冬季五輪「にわかファン」が選手「総叩き」の異常性

メダルを獲得したのに厳しい声, 「にわかファン」が心ない声を浴びせている, 現代人が陥りがちな「共感性の低さ」, 今大会は「SNSモニタリング」を実施している, WBCやサッカーW杯でも同じ問題が起きる

4年前の北京五輪で高梨沙羅選手がスーツ違反で失格となり、メダルを逃した混合団体。悲願の銅メダルを獲得した(画像:「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック TEAM JAPAN - JOC」サイトより)

現在、ネットでもテレビでも最大の話題と言えば、開催中のミラノ・コルティナ五輪でしょう。開催国のイタリアとは8時間の時差があり、競技の大半が深夜から早朝にかけて行われるにもかかわらず、連日多くの報道とSNSのコメントが飛び交っています。

【写真】心ないバッシングが殺到…2大会を棄権した近藤心音選手の「インスタ投稿」

思えば開幕直前まで「開催されることを忘れてた」「今年だったんだ」などと言われ、話題にあがる機会は決して多くありませんでした。開幕早々から盛り上がっている理由は日本人選手の活躍であることは間違いないでしょう。

その大半が感動や称賛で占めている一方で、散見されるのが、失敗などに対するネガティブなコメント。なかには、競技とは関係ないもの、選手や競技をおとしめるようなもの、誹謗中傷レベルのものなど、「なぜ?」と思わされるものが少なくありません。

なぜ奮闘する選手たちに心ないコメントが浴びせられるのか。感動とモヤモヤが同居した現状の背景を読み解いていきます。

メダルを獲得したのに厳しい声

最も報じられ、物議を醸したのは、スキーフリースタイル女子の近藤心音選手に対する心ない声。近藤選手がスロープスタイルの公式練習中に左足を負傷し、棄権したことに対して、「もし選ばれても次は辞退してくださいね」などのメッセージが届いたことが明かされました。

さらに近藤選手が自身のインスタグラムにコメントを発表した際も、「一連の発言は残念」「なぜか満足気な発言が目立つ」「競技だけやって勉強をしていない成れの果て」「ちょっとは心折れたほうがいい」「仲間の応援もせずに帰っちゃうんだ」などの厳しいコメントが並びました。

確かに「謝罪をする事など何処にも見当たらない程にやり切った」「『最後まで諦めずに立ち向かう姿勢』『人の心を動かすこと』これは十分出来たのではないかと」などの強気な発言こそあったものの、棄権するほどのケガを負った選手に向ける言葉としては行きすぎの感は否めません。

メダルを獲得したのに厳しい声, 「にわかファン」が心ない声を浴びせている, 現代人が陥りがちな「共感性の低さ」, 今大会は「SNSモニタリング」を実施している, WBCやサッカーW杯でも同じ問題が起きる

SNSでここまでのサポートへの感謝と、五輪への思いを綴った近藤心音選手(画像:本人のInstagram @cocone_kondoより

また、近藤選手は24時間で消えるストーリーズを使ったにもかかわらず、ネットメディアが記事化したことで過剰な批判をあおったようにも見えました。

もう1つ、ネガティブなコメントが散見されたのは、フィギュアスケート団体・アイスダンスの吉田唄菜、森田真沙也組に対してのもの。

2人は日本の銀メダル獲得に貢献したにもかかわらず、「アイスダンスが足を引っ張って金が獲れなかった」「なぜアイスダンスの選手だけこんなにだめなのか」などの声が見られました。

一方、メディアはそれに関するフォローをあまりせず、シングルやペアの選手ばかりフィーチャーする姿勢に疑問の声があがっています。

「にわかファン」が心ない声を浴びせている

そもそもチームで戦うことが前提の団体競技で、個人に責任を求めるのは不条理。日本代表というトップ選手が出る五輪であれば、なおのこと個人ではなく国(連盟など)の問題でしょう。

それは五輪を仕事や学校に置き換え、自分を当てはめてみると、「組織ではなく個人に責任を求める行為がいかに怖いものなのか」がわかるはずです。

その他でもネット上には、「4年も練習してきて何でこんなに失敗するのか」「出ないほうがいいレベルだった」などの競技に関するもの、他国選手のプレーや態度、審判の判定に対する厳しい声が見られます。

さらにメディアが「かわいい」と報じた選手に対して「全然かわいくない」。あるいは、別の選手に対して「別人」「整形」と書き込むなど容姿に関する心ない声もありました。

誹謗中傷は言語道断ですが、それ以外の過度な批判に関しても、その対象がスポーツであり、犯罪行為などがない以上、不要であることは間違いないでしょう。

しかもコメントを見る限り、ふだんその競技を見ている人ではない様子がうかがえます。つまり「知らない人に、知らないことだからこそ、心ない声を浴びせてしまう」ということ。

選手の心境、競技の醍醐味、本番までの経緯、大舞台のプレッシャーなどは加味されず、結果のみを切り取るような思考回路が見受けられます。

さらに気になるのは、芸能人のケースと同様の「訴えられることはないだろう」という根拠のない自信が感じられること。無配慮に放たれるコメントから「マイナースポーツの選手だからこれくらいは大丈夫だろう」「外国の選手からどうこう言われることはないはず」などのニュアンスが感じられました。

特に冬季五輪は日ごろスポットが当たりにくいスポーツや選手が多いぶん、「知らない」という人から軽く見られやすいところがあるのかもしれません。

メダルを獲得したのに厳しい声, 「にわかファン」が心ない声を浴びせている, 現代人が陥りがちな「共感性の低さ」, 今大会は「SNSモニタリング」を実施している, WBCやサッカーW杯でも同じ問題が起きる

ファッションやメイクがたびたび話題となる高梨沙羅選手(画像:本人のInstagram @sara.takanashiより)

もともと日本人はスポーツの国際試合が好きで、「4年に1度の五輪やサッカーワールドカップだけは見る」という“にわか”ファンが多い国と言われてきました。

「にわかで盛り上がる」のはいいことである一方、「にわかだからこそ過度な批判をしてしまう」という行為は考えもの。必然性のない行動だからこそ、「ミラノ・コルティナ五輪が終了して野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がはじまったら、過度な批判をしたことは忘れてしまう」という人が多いのではないでしょうか。

現代人が陥りがちな「共感性の低さ」

見過ごせないのは、自覚症状のないまま過度な批判をしてしまう人々。そんな人の多くは「これまでの努力や挫折、失敗のショックや悔しさが理解できない」という共感性の低さが見受けられます。

背景にあるのは、ネット関連を筆頭にさまざまなツールの発達と浸透。

対面でコミュニケーションを取る機会が減ったことで、相手の心境や過程をくみ取る力が下がってしまった。あるいは、自分のやりたいことに注力しやすくなり、「待つ」「控える」「我慢する」などの機会が減ったことで直情的な反応をしてしまう。

特にふだん見ていない競技と選手に対する共感性は低くなり、心ないコメントにつながっている感があります。

また、共感性の低い人ほど「これくらいは他の人も言っている」「彼らは国の税金も使っているわけだから」などと都合のいい解釈で自己擁護する傾向が見られます。

「知らない人がやっている知らない競技だからリスペクトしづらい」のは仕方がないとしても、過度な批判の必要性がないことはコメントしている本人が最もわかっているのかもしれません。

なかでもコスパやタイパにこだわる効率重視の人ほど、他人の感情や努力などの過程に鈍感になり、無自覚で他人を傷つけやすいだけに要注意です。

そしてもう1つ、各競技を見ていて気づかされるのは、採点などの結果を待っている際、両手を合わせて謝るようなポーズを取る選手の多さ。終了後のインタビューがはじまっても、最高の結果を残せなかった選手が謝る姿をよく見かけます。

これらは応援してくれた人への謝罪であるとともに、「失敗したらいろいろ言われる」というプレッシャーもあるのではないでしょうか。まだ10代の選手たちも謝るようなポーズを見せていただけに、新たな負担が加わっていると感じさせられました。

今大会は「SNSモニタリング」を実施している

振り返ると2024年夏のパリ五輪でも、選手や審判などへの誹謗中傷が問題視されました。また、組織側も一定の対策を取っていたことはあまり知られていません。

当時、国際オリンピック委員会(IOC)は、SNSなどで傷つけられた選手の心のケアを行うスペースを選手村に作ったほか、AIを使って問題投稿を自動削除するシステムを導入。今大会でもこれらは採用されています。

日本オリンピック委員会(JOC)も、今大会では誹謗中傷対策としてミラノにオフィスを開設。弁護士などの6人が東京のメンバーと連携して、AIを活用しながら24時間体制でSNS投稿などを監視しています。

さらにJOCはMetaやLINEヤフーと連携してSNSモニタリングを実施。これまで以上に力の入った対策に事の重大さがうかがえます。

ただ、すでに1000件に迫る削除要請が行われていますが、それでもまだごく一部しか実行されていないなど、現時点では十分な対応とは言えないのが現実。

また、「誹謗中傷と言えるか」は微妙なものの、「対面では言えないレベルの非難や酷評」というグレーゾーンのコメントも目立ちます。今後は削除要請や本人への警告にとどめず、法的措置やモラル教育などを積極的に進めていくことが必要なのでしょう。

そんな問題山積でも選手たちにとってSNSが重要なものであることに変わりはありません。SNSは競技に関心を持ってもらうほか、自分の思いを発信し、ファンとの距離を縮めるなどメリットの多いツール。

特に冬季五輪の選手たちにとってSNSは競技の認知を上げ、活動収入を得るための重要なものになっています。

WBCやサッカーW杯でも同じ問題が起きる

そもそもスポーツにおける失敗は必ずしもよくないことではなく、むしろ「失敗があることが競技の醍醐味」「ヒューマンエラーではなく見どころの1つ」というニュアンスを含むもの。

だからこそ、人格や外見などを否定するような声は言語道断ですが、プレーについても「厳しい声は必要なのか」という疑問符を付けたくなります。

かつてのように家や居酒屋などで語る程度なら問題ないような言葉も、悪意が集積しやすく、本人に伝わりやすいネット上では、あっという間に数百倍、数千倍レベルの攻撃力になってしまうのが怖いところ。

26年はミラノ・コルティナ五輪のほか、3月のWBC、6月のサッカーワールドカップと、ビッグイベントが控えていますが、そのたびに誹謗中傷の問題が浮上するのではないでしょうか。

このようなタイミングこそ、選手が失敗したときに「自分1人の言葉くらい大したことはない」とみなして厳しい言葉を浴びせるのではなく、応援や励ましの声をかけられる国民性を世界に見せるチャンスなのかもしれません。