『ばけばけ』がこだわる「普段の朝ドラではしないこと」とは? “目に見えていない部分”が見たくなる仕掛け
松江の没落士族の娘・小泉セツさんとその夫で作家の小泉八雲さん(パトリック・ラフカディオ・ハーン)をモデルにした、連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)。武士の時代が終わりを告げた明治時代の島根県松江市が舞台となっている本作。私たちに当時の松江市の空気感はわからない。それでも、どこか懐かしさを覚え、“当時の松江市”としての説得力を感じる。

連続テレビ小説『ばけばけ』©︎NHK(以下同じ)
その一方で、主人公・松野トキ(髙石あかり)をはじめ、登場人物は出雲弁を口にしてはいるものの、どことなく現代的な喋り方も特徴的だ。日本の歴史を感じられる一方で、“今風”も垣間見える本作ではあるが、どのように制作されているのか。本作の制作統括を務める橋爪國臣氏に話を聞いた。
◆影を大切にした朝ドラ
“当時の松江市”を描くうえで意識したことを聞くと、「当時の松江には近代化していない部分も多く、美しい町並みが残っていました。そこにやってきたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の目線と、近代化していない松江の情緒に目が向いているトキの目線。“リアルで生々しい松江”というよりは、この2人の目線を通した美しい松江を描けたらと思っています」と答える。
具体的にこだわった部分として「今回、光やレンズ、カメラの選定などにはこだわっていて、普段の朝ドラではしないことをしています」という。
「朝ドラは全体を明るくして、隅々までハッキリと見せ、役者も綺麗に映るようなライティングが基本です。ただ、本作では“影”をとても大切にしています。『ばけばけ』は、影の部分にいろいろな感情が潜んでいるため、登場人物のすれ違いが起きていく。
また、目に見えていない部分が大切なものだったりすることも本作の特徴です。“見えていない何か”が本作の核で、それが恨めしかったり、素晴らしかったりすると考えています」
続けて、影の作り方として「ただただ真っ暗にすればいいわけではない。明るさとのコントラストがあってこそです。また、真っ暗ではなく、クリーミーな黒色になるように、演出、照明、カラリストと目指していきました」と説明。光ではなく影を意識しているからこそ、コントラストに美しさや怖さを感じられるのだろう。
◆幻想的な雰囲気はヘブンの視点から生まれた
照明を扱ううえで意識したことについて、「リアリティにもこだわっていて、当時の空気感を出すため、『ドラマであれば顔を明るく映さなければいけない』という考えは捨てるように制作スタッフ間で共有しました。『なんでここに光があるの?』とは思われないように、ロウソクや夕日といった“リアルな光源”を意識して、登場人物や風景を照らすようにしています」と話す。
また、「スモークもけっこう炊いていて、朝ドラでこれだけ焚くことはないんですよね」と照明以外の機材の活かし方も口にする。
「朝方の靄がかかった雰囲気など、松江のシーンは幻想的に撮っています。それはハーンさん、劇中ではヘブンですが、『実際に来日した時には日本に対する幻想を抱いていたのでは』と思うので、その辺りのハーンさんの心情を描きたかったんです」
◆「リアル」と「リアリティ」は別物
照明やスモークなどでリアルな空気感を追求していることがわかった。とはいえ、喋り方は現代的で、リアルとは真逆な印象を受ける。登場人物が発する言葉については、「リアルとリアリティは別物だと思っています」と回答する。
「リアルを求める人は多いと思いますが、当時のリアルをお伝えするのは、歴史に関する教養番組の役割です。そもそも、当時のことは文献に残っていることから推測するしかなく、当時の写真もほとんど残っておらず、リアルな言葉や所作は正確にはわかりません。
実際に再現できたとしても、視聴者に『何を見せられているのか?』とポカンとされ、感情移入してもらえない可能性もあります。ですので、『当時の人たちがどのように生きていたのか?』ということを今生きている人たちに伝えるために、リアルではなくリアリティを追究することが必要だと考えました」
ただ、リアルを度外視すると「こんなのリアルじゃない!」と批判が寄せられそうではあるが、「リアリティの感じ方も人それぞれ違うため、一定数のお叱りを受けることはわかっています」と腹をくくっていたようで、「『極力多くの人にリアリティを感じてもらうために、どう落とし込むか?』ということは、本当に大切にしました」と語った。
◆あえて時代劇っぽい言い回しはしない
リアリティを表現するため、言葉遣いや所作はどのようなことを意識したのか。
橋爪氏は「実は今回、時代劇っぽい言い回しはしていません。時代劇で描かれるセリフは、基本的に当時使用されていた言葉ではなく、時代劇のために作られた言葉なんです。時代劇は歌舞伎などと同じで完成された芸術だと思っていますが、それゆえに否応なく“劇”として見られ、壁を作ってしまいかねない。そのため、時代劇を目指さないようにしようと考えました」と話す。
「時代劇に登場する若い女性は、所作がキビキビしていたり、母親にも常に敬語で話したりするなど、ビシっとした描かれ方をしますが、実際はそうではなかったのではないかと思います。トキや友人のサワ(円井わん)は20歳そこそこですが、当時を生きていた20歳の女性にも、きっと青春はあったし、年相応の悩みもあったはずです。
なので、あえて現代風の言葉や動きを意識して作っています。ただ、リアルとのバランスも大切なので、セットは徹底的にリアルにこだわり、バランスをとったりもしていますね」
時代劇っぽさがなかったからこそ、トキたちを“今の私たちと変わらない、確かにそこに生きていた人たち”と、身近な存在として感じられたのかもしれない。加えて、トキをはじめ、なみ(さとうほなみ)や雨清水三之丞(板垣李光人)といった、時代に振り回された登場人物の姿を見て、自分事のように胸が揺さぶられた背景には、リアルではなくリアリティを追い求めたことの結果なのだろう。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki