54歳で東京藝大合格 電通マンの30年越しの後悔

54歳で電通を退職後、東京藝術大学に進学した和田満徳さん(写真:和田さん提供)
︎54歳で電通を退職後、東京藝術大学に進学
今回は、1浪で進学した京都大学を卒業し、電通に就職するものの、50代になってから再受験を決意。54歳で東京藝術大学美術学部芸術学科に合格した和田満徳さんにお話を伺いました。
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和田さんは京都大学を卒業してから電通に32年勤務します。しかし、大手企業のサラリーマンとしての立場を捨てて、再び受験勉強の日々に飛び込む決意をしました。
なぜ彼は会社を辞めたのか。会社を辞めてまで再受験をしようと思った理由は何だったのか。お話を伺います。
和田さんは埼玉県の浦和市に生まれ、幼稚園の入学前に神奈川県鎌倉市に移り住み育ちました。小学生くらいの時の和田さんは、感情の起伏が激しく、授業参観の際には教室を歩き回っているような子どもだったそうです。
小学校は校内暴力や学級崩壊の走りの時期で荒れていましたが、進んだ公立中学校では、新興住宅地がある地区から生徒が集まったため、お行儀の良い生徒も多かったそうです。
高校では、校風も自由で、青春を楽しむ環境が整っていると感じた鎌倉高等学校に行きたいと思います。
「願書を高校に出しに行った時に、人が出てはいけない校舎のベランダから、上級生が僕らに向かって『受験頑張れ!』と応援してくれているのを見て、思ったとおり自由な校風でいいな、自由が好きな自分には合うなと思いました。入学式でも先生が『鎌高は日本で3本の指に入る景色の良い学校だ』と言っていて本当にそのとおりだと思いました」
京都に魅了された高校時代
鎌倉高等学校に無事合格した和田さんは、想像どおり楽しい高校生活を送ることができました。
志望校には関西の大学を希望します。中学の卒業旅行で京都に行ったことがきっかけで京都が好きになり、高校2年生の時には友達と一緒に夏休みの40日間をユースホステルに泊まり込みで働いていました。

中学の卒業旅行をきっかけに京都が大好きに。高校の夏休みには泊まり込みで働いたことも(写真:和田さん提供)
「高校の時は京都にハマりました。長期休暇だけではなく、休みが少しでもあったら京都に行くくらいの勢いでした。ユースホステルの方に『そんなに京都が好きならこっちの大学に来れば?』と言われたので、京大志望ではなかったのですが、関西の大学に行きたいと強く思っていました」

京都に頻繁に通った高校時代(写真右が和田さん)(写真:和田さん提供)
しかし、青春を謳歌して勉強を疎かにしたツケが回って、高校3年生になる頃の学力順位は下のほうまで下がってしまったこともあり、現役で受かることは難しいと思っていました。
「親には悪いけど浪人だな」と思っていた現役の受験の共通一次試験は800点満点の500点台。足切りのなかった大阪大学の経済学部を受けたものの不合格になり、浪人が確定しました。しかし、この関西への遠征がきっかけで京都大学に強く惹かれることになります。
1浪の末、京都大学に合格
「現役の時は河合塾に通っていたのですが、そこで仲良くなった他校の子や大学生チューターの方が僕の受験のついでに関西に旅行に来ました。終わったら観光しようということになったのですが、その際に、関西出身で京大を受けたものの不合格で横浜国立大学に行ったチューターが、『京大見せたるわ!』と言ってくれたので京大を見ることになりました。
それで京大に行ったのですが、見た瞬間にここに入りたいと思いましたね。面白い立て看とか、黒板の3分の2がビラで埋まっているとか、トイレに入ると『Right is right, Left is left(右翼は正しい、左翼は取り残されるだけだ)』というしゃれのきいた落書きがあったりして、自由で知的ユーモアにあふれた雰囲気に一瞬で惹かれました」

京都大学の自由で知的ユーモアにあふれた雰囲気に一瞬で惹かれました(写真:和田さん提供)
大阪大学では経済学部を受験したものの、もともと人文系の学問が好きで人の心に関わる教育心理学に興味のあった和田さんは教育学部を志望します。現役から続けて通った河合塾での浪人生活ではたくさん勉強しましたが、まったく苦にはならなかったといいます。
「浪人の1年間で数学と小論文が得意になりました。特に数学はこの1年で楽しさが開けた感じでしたね。文系ながら、社会と数学が選択式の私大は数学で受けましたし、国立の文系は数学の平均点が低いので、京大は数学の出来で受かったと思っています」
共通一次試験ではあまり良い成績ではなかったものの、二次試験で挽回した和田さんは、1年の勉強の末に無事、京都大学の教育学部に合格することができました。

受験生の時にチューターと撮った1枚(写真右が和田さん)(写真:和田さん提供)
京都大学の教育学部に進学した和田さんは、卒業後、電通に入社します。そこで30年以上勤務したものの、32年目に退職し、もう一度大学受験をする決断をしました。再受験しようと思った理由をお聞きすると、「学ぶことは好きだったはずなのに大学時代に勉強しなかった後悔を引きずっていたから」と答えてくれました。
「河合塾の先生が知的好奇心を高めてくれる先生で、そこで哲学や現代思想に興味を持ち出したんです。京大の入試ではアダム・スミスについての問題が出題されたのですが、『入学前に読んでいた本から出題されたのでラッキーだった』と言っている人が周囲にいて、高校時代にアダム・スミスを普通に読む人がいるなんてすごい場所だ!とワクワクしていたものの、京都に住むという目標を達成して疲れてしまったんです。
入ってからの目標を持っていないから、学校にまったく行かなくなって、4回生の時に慌ててごっそり単位を取って卒業しました。勉強は割と好きだったし、あれほど知的好奇心を感じた場所だったのに何の勉強もしなかったという気持ちをずっと引きずっていました。
それから32年間働きましたが、書籍を読む程度の、言ってみれば教養課程を30年以上やっている感覚で、ちゃんと専門と言える学問を自分の中に持ちたいと思っていて、もう一度学問をやるとしたら何をやるか、と妄想することも多かったです。
自分は人間の心や思想全般に関心があるので、哲学でも宗教学でもよかったのですが、心理学をもう一度やろう、そのために目標が必要なので臨床心理士と公認心理師の資格を取ろうと思って受験勉強を始めました」
54歳で電通を早期退職
54歳の3月末に会社で早期退職の募集があり、4月末に応募を決めて夏頃に退職した和田さん。最初は大学院に行こうと思ったものの、公認心理師の基準が30年以上前の大学卒業では単位の基準が満たされないことと、学士入学は募集する大学が限られていることに加えて不確定要素が多いということもあり、一般受験で受け直しを決意しました。
「次の受験は半年後だから、今年は受かる自信はありませんでした。退社してからいろんな人に現在の受験事情を聞いて情報を集めました。受験勉強は面白かったです。心理学をやろうと思ったくらいですし、自分を実験台にして勉強をやってみて、自分の認知能力で当時より劣っているもの、そうでもないもの、逆に当時よりできているものを確かめるのが楽しかったです」
夏頃からスタートした受験勉強では、現役の受験の時から3つの能力が落ちていると感じます。それが、CPU(処理能力・速度)、エラー、メモリー(記憶力)の3つでした。
「時間を気にせずに数学の問題を解いたら、25分で解かないといけない問題に50分かかっていました。昔に比べて処理速度が半分に落ちているのを取り戻すのは相当難しいと感じましたね。
また、総合的な判断力や出題意図を読み取る能力は昔より高まっていましたが、A国の農産物について答えよという問題で勝手にB国と読み替えてしまったり、4+5の回答を8にしてしまったりと、問題文の見間違えや簡単な四則演算の間違えなどのエラーに気づけなくなっていました。
記憶力も低下していましたが、3つの中で1番取り戻せたのはこれでした。記憶術の本などを読んでいたので、同じ情報を連続してインプットして脳に「この情報は重要だ」と思い込ませるとか、文字を頭の中でビジュアルとつなげたりするなどの応用ができました。CPUの衰えとエラーの多さが致命的となる数学は最後まで感覚が戻りませんでしたが、逆に地歴や生物・地学などの暗記ものの成績がこの歳でも伸びるのが意外な発見でした」
東京藝術大学を選んだ理由
現役時代から30年以上が経過してから臨む受験勉強で、自分なりに工夫しつつ様々なことを試した和田さん。受験期が迫り、志望校をどうしようかと悩んでいた時に選択肢に入ったのが、プライベートで仲良くしていた先輩の卒業校だった東京藝術大学でした。
「自分は人文科学の中でも、統計処理的な学問よりは哲学や宗教学などが好きでした。それに加えて、音楽が好きだったので藝大には若い頃から憧れもあったし、藝大の美術学部芸術学科出身の先輩に話を伺ったりする中で、思想としての『美』を勉強したいと思うようになりました」
共通テストですべての科目を受験した和田さん。東京藝術大学の美術学部は、1次で英語と上位2科目を成績の良い順番に評価するという仕組みでした。
2次では英語・歴史(世界史・日本史の選択)・小論文かデッサンの選択という方式で、英語、日本史、小論文を選んだ和田さんですが、興味のある分野と得意科目を生かすことができ、電通を退職してからわずか半年で東京藝術大学の美術学部芸術学科に合格することができました。

見事東京藝術大学に合格(写真:和田さん提供)
純粋に「知」を愛することができる歳
54歳の年に、わずか半年で東京藝術大学に合格し、現在1年生の和田さん。再受験して良かったことをお聞きすると、「良かったことしかない」と答えてくれました。
「自分は本を読むのも試験を受けるのも楽しいと思っていたので、課題をクリアしていく楽しみと達成感がありました。何の能力が落ちているか、自分を実験台にして検証する心理ゲーム要素も楽しかったです。気持ち的には来年大学に受かればよし、今年受かれば儲け物だと思っていたのがかえってよかったですね。浪人をしていたらプレッシャーがかかってきたかもしれません。今、18~19歳の子達と同じ教室で学べて、自分が京大に通っていた頃とはまったく違う感覚を感じるのが、また面白いなと思っています」
現在は学校の課題に苦しみつつも、日本美術史や西洋美術史、美学などの授業すべてに楽しみを見いだし、学校生活を楽しんでいる和田さん。これからも「思想」と「美」についての勉強を突き詰めていくようです。
「当初目標にしていた心理師の資格を取ることが目的ではなくなったので、博士までいったら9年間勉強することになりますが、どこまで勉強するかは決めていません。ですが、若い時の何もしない大学生活が心残りだったので、今の生活を楽しめています。
私はこれから何者かになるわけではないのですが、『ためにする学問』ではなく純粋に知を愛することができる歳でもあり、同じように学びたい中高年の方も多くなっている時代なのではとも思います。実際、大学院には国家公務員を勤め上げた後に進学された方もいらっしゃいます」
和田さんの30年以上を経て経験する2度目の大学生活は、人生を有意義にする学びの連続なのだと感じることができました。