老舗撤退で駅弁崩壊? 浜松「250円おに弁」の奇跡

弁当箱に見立てたおにぎりにおかずを盛り込んだ「おに弁」(筆者撮影)
新幹線をはじめ、鉄道の旅の楽しみといえば駅弁だ。プライベートな旅行であれば、その土地の名物を詰め込んだ駅弁を味わいたいところだが、コロナ禍以前に駅弁業者を取材した際、意外にも「1000円以内の商品が最も売れる」と聞いたことがある。限られた出張手当の中から、食事代や宿泊費をやりくりしなければならず、駅弁に多くのお金をかけられないビジネスパーソンが少なくないのが実情だ。
【写真を見る】弁当箱に見立てたおにぎりにおかずを盛り込んだ、税込250円の「おに弁 うま煮」
廃業・撤退が相次ぐ駅弁業界の現状
一方で、コロナ禍によって旅行需要が激減し、駅弁業界が苦境に立たされたことも、まだ記憶に新しい。本社前の駐車場に仮設テントを設け、ドライブスルー形式で駅弁を販売したり、冷凍・冷蔵の駅弁を扱う通販サイトを立ち上げたりと、各社が生き残りをかけて工夫を重ねてきた。
しかし、そうした努力も空しく、2025年2月には創業171年の老舗「井筒屋」(滋賀県米原市)が飲食事業から撤退。さらに5月には、15年の九州駅弁グランプリで準優勝した「桜島灰干し弁当」で知られる「樹楽」(鹿児島県姶良市)が破産手続きの申し立てを行い、10月には伊東のソウルフード「いなり寿し」を販売していた「祇園」(静岡県伊東市)が廃業した。

コロナ禍で姫路市「まねき食品」が本社前に開設した、駅弁とえきそばの販売スペース(筆者撮影)
駅弁業界には、コロナ禍以前から逆風が吹いていた。列車の高速化による車内飲食の変化、車内販売サービスの縮小、駅構内への大手コンビニの進出。そこへコロナ禍による売り上げ激減と、その後の原材料費や人件費の高騰が追い打ちをかけ、多くの事業者が耐えきれなくなったのだ。
「井筒屋」が飲食事業からの撤退に際して、自社サイトに掲載した8代目当主・宮川亜古代表取締役の挨拶文は、駅弁を愛する者として、そしてフードライターとしても考えさせられる内容だった。サイトはすでに閉鎖されているが、以下に一部を引用する。
(前略)
旅のお供であるべき駅弁とは何か、その土地ならではの駅弁とはどういったものかを思い巡らせ、「味をえらび 味をととのえ 味ひとすじに」納得いただける商品をお届けしたいと、日々励んでまいりました。
しかしながら、昨今の食文化は娯楽化がもてはやされ、誤った日本食文化の拡散、さらには食の工業製品化が一層加速し、手拵えの文化も影を潜めつつあります。
そのような環境に井筒屋のDNAを受け継いだ駅弁を残すべきではないと判断致しました。
(後略)
「食の工業製品化が一層加速し、手拵えの文化も影を潜めつつあります」という一文からは、長年にわたり手作りの駅弁を作り続けてきた井筒屋の矜持がにじみ出ている。同時に、駅構内に並ぶコンビニの弁当が、本当に「旅のお供」であり、「その土地ならではの駅弁」と言えるのか——そんな問いを投げかけているようにも感じられる。駅弁を買う側である私たちも、文化としての駅弁を見直す時期に来ているのかもしれない。
おにぎりと弁当のハイブリッド商品
前置きが長くなったが、話を駅弁の価格に戻そう。物価高騰の影響で値上げを余儀なくされ、今や多くの駅弁が1000円超え。1000円以内で買える商品は、数えるほどしか残っていない。
そんな中、出張で静岡県浜松市を訪れた際、浜松駅構内で見つけたのが「おに弁」だ。真ん中を少しくぼませた四角形のおにぎりを弁当箱に見立てて、そこへおかずを盛り付けたスタイルで、まさにおにぎりと弁当のハイブリッドといえる。

浜松駅構内「エキマチWEST」にある自笑亭の売り場に並ぶおに弁(筆者撮影)
ラインナップは、浜松名物「うなぎ」や特産品の「しらす&三ヶ日牛」、彩り豊かな煮物をのせた「うま煮」をはじめ、「エビチリ」「カツ丼」「カツカレー」など、和・洋・中を取りそろえた全9種類。価格は250〜500円で、今回は「うま煮」と「カツ丼」を購入した。
「うま煮」は、里芋やレンコン、ニンジン、椎茸といった幕の内弁当ではおなじみの具材が、素朴な味付けでぎっしり詰まっている。ご飯が白米ではなく、しそ風味の「ゆかりご飯」なのも、煮物のやさしい味わいを引き立てるためだろう。
驚かされたのは「カツ丼」の完成度だ。玉子でとじてあり、甘辛いタレが衣に染みているにもかかわらず、ご飯全体がべちゃっとしていない。「うま煮」も同様で、汁気が適度に抑えられている。このあたりに、長年培われた駅弁作りのノウハウが生きていると感じた。

手前右下から時計回りで「うま煮」250円、「うなぎ」500円、「カツ丼」350円、「エビチリ」350円(筆者撮影)
サイズ感も絶妙だ。横10センチ、縦8センチ、厚さ3センチほどで、手に取るとスマホほどの大きさ。1個では少し物足りないが、2個食べるとしっかり満腹になる。「うま煮」が250円、「カツ丼」が350円で、2つ合わせても600円。一般的な駅弁の半額程度に収まるのも大きな魅力だ。
さらに、食べ終わった後のゴミが少ない点も見逃せない。コンビニのおにぎり同様、捨てるのは外装フィルムだけで、駅弁と比べると圧倒的に簡素だ。
崩れないご飯と染みないおかず
おに弁を製造・販売しているのは、浜松駅と掛川駅で駅弁を手がける自笑亭。後日、浜松市中央区神田町にある本社を訪ねて、話を聞いた。
自笑亭の創業は1854年、江戸末期にさかのぼる。浜松城主・井上河内守に仕え、料理を作っていた山本六兵衛が営んでいた料理屋「山六」がそのルーツだ。「自笑亭」という屋号も、「人の心を安らかにする自然な笑みが素晴らしい」と六兵衛を称えた井上河内守が名付けたという。
明治21(1888)年、旧国鉄浜松駅の開業とともにおにぎりを販売し、大正時代には浜松名物のうなぎ弁当も手がけるようになった。本格的に駅弁を扱い始めたのは昭和20年代後半からで、以来、浜松駅を代表する駅弁業者として、地域色豊かな商品を作り続けている。
「2022年に米穀卸の遠州米穀のグループ企業となり、米の消費量が減っている中で、新しい商品を作ろうという話になりました」と語るのは、営業部長の柏丈史さんだ。
惣菜作りのプロである自笑亭と、業務用炊飯サービスを手がける米のプロ、遠州米穀。そのタッグによって生まれたのがおに弁である。ご飯は、手に持っても崩れず、食べやすいサイズにする必要があり、グラム数を変えながら試作を重ねたという。
「おかずによって最適な量は変わりますが、140〜160グラムに落ち着きました。幕の内弁当のご飯は200グラムなので、十分食べ応えはあると思います。海苔を巻くことで強度も増しています」(柏さん)

自笑亭営業部長の柏丈史さん(筆者撮影)
おかずはすべて手作り。汁気のあるメニューは、あえて水分を抑えたり、粘度を高めたりして、ご飯に染みすぎないように工夫している。盛り付けも手作業のため、1日の生産量は200〜300個ほどに限られる。
「23年の発売当初は静かなスタートでしたが、最近はSNSで紹介される機会が増え、売り上げも伸びてきました。今後は急速冷凍したおに弁のネット販売も検討しています」(柏さん)
形は変わっても、土地の味と作り手のこだわりがしっかりと伝わる「おに弁」。効率や大量生産を追い求めるコンビニやスーパーではなく、駅弁業者である自笑亭が現場で試行錯誤しながら生み出した点に、大きな意味があると感じた。駅弁の未来は、決して悲観するものではない。そう信じたくなる一品だった。