2025年は「米国が敗北した年だった」トランプ政権下で進む「米国という国そのものの解体」とは? エマニュエル・トッドが語る世界情勢

「ソ連崩壊」「米国の金融危機」などを予見したフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏。激動の2025年を振り返り、世界情勢について語ってもらった。AERA 2025年12月29日-2026年1月5日合併号より。
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──2025年もさまざまな出来事がありました。世界情勢を振り返って、どんな一年だったと感じていますか。
エマニュエル・トッド(以下、トッド):まず思うのは、「米国が敗北した年だった」ということです。
トランプ大統領が「数週間で終わらせる」と豪語していたウクライナ戦争ですが、そこから抜け出せる気配はありません。米国は世界に対し、この戦争に負けたのはウクライナとヨーロッパだと思わせようとしていますが、実際にロシアに負けたのは米国だと言えます。
中東でのさまざまな紛争も、これまで軍事的には米国に依存してきたサウジアラビアがパキスタンと戦略的相互防衛協定を結んだり、ロシアとイランが結びつきを強めたりといった変化につながり、これらも敗北の一面でしょう。そしていま注目は米国がベネズエラとの戦争を始めるかどうかですが、これも米国にとって大きなリスクになり得ると思います。
ただ、ここで大事なのは、軍事的な対立は上面でしかないということです。大事なポイントは経済面──つまり経済制裁がうまく機能していないという、米国の「経済システムの敗北」です。たとえば、あれほどまで自信のあったロシアへの制裁はいまのところうまくいっていません。そして経済面における敗北は、米国という国のシステム全体の敗退をも意味していると考えます。
■米国の敗北中国の勝利
ちなみにこの経済面での敗北という点では、オルタナティブが存在します。中国です。米国が軍事的に中国を直接攻撃するといった事態にはまだ至っていません。しかし、これまでも、経済面で考えると世界の対立の中心にいたのは米国と中国であり、米国の敗北は逆に言えば、中国の勝利だとも言えるのです。つまり今年は米国が敗北して中国が勝利した一年だったとも言えるでしょう。
──米国では1月のトランプ大統領就任以来、「政府系機関の閉鎖」や「ハーバード大学の留学生受け入れ禁止」「関税引き上げ政策」といった、これまでの常識では考えられないような事態が次々起きました。トッドさんの言う「米国の敗北」と、どういった関連があるのでしょうか。

トッド:たしかにトランプ政権下では一見、支離滅裂な出来事がいろいろと起きました。ただこれはトランプ大統領自身に依拠しているというよりも、米国という国そのものが解体していく過程、そしてその経済システムのダイナミズムが失われていく過程で出てきた症状の一つ、と考えることもできます。
たとえばAIの分野では、魔法のような可能性を感じるポジティブな面もありますが、一方で、必ずしも収益性の高い分野ではないという点も重要です。シリコンバレーにしても、働いているのは中国系やインド系の労働者が多く、米国のシステムの中心、つまりWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)と言われる人たちにこの分野が希望をもたらしてくれるかというと、そうは言えない。むしろ米国の中心システムの解体ということを、さらに推し進める形になるかもしれません。
そしてAI以上に驚かされる現象が、米国社会の上層部の人たちの知性面での解体です。いわゆるエリートと呼ばれる人たちが担い、重大な決断を下すべき外交面などでもひじょうにおかしな政策が次々と打ち出されている。「米国の脳みそ」にあたる部分の解体は、アーティフィシャル・インテリジェンス、「人工的な知性」(AI/人工知能)とは逆の「自然な愚かさ」を生み出していると感じます。
──トランプ大統領の就任後、世界各地では右派勢力が大きな力を持つようになり、「極右インターナショナリズム」という現象も指摘されています。一方、ニューヨーク市長に左派のゾーラン・マムダニ氏が当選しました。左派ポピュリストの巻き返しはあるでしょうか。
トッド:世界で起きているすべてをフォローすることはひじょうに難しいという前提でですが、左派のポピュリズムについては、高学歴の若者たちがうまく職を見つけられず、生活水準が下がり貧困化していることと結びついた現象だと思います。フランスの「不服従のフランス(LFI)」のような政党にも同じことが言えます。
一方で、多くの先進諸国が右傾化していることについてですが、指導者層に対立してポピュリズム的な動きが台頭してくるという流れは昔からありました。以前はそういった中から共産党など「平等」の理想を掲げた政党が生み出されたりしました。ポピュリズム的な動きが人気のある政党を生み出す点はいまも同じですが、こういった政党が目指すところについては、以前とは異なり、どちらかというと「右」の思想なんですね。顕著なのは移民政策ですが、そこには平等主義に基づく理念など、まったく見受けられません。

■「産業の空洞化」が
なぜなのか。米国やフランスの例であることを前提に、少し違う視点から話をしましょう。
グローバル化のプロセスの中で、「国民」の姿は大きく変わりました。以前は、国民とは生産者=産業の労働者が中心でした。生産者によって国の富が生み出されました。つまり国にとっては労働者が必要不可欠だったんです。ところがグローバル化で、生産が自国外で行われる「産業の空洞化」が起き、労働者層が米国やフランスの国内では解体され、消え去ってしまったんです。
このことで労働者たちが「自分たちはもはや何の役にも立てていない」「社会に貢献できていない」といった感情を抱き始め、それが結果として薬物依存の問題や自殺率の上昇など、悲惨な問題となって表出しています。さらに、もし生き延びることができたとしても、彼らは自国の外で行われた労働によって生かされている人々です。生活に苦しみながらも西洋の側、つまり他国の人々を搾取する側にいるわけです。これはひじょうに悲しい事態ですし、道徳的にもとても難しい問題です。
西洋において「生産者としての国民」は民主主義を支える存在でした。そうした彼らが、いまでは自国ではない国々の資源を使うことで生き延びる、アトム化した単なる個人の寄せ集めとして、(古代ローマの)「プレブス(平民)」のような存在になってしまった。そしてそんな彼らが今度は右傾化し、「反移民」といった政策を掲げる政党を支持したりする事態になっているということは、まさに悲惨なことなのです。経済的にも道徳的にも、なんとも邪悪な状態であるということが言えると思うんです。
ちなみに、ロシアや中国はもちろん権威主義的、全体主義的なシステムの国だと言うことはできますが、ただ、たとえばロシアには石油やガスがあり、輸出国ですので、両国の国民は基本的には生産者であり、指導者層にとっての国民は、国が生き延びるために必要な人々であるというのが前提になっているでしょう。そしてドイツや日本は、米国やフランス、中国やロシアの、ちょうど中間点にいるのではないかと考えます。
(構成/編集部・小長光哲郎、通訳/大野舞)
※AERA 2025年12月29日-2026年1月5日合併号より抜粋
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