知る人ぞ知る「かつて処刑場があった街」の実態【再配信】

末並俊司さんの人気連載「首都圏、住むとちょっといい街」。今回は立会川駅周辺エリアを散策します。なお、写真は浜川橋(通称なみだ橋)。罪人たちはここを渡って鈴ヶ森刑場に連れて行かれました(筆者撮影)
※この記事は2025年4月公開記事を再配信したものです。
かつて坂本龍馬のいた街
京浜急行の立会川駅(東京都品川区東大井2-23-1)、品川から急行に乗ると2駅目だ。
駅前から東西に伸びる商店街の入り口では坂本龍馬像が出迎えてくれる。
かつて、この界隈には土佐藩の鮫洲抱屋敷(かかえやしき)があり、敷地内には浜川砲台が築かれていた。黒船来航で江戸中が大騒ぎの頃、当時19か20歳くらいだった龍馬も、守りを固めるためにこの地に赴任していたといわれる。この史実にあやかって、商店街には「立会川龍馬通り 繁栄会」の横断幕が張られている。

駅前から続く商店街の入り口にある坂本龍馬像(筆者撮影)

「立会川龍馬通り 繁栄会」の横断幕(筆者撮影)
京急の線路に垂直に交わるかっこうで流れているのが駅名にもなっている立会川だ。
いくつか橋がかかっているのだが、そのひとつに「浜川橋」という橋がある。地元の人たちはこれを「なみだ橋」と呼ぶ。そう教えてくれたのは、この地で古くから商っている「大黒屋 立会川店(品川区東大井2-25-16)」のご主人、野口清彦さんだ。

「大黒屋 立会川店」の外観(筆者撮影)
「うちは主におせんべいなどを扱う店です。店の建物自体は築60年くらいですね。店は50年前からやっています。
江戸時代後期ころは、このあたりの品川とか目黒なんかではたけのこの栽培が盛んだったんですよ。その頃あった竹林は関東大震災とか第2次世界大戦の空襲で焼けちゃったけど、かつてたけのこの産地だったということで、うちではたけのこの形を模したせんべいを売り出しました」(野口さん)
“石を投げれば親戚にあたる”住み良いエリア
取材に伺った日は残念ながらたけのこせんべいは完売していた。早めに行かないと出会えないほどの人気商品だ。
「近所には古くから住んでいる人が多いから、親戚もたくさんいる。地元の人たちで集まるとよく“石を投げれば親戚にあたる”なんて話をしますよ。
そのぶん地域の結びつきも良好です。かといって排他的というのでもありません。立会川駅は急行を使えば品川まで2駅ということもあって便利でしょ。その割には家賃もリーズナブルだから人気の地域なんです。最近は若い人も増えているようですね」(野口さん)

「大黒屋 立会川店」店主の野口清彦さん(筆者撮影)
店の歴史は50年だが、野口家は江戸の文化年間(1804〜1818年)からここに住んでいたという。
「埋め立てられる前は、この目の前がもう海だったんですよ。その頃の野口家は漁師をやっていたようですね」
野口さんは店に飾られた古い風景画を指して続ける。
「家の前の通りは旧東海道なんですよ。こうした交通インフラの要衝は、一般的に地盤などがしっかりしているんです。そういう意味でも住みやすい街といえるかもしれませんね」(野口さん)

指さした場所が江戸時代の野口家。前の通りは旧東海道で、その手前は海(筆者撮影)
もうひとつ、こちらで面白い情報をもらった。
「江戸時代当時はこの近くに鈴ヶ森刑場があってね。罪人がこの世との今生の別れを惜しんだ『なみだ橋』が今でもあるから行ってみるといいですよ」(野口さん)
鈴ヶ森刑場へ向かう「なみだ橋」の先に

今回歩いた場所(国土地理院 電子国土Webから筆者作成)
前出の野口さんに教えられて、駅から歩いて5分ほどの場所にある「なみだ橋」を訪ねてみた。記述のようにこの名は通称で、正式には「浜川橋」である。
渡った先には、かつて鈴ヶ森刑場があった。罪人たちは、この橋を通って刑場に連れて行かれた。井原西鶴の『好色五人女』で知られる「八百屋お七」もここで火あぶりの刑に処されたとされる。

浜川橋(通称なみだ橋)。罪人たちはここを渡って鈴ヶ森刑場に連れて行かれた(筆者撮影)
「なみだ橋」といえば、東京都にはもうひとつ、荒川区の南千住にもある。表記は「泪橋」で、橋の向こうには小塚原刑場があった。南千住のほうは今はもう橋はなく、交差点やバス停の名称として残るだけだ。
こちらはマンガ『あしたのジョー』で知られるようになった。主人公・矢吹丈のトレーナー丹下段平のジムが泪橋の下にあるという設定だ。
どちらのなみだ橋も名前の由来は同じだ。罪人にとっては橋の向こうはもう「あの世」である。橋を渡る前にこの世との別れを惜しんで涙を流した。そんなところから「なみだ橋」の名で呼ばれるようになった。
少し歩いただけで、いくつもの歴史と出会うことができる。これも立会川の魅力といえるかもしれない。
駅前から連なる商店街の店々は、立会川に沿うように並んでいる。地元の方が「名前は出さないでくれよ」と前置きして次のように説明してくれた。
「駅まわりの商店街はね、土地を持ってる人が複数いてまとめて買うのが難しいんだ。
そもそも、川にくっつくかっこうで店が並んでいるだろ。だから全部まとめたとしても、大きなビルは建てられない。開発業者も手を出さないんですよ。
でも、そのおかげで商店街には今でも古い店が残ってる。東京中が再開発でごったがえしているけど、ここはそんな心配がない。住み慣れた街がそのまま残ってるんだ。そういう意味じゃいい街だね」

商店街を裏から見た様子。店は川に隣接する形で並んでいる(筆者撮影)
古き街並みの中に新しい店もオープン
立会川商店街にある「MR.HIPPO COFFEE 立会川店(品川区東大井2-23-2)」はこの春オープンしたばかりだ。店長の李翔宇さんは街のことをこう語る。
「MR.HIPPO COFFEEは東京都内を中心に他にも何店舗かあります。こちらに出店する前に街を歩いてみたのですが、喫茶店はあるけれど、若者をターゲットにしたカフェがあまりなかった。
でも、土日には近くの競馬場でフリーマーケットをやっています。若者も多いし外国からのお客さんも多い。すごくたくさんの人が集まるので、出店を決めました」(李さん)

開店したばかりの「MR.HIPPO COFFEE 立会川店」(筆者撮影)

店長の李翔宇さん(筆者撮影)
取材の日は、オープンから3日目だったが、地元民とおぼしき人たちで賑わっていた。コーヒーを飲んでいた高齢の女性客に話を聞くと「こういう店ができてくれて、若い人たちが集まってくれると私たち年寄りも嬉しいよね」と笑った。
競馬場の客は減少気味でも土日になると盛り上がる理由
立会川駅から東側へ商店街を抜けて旧東海道を右に折れてしばらく歩くと、競馬場通りに突き当たる。実は立会川は大井競馬場(品川区勝島2-1-2)のお膝元でもあるのだ。競馬場は駅からは徒歩で15分ほどの距離だ。
ほぼ毎週末、ここでフリーマーケット(Tokyo City Flea Market)が行われる。収容数約1500台の駐車場を使って、最大600ものグループが出店する日本最大級のフリーマーケットだ。

ほぼ毎週末開催される「Tokyo City Flea Market」の会場(筆者撮影)
競馬に詳しいライター・新留若人さんの説明。
「大井競馬場は地方競馬の優ともいえる競馬場です。東京シティ競馬という愛称で親しまれていますよね。1986年にはアフター5のサラリーマン客を狙って、日本初の夜間競馬『トゥインクルレース』を開催したことでも知られています。
地方競馬は中央競馬(JRA)と比べると、一般的に小規模ですが、大井競馬場の規模は中央競馬級といってもいい。基本的に土日のレースはないので、駐車場を使ってフリーマーケットが行われているわけですね」
さらに、新留さんは街と競馬場の関係について続ける。
「これは大井競馬場に限った話ではないのですが、競馬場の集客数は年々減少傾向です。つまりそのぶんレース場のある街の集客も落ちているはずです。昔は競馬場まで行って馬券を買っていたけど、今はネットで買いますからね。この流れがコロナ禍で加速したんですよ。
競馬を含め、公営レースはコロナ禍でもわりと開催していて、これも一種の巣ごもり需要なんですけど、やることがないからネットでレース券を買う人が増えて、公営レースの売り上げは伸びた。ところが、レース場そのものには人が集まりにくくなっています」
立会川商店街でも同じような話を聞いた。かつてはレース開催日ともなると「商店街は地面も見えないほど人通りがあった(某店主)」らしい。しかし近年ではすっかり客足が落ち込んでいる。「シャッターを閉める店も増えていますよ」とその店主は表情を曇らせた。
代わって人を集めているのが大井競馬場で行われるフリーマーケットだ。
日本最大級のフリーマーケットを歩く

大井競馬場の駐車場を使って行われるフリーマーケット(筆者撮影)

大井競馬場の駐車場を使って行われるフリーマーケット(筆者撮影)
日本最大級の地方競馬場で行われる日本最大級のフリーマーケット。取材に行った日も多くの客でごった返していた。神奈川県から来ているという3人グループ「Sans Titre」の方々に話を聞くことができた。
「店の名前は『Sans Titre』、フランス語ですね。直訳すると『無題』という意味です。毎週土日のどちらかには来てますね。どうしてここを選ぶかって? 率直に言うと売り上げがいいんですよ。ここに集まるお客さんは気前がいいってことかな。外国からのお客さんも多いしね。たぶん半分以上が外国人じゃないかな」(Sans Titre・ミハラさん)
そんな話をしている間にも、客が途切れることはない。確かに売れているようだ。筆者も思わずアンティークめいた顔をしたガスライター(1000円)を買ってしまった。
「お客さんも外国の方が多いけど、最近じゃ出店側も外国人が増えていますよ。ここは商売になる、という話が広まっているってことでしょうね。もう、ひとつの市場ができあがっている、という印象です」(Sans Titre・カワサキさん)

「Sans Titre」の面々。左からヨシユキさん、ミハラさん、カワサキさん(筆者撮影)

「Sans Titre」の看板(筆者撮影)
立会川の印象について訊ねると、こんな答えが返ってきた。
「街の真ん中を立会川が流れていて、すぐに海につながっています。その向こうにはいろんな国がある。このフリーマーケットで外国からのお客さんに対応しているとすごく感じるんですけど、この地域って海外とつながっている、そんな印象なんですよね」(カワサキさん)
たしかに、海の向こうを見つめて海運会社「海援隊」をつくった坂本龍馬ゆかりの街でもある。何やら得体の知れないパワーを感じる。住まないまでも、まずは土日のフリーマーケットから立会川体験をはじめてみてはいかがだろう。きっと住むとちょっといい街の片鱗が見えるはずだ。