イスラエル軍の「虐待映像」流出、試される軍の自浄能力

ネゲブ砂漠にあるスデ・テイマン収容所
【テルアビブ】イスラエルで今月始め、バラクラバ(軍人用目出し帽)を着用した予備役兵4人が会見を開き、軍法務局トップに対する処罰と収監を要求した。4人はパレスチナ人の囚人に対する虐待容疑で起訴されていたが、法務局を率いるイファト・トメルイェルシャルミ少将がその証拠となった監視カメラの映像を流出させたと主張した。
トメルイェルシャルミ氏はその後に辞任を表明し、現在は自宅軟禁下に置かれている。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認した裁判資料によれば、同氏と少なくとも5人の関係者は、捜査映像の流出およびその隠蔽(いんぺい)、さらにはイスラエル最高裁を誤導した疑惑に関する警察の捜査の一環として取り調べを受けている。
予備役兵らの弁護団は記者会見で依頼人について、トメルイェルシャルミ氏が率いる組織的な中傷の被害者だと主張した。
捜査担当者が捜査対象となる今回の逆転劇は、ガザ戦争中に発生した法的な事件として最も大きな物議を醸す1件となっている。またパレスチナ人の囚人に対する深刻な虐待容疑を巡り、予備役兵を起訴する動きにも疑問を投げかけている。
イスラエル当局者によれば、軍は4人の予備役兵に対する訴追を引き続き進めている。一方で軍法務局では新たなトップが指名されている。
今回の件は、自国兵士による虐待疑惑を調査する能力があるのか、イスラエルの司法制度を試すものでもある。イスラエル政府の指導者たちは、戦争犯罪に関与した疑いで国際刑事裁判所(ICC)の捜査を受けており、自国の司法制度の能力はその中で重要な論点となるため、法的影響は広範囲に及ぶ可能性もある。

イファト・トメルイェルシャルミ氏
英ブリストル大学の国際公法教授、ローレンス・ヒル=カーソーン氏は、「これはイスラエルが兵士の犯罪を調査することに真剣に取り組んでいるかどうかという問題に、さらなる懸念を加えるものだ」と指摘。イスラエル国内では、兵士の不正行為を調査することに反発の声もあがっているが、「これらの懸念が現実のものとなるかどうかは、今後の展開次第だ」とした。
今回のスキャンダルの発端となった事件は、2024年7月に発生。ネゲブ砂漠にあるスデ・テイマン収容所で目隠しをされ手錠をかけられたパレスチナ人の囚人に対し5人の予備役兵が15分間にわたって踏みつけ、警棒で殴り、テーザー銃を使用したことがきかっけとなった。これにより囚人は肋骨(ろっこつ)7本が折れ、左肺が損傷。WSJが確認した起訴状によれば、囚人が痛みで叫び声をあげる中でこれらの行為が行われた。
起訴状では「被告の1人が鋭利な物で被拘束者の臀部(でんぶ)を刺し、それが肛門付近に達し、直腸壁に裂傷を生じさせた。その後、被告の1人が被拘束者に対し、自身が職務上所持していた警棒を口に入れるよう命じた」と記されている。この事件の間、予備役兵らは交代で犬を抱え、ある時点ではその犬を被拘束者に押し付けたという。
起訴状によれば囚人は臀部から出血し、呼吸困難を訴え民間病院に送られた。その後治療に当たった医師らが当局に警告を発したとWSJは伝えている。直腸の損傷とその後の出血は、2回の手術を必要としたと起訴状に記されている。
トメルイェルシャルミ氏の元には、医療報告書や監視カメラ映像を含む証拠とともに今回の事件における虐待の疑惑が報告された。被告となっている兵士らは起訴内容を否認している。

スデ・テイマン収容所前で、虐待疑惑に関連し取り調べを受ける兵士らを支持し集会を開く人たち(2024年)
同氏が刑事捜査の開始を決めたことは、即座に激しい反発を引き起こし、同氏は現代版の「血の中傷」を広めたと非難された。「血の中傷」は虚偽で反ユダヤ主義的な告発を指すために使われてきた言葉として知られる。さらに兵士らが拘束されていた基地を極右の議員を含む群衆が襲撃して侵入。トメルイェルシャルミ氏に対する殺害予告も相次いだ。
同氏は辞任を表明する書簡で、批判に対抗するために監視カメラ映像の一部を流出させることを決めたと述べた。映像には予備役兵らが囚人を壁に押し付け、カメラの視界を遮るため盾で自らを囲む様子が映っていた。
トメルイェルシャルミ氏は「軍検察庁の責任者として、またIDF(イスラエル国防軍)、同部隊そして部下に対する深い責任感から、軍の法執行官に対する虚偽のプロパガンダに対抗するため、メディアへの資料の公開を承認した」と述べた。
警察はこれに対し、同氏が映像を流出させその隠蔽も行い、イスラエル最高裁を誤導したと主張している。トメルイェルシャルミ氏が辞任を表明した書簡では、隠蔽の疑惑には触れられていない。同氏の弁護士はコメントを控えた。
トメルイェルシャルミ氏に対する捜査がイスラエル国内で報じられると、イスラエル政府は全面的に同氏を批判。勇敢なイスラエル兵士の名誉を汚した悪者だと複数の閣僚は主張した。またイスラエル・カッツ国防相はトメルイェルシャルミ氏が「血の中傷」を広めたと主張し、ベンヤミン・ネタニヤフ首相率いる連立与党の議員らは同氏を裏切り者、敵そして犯罪組織の頭目と呼んだ。
ネタニヤフ氏は今月始め、「これはイスラエル建国以来、国の評判を最も深刻に傷つけている件かもしれない」と述べた。
誤情報を監視するイスラエルの団体「フェイク・リポーター」は、トメルイェルシャルミ氏に対する公の場での批判はここ数週間で頂点に達し、ソーシャルメディア上の投稿では同氏を殺害するよう呼びかける内容も多くみられたとした。エルサレムで開催されたサッカーの試合では、トメルイェルシャルミ氏がイスラム組織ハマスの服を着ている様子を描いた横断幕も掲げられた。
フェイク・リポーターのロイ・スソン広報担当は、スキャンダル発覚以来、同団体が追跡してきた数千件のオンライン投稿に言及し、「彼女を石打ちで殺せ、切り刻め、殺せという具体的な暴力への扇動的な言説」が含まれたと述べた。
国際的人権団体やイスラエル国内の団体は、同国の法制度が兵士による潜在的な戦争犯罪、特にパレスチナ人の囚人に対する虐待を十分調査し、処罰できてはいないと主張している。また軍法務局やトメルイェルシャルミ氏に対する攻撃はイスラエルの軍検察官に萎縮効果をもたらす可能性もあると、一部専門家は述べている。
イスラエル軍の国際法務担当トップを務め、現在はエルサレムのシンクタンク「イスラエル民主主義研究所」に所属するエラン・シャミールボーラー氏は、「この戦争に関しては、法を執行して人々に責任を負わせることが、私が記憶する限りこれまでのどの作戦よりも公的に困難だった」と述べた。
トメルイェルシャルミ氏が提訴した件は、軍兵士によるパレスチナ人囚人虐待の容疑に関するこれまでの事例の中でも、最も注目を集めるものとなっている。
戦争犯罪の疑惑が調査され、起訴に至る例はまれとなっている。公表されているイスラエル軍のデータによれば、トメルイェルシャルミ氏が率いるイスラエル軍検察は2023年10月から2024年8月の間に、兵士による犯罪に関する70件以上の刑事捜査に着手。だが捜査の進捗(しんちょく)状況は公表されておらず、軍はより最近の期間のデータを含む追加情報の提供を拒否した。
イスラエル兵を国際法廷に立たせることへの反発もある。これは同国には国内で戦争犯罪を調査できる健全かつ強力な法制度があるとの主張が柱となっている。
だがテルアビブ大学のエリアブ・リーブリッヒ教授(法学)は今回の映像を巡るスキャンダルについて、イスラエルがそのような疑惑を調査する能力があるかについて疑問を投げかけているとした。
WSJが確認した裁判資料によれば、トメルイェルシャルミ氏は現在、脆弱(ぜいじゃく)な状態にある。同氏は先月末辞任した後、家族に遺書を書き、数時間行方不明になったと警察の広報担当者は述べた。その後は大規模な捜索が行われ、同氏は11月2日夜遅くイスラエルの海岸で発見され夜を救急病棟で過ごした。
同氏から流出映像を受け取り公開したイスラエルのジャーナリスト、ガイ・ペレグ氏も、自身と家族に対する脅迫がエスカレートし警備が付けられる事態になったと述べている。
トメルイェルシャルミ氏は以前、兵士による不正行為の疑惑を調査しないよう軍関係者に圧力がかけられることに関し、警鐘を鳴らしていた。
同氏は2024年12月の演説で、「この戦争では残念ながら、兵士が関与した犯罪を捜査することに正当性がない状況を作り出そうとする者がいる」と発言。「だが実際は、戦争中は捜査を完全に避けなければならないという主張こそが、全ての兵士をおとしめるものだ」としていた。