高橋大輔に、42歳の選手…引退後「復帰」を果たしたフィギュア選手から精神科医が感じた「諦めない」人生観

「フィギュアスケートでは、完璧な演技、華やかな衣装、劇的な結果が報道されます。確かにそういった結果は大事な要素ではありますが、ここ最近私が心を動かされるのは、「勝った瞬間」よりも、彼らの背景やそこに至るまでの心理についてです。どんな競技でも、メンタルは影響力が強いですが、フィギュアスケートの場合、幼い頃から訓練をし、微細な判断が影響してしまうという点では、精神力や身体力ともにとてもハードだと感じます。実際に、メンタルヘルスに悩む選手も少なくありません。

前回の北京五輪では羽生結弦さんの精神的強さの背景にあるものについて精神科医の視点で記事を書きました。そういった彼らのプロセスを知ると、今に至る理由にはとても深い学びがあることを私自身も感じました。今回のミラノ・コルティナ五輪でも素晴らしい選手が多く登場します。そんな背景とともに、フィギュアスケートを見るとより、深く楽しめるはずです」

というのは、自らも高校時代までフィギュアスケートをやり、今も無類のフィギュアスケートファンであり、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』などの著書があるハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞さんだ。

40代でオリンピックに出場という快挙, 成功よりも「持てるものすべてを注ぐ」という姿勢, 滑る理由は、「勝つため」だけではない, 「才能」ではなく「自分で選んだ」という実感, 選手だけじゃない。私たちも、選び直していい

北京五輪のときに羽生結弦さんのメンタルの強さについて内田舞さんが寄稿した記事が話題を集めた。

前編では、アメリカの希望として活躍することを求められ、16歳で電撃引退し、19歳で復帰したアメリカ代表のアリサ・リュウ選手の選択について内田舞さんが解説。後編では、フィギュアスケート・ペアのカナダ代表のディアナ・ステラートデュデク&マキシム・デシャン組のディアナ・ステラートデュデク選手、現在プロスケーターとして活躍する高橋大輔さんなどの生き様から、私たちが得る学びについて引き続き寄稿いただく。

40代でオリンピックに出場という快挙

前編では、一度引退し復活を果たしたアメリカ代表のアリサ・リュウ選手についてお伝えしました。ですが、「復帰」という言葉でもうひとり忘れてはいけない人がいます。それは、カナダのペア代表、ディアナ・ステラートデュデク&マキシム・デシャン組のディアナ・ステラートデュデク選手です。

彼女は、2000年の世界ジュニアフィギュアスケート選手権で女子シングル部門で銀メダルを獲得したものの、翌年怪我を負い、目指していた2002年のソルトレーク五輪への出場の夢がたたれてしまいました。当時は「ソルトレイク五輪に出れないのなら、もうやる意味はない」と感じ、悲しみの中、18歳で一度競技を離れたのです。その後、ディアナはフィギュアスケートとはまったく関係がない美容業界で、16年間エステティシャンとして働いていました。

32歳のとき、ディアナは、職場の研修会で、「もし、絶対に失敗しないとわかっていたら、何に挑戦しますか?」という問いを投げかけられました。そのとき。彼女の頭に浮かんだのが、「もう一度スケートして、金メダルを取る」ということ。

真っ先に思い浮かんだ「スケートをしたい」という思いにディアナ自身も驚き、彼女は母親に「まだスケート靴ある?」と電話したそうです。そして、その後、その夢のためにディアナは歩み始めます。33歳でペアスケーターとして再スタートし、まさかの40歳で世界選手権を制覇。現在42歳で、初の五輪代表に選出されたのです。

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現在42歳のディアナ選手だが、身体能力はそれを感じさせない。photo/Getty Images

結果だけを見れば驚くべき成功ですが、私が何より心を打たれたのは、そこに至るまでの選択でした。彼女は「成功するなら挑戦する」のではなく、「失敗してもやりたいから挑戦する」という理由で復帰を果たしています。

成功よりも「持てるものすべてを注ぐ」という姿勢

もともとアメリカ国籍のディアナ選手はペアのパートナーがカナダ国籍なので、昨年帰化してカナダ代表として出場します。ペアスケーターとしてデビューしたばかりの36歳のころ、「国籍の関係で2022年の五輪には出場できないことについてどう思うか」とインタビューで聞かれました。その際、「もう『年を取りすぎている』って言われる年齢なんだから、6年後だって同じですよね!? 何か問題はありますか?」と笑って、2026年の五輪を目指す覚悟を語ったのです。

それが現実となった今、彼女は「80歳になって、ワインを片手に座っているとき、成功したかどうかに関わらず、『私は持てるものすべてを注いだ』と胸を張って言える。それでいいと思うんです」と強く語っています。

私は43歳。ディアナ選手は42歳。どうか五輪で『私は持てるものすべてを注いだ』と胸を張って言える体験をしてほしい、と心から願って、応援の声を届けたいと思っています。彼女の生き様については、ミラノ・コルティナ冬期オリンピックの公式サイト内に、ドキュメンタリー『Deanna’s Dream(ディアナの夢)』が紹介されています(日本語字幕あり)。

実は、ディアナ選手について原稿を書いたあと、とても残念なニュースが飛び込んできました。ディアナが練習中に怪我をして、団体戦の欠場を決定したというものでした。まだ、本人からのコメントは2月5日現在では出ていません。オリンピックに出るという悲願の目標に向かって、想像を絶する努力をしてきたであろう彼女が、五輪の前週に怪我を負ってしまったこと……。操れない運命の中、言葉では表せないショックを感じていると思います。

しかし「常に自分自身が持てるものを注いで来た」と語るディアナ選手のその言葉は、彼女が五輪に出場したとしても、しなかったとしても、変わりはありません。どんな結論であっても、私は彼女を見守り、応援し続けたいと思っています。

滑る理由は、「勝つため」だけではない

「復帰」と聞いて、日本のフィギュア界で思い浮かべる人物といえば、高橋大輔さんです。世界王者、日本男子初の五輪メダリストであり、唯一無二の表現力を持つスケーターです。

引退後、再びシングルで競技に戻り、さらにアイスダンスという新たな挑戦を選んだ背景には、若い選手たちの姿があったといいます。

特に、怪我を乗り越えて全日本に戻ってきた山本草太選手、一度競技を離れ、社会人として働きながら復帰し、毎年自己ベストを更新していた山田耕新選手……。そういった選手たちの姿に心を動かされ、高橋さんは次のように語っています。

「勝てないなら試合に出る意味がないと思っていた。でも、自分なりの目標を持って出場していい。結果とは別のところで、人の心を動かすこともあると学んだ」

この言葉は、競技の枠を超えて、多くの人に通じるものだと感じます。競技者だけでなく、人は成果がないとやる意味がない、と思いがちです。でも、本当にそうなのだろうか、という問いを高橋さんはフィギュア界だけでなく、世の中に発信したと私は感じています。私自身も高橋さんのこの言葉と挑戦に、勇気をもらったひとりです。

「才能」ではなく「自分で選んだ」という実感

もうひとり、私の友人であり、元アメリカ代表だった長洲未来さんの選択も忘れてはいけません。未来さんは、2010年バンクーバーオリンピック、2018年平昌オリンピックに出場したメダリストです。2021年、彼女のキャリアとメンタルヘルスについて対談を行いました。その際、彼女も他のフィギュアスケート選手と同じように、10代後半に大きな葛藤を抱えていたと語ってくれました。

才能を見出され、次々と目標を課されるなかで、親子関係のすれ違いも深まっていったといいます。大きな衝突のあと、母親から「もう全部、自分で決めなさい。自分の人生を生きなさい」と言われたことをきっかけに、彼女は初めて「スケートは本当に自分がやりたいことなのか」の問いにぶち当たったのです。そして、「自分の意思で続ける」と決め、親に頼らず自宅から片道2時間をかけて一人でバスに乗り、コーチのもとへ通うようになります。

ソチ五輪では代表を逃し、人生で最も苦しい時期を経験したと語る未来さんですが、その後、平昌五輪で歴史的なジャンプを成功させました。彼女を支えたのは、「期待されているから」ではなく、「自分で選んだから続けられた」という実感でした

心理学では、こうした感覚を「オーナーシップ」と呼びます。自分の人生や選択を、自分のものとして引き受ける感覚です。それは、人に静かな強さを与えてくれるのです。

選手だけじゃない。私たちも、選び直していい

ここまで複数のフィギュアスケート選手の生き様を紹介してきましたが、みなさんはどう思われたでしょうか? 彼らの選択について、「それは特別なアスリートだからできたこと」と感じた方もいるかもしれません。確かに、彼女たちは素晴らしい技術と表現力で、世界の舞台で滑る人たちです。

ですが、それぞれの物語の核心は、ジャンプの難易度や順位ではなく、「自分の人生の舵を、自分の手で握ること」にあるように思います。

そしてそれは、スケートリンクの外にいる私たちにも同じように許されていることです。私は日常生活のなかや診察の現場で、同じような葛藤を抱えた女性たちをみてきました。彼女たちは選手ではなく、“ごく普通の女性”たちですが、悩みの核心は同じです。

例えば……、

30代後半で「今さら資格の勉強を始めても遅いかな」と、参考書を閉じてしまい、モヤモヤを抱えている人。子育てがひと段落して「何かやりたい気持ちはある。でも、今さら私は特別な才能もないし」と、表面下にある夢をずっと保留にしている人。20代で「本当はやってみたいことがあるけど、もしうまくいかなかったら恥ずかしい」と、最初の一歩が踏み出せない人。40代で「今、優先すべきは家族のこと。私のことは二の次……」と、当たり前のように自分の希望を後回しにしてきた人。50代で「もう年だから……、今さら方向転換なんてできない」と、進みたい方向が見えながらも、すでに決まった人生の線路の上に立ち続けている人。

年齢や立場は違っても、共通しているのは「自分にはその資格がないのではないか」という思いです。

「ちゃんとできると確定しなければ始めてはいけない」「成功する見込みがないなら挑戦する資格はない」といった感覚。あるいは「家族や周囲の期待を優先するのが大人」「自分のことを選ぶのは、わがまま」といった社会から無意識に擦り込まれた考え方。また、日本では当事者の思い以上に世間体が重視され、「もういい年なんだから」「今さら恥ずかしい」といった感覚やバイアスが他国に比べてとても強いように感じます。

そうした“見えない決まり”に、私たちは知らず知らず縛られ、「諦めること」が当たり前になっていることが多いと感じるのです。

けれど、前編で紹介したアリサ選手も、ディアナ選手も、高橋さんも、未来さんも、「確実にうまくいくから」選んだわけではありませんでした。上手くできるかどうかの前に、自らの「やってみたい」という気持ちを大切にしたのです。

誰にも、最初から上手くやる義務はありません。続けられる保証も、成功の見込みも、周囲の許可もなくていい。それでも、自分に一度チャンスを与える権利は、誰にでもあります。

それは大きな決断でなくても構いません。小さな学び直しや、情報を集めること、応募ボタンを押してみること、誰にも見せない作品を作ってみること。「結果は分からない。でも、私が私のためにやってみてもいい」と、自分に言ってあげることから始めてもいいのだと思います。

自分のために選んでいい。選び直してもいい。その経験は、成功であっても失敗であっても、必ず自分の人生を前に進めてくれます。その一歩は小さく見えるかもしれませんが、確かに未来へとつながっています。フィギュアスケート以外にもオリンピックにはさまざまな選手が登場します。そんな彼らから人生への学びを私も改めて感じたいと思っています。

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年齢や状況に縛られすぎず、まずは心を解放してみる。選手たちからはそんなエネルギーも学ぶことができるはずだ。photo/iStock