池袋から6分「Sなし」ドトールで見抜く街の格

江戸川橋駅前(筆者撮影)
この連載では、一般的な「住みたい街ランキング」には登場しないけれど、住み心地は抜群と思われる街をターゲットに定め、実際に歩き、住む人の声と、各種データを集めてリポート。定番の「住みたい街」にはない「住むと、ちょっといい街」の魅力を掘り起こしていく。
【写真】池袋から6分「"Sなし"ドトール」で見抜く街の格
巣鴨じゃないのに“地蔵通り”が存在する街で出会った人物とは。
「じゃないほう」の地蔵通りに漂う独特の空気感
東京メトロ有楽町線、江戸川橋駅(東京都文京区関口1-19-6)から地上に出て、視線をあげると首都高の高架が見える。目線を下げるとそこに江戸川橋がかかっている。
下に流れるのは神田川だ。東京都中央区の日本橋もそうだが、真上を首都高がまたいでいるので、日中も日陰になっていて、橋の上はなんだかどんよりした雰囲気だ。首都高の高架を見上げて、「これさえなければもっと見晴らしのいい景色なのにな」と勝手なことを考えたりする。
江戸川橋駅を使えば、池袋まで乗り換えなしで6分だ。隣駅の飯田橋まで行けば、JR総武線や東京メトロの東西線・南北線、さらに都営地下鉄の大江戸線などに乗り換えることができる。交通の便はとびきりいい。

地蔵通り商店街の入り口(筆者撮影)
江戸川橋駅の3番出口から、南に少し歩くと、地元住民が多く利用する“地蔵通り商店街”に行き着く。地蔵通りといえば、東京都豊島区巣鴨が有名だが、江戸川橋の地蔵通りも負けてはいない。巣鴨に比べて規模は小さいが、日常の生活用品ならここで揃えることができる。
地蔵通り商店街のまんなかあたりにあるカフェ「マメココロ(文京区関口1-5-7)」で休憩した。この日は、バターオイルで風味を付けたバターコーヒー(540円)を注文した。コーヒーの苦みとバターのまろやかな舌触りが心地よい。

マメココロ(筆者撮影)

マメココロのバターコーヒー(筆者撮影)
1階のレジが手すきのタイミングを見計らって、街の取材をしていることを伝え、店員さんに江戸川橋のことについて少しだけ話を聞いた。レジのある場所は、商店街の通りに面している。たまたま通りかかった青年が私と店員さんとのやり取りに興味を持ったらしく、店を出たときに話しかけてくれた。街歩きの取材は、こうした出会いがあるからやめられない。
神田川が分ける2つの顔
青年の名は大塩誠至さん。30代の前半で、学生のころから江戸川橋付近に住んでいるとのこと。聞けば江戸川橋で古くから営業している不動産会社に勤めているらしい。取材対象としてはぴったりだ。会社の昼休みを利用して話を聞かせてもらった。
「江戸川橋駅は、神田川を挟んでわりと雰囲気が違うんですよね。駅は文京区にあるんですけど、神田川のこちら側(南)をしばらく行くと新宿区に入ります。地蔵通り商店街のある南側は、新宿区に近いこともあって、すこし砕けた雰囲気です。一方、神田川の向こう(北側)には、筑波大附属高校とかお茶の水女子大学があって、ザ・文京区という感じですね」(大塩さん)
さすが不動産会社のスタッフなだけあって、分析が的確だ。そんな話を聞きながら、街を歩いた。ちょうど昼食時だったので、せっかくだから大塩さんに、おすすめの店を紹介してもらうことにした。「キッチン ヨッチ(新宿区山吹町345番地)」は手頃な価格でボリュームのある洋食が食べられるとあって、街の人気店だ。
「どれも美味しいんですけど、迷ったときはヨッチライスですね。ポークソテーとロースハムのコンビネーションが絶妙です。100円追加でライスにカレーをかけてもらえるんです」(大塩さん)

江戸川橋の文学青年・大塩誠至さん(筆者撮影)

キッチンヨッチのヨッチライス(1000円)、100円プラスでカレーをかけてもらえる(筆者撮影)
街の格は「ドトール」に行けばわかる
地蔵通り商店街の入り口にある「子育地蔵」は地蔵通り商店街の名称の由来となっている地蔵尊だ。江戸時代、現在の神田川が江戸川と呼ばれていたころ、川はたびたび氾濫した。
明治のはじめ、大水が出たときにこの地蔵尊がどこからか流れてきた。そんな伝説が残されている。大正時代にはこの界隈は地蔵横丁と呼ばれ、その後、地蔵通りと名称が変わった。現在は80軒ほどの商店が軒を連ねている。

子育地蔵尊(筆者撮影)
キッチンヨッチで昼食を済ませ、近くにあるドトールコーヒーに場所を変えて、大塩さんに街のことを聞いたのだが、その前に私の喫茶店に対する考え方について少しだけ紹介する。
街の雰囲気を知るために、私はよく喫茶店を利用する。そんなとき、私は2種類の喫茶店を使い分けている。ひとつはその街に古くからある個人経営の店、もうひとつはチェーン系の喫茶店だ。チェーン系は主にドトールを使う。私の知る限り、ドトールはほぼ全店で喫煙コーナーを用意している。それもありがたいのだが、それより注目しているのがコーヒーのサイズだ。
利用したことのあるひとなら知っていると思うが、ドトールのコーヒーはS、M、Lの3サイズを用意している。しかし、最近はSサイズを置いていない店が増えている。私はこれを「Sなしドトール」と呼んでいる。細かい話だが、SなしドトールはMサイズをR(レギュラー)サイズと呼称しているようだ。
2026年2月現在、ドトールのホットブレンドコーヒーはSサイズが280円で、Mが330円、Lが380円だ(一部に設定の違う店もある)。私はいつも「ホットブレンドの一番小さいサイズ」という頼み方をする。店によってはSが出てきたり、Mが出てきたりする。江戸川橋で利用したドトールではMサイズが出てきた。つまりここは「Sなしドトール」だ。
およそどうでもいい話に聞こえるかもしれないが、街歩き取材においてはかなり重要なファクターだ。ここから語る事柄は、あくまでも私の経験から得たものなので、それを差し引いて読んでいただきたいのだが、Sなしドトールのある街は、家賃が高い。
客目線で考えると、お金に余裕があるから家賃の高い地域に住む。お金に余裕があるから最小価格が330円でもドトールを利用する。逆に店目線で考えると、家賃の高い場所に物件を借りて営業しているので、280円のSサイズばかり注文されると困ってしまう。両面の背景があるのだろうと、私は想像している。
切り立つ崖下に潜む都心のオアシス
繰り返すが、Sなしドトールのある街は家賃が高い。ためしに大塩さんに江戸川橋の家賃相場について聞いてみた。
「わりと高めですね」
やっぱり、思った通りだ。
「コロナが明けてから、インバウンドの盛り上がりもあり、特に最近は土地代が上がっているんですよ。江戸川橋界隈は近くに大学も多くて学生街でもあるんですが、シングルタイプのワンルームでも、チクアサ(築年数の浅い)物件なら10万円以上からのご相談ですね。
駅から少し離れて、築年数の古いマンションなら9万円台もあるにはあるのですが、けっこう難しい。2LDKのファミリータイプなら築10年以内の物件で23万〜24万円といったところからです」(大塩さん)
それでも人気で、新しく移り住むひとが増えているのだという。
「神田川沿いには、江戸川公園があって、季節になると川に覆いかぶさるように桜が咲きます。川に沿って遊歩道が整備されていて、のんびりジョギングするひとも多い」(大塩さん)
明治のころは、江戸川橋のもう少し下流にある「中之橋」付近は桜の名所だった。大正期の護岸工事で当時の風景は失われたのだが、その面影を惜しむ声もあり、現在の江戸川公園沿いに桜を植樹したのだという。

江戸川公園(筆者撮影)

江戸川の夜桜風景を描いたもの。江戸川公園付近の看板より(筆者撮影)

江戸川橋から見た神田川(筆者撮影)
「神田川の南側は平坦な場所が多いのですが、北側の江戸川公園のあたりは切り立った崖になっていて、ちょっとしたハイキングコースになっています。休日にお弁当なんかもって散歩するにはちょうどいい。池袋から電車で数分なのに、こうした自然を味わえるのも江戸川橋の住むとちょっといいところですね」(大塩さん)
大学時代からずっと演劇を学び、今でも演劇や文学に親しんでいる大塩さんの説明は、どことなく品があって好感が持てる。現在は自身の経験をもとにした小説を書いているのだそうだ。そんな大塩さんの語るとおり、江戸川公園は東京のど真ん中、首都高のすぐ脇とは思えないくらい静かな雰囲気を持っている。

江戸川公園(筆者撮影)
インクの匂いが残る街
この公園の崖を登りきった先には、都内最大級のカテドラルがある。その存在を教えてくれたのは、江戸川橋に本社を置く「株式会社キリスト新聞社(文京区関口1-44-4)」の松谷信司さんだ。

キリスト新聞社の松谷さん(筆者撮影)
「江戸川橋の付近は住所で言うと文京区関口なのですが、出版社の講談社や、大日本印刷などが近くにあることから、印刷の街としても知られています。かつては家族経営の印刷屋さんがたくさんあったらしい。今でもその雰囲気は残っています」(松谷さん)
そう語る松谷さんに見どころを聞くと、
「うちはキリスト教系の新聞社です。そうした立場から言うと、やっぱりカトリック関口教会(文京区関口3-16-15)の“東京カテドラル聖マリア大聖堂”ですね」(松谷さん)
江戸川橋から江戸川公園の崖を登りきって少し歩くと、天を指すような建造物が見えてくる。1920年からこの地にある関口教会の聖堂は、第二次世界大戦時の東京大空襲でいったん焼失する。戦後になって、ドイツ・ケルン教区などによる支援もあり、丹下健三の設計による東京カテドラル聖マリア大聖堂が1964年に献堂されたという。

東京カテドラル聖マリア大聖堂(筆者撮影)
静けさと物語が折り重なっている江戸川橋
カテドラル内は撮影禁止だったので、ここに写真を掲載することはできないが、吸い込まれるような高い天井の下に並んだチャペルチェア、その奥にある縦長の光取りから入る自然光が、堂内の静けさをより強調しているように感じられた。

関口教会・ルルドの洞窟(筆者撮影)
敷地内にある「ルルドの洞窟」も見逃せない。ルルドはフランスの西南にある小さな街だ。1858年に聖母マリアが街のはずれにある洞窟に現れて、ベルナデッタという少女に世界の人々の改心と平和のために祈るように伝えた。
そのあかしとして霊泉が湧き出た。この水に浸ったひとたちのうちに、不治の病が治るという奇跡が相次いだという。関口教会にあるのはこの洞窟を模したものだ。1911年にフランス人宣教師の手によって建てられた。
池袋から電車で数分という場所なのに、静けさと物語が折り重なっている江戸川橋。派手な印象はないけれど、静かに住みたい人には“ちょっといい街”だ。