新宿駅から6分なのに「素通りされる」街の意外な姿【再配信】

中井駅前通り(筆者撮影)
※この記事は2025年9月公開記事を再配信したものです。
都民が素通りしていく街「中井」
東京都新宿区中井には、西武新宿線(以下、西武線)と都営地下鉄大江戸線(以下、大江戸線)の駅がある。
駅の住所は西武線の中井駅が「新宿区中落合1-19-1」で、大江戸線の中井駅が「新宿区上落合2-20-8」だ。駅に隣接するかっこうで、新宿区中井の一丁目と二丁目が広がる。
今回はこの2つの駅周辺を歩いた。西武線中井駅の南口を出ると、目の前に中井駅前通りが通っている。これを南に100メートルほど歩くと大江戸線の中井駅の入口が見えてくる。通りの両側には、パン屋、カフェ、レストラン、不動産屋など、地元密着の店が並ぶ。
2つの駅を分けるように妙正寺川が流れている。駅をつなぐ中井駅前通りの途中にある寺斉橋から眺めると、川に隣接するようになった店舗の裏壁が見える。かなり密集した印象だ。

寺斉橋から見た妙正寺川(筆者撮影)
地元住民はこんなことを言う。
「このあたりは、川の周りスレスレに建物が並んでいるだろ、店の規模を大きくできないんだ。だから発展できないんだね。西武線に乗っちゃえば新宿まですぐ(6分)だし、地下鉄に乗れば六本木に行くにも便利(20分)でしょ。交通の便はものすごくいいんだけど、乗り換えの乗客は街の店は素通りだよ」
しかし、この街は素通りするにはもったいない。歴史と文化がつまった街だ。
ここ中井には、『放浪記』や『浮雲』で知られる作家、林芙美子記念館(新宿区中井2−20−1)がある。1903年(明治36年)に北九州の門司で生まれ(山口県下関生誕説もある)、1951年(昭和26年)に47歳でこの世を去った林は、1941年(昭和16年)から亡くなるまでの10年間をこの地で過ごした。
1922年(大正11年)に上京し、様々な苦労を重ねた林は、1930年(昭和5年)にこの界隈に移り住んで、1939年(昭和14年)に土地を買い、新居を建てた。記念館は当時の家屋をそのまま公開している。開館時間は午前10時から午後4時半まで、月曜日が休館日だ。入館料は大人150円で、小中学生は50円となっている。

林芙美子記念館の入口(筆者撮影)
昔はおいはぎが出たという「暗がり横丁」
林はエッセイ『落合町山川記』の中で中井のことを次のように書いている。
このエッセイが出版されたのが1934年(昭和9年)のことなので、林が語っているのは戦前の話だ。本当においはぎが出たのか、それともそんなウワサがあっただけなのか、定かではないが、とにかくあまり治安の良い地域ではなかったようだ。

林芙美子記念館、玄関口(筆者撮影)
林のいう「暗がり横丁」が正確にどのあたりだったのかはわからない。だけど西武線の線路脇に、ひょっとしたらこのへんのことかなぁと思しき横丁がある。
中井駅通りから小路に入り、パチンコ屋、カラオケ店、日本料理屋などがごちゃっとかたまっている場所だ。そこで昼間から地元の人たちで賑わうカウンターだけの居酒屋の暖簾をくぐった。
地元客の集まる居酒屋の暖簾の先には
ニラの玉子とじ(350円)、ポテトフライ(300円)、マカロニサラダ(250円)、サワー類(300円)などなど、500円を超えるメニューはざっと見たところビールの大瓶(680円)だけだ。
平日の昼間だが、互いをあだ名で呼び合う地元の人たちでカウンターはほぼ埋まっていた。すみっこに席を見つけ、下戸の私は烏龍茶を飲みながら話を聞いた。

「店の名前はかんべんしてね」とご主人に言われたのでメニューの写真だけ(筆者撮影)
「中井はさ、駅前が狭っ苦しいだろ、せめて車のロータリーを作ることができたら、バスが入ってこれるようになるから、もっと発展するんだけどねぇ」
と、ある客はサワーを傾けながらいうのだが、隣の紳士は次のように語る。
「いやぁ、だからいいんだよ。発展、発展っていうけどさ、発展なんかされちゃ、俺たちの居場所がなくなるよ。中井は今のままでいい、こんくらいがちょうどいいんだよ」
私は卵焼きをつつきながら訊いてみた。
「林芙美子が、昔は中井の駅の近くでおいはぎが出たって書いてるけど、かつてはそういう街だったんですかね」
前歯のない客が笑いながら言う。
「そりゃ中井に限ったことじゃないよ。戦前の東京はどこに行ってもそんな感じだったはずだ。みんな食うに困っていたんだ」
確かにその通りだろう。妙に納得した。話を聞くのは楽しいのだが、飲めない客が長時間居座っても迷惑だろうから、30分ほどで腰をあげた。すると、前歯のない客がこういって見送ってくれた。
「お兄ちゃん、中井は林芙美子だけじゃないよ。赤塚不二夫先生だってこのあたりで飲んだくれてたんだからね」
そう、中井は『天才バカボン』『おそ松くん』で知られる昭和のギャグ漫画王赤塚不二夫ゆかりの地でもある。

商店会のバナーにもバカボンパパの姿(筆者撮影)
『天才バカボン』の赤塚不二夫が愛した炉端焼屋
さっきまでおじゃましていた居酒屋の近くにある「炉ばた焼 権八(新宿区中落合1-13-2)」は生前の赤塚不二夫が通った店だ。

赤塚不二夫が愛した店「炉ばた焼 権八」(筆者撮影)
西武線の中井駅から歩いて3分ほどにあるこの店は、中井住民なら知らない人はいない。カウンター8席、小上がりには8人ほどが座れるテーブルが4つ。カウンターの奥にあるテレビでは大相撲の中継が流れている。店内には赤塚不二夫のサインや写真が飾られている。酒場好きからも知られる名店で、居酒屋探訪家の吉田類のサインも飾ってあった。
磨き込まれたコンクリートの床は、開業から50年という歴史がじっくり染み込んで、浅黒く滑らかだ。カウンターの隅の席に腰掛け、烏龍茶と青魚の刺し身、サンマの塩焼きを注文した。繰り返して恐縮だが私はアルコールが呑めないので、こんなときはもっぱら烏龍茶だ。
しかし、カウンターと厨房の間には、ぎんなんや里芋、アサリ、ハマグリなど、季節の食材が並ぶ。これらを肴に酒を呑めば、さぞかし愉快だろうと思うが、下戸にはそれができない。悔しいかぎりだ。ただ、居酒屋の雰囲気は好きなので、呑めないくせに時々利用する。
長い時間をかけて何度も塗り重ねたような店の歴史が感じられる。そんな店内の様子を楽しんでいるうちに、注文した品が運ばれてきた。
足の早い青魚の刺し身はこういうところでしか口にしない。スーパーでパックの刺し身を選ぶときは、どうしてもサーモンやマグロ、ハマチやなんかに目が行く。青魚はさばいた直後に食べてこそ美味いのだ。絶妙な塩加減の焼きサンマは、ほろ苦いワタまで美味しくいただいた。

青魚の刺し身、この日はイワシ(750円)(筆者撮影)

サンマ焼き(730円)(筆者撮影)
赤塚先生からは「よっちゃん」と呼ばれていた
「炉ばた焼 権八」が開業したのは1975年(昭和50年)のこと。今年で50年目だ。創業者の関澤義男さん(81)が話を聞かせてくれた。
「親が魚屋でね、私が30代のはじめにこの店を始めた。そもそも兄が赤塚(不二夫)先生と飲み友達でさ、私が居酒屋を始めるって言うと、よっちゃん(義男だからこう呼ばれていた)のためだって言って色紙を書いてくれましたよ」(関澤さん)
その色紙は今でもレジ近くに飾ってある。

「権八」のご主人・関澤義男さん(筆者撮影)
「赤塚先生は、本当によく来てくれていましたよ。多いときは週に2、3回は足を運んでくれていました。
うちが店を始めたころは、近所に今よりも飲み屋が多かったね。でもだんだん減ってきた。新鮮な魚を食べられる店が少なくなってるから、魚が好きな人はうちを選んでくれるんだろうね。
ここらへんは町内会がしっかりしているから、お祭りなんかも盛んでね。地味な街だけど、住みやすいと思いますよ」(関澤さん)
店を出るとすっかり日が暮れていた。街の道々は街灯や店の看板でどこも明るい。林芙美子のいう「暗がり横丁」の面影はどこにもないが、文化と歴史の匂いは今でも健在だ。
実は「新宿区の6分の1」が落合
西武線の中井駅の南口から出て、中井駅前通りを北に少し歩き、線路を越えた先の三叉路を右に折れた場所にある「司環境計画株式会社(新宿区中落合1-17-5)」は、地元密着の不動産屋だ。代表の逸見和重さんに聞いた。

「司環境計画株式会社」代表 逸見和重さん(筆者撮影)
「中井という地区は、新宿区の行政区分でいうと落合第一地域と落合第二地域に含まれているんです。だから、私たち地元の人間は“落合の中の中井”というイメージでこの界隈の行政区を理解しています。
中井を含めた落合地域は新宿区の6分の1という広さを誇っています。落合という地名は、妙正寺川と神田川が“落ち合う”場所なので、こう名付けられたと言われています」(逸見さん)
そうした場所であれば、大雨時の水の被害が心配だ。そのことについて訊くと、
「妙正寺川と神田川があるので、新宿区のハザードマップには危険度の記載があります。私が子どもの頃は確かに妙正寺川が溢れることがあったのですが、その後に神田川の地下水路などの治水工事が進められ、近年は水の事故はありません。安心してもらって大丈夫ですよ」(逸見さん)

新宿区ハザードマップ(新宿区の資料より)
気になる家賃相場は新宿区としてはかなりリーズナブルだ。
「ワンルームだと6万円台から、2DK以上のファミリータイプだと10万円くらいからのご相談ですね。部屋を探しに来る人はみなさん“新宿とは思えないくらい静か”だっておっしゃいます。
落合、中井地区は広い範囲が第1種低層住居専用地域なんですよ。だからあまり高い建物は建てられません。そのぶん街全体が落ち着いた雰囲気なんですね」(逸見さん)

「司環境計画」の外観(筆者撮影)
中井が誇る文化はほかにもある
小説家林芙美子や漫画家赤塚不二夫ゆかりの地であることは既述の通りだが、中井にはそれ以外にも誇るべき文化がある。それが「染め物」だ。
「京都や金沢に負けないくらい、東京は染め物が盛んだったのです。かつては染めのノリを落とすために神田川の下流で反物を洗っていたんですが、生活排水で汚れてしまってからは落合・中井界隈の妙正寺川と神田川で洗うようになった。そのためにこの界隈には染めの職人さんが多く住んでいたんです。今も何軒か染色工房が残っていますよ」(逸見さん)
毎年2月には「染の小道」という催しが開催される。当日は色とりどりの反物が川にはためき、暖簾が店先を飾るという。素通りするには本当に惜しい。中井は歩けば歩くほど味わい深い表情を見せてくれる住むとちょっといい街なのである。