「EV時代でも手放しません」223人の調査で分かったクラシックカーの正体――効率至上主義に抗う反転市場の台頭か
クラシックカー市場の構造転換
世の中が電動化や脱炭素へと急旋回するなかで、あえて古い車を乗り続ける人たちの存在が際立っている。愛知県小牧市のキングスロードが、223人のオーナーを対象に行った調査結果が興味深い。彼らがクラシックカーに惹かれる理由は、昔を懐かしむ気持ちだけには収まりきらないようだ。
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電気自動車(EV)と比較した際、半数を超える50.2%が「造形美やデザイン」に惹かれると答えた。「アナログな操作感」や「歴史の重み」を挙げる声も、ともに35.9%に達している。さらに「五感を揺さぶる走りの体験」や「資産としての重み」も30.9%で並び、車を生活の道具以上の存在として捉えていることがわかる。
ソフトウエアが主役となった今の車とは違い、鉄の塊という手応えや、自らの手で操る感覚。そこを譲れないと考える層が、確かに根を張っている。将来のあり方を見ても、面白い数字が出た。「趣味として楽しみ続ける」という回答が27.3%あった一方で、「稀少な資産」とする声が26.0%、「文化財として残すべきだ」という意見も21.5%にのぼる。
自分の手元に置きたいという欲求。社会の遺産として守るという使命感。そして、投資としての側面。これらが複雑に絡み合いながら、今のクラシックカーを巡る熱狂が形作られている。この市場を読み解くには、まずこうしたオーナーたちの多面的な思いを見つめる必要がありそうだ。
効率と情緒の分岐

「EV車時代におけるクラシックカーの魅力に関する調査」(画像:キングスロード)
EVは、いかに効率よく移動するかを突き詰めて作られている。静かさや加速の鋭さ、維持費の読みやすさといった尺度は、きわめて合理的だ。それに対して、クラシックカーが選ばれる理由は、まったく別の地平にある。自分の手で操る感覚や、機械が直接応えてくれる手応え。調査では「五感を揺さぶる走りの体験」を求める声が30.9%にのぼり、利便性とは無縁の価値を愛する人たちの姿が浮かび上がった。
ここで起きているのは、価値観そのものの分断だ。移動の道具としての正解がEVに集約され、車の中身がソフトウエアへと移り変わるほど、操作の密度を求める層はあえてその対極へと向かう。デジタルによる制御が入らず、機械特有の熱や震えを肌で感じる。効率がすべてとされる社会だからこそ、そうした剥き出しの挙動が、特有の安らぎや充足感を生んでいるのだろう。
多くのEVは、あくまで使い切るための道具として扱われる。技術の進みが早いため、数年も経てば価値が目減りしていくのが避けられない。一方で、クラシックカーは数が限られているからこそ値が落ちにくく、時には上がることもある。今回の調べでも「資産としての重み」を認める人が30.9%に達し、将来のあり方についても26.0%が資産性を重く見ている。
もっとも、古い車なら何でもいいわけではない。市場の目はすでに厳しくなっており、その車がたどってきた歴史や保存の状態によって、価格の差は広がる一方だ。世の中を走る台数そのものは減っていくかもしれないが、確かな物語を持つモデルは、物価の上昇にも強い「形のある資産」として、さらに価値を高めていく可能性を秘めている。
規制と保存の緊張

自動車(画像:写真AC)
排ガス削減を何よりも優先する今の政治の流れのなかで、ガソリン車などの内燃機関を持つ車は、制度の上で肩身の狭い思いをしている。燃料の値上がりや部品の不足、さらには都市部での走行制限など、車を維持するための負担は構造的に膨らむ一方だ。それでも調査によれば、「歴史の重み」を感じる人が35.9%に達し、「文化財として守るべき」という声も21.5%にのぼった。この結果は、クラシックカーを移動のためだけの道具ではなく、後世に引き継ぐべき産業の遺産として捉える認識が、オーナーの間で広がっていることを物語っている。
欧州では古い車を「歴史的な遺産」として認め、税金を安くしたり走行を特別に認めたりする仕組みが整っているが、日本はその対応が遅れている。特に、登録から長い年月が経った車への一律の増税は、本来なら国内に残すべき文化的な価値を持つ車が、より高い評価を求めて海外へ流れ出してしまう恐れを生んでいる。これからは、カーボンニュートラル燃料の活用や走る場面を限定するなど、環境への配慮と文化の保存をどう両立させるか。そうした法的な枠組みを整えることが欠かせないだろう。
アンケートで最も多かった答えは、「趣味として共存していく」の27.3%だった。これは、所有者がクラシックカーを公共のインフラとしてではなく、あくまで個人の意思で選ぶ嗜好品として位置づけていることを示している。ただ、「文化財として守る」という21.5%との差はわずかだ。個人の楽しみとして許容するのか、それとも社会全体の共有財産として公に守るのか。この認識の揺れは、将来、エンジンの稼働が厳しく制限される局面が来たとき、走り続けるための正当性をどこに求めるのかを左右する大きな論点になりそうだ。
コミュニティという基盤

「EV車時代におけるクラシックカーの魅力に関する調査」(画像:キングスロード)
「同じ趣味や価値観を持つ人たちが集まる、いわば拠り所のような存在」。調査で16.6%の人がそう答えた事実は、この市場の土台が、単なる「モノ」からそれを取り巻く「繋がり」へと移り変わっていることを物語る。クラシックカーの値打ちは、もはや車体だけで完結するものではない。イベントやツーリング、あるいは専門的な直し方や部品のやり取りといった、人の輪があって初めて成り立つものだ。
車の電動化が進むなか、最新のモデルは高度にデジタル化され、持ち主が手を入れる余地はほとんど失われてしまった。だからこそ、仕組みを理解し、自分の手で直せる旧車の特性が際立ってくる。メーカーの部品が手に入らなくなった領域では、持ち主同士で知識や珍しい部品を融通し合う。そんな自律的な助け合いの仕組みこそが、車を動かし続けるための、実質的な支えになっている。
こうした繋がりは、情報の偏りを埋め、その車が本物であることや、これまで歩んできた歴史を裏付ける役割も果たす。腕の良い職人が減りゆくなかで、アナログな技を持つ人と繋がっていることは、持ち主にとって価値を守るための何よりの財産だ。車を持つことは、今や特定の技術集団や情報網に加わるための「仲間入りの証し」を手にすることに近い。価値の源泉は、車体そのものから、その周りにある人々の結びつきの強さへと、着実に移り変わっている。
いくつかの道筋

自動車(画像:Pexels)
近い将来、クラシックカー市場がすぐに上向くとは考えにくい。維持するための出費はかさみ、規制の網はさらに狭まる。何より、複雑な機械を扱える職人の手が足りない。こうした逆風は、市場の存続に強い圧力をかけている。ただ、これは単なる衰退ではない。車が持つ「価値」の置き換わりが、いよいよ本番を迎えたということだろう。
手入れの負担に耐えられないような、かつての大衆車は姿を消していく。一方で、歴史の裏付けがある一握りの稀少なモデルは、厳しい選別を経て、さらに価値を高めていくはずだ。それに伴い、修理や保管、国をまたぐ輸送といった周辺の仕事も、富裕層の求めに応じる高単価なビジネスへと姿を変え、新たな稼ぎの場となっていく。
これから先の市場は、いくつかの道に分かれていくだろう。
ひとつは、限られた愛好家に支えられる「特別な遊び」としての道だ。公道を走る機会が厳しく制限されるなかで、エンジンの震えや音を楽しむ特権的な娯楽となる。かつて移動手段だった馬が「乗馬」という趣味に変わったように、高い社会的な地位を保ち続けるに違いない。
もうひとつは、投資の対象としての道だ。世界中の投資マネーが流れ込み、車はもはや移動の道具ではなく、価値を蓄えるための財産に変わる。あえて走らせないことで価値を守るという、車本来の目的とは真逆の考え方が、当たり前の理屈としてまかり通るようになる。
そして最後は、法律の後押しを受ける「文化財」としての道である。国から特別な扱いを受ける代わりに、持ち主には歴史の遺産を守り続ける義務が課される。どの道が主流になるかは、これからの政策やエネルギーの値段、そして何より、非効率な機械をどこまで許せるかという社会の匙加減に委ねられている。
価値の選択

クラシックカーの再定義と未来の姿。
EVへの移行が避けられない現実となるなかで、古い車を走らせ続けるには、これまで以上にはっきりとした理由が必要になっている。移動の効率が極限まで高まった今の世の中で、あえて不自由な機械を楽しむという行為を、社会はどこまで受け入れるのか。そこが改めて問われている。
今回の調べでは、「趣味として共に歩む」ことを願う声は27.3%にとどまり、「財産としての価値(26.0%)」や「文化財として守る(21.5%)」を重く見る層と、ほぼ横並びの状態だ。市場が進むべき道が、まだひとつに絞り込まれていない。その迷いが、数字にもはっきりと現れている。
クラシックカーが直面している壁は、もはや技術的な解決を越え、個人の楽しみと社会的な保存をどう両立させるかという、合意形成の問題へと移っている。単なる乗り物という枠をはみ出し、人類が築いてきた工業の記憶を伝えるものとして重みを増すなかで、その維持にかかる負担を誰がどう分かち合うのか。その覚悟が試されている。
調査結果に見える思いのばらつきは、持ち主たちが単に車を維持するだけでなく、その存在が世の中でどんな意味を持つのかを自らに問い直している現れだろう。クラシックカーの未来は、個人の好みのままに終わるのか、それとも歴史的な財産としての地位を築くのか。その価値を巡る選択は、これから本格的な決着の時を迎えようとしている。