愛子さまは「楊柳」ワンピ、雅子さまは「絞り染め」ジャケット 日本の伝統を海外で「洋装」でまとう皇后と皇女の美しさ

天皇、皇后両陛下の長女愛子さまは、和の伝統の「守り手」のひとりだ。ラオス公式訪問では、江戸時代から日本で親しまれる「楊柳生地」をワンピースに仕立ててお召しだった。実は、母の皇后雅子さまもモンゴル公式訪問の際に、日本の「絞り染め」の生地をジャケットに仕立て着用されていた。和の伝統工芸を洋装に生かし、職人ら担い手を守る「令和流」とはーー(全2回の2回目)。

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 実は、皇后雅子さまは、和の伝統工芸の技術を洋装に取り入れている。

 25年7月のモンゴル訪問で、天皇陛下と雅子さまは、スポーツの祭典「ナーダム」を観戦した。

 おふたりは、イ・ドローン・ホダグ競馬会場で、100頭以上のモンゴル馬が雄大な草原を20キロにわたり駆ける競馬競技を観戦。ゴールに近い席から双眼鏡を手に、満面の笑みで騎手の子どもたちに手を振った。

 雅子さまの草原色の淡い黄緑のパンツが清々しい。

 興味深いのはお召しのジャケットで、凹凸のある生地が目を惹く。

「生地が立体的に見えるのは、日本の伝統工芸である『絞り染め』の技法を取り入れて、洋服をお仕立てになっているためだと思います」

 そう話すのは、京都市で京友禅の誂えを専門とする「京ごふく二十八」を営む原巨樹(はら・なおき)さんだ。

 淡い色味が美しい皇后さまのジャケット。しかし、仕立てに用いられたこの生地には、複雑な工程と長年培われた技術が込められている。

「生地をよく見ると、淡藤色(あわふじいろ)の地色に、淡い黄と緑で染め分けがなされ、優しい色出しが目を惹きます。こうした絞りの『染め分け』は、手間と根気を要する技法です」

 いまも残る「絞り染め」の産地としては、「有松絞り」で有名な愛知県の有松鳴海や、「京鹿の子絞」で知られる京都などが有名だ。

 一方で、職人の高齢化や後継者不足から、消滅の危機にさらされている日本各地の伝統工芸も少なくない。

 

  愛子さまのワンピースに用いられたと思われる楊柳(ようりゅう)生地も、状況は同じだ。

 京都で楊柳生地を製造する「山城」の代表を務める稗さんは、こう話す。

「楊柳生地を用いた縫いの作業ができる職人の減少や、専用のミシンや機械の老朽化、そして安価な化繊商品との価格競争による疲弊などもあり、撤退した商品もあります」

 そうしたなか、ここ数年の皇室の装いに変化が起きている。

 皇后である雅子さまや天皇家の内親王である愛子さまが、和の伝統工芸を施した生地を洋服に仕立て、秋篠宮家の内親王である佳子さまも日本各地の伝統工芸品のアクセサリーを公務で身に着け始めている。天皇ご一家のかりゆしウェアも話題になった。

「もともと皇室には、伝統工芸といった日本の職人が継承してきた技術を守るという大切な役割もある」

 そう話すのは、霞会館記念学習院ミュージアム学芸員の長佐古美奈子さんだ。

 たとえば、皇室では成年や結婚などのお祝いの「引き出物」といえば、金平糖などの小さな砂糖菓子を入れた「ボンボニエール(菓子器)」が定番だ。

 大正から昭和初期にかけては、兜形や鳥籠形、和船形に飛行機形など、どこに菓子を入れるか迷いそうなほど凝った「芸術作品」も制作された。

「ただ贅沢を楽しむために凝った工芸品を作らせたわけではないのです」(長佐古さん)

 海外からの賓客やお祝いの使節に、「日本らしいもの」を贈る目的もあった。もうひとつは、明治維新によって注文がなくなった刀装金工などの職人に仕事を与え、技術の継承をはかる意図があった、という。

「そこには、時代の渦に巻き込まれ消えゆこうとした伝統工芸を守ろうとする、近代皇室の姿がありました」(長佐古さん)

 令和に入り、皇室の国際親善は形を変えた。宮中晩餐会や午餐会といった接遇の場に、和食や日本酒を提供し、箸を用いるなど、「和」をちりばめている。

 そして、雅子さまや愛子さまをはじめとする、和の伝統工芸を取り入れた女性皇族方の装いがある。

 そこには、日本文化や伝統を来賓の方々に知ってほしいという思いとともに、日本の職人と技術を守りたいという思いも込められているのかもしれない。

(AERA 編集部・永井貴子)

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