの主役
そして、この映画のもうひとつの主役といえるのが、フィリップ・グラスの音楽である。これまた多くの観客が「どこかで聴いたことある……!」というデジャヴを覚えるのではないだろうか。特にオープニングテーマは、たびたびBGMとして流用されたり、後続のオーケストラ・スコアに少なからず影響を与えた名曲だ。いちばん有名なのは、グラス自身が音楽を手がけたジム・キャリー主演の映画『トゥルーマン・ショー』(1998年)のクライマックスだろう。『MISHIMA』のスコアがびっくりするほどそのまま再利用されている。映画自体は未公開でも、サントラレコードは輸入されて名盤として普及し、日本盤CDもNONESUCHレーベルから2013年にリリースされた。こちらも国内再リリースを切に望みたい(音源のみの配信販売はあり)。

ポール・シュレイダー
今回のこの反響が呼び水となって、『MISHIMA』の劇場公開を望む声は、さらに大きくなっていくだろう。残念ながら石岡瑛子は2012年に世を去ったが、東京国際映画祭での上映当日には、ポール・シュレイダー監督、山本又一朗プロデューサーらが来場予定だという。彼らが全力を尽くして作り上げた渾身の作品が、もうすぐ日本の観客に初めて正式に送り届けられようとしている。当日会場に行けなくても、その記念すべき瞬間は遠くからでも祝福したい。
(文:岡本敦史)
第38回東京国際映画祭

会期:2025年10月27日(月)~11月5日(水)
公式サイト: https://2025.tiff-jp.net/ja/
日本映画クラシックス『MISHIMA』は、10月30日(木)11時50分より、ヒューリックホール東京にて上映。チケットは完売。
『MISHIMA』Mishima: A Life in Four Chapters
監督・脚本:ポール・シュレイダー
脚本&アソシエイト・プロデューサー:レナード・シュレイダー
エグゼクティブ・プロデューサー:フランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス
製作:トム・ラディ、山本又一朗アソシエイト・プロデューサー:アラン・プール
出演:緒形拳、坂東八十助、沢田研二
1985年アメリカ/122分/カラー&モノクロ