5年連続「国内最悪」――都内通勤ライナーが生んだ177%の鬼混雑、緩和策は劣化コピーと呼ばれてしまうのか?
構造的限界に達した新交通システム
自動案内軌条式旅客輸送システム(AGT)は、線路上を自動で走る小型の鉄道車両である。運転士を介さず制御できるため、都市部の短距離路線に向いた交通手段として普及してきた。車両は軽量かつコンパクトで、駅間距離も短く設定されることが多い。これは限られた都市空間で効率的な運行を実現するための設計思想である。だがこの小型・軽量構造は重大な制約をともなう。日暮里・舎人ライナーの車両は定員が250人前後に限られ、編成の延長による輸送力増強が難しい。この物理的限界は、朝のピーク時に混雑率180%前後という異常値を生んでいる。
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国土交通省による統計では、朝の混雑率は177%に達し、
「5年連続で国内最悪」
となった。この数値の重みは、埼京線(板橋~池袋間)163%、中央線(中野~新宿間)161%、日比谷線(三ノ輪~入谷間)163%と比較すると一層際立つ。既存の軌道系インフラのなかでも突出した過負荷状態であることは明らかだ。
こうした極限状況を緩和するため、東京都と足立区は江北駅から日暮里駅間で
「直行バスの実証実験」
を開始した。しかしこれは期限付きの応急措置に過ぎない。足立区北部の宅地開発による人口流入を初期の輸送計画が過小評価していたことが、インフラの限界を早めた背景にある。現状では、ライナー利用者を恒久的にバスに移行させるための経済的・制度的な基盤は整っておらず、場当たり的な対応を超えた抜本的な対策が求められる。
バスを「劣化コピー」として扱う限界

江北駅の位置(画像:OpenStreetMap)
並行して走るバスについて、読者はどのようなイメージを抱くだろうか。多くの場合、鉄道や新交通システムの
「劣化コピー」
と考えやすい。バスは鉄道や新交通の補完手段として位置付けられやすく、この認識が大きな課題を生む。道路渋滞もあるなかで、
「わざわざバスを選ぶより短時間で移動できる鉄道や新交通を利用する」
という思考が働くのは自然である。所要時間で劣るバスが、鉄道や新交通と同列の移動手段として扱われる限り、利用者は利便性の高い交通に集中し続け、経済的な合理性は働きにくい。
現在の貸切バス借り上げは、指定区間の定期や利用者証の保有、調査への協力など一定の条件を満たせば利用できる。あくまで実証実験であり、追加料金は不要だ。しかし運賃制度が混雑の固定化につながる構造を抱える点には注意が必要である。共通運賃や無料化は一見利用者に優しいように映るが、需要を分散させる力は働かず、鉄道や新交通の過密をそのまま温存する形になりかねない。制度が硬直することで、混雑緩和の効果は限定的になる。
道路空間の非効率な分配も課題として残る。一般車と混在するバスは定時性を確保しにくく、技術面や運用面の信頼性も鉄道や新交通に及ばない。結果として利用者の優先順位ではバスが最下位に固定されてしまう。鉄道や新交通とバスを同列に扱うのではなく、
バスに独自の付加価値を与え、利用者を分散させる工夫が求められる。所要時間や運行形態の違いを前提に、バスが
「別の選択肢」
として成立することが、混雑緩和のカギとなるのだ。
「プレミアム・バイパス」としてのバス

江北駅(画像:写真AC)
こうした構図を背景に、路線バスの専門家である筆者(西山敏樹、都市工学者)が問いたいのは、新設や延伸が難しい環境下で、バスを鉄道の代替手段として扱うのではなく、
「鉄道では提供できない独自の価値を持つ移動手段」
として位置付け、利用者の行動に変化を促す仕組みをどう作れるかである。バスの付加価値を高めることは、今こそ避けられない課題だと考える。2024年問題も重なり、従来のバスのあり方を見直すタイミングに来ているといえる。
筆者が提案するのは、移動の量と質に応じて
「導線を分ける」
方法である。バスを「プレミアム・バイパス」として作り直すことだ。現在の貸切バスでは、着席できるという利点以外に大きな魅力は少ない。利用者にとっては、並行バスを座れない鉄道の代わりとしてではなく、
「仕事や休息が可能な移動空間」
として提供することが望ましい。制度面と技術面の両方から工夫を加える必要がある。
ここで重要なのは、ダイナミック・セグメンテーションの導入である。時間と快適性に価値を見出す層は必ず存在する。通勤路線でグリーン車や有料車両が一定の人気を保っているのは、その証拠である。この仕組みをバスに応用すれば、移動の質を高めつつ、鉄道の混雑を緩和することが可能になる。
またICカード基盤を活用して追加料金をスムーズに支払える仕組みも有効だ。既存の定期券をベースに、オンデマンドで付加価値分、例えばワンコイン程度の追加料金をデジタル決済で支払えるようにすれば、利用者にとって利便性が増す。こうしてバスの提供価値を明確化すれば、選ばれる理由が生まれ、混雑の分散にもつながるだろう。
着席ニーズを実証した田園都市線の実験

田園都市線(画像:写真AC)
着席ニーズを定量的に確認した実例として、筆者が所属する東京都市大学(世田谷区)では、東急グループの協力のもと、2019年に田園都市線と並行する通勤高速バスの実証実験をたまプラーザ駅と渋谷駅間で実施した。この際は、3列シートにWi-Fiやトイレを備えた高級観光車両を使用した。筆者らの調査によれば、通勤・通学者の半数以上が、鉄道や新交通の並行バスで確実に座れるなら、60分程度の移動に対して定期に追加して800~1000円支払ってもよいと答えている。このことから、混雑率が高い江北~日暮里間でバスを運行し、
「ワンコイン(500円)程度の追加料金」
であれば一定の利用は見込めると判断できる。実際、先の実証実験では利用率も高く、評価も好意的であった。
この経験から導けるのは、AGTの車両では実現が難しい車内環境を並行バスが提供することが、機能的にも現実的にも重要であるという点だ。日暮里舎人ライナーは小型車両ゆえ、トイレや十分な電源確保が難しい。一方で高速バス仕様の車両は、移動中の作業環境や休息の提供において明確な優位性を持つ。広めのトイレ、安定したWi-Fi、電源確保といった環境を容易に提供できる点は見逃せない。
またピークシフトによる混雑緩和の限界も考慮する必要がある。時間差通勤を促すだけでは、180%近い混雑は解消できない。同一時間帯で別の移動手段に物理的に誘導することが、現状で最も有効な手段となる。バスの質を高めることで選択肢を拡げる議論は、これまで十分に行われてこなかった。
一律低価格が生む平等な不幸

日暮里駅(画像:写真AC)
「公共交通は一律で低価格であるべき」
という意見もあるが、人手不足や生活の多様化を踏まえると、そのままで公共交通を維持できるのか疑問が残る。日暮里舎人ライナーの現状や、かつての都営バス里48の混雑状況を知る筆者にとって、一律の低価格は全員が過密に苦しむという
「平等な不幸」
を生んでいるように思える。国が掲げるアメニティミニマムの理念、つまり生活の質を最低限確保する考え方を踏まえると、所得や支払能力の違いを前提に、
「サービスレベルを階層化し、全体の安全性や利便性を高める方策」
が必要だ。時間とお金のトレードオフで考えれば、バスは時間がかかるという固定観念そのものを見直すべきだろう。筆者らの実験では、所要時間の差をトイレやWi-Fi、電源、作業空間といった付加価値で相殺できれば、移動時間を消費から
「投資」
へと変えることが可能である。行政予算に依存するモデルも、人口減少や少子高齢化を前提にすれば長期的な維持は難しい。税金による赤字補填を前提とした運行では、車両更新やサービスの継続性に限界が生じる。利用者が対価を支払う仕組みでなければ、持続的な運行は成立しにくい。支払意思の高い層から収入を確保することこそ、現実的な道筋となる。
バスを補完手段でなく、鉄道や新交通とは異なる主力の選択肢として位置づけ、利用者の選択肢に昇華させるには、以下の三つのアプローチが必要になる。
制度面では「トランスポート・プレミアム・パス」の創設である。東京都交通局の共通定期券に、月額または都度払いでバスの有料座席を予約・利用できるデジタルプラットフォームを導入し、乗客の選択性を高める。
経済面では「着席保証型・高付加価値運賃」を設定し、高速バス仕様車両(トイレ・Wi-Fi・電源完備)を用いた運行を実現する。ライナー運賃に500円を上乗せした「プレミアム運賃」とすることで、可能な限り運賃収入で自立した運行を目指す。
技術面では、座席提供にとどまらず、並行バスを「移動型ワークステーション」として改修する。遮蔽性の高いヘッドレストや通信環境を整え、都市型ビジネスエクスプレスとしての魅力を高めることで、利用者の選択意欲を刺激できるのだ。
輸送密度から体験密度への転換

日暮里・舎人ライナーの混雑対策。
日暮里舎人ライナーの現状を眺めると、公共交通の評価軸が輸送密度から
「体験密度」
へと移行しつつあることに気づかされる。少子高齢化とテレワークの進展が同時に進む環境では、5年後には何人を運んだかよりも、移動中にどれだけ付加価値を生み出せたか(生産性や満足度の向上)が事業者の経営指標として重要になるだろう。
鉄道事業者はすでにグリーン車や有料車両を通じて質の提供を収入に結びつけており、この考え方はバスにも応用可能である。さらにマルチモーダルな需要調整も日常的なものとなる必要がある。10年先を見据えれば、AIによるリアルタイムの混雑予測と個人の嗜好に応じた運賃・ルート提案が、スマートフォン上で完結する高度な交通需要マネジメントの実現も想定される。
このような視点を取り入れた交通システムの刷新が求められるのだ。加えて公共交通のブランド化も沿線価値の維持に直結する。混んでいるから住みたくないと敬遠される路線やエリアから、多様な移動手段を選べると魅力を伝えられる路線へと評価が変われば、不動産価値や居住継続率の向上にもつながる。
利用者に選択肢と柔軟性を与えつつ、全体として満足度の高い交通システムを作る。この視点こそ、これからの都市交通に求められる方向性ではないだろうか。