日本人のノーベル賞受賞で注目の「細胞」…がんや糖尿病の治療ばかりか「なぜ、病気になるのか」までついに解明!

「不死の細胞を持った女性がいた――」「細胞内を2本足で歩くものがいる!?」「ミトコンドリアが重要なエネルギー供給源だった」などなど、命の最小単位「細胞」の秘密を知れば、「まさか、こんなことが自分の体の中で起きていたなんて!」と思うはずです。

最先端の生命科学が今「命」を解明中。2025年ノーベル生理学・医学賞の免疫細胞の研究が、がんなどの治療に応用されるように、私たちも恩恵を被っています。

NHKスペシャル「人体Ⅲ」の書籍化『命とは何か?「細胞」から見えてきた命の正体』は、「あなた自身の命の秘密」を解き明かします。

なぜいま「命」を探求するのか?

「命とは何か?」この問いは、古代から人類が何度も立ち返ってきた根源的なテーマです。哲学者はその意味を考え、宗教者は死後の世界との関わりを語り、詩人はそのはかなさを詠んできました。そして現代では、世界中の科学者たちが、その仕組みを解き明かそうとしています。

なぜいま「命」を探求するのか?, 人生観すら変わる最先端の命の研究, 命を知ることが病気の治療や健康増進につながる, 科学者さえも驚く、神がかり的な仕組み

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なぜいま、「命」について知る必要があるのでしょうか。多くの人にとって、日常のなかで命について考える機会はほとんどないでしょう。さまざまな情報にあふれ、「とにかく忙しい」現代社会においては、なおさらそうだと思います。

しかし、それでもこの文章をお読みのみなさんは、多忙な毎日を過ごすなかで「命について知りたい」と思う瞬間があったのではないでしょうか。その感覚は非常に大切なものだと私は思います。なぜなら、命の仕組みを知ることは、単なる科学研究の話にとどまらないからです。このあと詳しくお伝えしていきますが、いまこの瞬間もあなたの体の中では、あなたの生命を維持するために幾千・幾億もの奇跡的な連鎖反応が起きています。その内実を知るということはすなわち、自分自身を知るということに直結します。

人生観すら変わる最先端の命の研究

本書で紹介していく内容は、生命科学の中でも「細胞分子生物学」と呼ばれる、細胞の仕組みをミクロの分子レベルで解き明かそうという分野が中心になっています。自分という存在が、いかに複雑で精緻な仕組みによって成り立っているのかを理解したとき、100の言葉を聞くよりも強烈に「命の尊さ」や「自分という存在のかけがえのなさ」を感じることができると思います。「まさか、こんなことが自分の中で起きていたなんて……!」。最先端の科学がつかんだ命の実態を知ることは、その人の「生き方」や「人生観」を変えるほどのインパクトがある――。それが、世界各地の研究室を取材させてもらった実感です。

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ニュースを見れば連日のように、戦争による爆撃や、殺人事件、幼い子どもの虐待死など、命が失われていく痛ましい情報が目に入ります。また、SNSや社会に目を向ければ、国内外で分断の溝が深まり、対立する相手を人とも思わないような誹謗中傷や攻撃が過激化しています。そんないまの時代だからこそ、私たちの誰もが持っている「命」とはどういうものなのか、立ち止まって考えることには大きな意味があると思います。

命を知ることが病気の治療や健康増進につながる

「命を知ることで、自分という存在のかけがえのなさを知る」とは、ちょっと高尚すぎるように聞こえたかもしれません。もちろん、命について深く理解することは、もっと身近なところ――普段の暮らしや健康のヒント――にもつながっていきます。

というのも、命の探求は「医学の進歩」に直結しています。実際、私たちの誰もが気になる、がん、糖尿病、高血圧などの治療は、生命の仕組みが明らかになってきたことで飛躍的に向上しています。

たとえば、2025年に坂口志文さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したことで連日ニュースになった「制御性T細胞」の発見も、そのひとつです。

坂口さんは、体を守るはずの免疫機能が自分の体を攻撃してしまうことで起きる「自己免疫疾患」の解明に取り組むなかで、過剰な免疫反応を抑える「制御性T細胞」という細胞があることを突き止めました。いわば、免疫のブレーキ役です。さらにその後、制御性T細胞の核の中では、他の細胞では見られない「Foxp3」という特別な遺伝子が活性化し、免疫を抑制する機能を与えていることも明らかになりました。このように細胞の特徴が分子レベルでわかってくると、その細胞に働きかけてコントロールすることも可能になってきます。それが医学の進歩につながるのです。

制御性T細胞の発見は、さまざまな病気の新しい治療法に応用できることが期待されています。ひとつは、1型糖尿病などの自己免疫疾患や、アレルギー性疾患です。ブレーキ役である制御性T細胞を増やすことで、病気の原因である「過剰な免疫反応」を抑えられると考えられています。もうひとつは、がん治療です。実は、がんの治療においては、制御性T細胞は“邪魔者”になってしまうことがあります。なぜなら、免疫細胞にブレーキをかけてしまうため、がん細胞への攻撃が弱まってしまうからです。そこで、制御性T細胞の数を減らすことで効率的にがん細胞を排除できるようになることが期待されています。

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ノーベル委員会は選定理由の中で「これらの発見は新たな研究分野の基盤を築き、がんや自己免疫疾患などの新たな治療法の開発を促進した」と評しました。従来の治療法では効果が期待できなかった患者にも、新たな希望の光を与えています。

アメリカの国立医学図書館が運営する、生命科学・医学に関する論文を検索できる「PubMed」というデータベースがあります。日々、世界中で発表される論文が集められているのですが、その新規登録数は1日あたり3000から5000本に及ぶと言われています。科学論文というのは基本的に、「これまで未解明だった新しい事実」を発表するものですから、生命の仕組みや治療法に関する新しい知見が、とてつもないスピードで積み上げられていっていることがわかります。こうした膨大な研究の成果が、私たちの健康維持や病気の治療につながっているのです。

本書では、生命科学の前進とともに明らかになってきた、「なぜ病気になるのか?」という根源的な原因についても紹介していきます。こうした仕組みを基礎知識として知っておくことは、今後の人生において玉石混交の健康情報を取捨選択するときや、新薬など医療系のニュースを読み解くうえでも役立つでしょう。さらには、いざというときに、慌てて詐欺まがいの民間療法にだまされるのを防ぐことにもつながってくると思います。

科学者さえも驚く、神がかり的な仕組み

「人体Ⅲ」のスタジオ収録をしているとき、司会の山中伸弥さんが話した言葉で印象に残っているものがあります。小さな細胞の中に、いかに複雑な仕組みが備わっているのかを説明したあとのことでした。

「科学者なんですけど、哲学的な考えというか……やっぱり神がいるんじゃないかとか、そういう気持ちになってしまうときもあります」

実は山中さんの他にも、取材中、「神」という言葉に触れる研究者には何人か出会いました。生命科学者のみなさんが、神という超自然的な表現を使うことに私はびっくりしました。

人類の歴史を振り返れば、その大半は「人間は神様が作ったもの」という宗教的な世界観が根強く支配していました。旧約聖書の創世記でも、日本の古事記や日本書紀でも、人間の創造に神が関わっているという点では共通しています。

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しかし近代以降、その伝統的な宗教観とは違う形で生命を解き明かそうと試みたのが、科学でした。19世紀にチャールズ・ダーウィンが登場すると、生物は自然淘汰の積み重ねによって形成されたという「進化論」が提示されます。他にも顕微鏡の発明による細胞の発見や、DNAの二重らせんなどが解明されていくに従って、生命科学は発展してきたのです。

ところが科学技術が進歩し、命の仕組みが分子レベルで明らかになればなるほど……想像を超えた緻密さに驚くあまり、1周まわって「神」の存在を感じてしまうというのです。それほどまでに命というものは奥深いのかと、圧倒されるエピソードでした。

それではいよいよそんな神がかった「命とは何か?」を探求する旅に出発しましょう。次回は『不死の細胞を持った女性の正体を追って――実はあなたや家族もヒーラ細胞の恩恵を受けている』です。