六代目山口組・高山清司相談役を「独占直撃撮」…ヤクザの「追っかけ」をする命知らずのサラリーマンがいた!

日頃は自動車関連会社で働く、ごく普通の会社員 。しかし、ひとたび勤務を終えると、6台のスマホをバッグに忍ばせ全国を飛び回る。目的は、山口組をはじめとする暴力団の組長や大物幹部、若い衆たちの一挙手一投足を記録に収めるため――。

一般人でありながらヤクザの「追っかけ」を続け、YouTubeチャンネルでその様子を配信する男性がいる。組長の誕生日会、大物幹部の出所、そして分裂騒動の緊迫した現場。一般人であれば決して近づかない危険な「最前線」に、彼はなぜ立ち続けるのか。常識外れな行動の裏にある、謎の熱意と原点に迫った。

「追っかけ」の原点はテレビで見た「山一抗争」

「なぜヤクザの追っかけをしているんですか?」

単刀直入に問うと、山口組の顧問弁護士であった山之内幸夫氏の著書を原作とした映画『悲しきヒットマン』のTシャツを着た男性は、少し考えた後、こう答えた。

「自分でもおかしいということは十分わかっています。でも、彼らの持つ独特の世界観や生き方が純粋に好きなだけなんです」

「追っかけ」の原点はテレビで見た「山一抗争」, 自動車関連会社で働く会社員, 高山相談役を「独占直撃撮」!, 組員から「撮ってくれてありがとう」

組長や大物幹部らを追いかけ全国を飛び回る(ひろクンchより)

YouTubeチャンネル「ひろクンch」を運営する男性は、北関東出身で現在50代後半。ヤクザの世界に興味を持ったのは少年時代だったという。

「中学3年生の頃からバイクに乗り始め、世間でいう暴走族に所属していました。地元では進学校として知られる高校に進みましたが、バイク関係の問題で5回も停学に。愛車は先輩から受け継いだヤマハの名車『XJ400Z-S』でした。

ただ、バイクをブンブンやるのは誰でもできる。暴走族からの卒業は早かったと思います」

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「行く道は、行くしかない。」と書かれた『悲しきヒットマン』Tシャツを着て取材場所に現れたひろクン

この頃に出会ったのが、テレビ越しに見るヤクザの世界だった。

「ちょうど10代半ばの頃、テレビで連日報じられていたのが『史上最悪の暴力団抗争』と呼ばれている『山一抗争』でした」

山口組の三代目組長・田岡一雄が死去し、竹中正久が四代目に就任したものの、それに反発する勢力が『一和会』を結成して離反。内紛は竹中が暗殺されたことでヒートアップし、多数の死傷者が出る争いに発展した。

「親分がいて、親分のために命を張る若い衆がいる。はっきりした縦社会であり、組織の人間はトップのために自発的に動く。人間社会の縮図というか。

テレビ越しに見たその世界に、強く惹きつけられました。ヤクザに対する関心は山一抗争から始まっており、まさに原点です」

自動車関連会社で働く会社員

一方で、「自分自身がその生き方をしようとは思ったこともない。あくまで外から見る、ある種の憧れだった」と振り返る。

「高校卒業後、二輪関係の会社で働きながらレーサーとして活動しました。国際A級ライセンスも取得しましたが、24歳の時に首の骨を折る大怪我を負って引退。

30歳を過ぎた頃、岩城滉一さんと出会い、岩城さんのレースチームである『チームイワキ』の手伝いをしていたこともあります。スタッフはボスである岩城さんのために先を読んでタオルや飲み物を出す。その関係性が心地よかった」

現在は自動車関連会社で働く彼は「暴力そのものに惹かれたわけではない。むしろ好きではない」と話す。

「会社においても上司の命令を待って動く人間よりも、相手の思いや状況を悟って動くほうが使えますよね。一般社会も不良の世界も同じです。上から言われて動くのは遅い。トップのために自発的に動く組織のあり方や人間模様が好きなんです」

ヤクザの「追っかけ」を始めたのは40代になってからだ。

「追っかけ」の原点はテレビで見た「山一抗争」, 自動車関連会社で働く会社員, 高山相談役を「独占直撃撮」!, 組員から「撮ってくれてありがとう」

これまで数々の組事務所を訪問(ひろクンchより)

「中学生の頃から抱いていたヤクザへの興味から、組の事務所に足を運ぶことはあっても、組員に近づいて撮影することはなく、遠巻きに見ているだけでした。

やがて撮影をするようになりましたが、最初はiPhone6でこっそり撮る、それこそ盗撮に近い感じでした。やはり、怖かったのが本音です。ただ、何度も現場に行くうちに、次第に堂々と撮影できるようになっていきました」

とりわけ印象に残っているのは、刑期を終えて出所した六代目山口組の大物幹部が品川駅に現れた現場だ。

高山相談役を「独占直撃撮」!

「2019年10月18日、府中刑務所を出所し、品川駅に現れた六代目山口組の高山清司若頭(現在は相談役)の映像は、自分の中で『会心の作品』だと思っています。

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品川駅に現れた六代目山口組の高山清司若頭(現在は相談役)。「最も印象に残っている現場のひとつ」という(ひろクンchより)

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新幹線ホームにて「独占撮」(ひろクンchより)

駅構内にはメディアの方もいて、横から撮影していましたが、自分はうまく回り込んで正面から撮影することができました。また新幹線の入場券を買ってホームに入り、高山若頭を至近距離で撮影することにも成功。自分の機転と思い切りで唯一無二の映像を撮れたことに、大きな手応えを感じました」

 会社員として働きながら、時間が許す限り、全国を駆け回る。

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弘道会会長に就任した野内正博前若頭と弘道会総裁も務める六代目山口組の竹内照明若頭(ひろクンchより)

「9月25日には愛知県豊橋市にある六代目山口組の二次団体・平井一家本部で六代目山口組の中核組織・弘道会会長の『継承盃』が行われ、現地に駆けつけました。

新たに会長に就任した野内正博前若頭、そして弘道会総裁も務める六代目山口組の竹内照明若頭はやはり特別なオーラがあります」

組員から「撮ってくれてありがとう」

彼が狙うのは組織だけではなく、個の「生き様」だ。

「2022年12月20日、神戸山口組から離脱した侠友会の寺岡修会長が、けじめをつけるために単身で上京し、稲川会の稲川会館を訪れました。少し前から『稲川会の内堀和也会長の仲裁のもと、寺岡会長が六代目山口組側に謝罪するのではないか』との話が出回っており、『どうやら今日のようだ』との情報を聞きつけ、新横浜駅へ急行しました。

2015年の山口組分裂の際、神戸山口組に参加し、最高幹部である若頭を務めた大物が護衛もなく、たった一人で新幹線に乗って来て、一人で帰っていった。このとき、何とも言えない寂しさ、哀愁を感じて…。いつもとは違う感情を抱き、強く心を打たれました」

「追っかけ」の原点はテレビで見た「山一抗争」, 自動車関連会社で働く会社員, 高山相談役を「独占直撃撮」!, 組員から「撮ってくれてありがとう」

稲川会の幹部に見送られる寺岡修会長(当時)。その姿に「強く心を打たれた」という(ひろクンchより)

この現場を撮影できたのは彼だけだった。映像をYouTubeで公開すると、解散した侠友会の組員から「うちのおやじが一人で行って、一人で帰ってきたあの場面を撮ってくれてありがとう」と感謝されたという。

一般人でありながら、唯一無二の「追っかけ」として数々の「修羅場」に立ち会ってきた「ひろクン」。 彼の常軌を逸した活動は、やがて警察、そして当のヤクザたちとの間に、奇妙な「認知関係」を生んでいくことになる。

後編記事『六代目山口組・司忍組長に「サインくださぁい!」…50代会社員がヤクザの「追っかけ」になった「驚愕事件」』につづく。