アラフォー男性が団地ひとり暮らしで得た居場所

築62年の団地の一室とは思えない、おしゃれな内装。くまがいさんは自らここで暮らしながら、団地のコミュニティづくりに携わっている(撮影:梅谷秀司)
ひとりで暮らす人の部屋から、その人なりの生き方をのぞく連載「だから、ひとり暮らし」。それぞれの暮らしの選択をたどりながら、いまを生きるヒントを探っていく。
【写真】生活と仕事が混在している、くまがいさんの部屋
前回は、年金と団地をテーマに、老年期の暮らしをどう組み立てていくかを考えた。今回、焦点をあてるのは、 団地に暮らす、アラフォー世代のひとりの男性だ。
近年は、既存の団地にリノベーションや企画を加え、暮らし方や価値観に共感する人を呼び込む団地が出てきた。
今回、取材したくまがい けんすけさんは、そんな新しい形の団地「いろどりの杜」で、コミュニティビルダーとして住民に伴走している。
また同時に、そこでひとり暮らしをする住人でもある。
自分流の自由な団地暮らし
足立区綾瀬にある「いろどりの杜」に着くと、カラフルに塗り分けられた団地が立ち並ぶ。その棟のひとつにくまがいさんの部屋があった。

足立区にある「いろどりの杜」はコミュニティビルダーが常駐する、新しいかたちの団地だ(撮影:梅谷秀司)
打ちっぱなしの壁にフローリングの部屋はいかにも昭和の団地風な外観とはギャップがある。DIYが可能ということで、くまがいさんも壁に釘を打って絵を飾るなど、自分流に暮らしを彩っていた。

地域の子どもたちがワークショップで作ったアートを飾る(撮影:梅谷秀司)
全体的に物が多く、キッチンには調味料や食器が、ベッドサイドには洋服類があふれている。そして部屋の端には、なぜか業務用の巨大な冷蔵ケースがあった。

鎮座する巨大な冷蔵庫(撮影:梅谷秀司)
「冷蔵ケースは、知り合いの飲食店の人から不用品を譲ってもらったんです。いつか団地のイベントで使えるかなと。
部屋は普段からこんな感じです。取材だからって、掃除し過ぎるのもかっこ悪い気がして。だって、普通の暮らしってこんなもんでしょう? 『愛のままに、あるがままに』が、僕の会社のビジョンでもあるので」(くまがいさん 以下の発言すべて)
そう言ってニコニコと笑う。
地域にロマンを振りまく“コミュ力お化け”
写真を撮影している間にも、彼はおしゃべりだ。最近ギターを始めたこと、すでに来月ライブの予定があること、YouTubeで見る「ちいかわ」のアニメにはまっていること、自転車の簡単なメンテナンスをボランティアでしていること……。
いろいろな方向からの脈絡のない会話のようでいて、こちらがひっかかるポイントを探している。それは多様な人々とのコミュニティづくりを生業とする人特有の、会話術なのかもしれない。

くまがい けんすけ(41歳)場づくりカンパニー「ソーシャルロマンティック」代表取締役。2018年から24年まで、コミュニティ事業を行う企業、はじまり商店街の共同代表取締役を務めた。同社が親会社に吸収合併された後、現在の会社を立ち上げる。現在は東京都足立区の団地「 いろどりの杜 」でひとり暮らし。また同団地のコミュニティづくりにも伴走している Instagram( @kumakumakenken )(撮影:梅谷秀司)
「そういえば、この前ボランティアで自転車を修理したら、お礼にって柿をくれたんですよ。お裾分け、どうぞ持って帰ってください!」とつやつやとした柿を差し出す。
「随分とフレンドリーなんですね」と驚く私に、くまがいさんは「この団地を起点にして、足立区にロマンティックを循環させることが、僕の仕事ですから」と、胸を張った。
彼によるとロマンティックとは「直接的な愛とは違うなにか」であり、「あまねく人が持っているもの」なのだそうだ。それは特定の誰かへの愛ではなく、人と人がつながる余地。そこから立ち上がって来る「なにか」を、信じる感覚なのかもしれない。

立派な柿は、自転車修理のお礼としてもらったもの(撮影:梅谷秀司)
この団地の築年数、家賃や平米数、住人の年齢構成や住居選択の傾向など、団地についての具体的なことを質問すると丁寧に答えてくれた。
「ここは築62年。僕の部屋は37.35㎡の1DKで家賃10万円です。周囲の同じぐらいの広さ・築年数の部屋の相場からすると少し家賃は高め。
その分、僕のようなコミュニティビルダーが伴走したり、部屋のDIYが可能だったり、家庭菜園やBBQスペースのような共有スペースが充実していたりします。住人構成は30代の若手の住人が中心で、そこに少人数ながら、50歳以上の方もいるという感じですね」

団地の家庭菜園(撮影:梅谷秀司)
団地というと家賃が手頃なイメージがあるが、「いろどりの杜」は同等の物件に対して安いというわけではないようだ。しかしほとんど空室はない。それだけこの団地が魅力的だということなのだろう。
コミュニティが育つまで少なくとも3年
「いろどりの杜」では、くまがいさんを中心にして企画した大小のイベントが、年間通して複数回、行われる。そういったユニークな交流事業も、住人を引き寄せる要因になっているのだろうか。
「コミュニティって、最初から“売り”になるものじゃないと思っているんです。住んでみて、暮らしてみて、そのなかで少しずつ輪郭が見えてくるものなので。
僕のこれまでの経験だと、人と人との関係性が自然に根づくまでには、どうしても時間がかかる。早くても3年くらいは必要だと思っています。この場所も、プロジェクトとしては5年目に入りますが、いまはようやく“醸成されてきたな”と感じられる段階です。
ただ、完成形をつくることを目標にするというより、住人と同じ時間軸で、コミュニティがどう立ち上がっていくのかを一緒に見ることを大事にしたいです」

団地では年に数回、地域にも開放されたイベントが行われる(写真提供:いろどりの杜)
くまがいさんにとってコミュニティとは、イベントを行うことによって打ち立てられるものではなく、日々の関わりのなかから醸成されるものだ。
「団地って、部屋を出た瞬間から、もう誰かの生活圏なんです。マンションだと共用部分は公共スペースに近い感じだけど、団地はもっと生活と地続き。児童公園があったり、この団地のように家庭菜園があったり。
人が遊べる余白があるから、外の空間もそれぞれの居場所にできる。廊下とか階段とか、敷地の通路とか。全部が誰かの暮らしの場で、用事がなくても人と会っちゃう構造なんです。
だからコミュニティづくりのお手伝いとしては、日常の暮らしの場から、つながりをつくることを意識しています。とはいえ、つながることに強制力なんてなくて、挨拶だけで終わる関係があったっていい。
大事なのはそこにコミュニティがあって、いつでも好きなときにアクセスできることじゃないでしょうか。そういう環境をつくり出すことが、僕の仕事です」

くまがいさんは、自ら立ち上げた「ソーシャルロマンティック」の一事業として、団地のコミュニティビルディングをサポートしている(撮影:梅谷秀司)
暮らしの場をシェアしたり、困ったときは手を差し伸べ合ったりという古き団地の良さーー。そんな関係を、現代にアップデートしつつ再現することは、一朝一夕にはいかない。くまがいさんはその可能性に公私の境界をなくして、取り組んでいくという。
「41歳になるまで、ずっとコミュニティづくりを仕事にしてきて、うまくいったことも、深い挫折を味わったこともありました。その経験とノウハウをフル活用して、この場を盛り上げていくつもりです」

生活と仕事が混在している、くまがいさんの部屋(撮影:梅谷秀司)
挫折を引き受け切った先にあったもの
くまがいさんは以前、コミュニティづくりを事業とする「はじまり商店街」という会社の共同代表を務めていた。イベントや場づくりを軸に、地域に人を集め、つなげる仕事は、順調に見える時期もあったという。
だが、2024年。親会社の方針転換で会社は吸収合併され、事実上なくなった。
「会社がなくなったときは、かなりきつかったですね。もう、自己否定の嵐。自分のせいですべてが終わったような気がして。それでも代表としてやらなければならないことは残る。針のむしろに立っているような時間でした」
代表取締役という肩書も、積み上げてきたものも、一気に消えた。取引先や雇用者への説明、残務処理など、精神的な負荷は大きかったという。振り返ってみて、ひとつ強く心に残っている後悔は、自分自身が地域づくりの現場から距離を取って、別の土地に移住してしまっていたことだ。
「今思えば、現場から離れていたことが、いちばん大きな失敗だったのかもしれません。もしも現場にとどまっていたら、何かしらできたのではないかと、悔やんでも悔やみきれないんです」

「去年、実家の母から亡くなった父の写真をもらってきたんです」とのこと。写真は机に飾られ、線香が添えられていた(撮影:梅谷秀司)
そこから立ち直るのに、劇的な出来事があったわけではない。ただ、残務をやり切るなかで、「会社がなくても、くまがいさんに頼みたい」と言ってくれる人がいたことは、ひとつの支えになった。
「声をかけてもらって、ずっと関わってきた足立区で仕事を続けることになりました。仕事場でもある団地に暮らして、生活が落ち着いた頃です。久しぶりに通ったジムで、ふと『ここが実家』と思えるような、安心を感じたんです。その感覚を信じて、今度はこの足立区に、きちんと根を張ろうと思っています」
団地の“余白”から何が立ち上がって来るのか
高度経済成長期、日本では住宅不足を背景に、各地で団地が建てられた。同じ時期に、同じようなつくりの住まいが大量に供給されたという意味では、かなり大胆な住宅システムだったともいえる。
団地とひとくちに言っても、いくつかの系統がある。都営住宅のように、低所得者向けのセーフティネットとして機能しているものもあれば、UR賃貸住宅のように、比較的幅広い層を対象にした公共賃貸もある。また、分譲として建てられた団地も少なくない。
長い時間のなかで、賃貸と分譲が混在したり、住み手や使われ方が変わったりした結果、いまの団地は、外から見る以上に多様な姿を持つようになった。
人口が減り、家族のかたちも変わったいま、団地は「役目を終えた住まい」に見えることもあるだろう。実際、築年数を重ねた団地の多くは、空室や老朽化と向き合っている。

余白の多い団地には新たなコミュニケーションが生まれる可能性も(撮影:梅谷秀司)
しかし、くまがいさんが指摘するように、団地という様式自体が、現代に失われつつあるコミュニケーションが立ち上がる余白を内包している。団地を昭和遺産として使い尽くすのか。それとも新たなコミュニティが生まれる装置として設計しなおすのか。
――いまは、その岐路に立たされているところだ。
若くして挫折を経験したくまがいさんのような人が、団地という場で関わり続けている。そうした事実や関係性を受け止めていく余白から、これから何が立ち上がってくるのだろうか。そこには、まだ言葉にしきれない可能性があるように思えた。
団地でのマイペースなひとり暮らし

部屋にはカラフルな置物が多い。 玄関に「万物流転」のダルマ(撮影:梅谷秀司)

マンガやキャラクターものなど、ポップなアイテムを集めている(撮影:梅谷秀司)

好きなミュージシャンの直筆アートも壁に(撮影:梅谷秀司)

ギターを練習中。練習を始める前に、ライブ出演が決まっていたという(撮影:梅谷秀司)