【ル・クシネ】カリッ・とろっのシュークリームが大人気。フランス菓子を深掘りしつつ、食べる人を幸せにしてくれるケーキ

石窯シュー390円。これは定休日の火・水曜以外毎日置いている。営業時間が長く、夜までシュークリームは切らさないようにしているという。
谷中・根津・千駄木に上野桜木も加わって、どこかやさしい空気の下町のあちこちにできたお店をめぐるのが、東京を楽しむ大きなポイントになっている。その途中に立ち寄って食べたいのが、ル・クシネのシュークリーム。その食感にも味にも、「おやっ?」と……。シュー好きもハッとさせるに違いない。
できたて、香りもご馳走のシュークリーム
ツツジで有名な根津神社の入口から不忍通りを渡った反対側に、妙に幅が広いがあまり車の通らない藍染(あいぞめ)大通り。日曜には歩行者天国になって、行き交う下町歩きの人たちがひっきりなしに訪れる、この道に面しているのが、ル・クシネだ。貫禄ある木造2階建ての建物に、藤が蔓を伸ばした姿が独特だ。
すると、にわかに店先がざわつき始めた。

焼きたてのシュー生地のカリッと感を、ぜひ一度味わいたい。
「いまから10分間、焼きたてシュークリームを販売します。賞味期限は、60秒です。お持ち帰りはできません」
これは、試さずにはいられない。
シュークリームには、皮がしっかりしたタイプとふにゃっとしたタイプとあって好みが分かれるが、これはしっかりタイプの代表選手といったところ。蓋の部分でクリームをすくい取って口に運ぶと……、噛むと「サクッ」というより「カリッ」と音がするような皮と、コクのある乳感だが重たくないクリームが、味にも食感にも互いに自己主張しながら、実は仲の良いコンビのように混ざり合って口中を満たしてくれる。皮の表面に散らして焼かれたアーモンドが、香ばしさで次の一口を促してくる。蓋を食べ終わっても、まだクリームはたっぷり残っていて、かぶりつくと、マンガのようにクリームが鼻の頭についてしまった。
焼きたての香りといっしょにお菓子が食べられるのは、家で作った時だけの楽しみと思っていたが、こうしてプロの作りたてを口にできる幸せ! 満足感の余韻はその後も長く続いた。

シュークリームの奥は、アンピュルシオン620円。しっとりとしたアーモンドのスポンジの間に、カシスとフランボワーズが香り。上にのったマロングラッセが味覚をリセットしてくれる。
フランス菓子の日、シューのみの日、仕込みの日で1週間
ル・クシネのSNSを見ると、その月のカレンダーが載っているが、それが変わっている。基本的に、土・日曜がフランス菓子の日、木・金・月曜がシュークリームだけの日で、火・水曜は定休日だ。これは、どういうことなのか。オーナーでパティシエの鈴木孝治さんに聞いてみた。
「開業当初は、金~日曜のうち3日だけ開けて、残りの4日で仕込みをしていました。お菓子は、すべて私一人で作っていますので、およそ生菓子20種類、焼き菓子10種類、それにパンも焼くのに、それでバランスが取れていたのです。でもやっていくうちに、仕込みをしていると『シュークリームありませんか』とお客さんが来るようになりました。それも、『子どもが熱を出して、ル・クシネのシュークリームを食べたがっている』などと言われるので、なるべく切らさないように考えて、今のパターンにしました」

「私、犬に好かれるんですよね」という鈴木孝治さん。店名のクシネはフランス語で「肉球」。
そもそも前提として、休むとか、お菓子作り以外のことをするというのがないところに、並々ならぬお菓子愛を感じる。それは、どこから出てきたのだろう。鈴木さんのル・クシネ開店までの経緯を尋ねると、その経歴もだいぶ特異だった。
工学部、エチオピア、シェアハウス経営からの、フランス菓子店開業
「大阪で生まれて岩手で育ったのですが、子どもの頃とても洋菓子を食べたかったけれど食べられなかった。その渇望がベースにあります。高校卒業後は、昼間は理系企業で働きながら、国立大学の夜学で生産工学を専攻しました。初めてのお給料で、今はない横浜の店で食べたケーキから受けた衝撃はすごいものでした」
そこからパティシエを目指すかと思いきや、在学中は勉学の傍ら、長期休みにはバックパッカーとしてアジアやアフリカなど世界を回り、卒業後は青年海外協力隊でエチオピアへ。それは、多くの税金で勉強できたことを、社会に還元したかったからだという。ようやく洋菓子店で修業を始めたのは、帰国後だった。
「修業するようになって、初めてケーキが食べられるようになりました。ただケーキが好きなだけなら、会社員になって高所得を得て、買って食べるのが、いちばんコスパもタイパもいいです。でも、私は自分のお菓子で人の幸せにコミットしたいのです」
それを実現して続けていくため、修業から店の開店の間にもう一工程挟まる。それはシェアハウス。突飛で驚いてしまったのだが……。
「志をもって自分のケーキ屋を開いても、家賃がネックになって閉店していく例を少なからず見ました。そこで、最初は浅草、次に下谷に物件を取得してシェアハウス経営を軌道に乗せ、ここ3棟目でやっと店にしました」
ほんとうにやりたいことのためには、プロセスを定めて積み上げていく。これは、鈴木さんが学んだ工学にも、ケーキ作りにも通底していそうだ。
そうして開いた店がル・クシネ。ここはフランス菓子の店というが、フランス菓子とはいわゆるケーキとはどこか違うのだろうか。
フランスの料理を分析すると……
「フランスの人から見たら、日本でフランス菓子を食べるのは、日本人がアメリカで寿司を食べる違和感と同じなのではないでしょうか。差別のようですが、同じ握ってもらうなら、日本人の寿司職人でないと寿司でないような。それは、技術とか素材を超えた肌感覚です」

エクレールショコラ480円の中には、濃厚なチョコレートクリームがびっしり。シュークリームとの違いを比べてみたい。
鈴木さんはフランスでの修業経験はないが、数カ月ずつテントと自転車を持ってフランスを回りながら、お菓子を食べたり、厨房で作業を見せてもらったりしていた。そこで理解したのが、フランスの料理は分解・凝縮・再構築が基本だということだった。
「日本人は素材主義なので、そのままを重んじます。フランス料理は、例えば酸っぱいものは煮詰めてさらに酸っぱく凝縮させます。すると素材のもつ特徴が際立って個性が強くなる。それら各素材を最後に合わせて一つの食べものに作り上げるのです。食材が絵の具の色となって、一枚の絵を形作るようなものです。色自体の価値ではなく、そこに必要な色があるから持ってくる。それが加工です」
それがわかりやすい例が、シュークリームとエクレール(エクレア)だといいます。
「シュークリームは球体に近いが、エクレールはバトン形です。すると、口に入ったときに皮とクリームの比率が違ってきます。必然的にそこに必要なクリームの味も、舌触りや口どけも違ってくるし、皮の固さや塩味、水分量も変わります」
それなら食べ比べてみなければとテイクアウトしてみたら、たしかにそれはまったく別ものだった。ひと言で言えば、エクレールは骨太。シュークリームの皮がカリッとなら、エクレールはガッシリ。クリームはトロッと滑らかに対して、歯ごたえすらある濃厚さ。フランス人が、日本にフランスのエクレールがなかなかないからと、ここに買いに来るというエピソードが、食べてみれば腑に落ちる。

鈴木さんが一つ一つ丁寧に作ったお菓子が並ぶ。シュークリームとなめらかキングプリン350円が一番・二番人気だが、季節などによっても顔ぶれが変わる他のフランス菓子や焼き菓子にも惹かれる。
シュークリームとエクレアは、形が違うだけで同じ生地とクリームでできているとばかり思っていた数十年はなんだったのか、という衝撃だった。
「ただ一方で、日本で受け入れられるにはフランス菓子そのものでは難しいという、経営的な制約もあって、私はそこの塩梅も含め楽しんでいます」
こんなに突き詰めて作っているお菓子だが、お客さんは店の内外にあるイスやカウンターで、下町散歩の途中に立ち寄っては気軽に食べていく。ケーキ屋さんなのに、持ち帰るより、この場で食べるのをおすすめしている。コーヒーも頼めるし、白ワインと石窯シューセット1000円などという、大人の休日に昼間から試したい、魅力的な提案も。
東京下町の空気と、フランスの味が混ざり合うル・クシネ。まち歩きしながらの目的地として、マークしておきたい。
<今回の取材先>

下町・根津でも目を引く古民家。春になると藤が緑になり、花が待たれる。
ル・クシネ
平成26年(2014)開業。東京メトロ千代田線根津駅・千駄木駅から徒歩5分。
製造は1人、販売は専従で1人とお手伝いも加わる。現金以外は、3000円以上ならPayPayでの支払い可能。通信販売等は取り扱っていない。
<データ>
住所 東京都文京区根津2-34-24
営業時間 11:00~21:00
定休日 火・水曜
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