「未知なる民族」に興味津々…鎖国政策下、長崎・出島近くのお殿様が見ていた万国人物図の世界観

「万国人物図」に描かれたインドの人(大村市歴史資料館蔵)

 中世、イタリアから中国まで踏破したマルコ・ポーロの「東方見聞録」。その後の大航海時代、恐ろしい怪物が住んでいるかも知れない大海原の向こうに夢と命を懸けたコロンブスやバスコ・ダ・ガマ…。

 世界が「未知の大陸や人間、怪物」にあふれていた時代の冒険家たちの物語は、今でも楽しい。日常を超える「異世界」へと、想像力が強く刺激されるからだと思う。

 写真技術が伝わる前の江戸時代。鎖国政策下、世界との唯一の窓口だった長崎・出島に近い大村藩(現在の長崎県大村市など)のお殿様も、きっと、わくわくしながら、はるか遠くに住んでいる「未知なる民族」の絵を眺めていたと思う。その世界観を一部、紹介したい。(共同通信長崎支局長=下江祐成)

大村藩主の居城・玖島城跡に咲く花菖蒲=5月、長崎県大村市の大村公園

▽日本史上初のキリシタン大名

 「未知なる民族」が描かれているのは、計41枚の「万国人物図」だ。大村藩主が代々大切に受け継いできたもので、その子孫が2017年に、大村市歴史資料館に寄贈した。人口10万人弱の大村市にある同資料館でこれまでに2回公開されただけで、ほとんどの人は見たことがないものだ。

 大村家は、日本初のキリシタン大名で天正遣欧少年使節をローマに派遣した大村純忠の家系だ。藩主の居城・玖島城は、オランダ商館が置かれていた長崎・出島から直線距離で約19キロの場所にあった。江戸にいる時の将軍へ献上する象や駱駝(ラクダ)など、舶来の珍しい動物や貴重品が通る長崎街道沿いだったため、古くから西洋や中国、インドなど世界の文物に触れやすい環境にあった。

「万国人物図」より。民族は分からないが、楽器のようなものを弾いている(大村市歴史資料館蔵)

 万国人物図には、ヨーロッパやアフリカ、アジアなど世界各国のさまざまな民族を、その国の街や自然、動物などを背景にして描かれている。

 色とりどりの服装をした異国の人たちが楽器を弾いたり、会話したりしている。それぞれ絵力があって、面白い。

 極北のノルウェー人を描いた絵は、なかなか写実的だ。厚い動物の毛皮を着た男女が、スキー板のようなものを履いている。奥の海上には、大きな鯨を追いかける船。その手前の雪原をトナカイのそりが滑走している。極北の寒さが伝わってきそうだ。

 どの地域の人を描いたものか分からない絵もあるが、持ち物や背景、動物をヒントに想像してみるのも一興だと思う。

「万国人物図」のノルウェー人(大村市歴史資料館蔵)

▽大航海時代の主役たちの世界観

 絵を描いた人が誰かは不明で、大村家が所有することになった経緯も分からないというが、一体、いつごろ、何を基に描かれたものと考えられるのだろうか。

 大村市歴史資料館によると、神戸市立博物館所蔵の「世界四大洲図・四十八カ国人物図屏風」に、大村の絵と同じ構図やサイズの人物図がある。

 神戸のものは、1600年代終盤に、長崎に船で運ばれた人物図を典拠として模写された可能性が高いと考えられており、大村の絵もその時代のヨーロッパ人の世界観が反映されているとみられる。

 来歴を踏まえた上でよく観察してみると、確かに、大航海時代の主役だった西ヨーロッパの人たちの価値観や偏見が随所に見える。

「万国人物図」のポルトガル人(大村市歴史資料館蔵)

 ポルトガル人など西欧人は、色鮮やかな服を着こなし、優雅な立ち姿で描かれている。まるでオペラの一場面のようだ。背景の都市は「先進文明」であることを印象づける。

 これに対して、ひどい描写をされているのは、アフリカの一部の国だ。簡易な布を体に巻いた男女が、人を食べようとしている絵もある。非文明的な「野蛮人」のイメージだ。

 15世紀から約400年続いた奴隷貿易では、4千万人とも言われるアフリカ人がアメリカ大陸に連行された。昔の絵に目くじらを立てても仕方ないが、一体、どちらが野蛮人だったのかとも思ってしまった。

「万国人物図」に描かれた吹き矢を吹く男性(左)。民族は分からない(大村市歴史資料館蔵)

▽手長人や女人国、そして「日本人」は…

 かつて、ベトナムの国立博物館で見た数百年前の絵を思い出した。さまざまな国の民族を描いた絵で、おなかに空洞がある民族や、地面に届く長い手を持つ民族、女人国もあった。写真撮影ができなかったので、絵そのものを紹介できないが、面白い絵だった。

 ほとんどの国の人が、立派な服を着て靴も履いていた中、「日本国」の文字の下には、はだしに腰巻きだけの3人が、長い日本刀を担いでいた。

 人斬りが得意で服も着ていない「野蛮人」のイメージに、思わず、笑ってしまった。

 残酷な戦国時代の印象が強調されたのか、東シナ海で暴れ回った海賊集団・倭寇の記憶がまだ鮮明だったのか…。いずれにしても、ほぼ裸で日本刀を持っている姿は、当時の多くの日本人の実態とは異なる。

「万国総図・民族図譜」より。右上が日本(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)

 「ほぼ裸の野蛮な日本人」というイメージと対比するため、17世紀に日本で出版された「万国総図・民族図譜」の日本人の絵を見てみる。

 男は立派なよろいを身につけ、やりを握る。女は十二単のような着物姿で、長い黒髪もさらさらだ。男は強く威厳に満ち、女は文明的で美しい。

 そんな筆意が見え、これも、笑ってしまった。

 古今東西。人は、自分や身内には甘く、自分と価値観の異なる人やよく分からない外国人を見る時は、偏見や悪意を持ってしまうようだ。

「万国総図・民族図譜」より。左下に「長人」、左上に「小人」が描かれている(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)

▽偽情報。今は洪水のように押し寄せる

 昔の絵を楽しく鑑賞していたが、ふと、今の国際情勢が頭をよぎり、複雑な気持ちにもなった。

 昔も今も、偽情報は万里を走る。

 嘘であっても、つい好奇心をそそられるような面白い話とか、その人にとって何か都合がよくて思わず信じたくなるような情報であれば、広まる。

 相手の発言を「フェイクニュース」と切り捨てて再選を果たした米国のトランプ大統領が、猫の目のように自らの発言を変えて、世界を右往左往させている。 世界も日本も、分断と対立をあおる極端な言動がはびこり、敵対勢力に対する悪意に満ちた一方的な偏見や偽情報があふれる時代になった。

 大航海時代。偽情報は帆船と口コミで伝わり、真偽を見極める時間もあった。今。それは一瞬で世界に拡散し、次の偽情報、また次の偽情報…と洪水のように押し寄せる。

 笑ってばかりもいられないかも知れない…。昔の絵を見ながら、考えさせられた。