知ること、視ることの欲望── 写真家・佐藤健寿によるベスト作品集「奇界/世界」刊行インタビュー

世界の民俗から宇宙開発まで世界各地の〝奇妙なもの〟を対象に撮影・執筆を行う写真家の佐藤健寿氏。Web、出版、テレビなど活動媒体は多岐にわたっているが、その根底には一貫した旅のスタンスがある。その思考はどのようなものなのか──2025年末にこれまでの旅を集成した作品集『奇界/世界』を発刊した佐藤氏に話をうかがった。
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■20年の旅を振り返る、初の「作品集」

──新刊『奇界/世界 佐藤健寿作品集』が発売となりました。作品集と題されていますが、どのような本でしょうか。
2022年から3年ほど「佐藤健寿展 奇界/世界」というタイトルで各地を巡回展示していたんですが、基本的にはその内容をまとめたものです。自分の代表作となっている『奇界遺産』シリーズと、展示と同時期に出版した『世界』という写真集の中から選りすぐったものが中心ですね。
あとは、展示はもともとコロナ禍ではじまったものなんですが、途中でコロナ禍が終わり、旅を再開したんです。そこで撮影したバヌアツのカーゴカルトや、カザフスタンのセミパラチンスク、トルクメニスタンのアシガバートなど、巡回中に追加展示していったものもまとめて掲載しています。さらに2024年に能登半島地震があり、松任谷由実さんの呼びかけで石川県と協力して現地を撮影したんです。その展示内容も掲載しています。
──これまでの著作との違いや特徴があれば教えてください。
帯に「ベスト版」というように題打たれているんですが、まあそう言っても過言ではないかなという内容にはなっていると思います。
各地の内容については当然『奇界遺産』シリーズのほうが詳しいのですが、ダイジェスト的に自分の過去の撮影を網羅しているので、初めて自分のことを知る人にはちょうど良いのではないかと思います。あとは、もともと展示会場で販売していた図録がベースになっているので、鶴岡真弓先生(多摩美術大学名誉教授)と山中由里子先生(国立民族学博物館教授)に解説も執筆いただいています。客観的に自分の活動を解説してもらう機会はそれほどないので、自分自身すごく発見がありました。
──「奇界」と「世界」は佐藤さんの中でどのような区分けになっているのでしょうか。
自分の場合、もともとは『奇界遺産』シリーズがあり、それは撮影目的地にフォーカスしたものだったんです。常に人物とか場所とか被写体が明確なものです。その後に出た『世界』は撮影地というよりも、旅自体にフォーカスしたもので、旅の最中に何気なく撮った写真とか、そういう被写体も場所も曖昧なものが中心にはなっています。明確な分け方があるわけではないんですけど、奇界遺産シリーズは知ること、世界のほうは視ること、みたいな意識はあるかもしれません。
■印刷エラーもデザインに取り込んだ圧巻の造本

──厚み・重みがある重厚な一冊です。デザインや造本のこだわりはどのようなものなのでしょうか。
相当紆余曲折がありましたね。いかんせん膨大な内容なので、カバー用に象徴的な写真1枚を選ぶことも難しいわけです。それならいっそ写真はなしにしようと思いました。
造本そのものは当初、ヨーロッパの中世の古書みたいな分厚い本を意識していて、謎の魔術書みたいなイメージでした(笑)。最終的に色味は黄色と赤というかなり派手な彩色になったんですが、これは台湾なんかの道教寺院などでよく見る色彩ですね。2025年の2月も台湾の鹽水蜂炮(えんすいほうほう)というお祭りに行きましたが、そこでも爆竹とかお札とかとにかくこの色であふれていて。縁起の良い色として台湾とか東アジア文化圏では好まれる色合わせです。
デザイナーの鯉沼恵一さんからは「通常デザイナーからは派手すぎて忌避される色合わせ」とも言われたんですが(笑)、それならあまり使われていないわけでむしろ面白いと思いまして。だから最終的には和洋折衷したような造本なんですが、『奇界遺産』シリーズのある種のハレの感覚みたいなものは出ているのではないかなと思います。
──タイトル文字のかすみ方も印象的ですが、どんな工夫をしているんでしょうか。
これは鯉沼さんのアイデアで、箔押しを文字ではなく背景に使っているんです。こういうやり方をすると、箔が文字側に侵食してしまうおそれがあるので印刷的にはリスクがあるんですね。つまりは印刷のエラーで普通はデザイナーも印刷所も避けたいものなのですが、そのエラー自体をデザインに取り込んでしまったほうが面白いかなと思って、そのままにしています。だから実は個体差もあるんです。
でも、何度かテスト印刷してるうちに、印刷所のほうも精度が上がって、ずれがなくなってきて(笑)。「前のようにちょっとずらしてください」とか普通はしない指示を出してこの形に落ち着きました。造本自体は立派なんですが、カチッと完全にフィクスされたデザインよりも、そういう揺らぎみたいなものがあったほうがこの本らしいかなと思いまして、個人的にも結構気に入っています。
──巻末のインタビューでは佐藤さんの活動がまとめられています。これまでの軌跡を振り返った感想などはありますか。
人生で受けた中で一番長いインタビューでしたね(笑)。数日がかりで行われました。自分の子供時代から写真家になるまで、現在に至るまでをいろいろ思い出しながら喋ったので大変でした。振り返った感想は……なんですかね、一貫性があるような、まったくないような。
ただひとつ思うのは、インタビューの中でも語っているんですけど、自分はわりと飽きっぽいほうなんですが、今やっていることは飽きずにずっと続けていて、今も20年前と変わらずに楽しくやれてしまっている。そのことに自分でもちょっと驚いたというか、自分ごとながら不思議な感覚はありますね。
■知ること、視ることという人間の欲望

「佐藤氏の20年にも及ぶ旅の軌跡が凝縮された写真集」
──これまで世界120カ国以上の撮影旅をしている佐藤さんですが、その行動原理はどういったものなのでしょうか。
旅とか撮影というのは、そのまま知ることとか、視ることとつながっていて、自分の本能的な欲求と直結しているから続けてられるんじゃないかと思います。知ることとか、視ることは人間の三大欲求みたいな形では言われませんが、実は人間というか、生物にとって相当強い欲求なんじゃないなかと思うことはあります。
知らない場所を見て、それを知ることは、それこそ原始の世界では生存に直結する情報なわけで、本能に組み込まれた欲求なのかなと。それを現代では好奇心と呼ぶのかもしれませんが、まさに奇を好む心と書くわけで、結局それが自分の行動原理なのかなとは思います。
──佐藤さんが旅を続けるモチベーションはどこに起因するのでしょうか。
今言った話とも重なりますが、結局、知らない場所を視ること、知ること、それを撮ることが楽しい、という話だと思いますね。奇しくも、解説で鶴岡先生が「驚異(へ)の感覚」こそが実は人類の「生命維持」の糧、ということを書いてくださっていたり、山中先生もアレクサンドロス大王の逸話から引用して、「驚異」(を知ること)が「快」をもたらす、ということを書いていただいたりしています。
お二人とも専門領域と表現は違いますが、言われていることはある意味で共通している部分もあり、自分も深く納得しました。もちろんそんな崇高な意識で自分は活動しているわけではないのですが、こうして古代からの事例からも示されている通り、つまりは人間にとって、知ることとか視ることは、それに人生の大半を費やせるくらいの強烈な欲求なんだなと、振り返ると思います。そういう探究をする人にとって、かつてその手には、剣やら聖書やらがあったわけですが、今の自分にはその代わりにカメラがあるというだけの違いで。
■「例外性」に惹かれる理由

──佐藤さんの旅のテーマは多岐にわたっていますよね。新刊『奇界/世界』では12のテーマにわかれていますが、どのように旅の主題を決めるのでしょうか。
旅の主題、というものは事前には決めないですね。撮影してみて、結果的にそれがなんであったか、という解釈から後付け的にテーマを設定しているだけです。本当は個々意味も歴史もバラバラですし、そのカテゴライズというか、分類という解釈自体もある意味では独りよがりなものですから。
余談にはなりますが、今回の展示テーマのひとつに「博物館」という項目がありますが、博物館の成り立ち自体がまさにそうで、中世に航海術が発達して、当初は単に未知のものとして驚異を収集して陳列していた。そうして生まれた驚異の部屋(ヴンダー・カマー)が、分類されて博物館となったように、本来は分類という行為自体が権力的というか、政治性を帯びていることを意識しないといけないわけです。
とはいえ、本にしたり展示したりする上では雑多にすべてを並べるわけにもいかないので、ひとまず分類することになるわけですが(笑)。それはあくまで自分のスクラップブックというか、自分の認識によるカテゴライズという意味でしかないですね。
──佐藤さんが惹かれるものについて共通のテーマなどはあるのでしょうか。
それは今回、インタビューとかを通して自分でも発見したことではあるんですが、あえて言葉を選ばずにいえば、やはり例外的なもの、に惹かれるのかなとは思います。
例外というのは現代においてであって、かつては必ずしも例外ではなかった。それが歴史の因果とか地理的な理由によりなんとなくオリジナルの要素を強く残したまま残存した結果、現代においては例外となっている。そういう特異点的な場所だったり、人々だったり、風習とか文化に強く惹かれますね。
そしてそれを実際に見て、話を聞いてみたりすると、その例外性の理由がわかったり、別の何かとの朧げな共通性が見えてきたりする。そうして自分の中で例外が例外から解放されることが、山中先生の言葉を借りれば「快」なのかなという感覚はあります。
──2026年以降、佐藤さんが興味を持っているテーマなどはあるのでしょうか。
そうですね、具体的なテーマはいえないんですが、行きたい場所にはかなり行ってきた一方で、行くことによってまた新たな物が見えてきて広がったりもするので、バケットリスト的なものは全然減らないんですよ。
ただ簡単に行けるような場所はもう結構行ってきたのは事実で、行く場所のハードルは年々上がっている感覚はあります。それは許可面とかいうよりも、たとえばお祭りでも何年に1回しかやってないとか、やっているかどうかもまったく情報がないみたいなことが多いので。あとは、それも本のインタビューでも答えた気がするんですが、最近は過去に何かがあって、現在では別に行ったところで何もない場所というのも結構あって、そうした場所をあえて撮影することも面白いなとは思っています。
たとえばセミパラチンスクみたいなかつて核爆発があった平原と、何もない平原というのは一見して見た目は同じでも、そこに漂う空気とかディティールは違うわけで、そういう写しづらいもの、写らないものを撮りに行くことが最近は楽しいと思うようになりましたね。
──ありがとうございます。これからの佐藤さんの活動・発表も楽しみにしています。
【プロフィール】佐藤 健寿(さとう・けんじ)
世界の民俗から宇宙開発まで世界各地の〝奇妙なもの〟を対象に撮影・執筆。写真集『奇界遺産』シリーズほか、著書に『世界』『CARGO CULT』(朝日新聞出版)、『世界伝奇行 中国・西遊妖猿伝篇』(諸星大二郎との共著・河出書房新社)など。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国を巡回し13万人を動員。
https://kikai.org
https://www.instagram.com/x51/
佐藤健寿著『奇界/世界 佐藤健寿作品集』(朝日新聞出版)
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