ラーメン屋にある”ごますり器”の知られざる歴史…「誕生から60年」「本体の形は一度も変えていない」

ラーメン屋にある“ごますり器”の歴史

ある豚骨ラーメン店で、4歳の息子が“ごますり器”に手を伸ばした。ごまを出そうとするが、初めての経験で苦戦。「逆さに持って回すんだよ」と教えてあげると、楽しそうにごまをすっていた。

スリッキーN(株式会社角大産業)

この“ごますり器”の認知度は高く、大人なら当たり前のように使い方を知っている。

しかし、どんな商品にも始まりがあるわけで、登場した頃は多くの大人が私の息子のように、使い方に戸惑ったのではないか?

そう考えると “ごますり器”の歴史が気になってきた。

誰もが一度は見たことがあるであろうこの“ごますり器”の名は『スリッキーN』。開発・販売する名古屋市の株式会社角大産業 代表・矢橋正光氏に、誕生秘話と歴史を聞いた。

独特な形は、家族みんなで考え抜いた

独特なフォルムながら、多くの飲食店に当たり前に置かれ、私たちも使い方になんの疑問も持たないほどポピュラーになっている『スリッキーN』。

株式会社角大産業の代表・矢橋正光氏

角大産業の代表・矢橋氏によれば、発売開始は昭和37年とのこと。まだ、最初の東京オリンピック(昭和39年)さえも開催されていないほどで、今年で63年もの歴史を重ねている。

発明したのは、矢橋氏の義父で先代の社長である恒川悠紀男氏(平成7年に逝去)。当初は、単純に「ごまの容器」を作ろうとしていたのだという。

「先代が知人から『ごまにちょうどいい入れ物を考えてみたら?』と提案され、『だったら、その容器でごまが擦れたらいいよな』という発想から始まったそうです。当時、弊社は製粉業をしていたため、構造は石臼からヒントを得たと聞いております」(角大産業代表・矢橋正光氏、以下「」も)

そうして始まった『スリッキーN』の開発も、あの独特な形にたどり着くまでには苦労があったという。

「逆さにして擦るために、最適な角度はどのくらいかと研究を重ねたそうです。それから、ごまを擦るウスの部分の歯の角度や本数も、先代の家族みんなで試行錯誤を経て完成に至ったようです」

誕生から60年「本体の形は一度も変えていない」

こうして誕生した『スリッキーN』だが、筆者の息子が使い方に戸惑ったように、発売当初は使い方に困る人も多かったのではないだろうか。

「パッケージにイラストで載せているので、始めから大きな問題はなかったようです。ただ、炒りごまではなく、生ごまを入れてしまった方からお困りのお電話をいただいていました。実は、同様のお電話は今も年に数回あるのですが…」

類似品の少ない商品ということを考えると、年に数回の問い合わせはかなり少ない。これほど問い合わせが少ないのは、時代に合わせたアップデートがあるからなのだろうか?

画像:iStok

「いえ、本体の形は一度も変わっていません。変わったのは色だけです。ごく初期は、容器部分が透明ではなく、ウスの部分も最初は3色あったようですが、わりとすぐに赤い頭と透明の体に定着したみたいです。私も、入社した昭和60年代に『ピンクや黒も出しませんか?』と提案してみましたが、通りませんでした(笑)」

発明以来、形に変更がないということには、開発までの試行錯誤の深さが窺える。また、色の統一化もアイコンとしての役割を大きく果たしているだろう。

現在では、定食屋やラーメン屋で見かける定番商品のイメージだが、もともとは“家庭用”として販売されていたという『スリッキーN』。家庭での需要が減少した今でも、売上が年間10万個を超え、世界中に輸出しているという。

後編記事『ラーメン屋にある“ごますり器”は【年間10万個超】売れていた…!海外からも支持を集めるワケ』では、『スリッキーN』が60年間売れ続ける理由を紹介します。