【NHK朝ドラ「ばけばけ」第6週開始】教壇の笑顔と旅館の怒号のヘブン(トミー・バストウ) 募るトキ(高石あかり)の不信感と直面する“地獄”の正体

 明治時代の松江を舞台に繰り広げられるNHK連続テレビ小説「ばけばけ」(毎週月~土曜午前8時、NHK総合ほか)。ついに英語教師として着任したヘブン(トミー・バストウ)だが、彼のまわりに漂い始めたのは、異国の理想と日本の現実がすれ違う、不穏な空気だった。そして、その空気をいち早く察知したのが、怪談好きのヒロイン・松野トキ(高石あかり)である。第6週「ドコ、モ、ジゴク。」で彼女が感じ取ったのは、“異文化”への違和感ではなく、“人の尊厳”が揺らぐ瞬間だった。

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■ヘブンは文明開化の象徴?

 ついに教師として教壇に立ったヘブン。緊張を押し隠しながらも、生徒たちに笑顔を向ける。日本語を愛しているが、あえて使わない。授業はすべて英語でおこなわれる。「ともに勉強していくにつれ、聞き取れるようになるから安心してほしい」と通訳の錦織(吉沢亮)を通して伝えられると、教室には希望の空気が広がった。

 ヘブンは、いわば異国からやってきた理想の体現者。語学教育を通じて“新しい日本”を見ようとする姿は、まさに文明開化の象徴そのものだ。しかし、彼は宿泊先の花田旅館で怒りを爆発させてしまう。眼病を患っているように見える女中のウメ(野内まる)が、医者の元へ連れて行ってもらえていないと知り、烈火の如く怒った。繰り返し「ジゴクだ!」と叫ぶほどだ。

 幼少期に事故によって片目を失明してしまったヘブンにとって、“見えないこと”は単なる健康問題ではない。他人の痛みを放置する、社会そのものへの拒絶だった。しかし、ウメの症状を深刻と捉えていない旅館の主人・花田平太(生瀬勝久)にとっては、“異人の理屈”にすぎない。

 お互いの“正義”がぶつかり合う姿は、異文化ではなく“倫理観”の衝突とも言える。ヘブンを演じるトミー・バストウの演技のニュアンスが感じ取れる部分でもあり、怒鳴り声に挟まる“間のタイミング”や、怒りながらもどこか怯えているような眼差しが絶妙だ。それは文明人の理想の仮面の下で、人間としての脆さが滲み出る瞬間だった。

■「20円」の誘いと“ラシャメン”の影――トキを襲う現実の重み

 一方で、トキの生活はますます厳しい。夜なべ仕事で稼いでも、借金は減らない。そんななか、錦織が彼女のもとを訪れる。破格の月給20円で、「ヘブンの女中になってほしい」という依頼だ。花田旅館の女中・ウメが月90銭で働く現実を考えれば、それはほとんど夢のような金額である。

 しかしトキは、貧しい自分の立場を逆手に取られたと受け取り、即座に断る。その強い拒絶の裏には、ヘブンの無邪気な“階級意識”が見え隠れしている。懇意にしていたであろう花田旅館のウメには断られ、かねてよりヘブンの“ラシャメン”=外国人の妾になることを目論んでいた遊女のなみ(さとうほなみ)は、百姓の娘であることを理由にヘブンから拒否されていた。異文化のなかで再生産される、ジェンダーと階級の構造である。

 静かに醸成される、トキのヘブンに対する不信感。それは“外国人への偏見”というよりは、人を「雇う側」と「雇われる側」に分けてしまう、彼の無自覚への反発だったのかもしれない。

■握手の温度が変わる時――トキが見た“地獄”の風景

 翌朝、花田旅館を訪れたトキに、ヘブンは明るく声をかける。「オハヨウゴザイマス、シジミサン」と言いながら差し出された握手の手に、トキは静かに対峙しながらそっと対応する。高石あかりはこのとき、目線の“硬さ”だけで、トキのなかに生まれた“不信”を伝えてみせた。

 ヘブンの女中となることはきっぱり断ったものの、貧しい松野家の現状は動かない。月20円の給金が、トキの頭の片隅にチラつき続けることになる。追い打ちをかけたのは、彼女が目にしたさらなる“地獄”だ。なんと、かつて雨清水家で何不自由ない暮らしを送っていたタエ(北川景子)が、物乞いとして道端に座っていたのだ。

「施しを受けたら頭を下げるのが筋だろう」と横柄な理由でタエに罵声を浴びせ、頬を殴る男。社会の最下層で、尊厳すら奪われた人間を目の当たりにし、トキは声を失ってその場に立ち尽くす。その瞬間、彼女のなかでは“ヘブンの20円”が別の重みを持っただろう。人柱の価格が、救いの金額に見えてもおかしくない。

 第6週は、バストウの“言葉の芝居”と、高石の“沈黙の芝居”が対照的に輝く。前者は文明の象徴として、後者は生活者として。異国の教師と松江の女――ふたりの対話が、まるで“文化のすれ違い”そのもののようだ。

 ヘブンに不信感を抱くトキの姿は、単なるすれ違いではない。それは、文明と善意の裏に潜む“支配”を見抜いた女性の洞察だ。彼女の選択を左右する“地獄”とは、貧しさでも異文化でもない。「誰かが誰かの上に立つ」構造そのものである。それを見抜く眼差しこそ、本作が描く“ばける”ことの第一歩なのかもしれない。

(北村有)

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