【同じ社会に暮らす】伊藤みどりさん 台湾から日本へ嫁いで48年 母語による「命の電話」開設35年
「日常的に外国人と接する機会が以前より増えたなぁ…」
最近、こう感じる方は多いのではないでしょうか。法務省の統計によりますと、2025年6月末の時点で在留外国人は約395万人で過去最多を更新しました。コロナ禍の2020年から2021年に一時減少したものの、その後また増え続けています。国別では中国が最も多く、約90万人です。観光に訪れる人数は含まれていません。
日本で、主に中国語・台湾語を母語とする外国人を30年以上支え続けている、台湾出身の女性がいます。1992年に取材を通して知り合い、筆者は大学で中国語を専攻していたことから、その活動に興味をもち、交流が続いています。国や政治のレベルの課題はさておき、日本に暮らす普通の人たちに、目を向けてみたいと思います。
(取材・報告 大泉純子)
■小さなボランティア団体が35年前に誕生

11月15日 大阪市内 ©ytv
11月15日、ボランティア団体『関西生命線』が設立35周年を迎え、大阪市内で記念のイベントが開催されました。会場には、活動を支えたボランティア、かつてボランティアに助けられた人たち、行政や民間の国際交流の関係者、学識経験者など150人を超える人たちが集いました。
『関西生命線』の代表、伊藤みどりさん(77)は、「35年活動を続けることができたのは、支えてくれた皆さんのおかげです」と何度も感謝の言葉を述べました。
■『ボランティア』が一般的ではなかった時代

1990年11月 ©ytv
『関西生命線』の主な活動は、台湾語と北京語による電話相談、いわゆる『命の電話』です。1990年、本格的にスタートさせ、これまでに受けた相談は約1万3000件にのぼります。最も多いのは、異なる生活習慣や配偶者の家族との付き合い方など国際結婚に関するものです。就労や生活の問題などと合わせて多い時には年間に500件を超える相談が寄せられていました。
携帯電話が普及して、かつてより故郷と連絡が取りやすくなったとはいえ、今でも年間に300件前後の相談が寄せられています。電話がかかってくると、何時間でも話を聞きます。思いつめたようすで、放っておくと最悪の事態になるかも、というときは早朝でも深夜でも相談者の元へ駆けつけました。
市役所など公的機関での手続きに付き添ったり、給料の未払いに困っていると聞けば、本人に代わって督促したりと、35年にわたって中国語・台湾語を母語とする人たちに寄り添ってきました。『ボランティア』という言葉や概念が、まだまだ一般的でなかった時代のスタートでした。
■代表も、かつて悩んだ時期があった

2012年 ©ytv
伊藤みどりさんの結婚する前の名前は『梁碧玉(リョウ・ヘキギョク』。台湾・高雄の出身です。台湾でも、支援が必要な人々を支えるソーシャルワーカーとして働き、電話相談をしていました。
結婚をきっかけに、1977年に来日。双方の親が知人だったことによる縁でした。翌年には長女が、その4年後には次女が誕生しました。夫は優しく、家庭にも寄り添ってくれましたが、それでも生活習慣や文化の違いに、とにかく戸惑うことばかりだったと当時を振り返ります。
バブル経済に沸いた1980年代後半、国際結婚などによって日本で暮らしはじめる外国人が増え続けていました。自身と同じような悩みを抱える人たちを救いたい。1990年『関西生命線』の活動を正式にスタートさせました。
当初は、夫の勤務先の労働組合が力を貸してくれました。実費のかかる活動資金は、有志による寄付や民間財団の助成金などを活用してきました。
■「学校に行きたくない…」お弁当をクラスメートに笑われた

シュウマイだけのお弁当(再現) ©ytv
さまざまな事情で日本にやってきた外国人たちは、言葉の壁は少しずつ乗り越えられても、異国での文化や習慣の違いに意外なところで直面することがあります。
その一つが『お弁当』です。日本では、遠足や運動会などの学校行事で、お弁当を持参する機会がよくあります。ところが、中国や台湾には、親がお弁当を作る習慣はあまりありません。色とりどりのおかずに、海苔でキャラクターを描くなど、日本のお弁当は文化といえます。外国籍の親を悩ませたのが、お弁当でした。
30年以上前の出来事です。学校からお弁当を持ってくるように言われ、お母さんが子供に持たせたのは、弁当箱にシュウマイ『だけ』を入れたものでした。クラスメートに笑われ、子供は『もう学校に行きたくない…』と深く傷つきました。お母さんも、どうしていいかわかりませんでした。

お弁当講習会 2006年 ©ytv
相談を受け、関西生命線では日本式のお弁当を作る講習会を企画しました。
ウインナーに切り目を入れて焼くと「タコさん」に。たまご焼きにほうれん草を混ぜて色鮮やかに。ミニトマトやブロッコリーを添えると、見た目もよくなりました。
おにぎりは、ちょっとしたコツを覚えると、作れるようになりました。

初めて作ったお弁当 ©ytv
参加した親たちは一生懸命習い、子供たちは笑顔になりました。あちこちにコンビニがある今では、比較的容易にお弁当を調達することができますが、当時は外国籍の親子を悩ませる問題でした。
■中華圏の人たちに欠かせない年中行事

旧暦の大晦日 2016年 ©ytv
関西生命線では、年に2回大きなイベントを開催しています。ひとつは『春節』です。昨今、この時期に大勢の観光客が訪れることで『春節』について日本でもよく聞かれるようになりました。中華圏の人々は、普段は離れて生活していても、正月には家族揃って過ごすことをとても大切にしています。
もう一つは、中秋節です。日本では秋の収穫に感謝し、お団子を供えてお月見をしますが、中華圏では、同じ月を見ながら、離れ離れの大事な人を思う風習があります。
春節と中秋節、どちらも中華圏の人たちには欠かせない年中行事です。
旧暦では日本の年末年始と時期がずれるので、故郷に帰りたくても帰れない人たちがいます。また、家族ぐるみで移住してきた人たちは、旧暦の正月を祝いたくても日本ではなかなか叶いません。
そんな人たちに、祖国にいるように過ごしてもらいたいと、関西生命線では毎年、旧暦の大晦日に「新年を迎える集い」を開催しています。

手作りの水ギョーザ ©ytv
中国で、大晦日の夜にいただく料理を「年夜飯(ニェンイエファン)」と言います。日本では元日にお節料理を用意しますが、中国では大晦日に家族揃って食卓を囲みます。年夜飯に欠かせないのは「水ギョーザ」です。ギョーザは、中国の昔のお金の形に似ていることから『新しい年も豊かに暮らせますように』という縁起物です。
関西生命線では2026年も、旧暦の大晦日にあたる2月16日、大阪市内で「新年を迎える集い」を開催する予定です。参加者が協力してギョーザを皮から作り、鍋を囲んでにぎやかに過ごします。
■社会環境の変化…外国人と共に生きる

シンポジウムのようす 11月15日 ©ytv
11月に開催された関西生命線の感謝の集いでは、『35年間、日本の社会環境の変遷、外国人との関わりについて』と題して、シンポジウムが行われました。
精神科医で評論家の野田正彰氏は、基調講演で、いま日本の社会には一部に外国人をむやみに排斥するような風潮があると指摘しました。
『外国人がますます増える社会の中で、いかに生きていくか。日本における文化は、外から入ってきた人たちとの接触によって多様な文化を受け入れて豊かになってきたといえる。大陸、北方、あるいは南方から入ってきた文化を習合しながら、私たちの豊かさを作ってきた。250年にわたる江戸幕府の鎖国により日本の文化は大きく変化し、社会が変わることを許さないようになった。本来、もっと寛容であるべきではないか。外から入ってくるものをもっと大切にしていかないといけないし、外から入ってくる人たちを通しながら、文化がいかに豊かになってきているか、ということをもう一回振り返る、大事な時期にあるといえる』
伊藤みどりさんは、外国人が日本語を習得しても、ちょっとした表現で小さな誤解が生じる例を紹介しました。
例えば、『7階に住んでいる』というと、日本人同士だとマンションの7階だと認識しますが、外国人には『え、7階建ての家に住んでいるの?どんな豪邸?』と混乱させてしまうというものです。
また、多くの国際結婚カップルに向き合ってきた経験から、『女性は日本人、男性は外国人の場合は比較的うまくいっていると思う。中国、台湾、アジアでも同様。なぜならば、日本では学校教育や地域のコミュニティに向きあうのは、母親である場合が多いからではないか』と分析しました。
■「放っておけない」年齢を重ねても圧倒的な行動力

伊藤みどりさん 夫・裕之さん ©ytv
外国人と共に生きていく社会。ルールを守らない、知らないというような旅行者のマナー等とは、別の問題です。同じ地域に暮らす外国人の生活に少し心を寄せてみると、お互いに暮らしやすくなるヒントが見つかるかもしれません。
伊藤みどりさんは、35年もの間ボランティアを続けてきました。年齢を重ねても、いつも圧倒されるような行動力で周りの人たちを巻き込み、ぐいぐい引っ張っていきます。
その原動力は何なのでしょう。取材の最後にみどりさんに尋ねると、笑顔で一言、『だって、放っておけないからよ』と即答されました。隣では夫の裕之さんが、優しく見守っていました。
相談、イベントの問合せは関西生命線まで
電話:06-6441-9595 午前10時~午後7時(火・木・土)