「音楽と古着の街」興味ないのに引っ越した結末

様々な人を受け入れる街・高円寺の魅力とは?(筆者撮影)
20代を過ごした街、高円寺を久々に訪れた。
【画像】古着にも音楽に興味がなくても楽しめる…渋くて落ち着く「純喫茶」が豊富な街・高円寺はこんなところ
改札を出ると、懐かしさに自然と足取りが軽くなる。駅前の高架下は一部がリニューアルされていたが、その奥に並ぶ居酒屋の顔ぶれや、カラースプレーで縦横無尽に落書きされた壁は、よく知ったままだった。
「なんだ、ちょっと変わったと思ったら全然変わってないじゃん」
昔の同級生に再会したときのような安心感が、胸にこみ上げた。
よく知らなかった街、高円寺に住んだ理由
高円寺に住む以前。北海道の大学を卒業した私は、東京での就職を機に神奈川で一人暮らしをしていた。舞台の技術職をしていたので生活は不規則かつ夜型で、25時過ぎに帰宅してから持ち帰った楽屋弁当を平気で食べるような日々を送っていた。
好きな仕事ではあったが、このまま走り続けられないと思うタイミングがあり、悩んだ末週休2日のデスクワークに転職した。高円寺に引っ越すことになったのもその頃。 当時、すでに社会人4年目になっていた。
都内で家探しをしていたところ、不動産屋から提案されたのが、杉並区・高円寺の物件だった。そのとき私は高円寺に一度も行ったことがなく、特に希望してもいなかったのだが、話を聞いているうちに興味が出てきた。
なにせ高円寺は中央線快速で新宿まで7分と、都心へのアクセスがすこぶるいい。私は映画館によく行くので、新宿エリアで早朝の回やレイトショーを観たいときに、さくっと移動できるのも都合がよかった。

PAL商店街(筆者撮影)

ドラッグストアから古着屋まで様々な店が並ぶ(筆者撮影)
実際に街に行ってみると、駅前にはスーパーやドラッグストア、商店街が多く、思っていたよりも暮らしやすそうな印象を持った。下町情緒と若者文化が混じり合った独特の空気に、それまで住んでいた街とはまた違う魅力を感じた。
私のために新宿区の不動産屋から車を出し、物件を案内してくれた担当者の男性も、かつて高円寺に住んでいたのだという。
「10年ぶりに来たんですよ。懐かしいなぁ」
一緒に街を歩きながら、ほくほくしている彼の横顔を見て、きっといい街なのだろうと感じた。初めて高円寺を訪れた翌週、物件を契約した。
古着や音楽の街? 実際に住んでみて気づいたのは…
高円寺といえばよく挙げられるのが、音楽やお笑いのライブハウス、個性的な古着屋や居酒屋といった街のイメージだ。暖かい時期になると毎日のように駅前で誰かが路上ライブをしているし、飲み屋街はいつも賑わっていて、月曜から週末のような雰囲気がある。
一方の私は、高円寺で古着を買ったこともライブハウスに行ったこともなく、近所で飲み屋に入ることもあまりない。しかしそんな人間にとっても、この街は居心地がよい。 趣味の読書を楽しむのに、すこぶる適した街なのだ。
心の拠りどころになっていた場所の一つが、駅前ロータリーの向かいにあった書店「文禄堂 高円寺店」だ。夜23時や25時まで営業していたので、仕事で帰りが遅くなった日や遊びに行った帰りでもふらっと立ち寄ることができた。店内を一周して、気になった本を衝動買いするのが密かな楽しみだった。
図書館に足を運ばなくても予約本の貸し借りができる、高円寺駅前図書サービスコーナーにもよくお世話になった。
近所に図書館があっても駅から遠いとなかなか足が向かないものだが、この出張所があるお陰で朝の通勤電車に乗る前の10分足らずでも本を受け取ることができた(駅前サービスコーナーは現在、移転済み。こちらも駅徒歩2分で使いやすそうだ)。

高円寺図書館は25年4月に移転して新しくなっている。自習スペースも充実(筆者撮影)
純喫茶で本の世界に耽溺し、HPを回復させる日々
駅の南口から続くPAL商店街の周辺は純喫茶やカフェが多く、名曲喫茶の「ネルケン」「ルネッサンス」、私語厳禁の「アール座読書館」など、隠れ家スポットの宝庫だ。
週末の都心ではカフェで1席確保するのにも苦労するが、高円寺は混み具合も程よく、比較的すんなりとひと休みする権利が手に入る。家にいるより、自然と読書もはかどった。

名曲喫茶「ネルケン」。近くに「SEIYU」があり、買い物ついでに休むことも(筆者撮影)
先にも述べたように、私はもともと舞台の技術職の仕事をしていた。当時は働き方改革が始まる少し前。ハードワーク上等な空気が今よりは濃かった時代だ。
地方公演が始まると、長らく家を留守にすることも多い。そのせいか、隣に住む大家さんにたまたま会うと「いつも部屋が真っ暗だから、いないのかと思ってました」と不思議がられることもあった。私自身も多忙な仕事の刺激でどこかハイになり、身の回りや暮らしのことはいい加減にしていた。
だが、高円寺に引っ越し、仕事を週休2日のデスクワークに変えたことで、私の生活は整っていった。毎朝決まった時間に起きて、電車に揺られてオフィスへ行き、仕事が終わると帰る。平日夜に映画を観に行くこともあれば、週末は純喫茶で読書を楽しむ。
仕事を辞めることは相当悩んだが、自由人が集う高円寺の街にはゆったりとした空気が流れていて、私もいつしか肩の力を抜いて暮らせるようになっていった。
家ではないどこかで、ぼーっとゆったり過ごしたい。ささやかなようでいて意外と叶わないその望みを、高円寺は叶えてくれた。

スプレーで落書きされがちだった高架下の柱は、ポップな水玉になっていた(筆者撮影)
駅周りを抜けて高架下を西側に歩いていくと、その両脇には住宅街が広がっている。似たような通りに家が密集しているため、住み始めたばかりの頃はよく迷子になった。目印になるような建物は少なく、地図を見ないで歩いているとまっすぐ進んだつもりが斜めだった、ということがあったり。
私が生まれ育った北海道の地域は、碁盤の目状に区画整理されていて視界が開けている場所が多い。道は広く平らでまっすぐ、本州に比べると古い建物は少ない。だから道が狭く入り組んでいて、新旧入り混じった家々が並ぶ高円寺の街並みには、東京らしい味わいを感じる。
住みやすい家でコロナ禍を乗り切った
当時住んでいたのは、自分の年齢とさほど変わらない築年数の1Kアパートだ。水回りがリフォームされていたからか古さが気にならず、何よりも南向きを含む3面採光が気に入った。
風の通りがいいので、家にいるときはよく窓を開けて過ごした。周りは一軒家が多く、平日朝8時になると向かいの家の前にケアホームの送迎バスが留まり、週末の昼には隣の家からおりんの音が聞こえる。そんなふうに人の生活の気配が感じられるのも、嫌いではなかった。

駅前フードエリア「高円寺マシタ」の看板。夕方、サラリーマン2人が店に吸い込まれていった(筆者撮影)
住んで数年経った頃、コロナ禍が訪れた。思いもよらず長い時間を家や近所で過ごすことになり、閉塞感のある日々を耐えられたのは、この街で心地よい生活の仕方を覚えたからだろう。
それから時が経ち、私は別の街へと引っ越した。今暮らす街でも、心穏やかに過ごせている。暮らしを取り戻した高円寺でのゆるやかな時間は、今も自分の土台になっている。