「ドイツのヴァーデフール外相が暴走中」中国を怒らせ、シリア難民も帰還させない…国益と党内方針を揺るがす言動の代償

暴走するヴァーデフール独外相

10月、ヴァーデフール独外相(CDU・キリスト教民主同盟)の訪中がドタキャンになった話は、11月2日付の本欄で書いた。氏が世界のあちこちで中国の悪口を言ったので、訪中しても中国の要人が誰も会ってくれなくなってしまったからだ。

では、ヴァーデフール氏は何を言ったか? たとえば8月の訪日では、「中国はインド太平洋で優位な立場を主張し、国際法上の原則を脅かそうとしている」と言い、その後のインドネシア訪問では、「台湾海峡を中国から守ろう」と協力を呼びかけた。岩屋外相(当時)もプラボヴォ大統領も大の親中なので、そんな呼びかけに乗るはずもなかったが、氏はさらにインドでも母国ドイツでもトンチンカンな言動を繰り返した。

暴走するヴァーデフール独外相, シリア難民を帰国させようとしない, 食い違う首相と外相, 難民にとって居心地が良すぎる

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ただ、間の悪いことに、ドイツの産業界はこの頃、中国からのコンピューターチップの供給が止まり四苦八苦していた。特にVWなど、短縮操業に追い込まれそうになっていたほどで、本来なら外相は中国を怒らせている場合ではなく、一刻も早く中国と交渉すべきだった。ところが、氏はその真逆をしたのだった。

その後、チップの問題は、トランプ米大統領と習近平国家主席の話し合いで一応解決し、ドイツの産業界は胸を撫で下ろしたが、しかし、ヴァーデフール氏の暴走は止まらず、今ではCDU内部から氏の更迭を求める声も上がっている。

本稿は、ヴァーデフールのその後の暴走の有様である。

シリア難民を帰国させようとしない

10月30日、ヴァーデフール氏はシリアのダマスカスを訪れ、アハメッド・アル・シャラー暫定大統領(イスラム原理主義グループHTSの頭目だった人)、アサド・アル・シャイバニ外相と会談。この2人に向かって、「シリア政府は国民に尊厳のある安全な生活を保障すべき」で、「性別、宗教、民族、社会的階級による差別があってはならない」と説いた。ドイツ政府は現在、シリア内戦の終了に伴い、庇護しているシリア難民を母国に戻そうとしているため、それを念頭に置いた発言のつもりだったのだろう。

23年末、ドイツ在住のシリア人は97.2万人で、そのうち難民、および難民申請者は71.2万人。つまり71万人のシリア人がドイツで衣食住の世話を受けつつ、難民として認可されるのを待っている(たいていは認可されない)。

ちなみに内戦前に正式に政治亡命者として入ったシリア人は、医者などインテリが多く、英語も達者で、すでにドイツ社会の一員だが、15年以後に入ってきたシリア人は、たとえ難民として滞在許可を認められても社会福祉にぶら下がったままのケースがほとんど。しかも、彼らの多くは、内戦が終了しても帰国を希望していないという。

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さて、ヴァーデフール氏はダマスカスでの会談の後、近郊の町に案内され、完膚なきまでに破壊された町を視察した。そして、現地に同行した記者たちの質問に答えて言ったのが、「私は今までこれほど大規模な破壊を見たことはなかった」、「彼ら(シリア難民)の多くを、短期間の間にここに戻ろうという気にさせられるとは思えない」。「ここでは人間らしい尊厳ある生活は送れない」等々。繰り返すようだが、ドイツ政府は現在、シリア難民送還のためにただならぬ努力をしている。なのに、よりによって外相が、「こんなところに難民を帰すのは無理、無理!」みたいなことを言ったわけだ。難民は絶対に帰したくない社民党や緑の党がお腹を抱えて笑ったことは間違いない。

食い違う首相と外相

ドイツは憲法に、「政治的迫害を受ける者は庇護権を享有する(第16条a)」と明記している唯一の国だ。ただし、戦闘地からの避難民は、戦争が終われば戻ることが前提。だからこそ、CDU/CSUは今、難民を祖国に戻そうと野党を敵に回して必死で戦っているのに、これではその努力が水の泡である。

しかも、それだけではなかった。ヴァーデフール氏は帰国後も反省の色なく、11月4日、CDU/CSU党派の会議の席で延々と、シリアの破壊状況は戦後のドイツよりも酷いと主張し、皆を唖然とさせた。いったい氏は、何をもって比較しているのか?

1945年、ドイツの復興はドイツ人がお腹を空かせながらやった。そこでは、「Trümmerfrauen(瓦礫の婦人)」と呼ばれた大勢の普通の女性たちが、食料の配給を受けるため、重機もない中、素手で一日中、瓦礫を片付けたのだ(Trümmerは瓦礫、Frauenは婦人たちという意味)。

日本も同じで、焼け野原で頑張ったのは日本人。なのにシリアの場合は、難民が戦禍で乱れた国に帰りたがらないのは当然で、片付くまでどうぞドイツにいてくださいというのだろうか。

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そもそも、インフラの破壊や劣悪な生活環境が難民となる条件として通用するなら、ソマリアやスーダンなど、少なくとも同じぐらい酷そうな条件の国はたくさんある。いずれにせよ、メルツ首相は「シリア難民の帰還が始まる」と明言していたのだから、関係者はイラついた。首相と外相の話が食い違ったら政治は信用をなくす。

難民にとって居心地が良すぎる

ただ一方で、実は、シリア人が皆、帰らないわけではない。ヴァーデフール氏が見た場所は壊滅していたかもしれないが、シリアは広い。全土が隈なくやられているわけではないのだ。

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その証拠に、現在、フランス、英国などからは数十万のシリア難民が帰国している最中だという(ドイツから帰国したのは数百人)。つまり、ドイツにいる難民が帰りたがらない大きな理由は、おそらくドイツの居心地が良すぎるのだ。現金で支給されている援助が、シリアにごっそり送金されていることもしばしば指摘されている。

AfD(ドイツのための選択肢)は以前から、支援は現金ではなく、現物支給かクーポンにすべきだと主張しているが、何故か無視される。それだけでも実行されれば、帰国する難民は増えるかもしれないというのに。

現在、ヴァーデフール氏のことを、「彼だけがシリアの真実を見た」と高く評価してくれているのが、左派党(社民党や緑の党よりさらに左の思想を持つ党)の共同党首の1人、イネス・シュヴェートナー氏だ。しかし、“ほぼ極左”の左派党の党首に褒められてもねえ…。