なぜ捕獲したクマを殺さず放すのか 「学習放獣」の可能性は? 「クマとの共生」目指すNPO担当者の思い

クマ被害が激増するなか、政府は11月14日、人とクマのすみ分けを目標とする「クマ被害対策パッケージ」を公表した。「クマとの共生」はあるのか。捕獲したクマを原則、山へ返す活動を行ってきた団体は、「人の安全」と「クマの保護」にどう折り合いをつけるか、悩んでいる。
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■人里に接近するクマを捕獲、山奥で放獣
国内有数の高級別荘地が広がる長野県軽井沢町。同町はクマ対策を「NPO法人ピッキオ」に委託してきた。
NPO法人ピッキオは、「人の安全を守ること」「野生のクマを絶滅させないこと」の両立などを目指し、2004年に設立された。
ピッキオ・ツキノワグマ保護管理ユニットでリーダーを務める玉谷宏夫さんによると、クマの監視や追い払い、情報発信などの活動を行ってきた。具体的には、人里に接近するクマを捕獲して、発信器をつけて山奥で放し、監視する。再び山から下りてきたクマは犬を使って追い払う。
ピッキオのスタッフは社員4人のほか、夏の繁忙期には期間雇用の2人が加わる。2024年度の収益4620万円の約6割を町などからの受託事業収益が占め、残りは寄付金と会費で賄っている。
■クマ「事前捕獲」の意味
クマの捕獲頭数は、今年、全国的に大きく増える見込みだ。今年度は9月末時点ですでに昨年度1年間の5345頭を上回る6063頭が捕獲(速報値)され、そのうち5983頭(約99%)が駆除された。
駆除されなかった80頭のうち、52頭は長野県で捕獲されたクマで、それに次ぐ島根県の11頭を大きく引き離す。長野県内でも特に放獣が多いのが軽井沢町で、今年度は捕獲した26頭のうち、25頭を放した(11月14日時点)。つまり、全国で放獣されたクマの3頭に1頭はピッキオによるものだ。なぜ、放獣が多いのか。
「他の自治体とは異なり、軽井沢町では一般的なクマの捕獲以外に、『事前捕獲』が行われているからです」と、玉谷さんは言う。
通常、クマの捕獲は、人や農作物の被害が発生した際に行われる。これに対して、「事前捕獲」は、クマの位置を把握し、被害を未然に防ぐために実施される。

■クマの首に発信機を装着
ピッキオは、森と人里の境界にドラム缶型のワナを十数台常設して、人里近くに生息するクマを年中捕獲する。捕獲したクマの首にGPSなどの発信器を装着する。そして人里から離れた森に運び、放つのだ。
GPSの位置情報によると、「多くのクマは、ほぼ毎日森の中にいて、被害対策上は問題ない」と玉谷さんは言う。
だが、なかには別荘地や市街地に接近してくるクマもいる。
■24時間3交代制でクマを監視
そのため、ピッキオはクマが行動範囲を広げる時期の6月1日から10月31日まで、毎日24時間、3交代制(早朝班、昼班、夜班)でクマを監視し、人里に近づいたクマを追い払う。
ピッキオのスタッフは決して多くない。にもかかわらず監視活動ができるのは、スタッフの熱意に加え、軽井沢町の面積が約156平方キロと、比較的コンパクトな自治体であることも関係しているだろう。地形もなだらかな林が多い。深刻なクマ被害が発生し、自衛隊が支援活動を行っている秋田県鹿角市は約708平方キロもある。
■軽井沢町での人身被害は?
もし、人里に近づいてくるクマを電波で見つけたら、徒歩で森の中に分け入り、特別に訓練された犬「ベアドッグ」でクマを追い払う。
だが、繰り返し追い払っても人里に近づくクマもいる。その場合は捕獲して、人に対する反応などを記したリポートを自治体や環境省に提出し、判断を仰ぐ。たとえば、人を見ると近寄ってくるクマは軋轢(危険度)レベル「A」だ。
「けれども、レベルAのクマは、これまで軽井沢町に現れたことはありません」と、玉谷さん。
軽井沢町では11年以降、別荘地を含む「人間の活動エリア」では、クマによる人身被害は発生していないという。ただし、同期間に山林部では6件発生している。
■「学習放獣」を行ってはいるが
放獣する場合は、「人の気配がしたら逃げる」ことを教え込んでから放す、「学習放獣」を行っている。
「人の叫び声や犬の吠え声、クマ鈴などを聞かせてからゴム弾で痛みを与え、放します」(玉谷さん)
だが、学習放獣の効果は限定的で、「捕獲地点のほうに戻ってきてしまうクマが多い」(同)のが実情だ。やむを得ず、薬剤を注射して安楽死させる場合もある。
「生ごみなどに執着してしまうと、追い払っても、すぐに同じ場所に戻ってきてしまう。エスカレートして家屋に侵入するクマもいる。そうなったら、駆除するしかありません」(同)
安楽死させたクマは、これまでに約20頭にのぼる。

■緊急対策はやむを得ないが
「捕獲したクマは放さずに、駆除したほうがいい」と言う人は、常に一定数いるという。玉谷さんはこう話す。
「説明しても、そういう人との溝は埋まらない。どうしたらよいのか……」
特に全国でクマ被害が多発する今年は、「クマが怖い」「大丈夫なのか」という問い合わせが、別荘の所有者たちから相次いでいるという。
政府が「クマ被害対策パッケージ」を公表した11月14日、長野県は一時的に放獣を休止し、捕獲したクマを駆除する方針を打ち出した。今年度、同県では15人がクマに襲われて、1人が死亡している(11月7日時点)。
玉谷さんは、駆除を基本とする県の緊急対策について「やむを得ない」と理解を示す一方で、中長期的にクマとどう向き合うか、「クマが冬眠して、世間が静かになってから、冷静に議論してほしい」と訴える。
■リスクはゼロにはできない
1990年代、軽井沢町では生ごみがクマに荒らされる被害が頻発した。ピッキオが活動を開始すると、「捕獲したクマは殺せ」という声も多く寄せられた。今は、そうした声はほとんどないという。
「我々は、やみくもにクマを放すのではなく、後々まで見守る。必要に応じて、駆除もする。だからこそ、住民の理解が得られているのだと思います」(玉谷さん)
ピッキオのクマ対策は先進事例としてこれまでたびたび紹介されてきたが、「過分な評価」と感じることもあるという。
発信器のないクマは絶えず捕獲されている。つまり、ピッキオが同町に出没するすべてのクマの行動をつかんでいるわけではないのだ。
これまで大きな被害がないとはいえ、不幸な事故が発生するリスクは、ゼロにはできない。
「クマの行動はコントロールできるものではありません。我々が行っているのは、せいぜい森と人里の境界線に立って、人間の力をクマに示し、境界が侵されないようにしている程度です」(同)
人とクマの共存は、多額の費用とマンパワーを費やしても容易ではない。それでも、玉谷さんは、「共存」しうる未来を信じている。
(AERA編集部・米倉昭仁)
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