徒歩10分の「蒲田駅」と「京急蒲田駅」が地下でつながる…「お金の無駄」地元住民が漏らした本音
「蒲田駅」と「京急蒲田駅」
東京都大田区の蒲田エリアには2つの“蒲田駅”があるのをご存知だろうか。
JR「蒲田駅」と京浜急行電鉄「京急蒲田駅」の2駅なのだが、隣接しているわけではなく、約800メートルも離れている。同じ“蒲田駅”でも徒歩で10分程度かかるという微妙に遠い駅同士なのだ。
10月3日、国土交通省は「新空港線(通称・蒲蒲線)」の速達性向上計画を認定した。蒲田駅と京急蒲田駅を地下で直結する計画が2038~42年の開業を目指して動き始めたのである。
東急多摩川線が延伸し、京急空港線を経由して羽田空港へ直結。さらに東急東横線など都心方面からの直通運転も可能になることで、渋谷などから羽田空港までのアクセスが格段に向上すると見込まれるという。
交通政策調査特別委員会の資料によると総事業費は約1,248億円で、事業は国・都・区や鉄道会社などで負担を分けることになっており、大田区は数百億円を担うことになるようだ。この「徒歩で移動できる距離」に巨額の税金を投じる価値が本当にあるのだろうか。ネット上にはそのような疑問の声も少なくない。
そこで今回はまず筆者が現地に足を運び蒲田駅から京急蒲田駅まで歩き、さらに利用者・地元住民の声を拾った。

徒歩10分の「蒲田駅」と「京急蒲田駅」が地下でつながる…「お金の無駄」地元住民が漏らした本音
2つの駅の間を実際に歩いてみた
平日16時頃にJRの蒲田駅に到着。そこから京急蒲田駅までの約800メートルを歩いてみたところ、その道のりは想像していたよりも単調で、迷うことはほとんどなかった。
改札や駅を出てすぐに「京急蒲田駅はこちら」という案内表示があり、街が両駅を意識して導線を整えていることがわかる。

JRの蒲田駅前の案内地図
夕方には買い物袋を下げた主婦、ゆっくり歩く高齢女性、部活帰りの学生らが行き交い、この道が日常的な生活動線になっているのを実感する。

蒲田駅と京急蒲田駅の中間地点付近
一方で京急蒲田駅側にある商店街のアーケード以外は屋根がなく、雨の日は傘をさした人々で歩道が混み合うだろう。信号もいくつか点在している。スーツケースや大量の荷物を抱えて移動するのは楽ではなさそうだ。毎日通勤・通学で往復するとなると、「煩わしさ」を感じる人は想像以上に多いのではないだろうか。

京急蒲田駅前あすと商店街入り口付近
「誰のための便利さなのか」――大田区在住40代女性の本音
「ああ、ついに『蒲蒲線』計画が動くのか、という印象でした」――蒲田駅近くに13年間住み、毎日この街を行き来するAさん(40代女性)は、『蒲蒲線』計画の正式認定をそう受け止めたという。
「昔から『いつかできるらしい』とは聞いていたので、ようやく現実味を帯びてきた印象です。知人の間でも話題になりますが、意見は割れていますね。『東横線が羽田空港まで直通できるなら便利』という人もいれば、『たった800メートルを繋ぐためにそんなにお金をかける必要があるの?』という声も多いです。私自身は『蒲蒲線』が完成しても利用する機会がほとんどなさそうですね」(Aさん)
蒲田駅と京急蒲田駅の間は徒歩10分ほど。だが、その10分が快適とは言いがたい。
「歩道は狭く、朝夕は人と自転車でごった返しています。雨の日なんて最悪です。傘をさす人で歩道が埋まり、スーツケースを持った観光客や高齢者、苛立った会社員がすれ違うのも一苦労。信号の待ち時間も長い。私は急がないときか荷物が少ないときしか歩きません」(Aさん)
さらに総事業費が1,248億円でそのうち大田区が数百億円負担することを知ると、Aさんの口調には慎重さが増した。
「補助金があるのは理解していますが、区民の税金も使われる以上、『どこまでが本当に必要な投資なのか』は慎重に考えるべきだと思います。空港アクセスで地域の価値が上がるという理屈はわかりますが、それが区民の暮らしにどう還元されるのかはわかりにくい。『800メートルに1,248億円もかけるの?』という感覚は、やっぱり拭えません」(Aさん)

photo by gettyimages
大田区は10年間で約5,700億円、1都2県(埼玉県・神奈川県の一部)では1兆円を超える経済波及効果を見込む試算を公表している。だがAさんは、「その数字が誰の得になるのかが見えにくい」と指摘する。
「蒲田が“通過駅”になってしまえば、区外の人や企業に利益が流れるだけ。線路が繋がっても地元の生活は大きく変わらないのではないかでしょうか。地元の商店や住民の生活が豊かになるとは限りませんし、通過客が増えても地域の消費が増えなければ、経済効果を実感できるとは思えません。地下で行き来できるようになれば歩く人は減るでしょうし、商店街が寂れてしまうのではと心配です。
一方で新しい施設やオフィスが増えれば新たな流れも生まれるかもしれませんが、それが地元の個人商店や住民にどう影響するか、行政はもっと現実的に考えるべきです」(Aさん)
利便性への期待と、費用の重さへの疑問。そのどちらにより重きを置くか尋ねると、Aさんは迷わずこう答えた。
「私は『そんなにお金をかけてまで価値があるのか?』のほうです。便利になるのは確かに嬉しいけれど、区民の負担で進む以上、“誰のための便利さなのか”をもっと明確にしてほしい。通過される街ではなく、住んでいて誇れる街、住民にメリットがある街にしてほしいんです」(Aさん)
「事業費1,248億円は妥当」――蒲田勤務・40代男性の見方
40代男性のBさんは、数年前に勤務先が蒲田になったという。
「最初に『蒲蒲線』の話を聞いたときは、まだ自分にとって蒲田は縁のない場所でした。純粋に『駅がつながれば便利になるのでは』と思っていましたが、地域の人たちの声を聞くと、想像以上に批判的な意見が多くて驚きました」(Bさん)
地元住民のなかには「距離の短さに対して事業費が大きすぎる」「もっと他に優先すべき課題があるのでは」といった声も根強く、地域によって温度差があると感じているという。
「ただ“徒歩10分”の道のりが決して快適ではないことは確かです。商店街のアーケード付近までは道幅が狭いのに人通りが多く、歩きづらい。歩行者と自転車、買い物客が入り混じるので、一定のペースで進みにくく、時間帯によっては立ち止まらざるを得ません。信号や歩道の配置も整っていないので、移動のたびに小さなストレスを感じます」(Bさん)
BさんはAさん同様、『蒲蒲線』が完成したとしても、「おそらく使う機会は少ない」と話した。
「けれどJRと京急を乗り継いで空港や他地域へ向かう人にとっては、利便性が劇的に向上するでしょうね。重い荷物を持つ空港利用者や通勤客にとっては大きな改善になると思います。
総事業費1,248億円という金額は、徒歩10分という距離だけを見ると過剰に思えますが、地域全体の交通網を面的に整備するという観点から見れば妥当ではないでしょうか。空港アクセスや鉄道ネットワークの強化という目的を考えれば、単なる“800メートルの短絡線”ではなく、都市構造そのものを変える取り組みだと思います」(Bさん)

photo by gettyimages
一方で、「税金の使い道」として考えると別の見方もあるようだ。
「恩恵を受ける範囲の差が大きいと感じます。線路沿いや駅周辺に住む人は直接的なメリットがありますが、それ以外の住民にとっては実感が薄い。私は公共投資の一環として理解できる範囲だと感じますが、『自分の負担が増えるのに恩恵がない』と感じる人が出てもおかしくないでしょう」(Bさん)
経済波及効果についても、Bさんは冷静に見ている。
「数字は大きいですが、実際には新しい需要を生むというより、既存の経済活動が周辺地域から移る形になるのではと感じます。広い視点で見れば、人やモノの流れがスムーズになること自体は社会の効率を高めること。結果的にプラスに働く可能性もあると思いますが、蒲田には地元に根ざした良い店が多いので、人の流れが変わることで経営に影響が出ないか、街のにぎわいが薄れてしまうのではないかと心配はあります。
ただし、都市全体として見れば移動の効率が飛躍的に高まるのではないでしょうか。通勤・空港アクセス・観光など、多方面でメリットがある。長期的には、街の再構築や新しいにぎわいのきっかけになると思います」(Bさん)
「歩けばいいじゃんと思っていたが…」――20代男性の変心
大学への通学で京急蒲田駅を利用している20代男性のCさんは、計画を知った当初は懐疑的だったという。
「最初に『蒲蒲線』の話を聞いたときは、正直“歩けばいいじゃん”と思っていました。京急蒲田駅とJRの蒲田駅ってそんなに離れていないから、『わざわざ線路でつなぐ必要があるの?』と。でもその後、羽田空港への直通ルートになることを知って、『それはたしかに便利だな』と印象が変わりました」(Cさん)
Cさんは構想を知るにつれ、空港アクセスや東急沿線とのつながりが大きく変わることに気づいたようだ。
「もし『蒲蒲線』が完成したら、僕は利用する機会が多くなると思います。今までは“蒲田経由か京急蒲田経由か”を選ばなければならなかった通学ルートも、もっと柔軟になるはずです。
総事業費の約1,248億円というのは、数字だけ見るとすごい額ですけど、実際に不便を感じている身からすれば“それだけの価値はある”と思います。徒歩10分だからといって、もったいない投資とは感じません」(Cさん)

photo by gettyimages
そして経済波及効果についてはこう語る。
「10年間で約5,700億円―――その数字は現実的ではないでしょうか。羽田空港という“国際ゲートウェイ”を最大限に活かすには、アクセスを強化するのが一番。都心だけじゃなく、周辺地域にも恩恵が広がるはずで、結果的に大田区にも還元されると思います」(Cさん)
利便性への期待と、費用の重さへの疑問。Cさんのなかでは、利便性への期待のほうが上回っているのだろう。
「両駅間を歩く人が減れば、商店街の人通りも減ると思いますが、個人的には“便利になる”という期待のほうが大きいです。蒲田駅から羽田に直接アクセスできるようになれば、街の動線が大きく変わると思いますし、利用者も増えるはず。若い世代にとっても、日常の行動範囲が広がるきっかけになるんじゃないかと感じています」(Cさん)
―――あくまで今回の取材で話を伺った3名に限った話ではあるが、「便利になる」「街に恩恵がある」という期待と、「そこまでの費用をかける必要があるのか」という疑問の間にある温度差が見えてきた。
“地元の移動を楽にする”という目的だけで考えると約1,248億円という額は高すぎると感じるかもしれない。しかし、東京全体の交通効率を上げるインフラ投資と考えれば、決して無駄ではないという意見もわかるだろう。この事業を“街の利便性向上”として見るか、“国際空港アクセスの整備”として見るかで評価は変わるのではないだろうか。
(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio)