重い障がい負う2児の父明かす「悲しき現実」

医療同意拒否──親のサインひとつで左右される命, 「マヨネーズとダンボール」──原点になった事件, 2人の子どもを“ほぼ全介助”の日々, 休みゼロ、癒やしはサンドウィッチマン, SNSと寄付でつながった支援、それでも足りないお金, 「苦労と不幸は関係ない」松原さんが感じる“幸せ”とは, 「僕をお父さんにしてくれた2人には感謝しかない」

松原さんと共に暮らす、やまとくん、恵満ちゃん(写真:松原さん提供)

日本ではいま、親が医療に同意しないために、子どもが命を落としてしまうという事態が、表に出にくい形で起きている。

虐待や貧困とはやや要因が異なり、家庭の中で静かに進行する、本来であれば「防げた死」だ。そうした子どもたちを救うべく設立された施設がある。それが、障がい児や医療的ケア児をもつ家族の相談、特別・普通養子縁組のサポートなどの活動をする『小さな命の帰る家』だ。

代表は、元奈良キリスト教会牧師の松原宏樹さん(57)。重い障がいのある、やまとくん(6)、恵満(えま)ちゃん(5)と特別養子縁組を行い、ふたりの“お父さん”として暮らす松原さんは、「肉体的にも精神的にも、そして金銭的にも大変です。将来のことを考えたら、正直しんどい。でも、不幸かって言われたら、『それは違う』ということを伝えたい」と語る。

親の医療同意が得られず、救えたはずの命が失われている。その“最後の受け皿”の現場で、何が起きているのか。松原さんが直面する現実に迫る。

医療同意拒否──親のサインひとつで左右される命

子どもの「医療同意拒否」とは、子どもが重度の身体障がいを負っていたり、医療を必要とする状態にあったりするにもかかわらず、親が手術や適切な医療に同意しないことを指し、“医療ネグレクト”と呼ばれることもある。なかには、治療できないまま死を迎える子どももいるという。

「筑波大学の研究によると、この医療同意拒否によって亡くなっている赤ちゃんは、1年間に約20人。実際には、もっとたくさんいてもおかしくありません。私のところで相当数、それを止めていますから。これとは別に、最重度の身体障がいのある赤ちゃんが、親から病院に置き去りにされるという相談も、よく私のところに持ち込まれます。

いま私の子どもとなっている、やまとと恵満も、実の親から医療同意拒否を受けた医療的ケア児(人工呼吸器の使用、たんの吸引など、生活を送るための医療的ケア日常的に必要な児童のこと)です。

特に、やまとは心臓手術の医療拒否だったので、かなり危ない状況でした。親のサインひとつで救われるはずの命が失われることが、確かにある。これは、いまの日本が抱える深刻な現実のひとつです」(松原さん/以下同)

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やまとくん。今ではすくすくと育ってくれているが……(写真:松原さん提供)

【貴重写真】松原さんがやまとくん、恵満ちゃんと過ごすかけがえのない日々…胸が熱くなるカットたち

親がサインしなければ、治療ができない。松原さんは、やまとくんも恵満ちゃんも「私が育てますから、ご心配せずにサインしてください」と親御さんに直談判したそうだ。

やまとくんは、ダウン症候群と重い心臓疾患。恵満ちゃんは、ウエスト症候群という難病に加えて、染色体の7番、18番に異常がある。気管切開をして人工呼吸器を使用しており口からモノが食べられないので、直接胃に栄養を流し込む胃ろうを造設している。

明らかに支援が必要な子を見捨てるなんて……と思うかもしれないが、ただでさえ、子育てというのは大変である。それが重度の障がいを負っているとなると、なおさらだ。「この子が生きていて幸せだと感じられるのか」という想いに悩まされる親もいるだろう。中には、何らかの事情を抱えているとか、好きでサインをしないわけではない場合もある。

ゆえに、松原さんはこうも語った。「親を一方的に責めることはできない。責めたところで、何も解決しない。ですから、私のほうでできることはやっていこうと思ったのです」。

「マヨネーズとダンボール」──原点になった事件

松原さんが現在の活動を始めたきっかけは、約5年前に報じられた事件だった。大阪で、とあるシングルマザーが3歳と1歳の子どもを家に残して当時の恋人のもとへ外出。帰宅したときには2人とも亡くなっていた。報道で明らかになったのは、その子どもたちの胃の内容物を調べたところ、「マヨネーズと段ボール」だったということ。

「3歳と1歳の子が、誰の助けもなく、マヨネーズとダンボールを食べて飢えをしのごうとするも、亡くなってしまった。そのとき、2人ともどんな気持ちだったんだろうって」──松原さんは、衝撃よりも、強い自己嫌悪を覚えたという。「腹が立ったんです、自分に。『お前は何もしていないじゃないか。口ではそれっぽいことを言うけれど、行動してないじゃないか』って」

ちょうどその頃、助産師と会話する機会があった。「1年間に中絶で亡くなっている子どもの数を知っていますか」と聞かれ、松原さんは「20万人前後」と答えたそう。それは当時の数字に近かったというが、助産師は続けて「こういう子どもたちをどう思いますか」と問うた。

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やまとくんの誕生祝いには松原さんの娘さんも駆けつけてくれた(写真:松原さん提供)

「そこで、とっさに出た言葉が『じゃあ、僕がもらいます』だったんです。冗談じゃなく本気で。産むか中絶かの2択しかないなら、産んでから託せる道を作ればいいじゃないかと。そこで、その助産師の同僚である産婦人科医に会いに行き『先生、どうか赤ちゃんの命を奪わないで。第3の“託す”という道を僕が拓きますから、助けてください』とお願いしました。

さらに、最後には『日本のマザー・テレサになってください』って付け加えたんです。当然、断られると思いました。でも、『協力しましょう』って言っていただけたのです」

厚労省の統計によると、人工妊娠中絶件数はピーク時の約117万件(1955年)からは大幅に減少しているが、2023年度でも12万6734件で、実施率は女子人口1000人あたり5.3%とされている。しかし、協力的な産婦人科が生まれてからは、望まない妊娠や障がいがわかった胎児の相談窓口ができた。それが『小さな命の帰る家』の設立につながっていく。

そして現在、『小さな命の帰る家』は、障がい児/医療ケア児の相談、養育/望まない妊娠をして困っている方/子どもの緊急レスパイト(介護者が一時的に育児などから離れて休めるようにする支援サービス)/特別・普通 養子縁組などの窓口となっている。養親も募集しており、必要なサポートや情報提供もできるよう準備を進めている。

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恵満ちゃん。やまとくん以上に病状は重いが、懸命に生きている(写真:松原さん提供)

2人の子どもを“ほぼ全介助”の日々

「特に重い障がいを抱えた子は自分で引き取る」と決めていた松原さんは、やまとくんと恵満ちゃんを受け入れた。では、実際に「医療同意拒否」された子どもを育てる生活とは、どのようなものなのか。松原さんは、2人との日常を淡々と、しかし具体的に語る。

「まず、やまとは現在6歳ですが、発達検査では1歳1カ月ぐらい。言葉は出ませんし、意思疎通もできません。だから、こっちが察してあげないといけない。僕らの行動を見て、何をしてほしいかを感じ取ってあげないと、ストレスが溜まってしまうんです」

排泄やスムーズな歩行も、自力ではできない。

「今日もそうですけれど、やまとはおしっこも、うんちも出ません。だからこちらが肛門を刺激して出してあげる。1日2回、これを毎日です。ダウン症で心臓疾患があって、発達障がいもあります。上あごの形が健常の人と違うので、咀嚼も難しい。小さなものはつまめないし、歩くのも坂道は今でも無理ですね」

一方、5歳の恵満ちゃんは寝たきりで、さらに医療的ケアが重い。

「恵満はいまだに首も座らない。7番目と18番目の染色体異常で、治療のための文献もほとんどないんです。先生からも『どういう成長をするかわからない』と言われています。全介助なので、身体も全部拭いてあげないといけないし、お尻もすぐ真っ赤になる」

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「恵満のお世話はもちろん大変だけれど、愛おしさが勝る」と松原さん(写真:松原さん提供)

休みゼロ、癒やしはサンドウィッチマン

当然、松原さんの肉体的・精神的な負担は大きい。彼の1日は、2人の介助と『小さな命の帰る家』の運営関連の作業で、あっという間に過ぎていく。まず、朝6時に起床するところから始まるという。

「6時には恵満の投薬と、胃ろうへの注入を1時間かけてやります。7時になると、やまとが起きてくるので、一緒にご飯を食べて、おしっことうんちを出してあげて、8時15分には養護学校のバスに乗せるために連れて行く。そして恵満の体拭き、着替え、ガーゼ交換、吸引。痰を出す機械を1日3回、胸に巻いてやります。

やまとが帰ってくるのは昼過ぎ。恵満のお世話の合間に掃除や洗濯をしていたら、すぐですね。帰ってきてからも2人分のごはん、入浴、医療ケアをしていると、気づけば夜です。だいたい最後の水分補給が夜11時で、2時とか3時ぐらいに一度ずつ痰の吸引があるので、睡眠時間は細切れかな」

最近は2人の体重が増えてきて、抱き上げるのも大変だそう。「この子たちの将来を考えると、気持ち的にも不安に駆られますね」と松原さん。

もちろん、休日などゼロだが、「まあ、子育てに休みはないので。特に恵満は、家内や娘たちが1日ついてくれた日以外は、ほぼ全部、僕が見ています。とにかく体力勝負ですね」と笑う。

疲れが溜まっていく一方では……と思うが、松原さんには“とっておきの解消法”があるそう。

「しんどさを感じた時には、恵満の横に一緒に転がって、サンドウィッチマンの動画を見ています。好きなんですよね、見ているだけで元気がわいてくるというか」

お笑い、そしてサンドウィッチマンが、巡り巡って子どもの命を救う一助となっている。もちろん、松原さんのバイタリティあってこそだが、いつの時代もエンタメは、くたくたになった心を癒やしてくれるのだ。

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サンドウィッチマンと2人の愛する子どもに元気をもらい、松原さんは今日も介助に精を出す(写真:松原さん提供)

SNSと寄付でつながった支援、それでも足りないお金

『小さな命の帰る家』の活動資金について聞いてみると、「決して私1人の力だけで成り立っているわけではない」と松原さん。はじめは身銭を切り、貯金を切り崩しながらなんとか2人を育てていたが、最近ではSNSでの拡散や、寄付・募金によって救われてきた局面も少なくない。特にXでは、松原さんが日常を投稿したツイートが何度かバズり、それを目にした人からの寄付が増えたという。

「正直に言うと、なぜバズが起きたかは私自身も分かりません。ですがSNSで広がったことで助けられた場面は何度もあります。医療費がどうしても足りないとき、緊急の支払いが発生したときも、発信したら反応してくださる方がいて本当に救われました」

医療的ケア児の場合、出費は一時的ではなく、日常的かつ継続的に発生する。

「人工呼吸器、吸引器、チューブ、オムツなどの消耗品、通院費。日頃から必要なアイテムを揃えるだけでもけっこうな額になるうえ、1回の手術で何十万、何百万という単位でお金が出ていきます。付き添い入院もあるので、その間は仕事もできません」

だからこそ、募金や支援が大きな糧になる。現在はホームページに届いた応援コメントも4000件をはるかに超え、「『少しですが』と送ってくださるお金が、本当にありがたい。一人ひとりは1000円、2000円でも、積み重なれば大きいです。支援がなかったら、正直、続けられなかった場面はあります」と松原さんは目を細める。

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呼吸器ひとつとっても必要経費はバカにならない(写真:松原さん提供)

一方で、松原さんは「バズれば解決する」という幻想は、きっぱりと捨て去っている。

「一時的に注目されると、一旦お金は集まります。でも、医療ケアは1カ月、2カ月で終わるようなものではなく、何年も続くんです。SNSの拡散は、あくまで“きっかけ”でしかない。バズった次の月も、その翌月も同じだけお金が入れば助かりはしますが、そううまくもいかず、寄付金に依存してしまうようでは続かない。そこが一番しんどいところです」

つまり現在、『小さな命の帰る家』の運営は、寄付・募金、松原さん個人による持ち出し、わずかな支援金で成り立っている。

「正直、いまだに全然足りていません。医療費も、生活費も、将来の備えも。ギリギリどころか、赤字です」

それでも、松原さんは「不幸ではない」と言い切る。

「苦労と不幸は関係ない」松原さんが感じる“幸せ”とは

「本当に、これこそ伝えたいんですけど……僕はいま、幸せです。やまとと恵満が来てくれたことを、これ以上ない嬉しいことだと思っています」

そう感じられる理由のひとつとして、松原さんは「あの子たちは競争社会から降りた生き方をしているから」と表現する。

「例えば、やまとは最初から競争社会にいない。周りの誰とも競わないし、比べない、比べる必要もない。それが僕にとっては新しい発見でしたし、『この子のペースで生きていってくれればいい。その手助けができるのは光栄なことだ』と思わせてくれるんです」

松原さんには、すでに成人を迎えた3人の子どもがいる。当然、これまで子どもたちを育て、受験や進学のサポートもしてきた。

「健常な子を育てるのも、それはそれで、正直しんどかった。周りの子との差を、よくも悪くも思い知らされる場面ばかりでしたからね。けれど、やまとは違う。成長も遅いし、何をするにもゆっくり。でも、そのペースがある意味、すごく人間らしい。僕自身が『早く』『できる』『生産性』に縛られていたことに気づかされました」

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やまとくんはマクドナルドのハンバーガーが大好き!(写真:松原さん提供)

恵満ちゃんとの生活も、松原さん自身を変えた。

「恵満はたびたび搬送や入院がありますが、救急車の中にあるものは、全部うちにあります。救急隊員さんも子どもを扱うのが怖いみたいで、吸引もバイタル測定も、いまでは全部僕がやる。

そこで、ハッとしたんです。こういう子どもをサポートできる技術が、自分のなかに身についているのだと。人を生かすことのお手伝いができる力を持てたことって、すごくありがたいなと感じました」

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「2人の笑顔を見ると一気に癒やされます」と松原さんは優しく語る(写真:松原さん提供)

「僕をお父さんにしてくれた2人には感謝しかない」

共闘することになった産婦人科医に『日本のマザー・テレサになってください』と言った松原さんだが、自身もずっとマザー・テレサに憧れていた。

彼女の生き方にインスパイアされている部分もあると言い、「毎日、しんどいのはしんどいです。でも、苦労と不幸は関係ない。やまとと恵満は、57歳の僕をお父さんにしてくれた。このふたりの家族でいられる。それがもう、感動で。感謝しかないんです」と涙をにじませる。

そんな松原さんの活動ぶりに、最初は「何もそこまでしなくても……」という反応をしていた松原さんの家族も、いまは全面的に協力してくれているそう。“想い”が人を動かす。“覚悟”を持った背中に、人はついていく。

親が医療に同意しないことで、救えたはずの命が失われる。それは虐待でも事件でもないため、ニュースになることはほとんどない。「医療同意拒否」という言葉自体をはじめて聞いた人も多いだろう。しかし、決してすべての親が悪意を持っているわけではない。むしろ「どうしていいかわからない」「背負いきれない」という状況に追い込まれているケースが多い。

実際、松原さんの日常を見ても、「自分だったら、そう簡単に耐えきれるものではない」と感じた人は少なくないだろう。松原さんは自身の経験から、その苦労や苦悩に向き合い、ギリギリまで追い詰められた親たちに「ひとりで抱え込まないで」と伝えている。

子どもを育てきれない親がいる。医療に同意できない親がいる。そして、その間に命の期限が迫る子どもがいる……。この現実をどう受け止め、どこまで社会として支えるのか。少なくとも、松原さんのような人が奮闘しているという事実が存在するいま、「そんな話は知らなかった」と言える段階は、とうに過ぎているのかもしれない。

医療同意拒否──親のサインひとつで左右される命, 「マヨネーズとダンボール」──原点になった事件, 2人の子どもを“ほぼ全介助”の日々, 休みゼロ、癒やしはサンドウィッチマン, SNSと寄付でつながった支援、それでも足りないお金, 「苦労と不幸は関係ない」松原さんが感じる“幸せ”とは, 「僕をお父さんにしてくれた2人には感謝しかない」

恵満ちゃんの3歳の誕生日にみんなでパシャリ!今後も苦難を乗り越え、幸せな日々が続きますように(写真:松原さん提供)

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