ボーイングの有人宇宙船「スターライナー」の事故が致命的な欠陥だった理由…地に落ちた名門ブランド

ボーイングが作った有人宇宙船「スターライナー」のクルーモジュール。人命を失いかねないトラブルが発生していたことが報告書で明かされた。
世界の宇宙産業にいま、衝撃が走っている。
約1週間前の2月19日、NASAのアイザックマン長官が公開した、ボーイング有人宇宙船Starliner(スターライナー「CST-100」)の2024年有人飛行試験の「失敗」における調査報告書の内容が、想像を超えるものだったからだ。その内容から読み取れるのは、単なる技術報告書にとどまらず、かつて「SpaceXより確実」と見られていた伝統ある航空宇宙企業の失墜を示す内容だった。
コロンビア号以来の「タイプA事故」に認定された衝撃

会見で登壇したジャレド・アイザックマンNASA長官。
調査報告書にはさまざまな衝撃的な事実が明かされているが、なかでも宇宙業界を驚かせているのが、スターライナー有人飛行試験(CFT)ミッションが、人命の損失につながりかねない重大な事態に陥っていた、という事実だ。
実は、複数の不具合が発生した当時(2024年6月)のNASAは、商業有人宇宙輸送プログラムの評判悪化への懸念から、このトラブルを「重大インシデント」とは明らかにしていなかった。アイザックマン長官は今回、この対応が間違いであったと認め、正式に有人飛行試験を「タイプA事故」(Type A Mishap)に分類し、記録を正すと公表した。
この分類はアメリカの政府機関全体で標準化されている事故(インシデント)の分類基準に沿ったもので、主に「200万ドル以上の損害」が発生した事象、または「人間の健康・生命への影響(人的被害)」を伴う事象を指す。
報道では、スペースシャトルのチャレンジャー号(1986年)、コロンビア号(2003年)以来のタイプA事故と表現されることも多いが、実態は少し異なる。
同事故では、人命が失われたためにタイプA基準をはるかに超える事態となり、大統領直轄の調査委員会が組織されるレベルのものだったからだ。
NASAは、今回のスターライナー有人飛行試験がこれらと同じ大惨事だったと主張しているわけではない。しかし、NASA長官が直接関与して独立調査を実施することが義務付けられる、重大インシデントであることを積極的に認めたのだ。
スターライナーに何が起きていたのか

スターライナーの実機。
ボーイング・スターライナーは、アメリカの民間企業が開発する商業有人宇宙船として宇宙飛行士を国際宇宙ステーション(ISS)へ輸送するため、NASAの「商業乗員プログラム(Commercial Crew Program:CCP)」の下で2014年に開発が始まった。スターライナー最初の有人飛行試験は、認証の重要な節目となる機会だった。
2024年6月5日、スターライナーはフロリダ州のケープカナベラル空軍基地から打ち上げられ、NASAの宇宙飛行士バリー・ウィルモア船長とスニータ・ウィリアムズ副操縦士をISSへ輸送した。当初は、8日間程度で地球に帰還するミッションとして計画されていた。
しかし、小型エンジン(スラスター)の技術的異常により地球帰還が困難であることが判明。宇宙飛行士が搭乗することができず、最終的に2024年9月7日にスターライナーカプセルが無人状態で地上へ帰還する結果となった。
ウィルモア、ウィリアムズの両宇宙飛行士はそのままISSに滞在を続けることになった。本来8日程度の予定だったミッションは、93日間の滞在に変わり、2025年3月18日、スペースXのクルードラゴンで地球へ帰還した。前代未聞の出来事だった。
スターライナーが抱えていた、技術的問題

米ヒューストンにあるあるボーイングのミッションシミュレーターを操作するスニ・ウィリアムズ宇宙飛行士(手前)と、ブッチ・ウィルモア宇宙飛行士。二人は実際にスターライナーに搭乗し、その後に帰還できないトラブルにみまわれた。
「タイプA事故」と判断されたスターライナーCFTでは、実際に宇宙飛行士の生命の危機があったことが報告されている。ISSへのドッキングの際に、スターライナーはサービスモジュールに取り付けられた6基のスラスター(姿勢制御の噴射ノズル)のうち、5基が次々にシャットダウンするという事態に見舞われたのだ。
専門的な表現になるが、スラスターは6自由度(前後・左右・上下の並進と、ピッチ・ヨー・ロールの回転)を制御するもので、宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに必要な姿勢制御能力に欠かせない。
スターライナーは、ISSのロボットアームを利用して「捕まえてもらう」方式ではなく、自律的にスラスターを使って接近し、ドッキングする方式だ。つまり、6自由度の操作を失うということは、ISSを目前にして進むことも姿勢を制御することもできない、絶望的な状態に陥ってしまう。

有人宇宙飛行に先立つ2022年、無人軌道試験の一環で自動操縦で国際宇宙ステーションに近づくスターライナー。
CFTの際、2人の宇宙飛行士と地上の管制チームは必死でスラスターを再起動。4基の再起動に成功し、かろうじてISSへのドッキングを成功させた。後に判明した不具合の原因は、テフロンの部材が高熱で変形し推進剤バルブの流路を妨げていたというものだった。
電子機器の異常などではない根本的な原因だったため、復活できたスラスターの数がもっと少なかったらどうなっていたのか……と恐ろしい想像をせざるを得ない。
帰還時にも起こった「事件」

2024年9月7日(現地時間)、アメリカ陸軍ホワイトサンズ・ミサイル実験場に着陸したスターライナー。
無人で実施された地球への帰還時には、スターライナーの宇宙飛行士の搭乗区画「クルーモジュール」に搭載されていたスラスターの1基が点火に失敗するという事象も発生した。
こちらも、大事故につながりかねないものだった。
同スラスターは、スターライナー自身が地球に安全に帰還するための姿勢制御に不可欠であることから、安全のために「2重の耐障害性(2箇所が故障しても安全を維持できる設計)」が求められていた。しかし、帰還時にスラスターが故障したことで、驚くことに耐障害性は「ゼロ(余裕が一切ない状態)」へと低下していた。
報告書は、もし冗長系のスラスターまでもが失われていた場合、クルー喪失、つまり人命に関わる大惨事につながっていたと指摘している。
結果的に無人での帰還を選択したことは正しかったといえるが、それはあくまで開発上の過ちをギリギリで回避したということでしかない。
ボーイングとNASA、巨大組織が抱える問題の「根本的原因」

2024年8月、スターライナーの無人帰還を公表したときの会見の様子。当時のNASA長官だったビル・ネルソン氏(左から1人目)が登壇している。
報告書は、ボーイングが技術的に問題を抱えていたということだけでなく、NASAとの関係性の劣化による組織問題を根本的な原因として指摘している。商業乗員プログラムにあたって、NASAの宇宙船としてではなく、民間企業の独自のシステムとして開発を任せ、NASAはサービス(ISSへの有人宇宙輸送)を買い上げるという商業契約モデルが採用された。その結果、NASAのエンジニアはボーイングにスラスターなどを納入する業者が持つ詳細な設計データや試験データに直接アクセスすることができなかった。
ボーイングのエンジニア自身でさえ、業者の詳細なデータにアクセスできず、限定された知識しか持っていなかった。ミッション中に重大な異常が発生しても、現場のエンジニアたちは原因究明に必要なデータに素早くアクセスできず、トラブルシューティングと意思決定が大幅に遅れることになってしまった。
決してNASAが「後はよろしく」と積極的に監督責任を放棄したわけではないものの、結果として「ハンズオフ(無干渉・放任主義)」アプローチと呼ばれる不健全な監督のあり方に陥ってしまった。
本来の商業契約モデルでは、プロバイダーであるボーイングが「システムが安全であること」を証明する責任を負う。しかし現場ではその責任が逆転し、NASAの技術チームが「システムが安全ではなく、乗員の帰還に使えないこと」を証明しなければならないという理不尽な立場に追い込まれてしまった。ボーイング側から都合の良いデータだけが提示され、NASAのエンジニアが詳細な質問をしても「詳細すぎる」「契約の範囲外である」と一蹴されることがあったのだという。
ボーイングの側も相当なプレッシャーの下で、開発の問題を立て直せない状態に陥っていた。スターライナーの開発が難航していることは、2019年12月の第1回無人飛行試験(OFT)の段階からすでに顕在化していたのだ。このときは目標だったISSにドッキングすることができず、OFTをやり直すことになった。何人もの日本人宇宙飛行士がスターライナーの搭乗訓練を受けながらも結果的にはクルードラゴンに「乗り換え」、宇宙開発の巨人の開発が正常に機能していないことは誰の目にも明らかだった。
報告書は、度重なる遅延でスターライナーのCFTは、過去5年間のうち41カ月間も「打ち上げまで6カ月以内」という常に切迫したプレッシャーの中にあったと指摘している。そのためリスク低減を後回しにすることが状態化してしまったと考えられる。
アイザックマン長官はなぜ今、これを発表したのか?

国際宇宙ステーションから撮影された、スターライナー宇宙船。窓にはアメリカ国旗が見える。
NASAのジャレッド・アイザックマン長官は2025年12月に就任したばかり、しかも第2次トランプ政権で、いったんはNASA長官候補として指名されながらも突然の取り消し、再指名という異例の状況で就任した経緯がある。
新長官の初期の仕事として、NASAの組織問題にも触れる報告書を自ら公表することは、一見するとかなり不利な情報公開に追い込まれたようにも思える。
だがアイザックマン長官は「スターライナーCFTは幸運にも事故にならなかっただけで、リスクの高さは事故そのものだった」という立場を取っている。「結果オーライ」を許さない厳格な姿勢は、透明性を優先しNASAが安全かつ健全な有人宇宙飛行プログラムを再建するために必要なステップだ、という強いリーダーシップへの評価につながった。半世紀ぶりに月面有人着陸を再開し深宇宙有人ミッションが本格化する前に、禍根を残してはいけないというメッセージに異論は少ないだろう。
長官が、ボーイングを非難し宇宙開発の現場から締め出すという意味で報告書を発表したのなら話は単純だ。しかしそうではなく、ボーイングとの協力関係は今後も継続すると表明している。ISSの退役後も地球低軌道(LEO)への乗員・貨物輸送の需要は十分にあり、アメリカにとって複数の輸送手段(冗長性)を確保することが国益にかなうという。
ただし、スターライナーの開発復帰はスケジュールありきではなく、技術的課題の解決とリスクの完全な理解が最優先であり、「準備が整うまで有人・無人を問わず飛行しない」としている。
振り返れば、スペースシャトル引退に備えて、商業乗員プログラムが本格化した2014年、NASAにとってボーイングは「本命」だった。当時、NASAから受け取った開発費はボーイングが43億ドル、SpaceXは26億ドルだ。「実績ある大企業」への期待が高く、SpaceXは貨物輸送船のカーゴドラゴンを成功させたとはいえ二番手の扱いだった。
皮肉にも、実際にアメリカの有人宇宙輸送能力を救ったのはSpaceXとなったが、かといってSpaceXの輸送能力を偏重することは、アメリカが真に避けたい「冗長性の喪失」につながる。
宇宙産業の「民間活用」の失敗例からの学び
ボーイングとNASAの関係不全の背景には、「コストプラス」方式から「固定価格」方式というNASAの調達方式の変化があると報告書では指摘されている。
旧来のコストプラス方式では、かかった開発費用に利益を乗せてプロバイダーに支払う代わりにNASAが細部まで指示し、責任も負うことになる。固定価格方式では、成果に対して一定額を支払い、開発には民間が裁量を持ち、リスクも負う「対等なビジネスパートナー」として開発プログラムに参加する。
商業乗員プログラムの実際の現場では、固定価格制度の下でコストを抑えるため、ボーイングは設計の初期段階で下請け業者からハードウェアを一括で調達していた。
NASAのエンジニアが設計レビューの段階で懸念の点を指摘しても、すでにハードウェアが購入済みであるとして設計変更を渋るという制限が生まれてしまった。
結果として現場のエンジニアは欠陥や懸念があると分かっていても根本的な設計変更ができず、「既存のハードウェアのままでいかにリスクを正当化するか」というリスク受容の対応に終始させられることになってしまったと指摘されている。古参のボーイングがなじみのない固定価格制度に対応しきれず開発難航を招いたという見立てだ。
一方で、同じ固定価格制度による開発でSpaceXは十分な成功をおさめており、調達方式を切り替えればうまくいくということではないはずだ。
アイザックマン長官は、最悪の事態の前に問題を明らかにすることことで強力なリーダーシップを示した。ボーイングを切り捨てるのではなく地球低軌道の安定輸送と深宇宙探査の本格化というアメリカが必要としているものを両方手に入れる、NASAの中興の祖となる道筋を描いているのではないだろうか。