【東京地図クイズ】ここは何駅? 利用客数が少ない京葉線の駅
問題です。この「文字のない地図」は何駅の周辺でしょうか?
ある街に対して「土地勘がある」と言う場合、その根幹にあるのは「ざっくりマップを頭に思い浮かべることができる」ということではないかと思う(異論は認めます)。つまり「土地勘がある」なら、道の形や駅との位置関係だけでどこの街なのかわかるはず!
今回はJR京葉線の駅からの出題だ。すべて北が上、縮尺はヒミツ。一部の道路名を足したヒントありバージョンも解答の前に掲載しているので、「ちんぷんかんぷんだァ!」という方はそれも参考に考えてみてほしい。
【ご注意!】
出題地図の下にヒントありバージョンを2つ、その後に解答・解説を記載している。勢い余って答えが見えちゃうことのないよう、ゆっくりとスクロールしながら挑戦してね。
問題!
中央に描かれている駅は、何駅でしょうか?

【東京地図クイズ】ここは何駅? 利用客数が少ない京葉線の駅
ヒント(1)
一部道路名を追記したものがこちら。

ヒント(2)
川や橋の名前も一部見せちゃいます!

正解は……越中島駅

1日の平均乗車人員が5000~6000人程度と東京23区のなかで最も少なく、都心にある秘境駅と呼ばれることも多い越中島駅。駅自体になじみある人は多くなさそうだが、道路や線路がなくても推測できそうなほど特徴的な地図ではないだろうか。
目立つのはなんといっても地図西側の大きな水色部分。縮尺はヒミツとはいえ、駅や道路との比率を見るにちょっとした小川ではないことはすぐにわかるはず。ここが隅田川の河口であり、駅があるのは越中島、対岸は石川島だと気付けば正解はすぐそこだ。

黄色で囲んだ範囲がざっくり越中島。その対岸、オレンジ色が石川島でピンク色が佃島(現在の行政地名の範囲とは異なる)。
今回は「島」に注目して付近を見ていこう。かつて隅田川(もとの呼び名は大川・荒川)の河口には森島(鎧島)と呼ばれた寄り洲があり、そこへ江戸時代初期に石川島(現在の佃1丁目北部・2丁目)や佃島(現在の佃1丁目南部)ができた。その後、ぐっと時代が下って明治時代に月島が造成され始めるまで、隅田川の河口には石川島と佃島がぽつねんとあるのみの状態。臨海エリアの埋め立て地となると歴史の浅い地域のようなイメージがあるかもしれないが、隅田川河口の石川島・佃島は、400年以上続くおなじみの地形というわけ。
一方、越中島駅があるあたりは江戸末期以降に埋め立てが進んだ一帯。とはいえ、越中島の北部は江戸時代初期に砂州を埋め立てて陸地になり、家康の家臣・榊原越中守照清が屋敷地として拝領したことが地名の由来になっているそうだ。

江戸時代後期の隅田川河口(〔江戸切絵図〕 築地八町堀日本橋南絵図、出典=国立国会図書館デジタルコレクション)。
現在の越中島駅周辺は、東京海洋大学の敷地や学校、公営住宅が多く、広い敷地が多いことが地図の道路模様にも表れている。
また、ヒント(1)で見られる道路名も決定的。清澄通りをそのまま地図の外へ北上すれば、その名の通り清澄。永代通りも、西に進むと永代橋で隅田川を渡る。ちなみにこの「永代」という地名も、永代島と呼ばれた島(現在の富岡八幡宮あたり)が由来とされてる。
文・地図制作=中村こより
中村こより
もの書き・もの描き
1993年東京生まれ、北海道育ち。中央線沿線に憧れて三鷹で暮らした後、坂のある街に憧れて現在は谷中在住。好きなものは凸凹地形、地図、路上観察、夕立。挑戦したいことは測量と東海道踏破。