ミス青山「ミスの称号廃止」が示すミスコンの変容

日本一有名なミスコン「ミス青山」が名称変更へ…その背景とは?(出所:ミス・ミスター青山コンテスト2025)

1月30日、「ミスミスター青山コンテスト」が、2026年より「青山コンテスト」へと名称を変更することを発表した。

【画像】みんな魅力たっぷり…過去のミス青山出場者たち

(画像:青山ミスコン⦅公式⦆Instagram)

昨今、「多様性の排除」や「ルッキズム(外見至上主義)の助長」といった文脈でミスコンへの風当たりが強くなっている。そんななかでミスコンを存続するための手段として、コンテストの名称から「ミス・ミスター」を除外する大学は少なくない。そうすることで、一応は「多様性やルッキズムに配慮していますよ」という体裁を取れるからだ。

一見、時代の変化に沿っているように思える今回の変更だが、ミスコンを数多く取材している筆者としては「これ、誰も得しない展開になりそうだぞ」と思えた。どういうことか。

もともと「賑やかし」だったミスコン

そもそも、元来の大学ミスコンは「大学の学園祭のにぎやかしイベント」という側面が強いものであった。それが、1990年代や2000年代からのテレビや雑誌といったマスメディアに取り上げられるようになり、大学ミスコンは「何物でもない大学生が有名人になるためのプラットフォーム」としての機能を持つようになっていった。

その最たる例が、アナウンサーだ。件の青山ミスコンをはじめ、ミス慶應やミス中央、ミス東大といったミスコンからは、これまで数多くのアナウンサーを輩出しており、大学ミスコンは「アナウンサーの登竜門」とまで言われている。他にも、ミスコンで知名度を付けて、モデルやタレント、俳優として芸能界で活躍している人も存在する。

以下は、大学ミスコン出身の著名なアナウンサーや芸能人の一例である。

・田中みな実 さん(アナウンサー・女優、ミス青山2007準グランプリ)
・宇垣美里 さん(アナウンサー、ミス同志社2011グランプリ)
・竹内由恵 さん(アナウンサー、ミス慶應2006グランプリ)
・堀田茜 さん(女優、ミス立教2012準グランプリ)
・田中真琴 さん(女優、ミス佛教2014グランプリ)

このようにかつての大学ミスコンには、「一般人が名を上げるイベント」として、ある種の社会的役割が存在していた。

しかしSNSやネットが発達し、一般人が一夜にして有名人になることも可能になった現代では、その役割もなくなりつつある。

もちろん、ことアナウンサーにおいては、今でも大学ミスコンが登竜門的な役割を果たしている。しかし「有名になる」だけであれば、もはやミスコンに出る意味はなくなってしまっているのだ。

ルッキズム批判で変更→盛り上がらない大会に

こうした「社会的役割の変化」と、冒頭で述べた「多様性・ルッキズム視点からの社会批判」によって、昨今の大学ミスコンは苦境に立たされている。

今回の青山ミスコンは「ミス・ミスターの名称除外」にとどまったが、実はその一歩先の未来も存在する。それが、「性別の垣根を設けないコンテストへの移行」だ。これも「ミス・ミスターの名称除外」と並んで、昨今の大学ミスコントレンドの一つになっているのだが、決して小さくない変化と言える。

なぜなら「性別の垣根を設けないコンテストへの移行」は、各大学が数十年かけて築き上げてきた「ミス〇〇」というブランドを捨てることと同義だからだ。

その象徴的な例が上智大学だ。同大は20年、大学ミスコン界でもトップクラスの知名度を誇った「ミス上智」を廃止。男女の区別をなくした「ソフィアンズコンテスト」へと舵を切った。

するとどうなったか。ソフィアンズコンテストは初年度こそ新しさ、物珍しさで注目されたが、以降は世間的な露出は明らかに減少した。HPを見ていると「画一的な価値観をとりはらった」コンテストを志向しているようだが、そうなってくると審査基準が漠然としすぎてしまう。もはや何を競っているのか、見ている側はわからなくなってしまったのだ。

「風当たりはあるが一定の注目もされる大会」から、「なんの風当たりもないが注目もされない大会」へ……。かつては数多くのアナウンサーを輩出し、マスメディアがこぞって取り上げた「ミス上智」ブランドは、名称変更とともに消滅したと言っても過言ではない。

今回の青山ミスコンは、「現時点ではミス・ミスターという枠組みについては引き続き使用していく」としており、男女別のコンテスト形式は維持している。その点においてはまだ救いようがあるが、将来的に上智のような「男女混成コンテスト」へ移行する可能性も否定できない。

大学ミスコンが生き残るために必要なこと

では、大学ミスコンには本当に未来がないのか。「ミス・ミスター」の名前を除外して、自分たちのブランド価値を下げることでしか生き残る未来はないのか。私はそうは思わない。

例えば、ルックスで優劣がつくという意味では、アイドルはミスコンに近しいプラットフォームと言える。では、アイドルがミスコンのようになくなっていくのかと言われれば、そんなことはないだろう。むしろ、アイドルは年々その活躍の場を広げている。なぜなら、アイドルは「個性(多様性)」に、ルックスとしての「かわいい」をミックスさせることで、観客の「推したい」「応援したい」という感情に訴えかけているからだ。

つまり、アイドルが「かわいい」と「多様性」を両立できているのだ。であるならば、ミスコンもいかようにでもやりようはあるはずなのだ。

ミス青山コンテスト2024出場者(写真:筆者提供)

というか、実際に近年の大学ミスコンでは、候補者のルックスだけでグランプリが決まらない仕組みになっていたり、グランプリを決めるファイナルイベントではスピーチや自己PRといった候補者の内面を見せる時間が設けられたりしている。世間の認識とは異なり、現代のミスコンは「ルックスの良し悪し」だけで順位が決まるほど、単純な大会ではないのだ。

もちろん、「ミス・ミスターコンテスト」という枠組みで開催している以上、それらの変化があっても、多様性・ルッキズム観点からの批判は避けられないだろう。

しかし、出場者が「多様性」を受け入れ、「ルッキズム」とは別軸で競っていることも世の中に知れ渡れば、「ミスコン=ルッキズムの権化」というイメージも払拭し、大学ミスコンにも光が見えてくるかもしれない。