ワシントン・ポストは「事実上、消滅」する――偉大な新聞はトランプとAIに屈するのか

<報道の弱体化は、民主主義の弱体化と表裏一体だ。ポスト危機は、権力監視の土台が崩れ始めたことを突きつけている──>, リストラの裏に政治的配慮?, 「データ重視」という勘違い, 安全策が降伏に転じるとき

ワシントン・ポストは「事実上、消滅」する――偉大な新聞はトランプとAIに屈するのか

ニクソン政権の闇を暴いたワシントン・ポスト記者のウッドワード(左)とバーンスタイン(73年) BETTMANN/GETTY IMAGES

<報道の弱体化は、民主主義の弱体化と表裏一体だ。ポスト危機は、権力監視の土台が崩れ始めたことを突きつけている──>

その昔、大学を卒業したばかりの私は、キャリアを選択する前に外国での生活を経験すべきだと考え、西アフリカに渡った。今この原稿を書く機会が与えられているのは、アフリカを旅していた頃に下したいくつかの決断があったからだ。

なかでも偉大で活気にあふれる新聞だったワシントン・ポスト(以下、ポスト)の存在は大きかった。

学生の頃、私はジャーナリストになろうなどとは思っていなかった。それでも読むことと書くことは大好きだったので、アフリカを旅しながら思い付きで短い文章を書いては、あちこちに送っていた。すると驚いたことに、ポストが私の書いたものを紙面に載せてくれるようになった。

私がジャーナリズムに身をささげる決意をしたきっかけは、ワシントンにあるポストの編集局を訪れたことだった。それほど遠くない昔にボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが、当時のリチャード・ニクソン大統領の犯罪を暴いたオフィスだ。

ウォーターゲート事件のスクープ記事が次々に書かれた編集局で、私は当時あまり報道されることがなかったアフリカ大陸の人々の暮らしについて編集者たちに話した。

ポストは名高い新聞だったが、彼らは報道に欠落があることを認め、私のような若輩者の話にも熱心に耳を傾けた。編集者たちの仕事に対する真摯な姿勢を感じ取ることができた。

<報道の弱体化は、民主主義の弱体化と表裏一体だ。ポスト危機は、権力監視の土台が崩れ始めたことを突きつけている──>, リストラの裏に政治的配慮?, 「データ重視」という勘違い, 安全策が降伏に転じるとき

ベゾス(右)はビジネス上の利害をめぐりトランプ(左)に接近したとも指摘される(2017年) DOULIERY OLIVIERーABACAーREUTERS

あれからポストは何度も浮き沈みを経験した。しかし現オーナーのジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)の下で起きている危機は、これまでとは比較にならないほど深刻なものだ。

もちろん、ベゾス本人はそれを認めないだろう。彼はポストの将来のために引き続き尽力するという当たり障りのない声明を発表している。

しかし、事態の展開はその言葉とは大きく懸け離れているようだ。

ポストは2月4日、編集部門のスタッフの半数近くを解雇したと発表。そこには国際報道部門の縮小も含まれている。すなわち私に出発点を与えてくれた偉大な新聞が、事実上、消滅するということだ。

全く無念でならないが、この文章は単にポストへの哀悼を示すものではない。私の懸念は、もっと広範囲に及ぶ。

アメリカで権威主義が強まり、世界的にも民主主義の衰退が感じられる時代にあって、民意に基づく政治を支える1つの柱である報道機関は、いま多方面からの攻撃にさらされている。

それが最も顕著に見られるのが、世界の民主主義の旗振り役を務めてきたアメリカだ。

<報道の弱体化は、民主主義の弱体化と表裏一体だ。ポスト危機は、権力監視の土台が崩れ始めたことを突きつけている──>, リストラの裏に政治的配慮?, 「データ重視」という勘違い, 安全策が降伏に転じるとき

ワシントン・ポストの大量リストラに抗議する人々(ワシントン) HEATHER DIEHL/GETTY IMAGES

リストラの裏に政治的配慮?

ドナルド・トランプ大統領は1期目から、メディアに攻撃的な姿勢を取り続けてきた。政権に批判的な報道が出るたびに、「フェイクニュース」だと主張。それは自由な報道が築いてきた「事実を共有する土台」を切り崩す試みだった。

2期目に入るとメディア企業を相手に次々と訴訟を起こし、萎縮させ、従わせようとした。

さらには自身に近く、ITとエンターテインメント分野で影響力を持つエリソン家によるCBSの親会社の買収やTikTok(ティックトック)のアメリカ事業への出資など、盟友による大手支配を後押しすることで、メディアへの政治的影響力を一層強めている。

ベゾスが大幅な人員削減を行った正確な動機を知ることはできない。しかし、その背景に政治的配慮があった可能性は十分に考えられる。

多くの識者が指摘しているように、世界有数の大富豪であるベゾスの莫大な資産からすれば、ポストの運営コストは「はした金」にすぎない。

彼のような資産家が民主主義や市民的義務という高邁な理想に突き動かされているのなら、わずかな財務上の損失を理由に、アメリカを代表する報道機関を骨抜きにすることは正当化しにくいはずだ。

「データ重視」という勘違い

しかしベゾスの計算が、全く別の性質のものだったら?

ベゾスは自らが立ち上げた宇宙事業や、アマゾンが提供するアマゾンウェブサービス(AWS)を通じて米政府と大規模な取引関係を持っている。しかも彼やイーロン・マスクなど超富裕層が所有する巨大企業は、多方面でさまざまな規制の対象となるリスクがある。

断定はできないにせよ、ポストの縮小は新聞事業そのものに基づく判断ではなく、トランプ時代において自らの事業利益を優先する判断だった可能性が極めて高い。

言い換えれば、ベゾスが公共心ある新聞発行人であり続けることで得られる名誉は、彼が築き上げた他の多くの事業にとっては、あまりに大きなリスクを伴ったのかもしれない。

世界屈指の富豪が所有する新聞でさえ政府との距離を保てなくなるのなら、それは他のメディアに対して何を示唆しているのか。

民主主義に重い代償を強いかねないほどの圧倒的な圧力にさらされている偉大な報道機関は、残念ながらポストだけではない。

米議会は昨年、長年にわたってアメリカの非営利メディアNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)とPBS(公共テレビ放送網)を支えてきた公共放送公社(CPB)への助成金を打ち切った。

NPRとPBSは何十年にもわたり、冷静で党派色を抑えた報道、芸術や思想に関する番組を提供してきた。イギリスでも、野心的で厳格な国際報道を提供してきた歴史あるBBCが保守勢力から攻撃を受け続けている。

NPRやPBS、BBCが完璧な報道機関だなどと言うつもりはない。しかし、これらの組織が消えれば、それは広範かつ独立した取材や報道を必要とする民主主義社会にとって間違いなく打撃となる。

ベゾスが新たにポストの発行人代理に任命したジェフ・ドノフリオは、人員削減後に発表した声明で、今後はデータを重視することで同紙の偉大さを維持していくと語った。

だがその発想自体に、進行中のジャーナリズム危機のもう1つの要素が潜んでいる。

偉大な新聞とは、丹念に編成された制度の産物だ。若い時の私が出会ったような編集者たちが、自らの教養や経験、研ぎ澄まされた直感を駆使して、その日に掲載すべき最適な記事の組み合わせを判断する。

これがうまく機能し、積み重ねられることで、日々の小さな奇跡とでも言うべきものが生まれる。

ところがポストの新たな経営陣は、アルゴリズムやAI(人工知能)、あるいは読者データが、日々何を報じ、何を書くべきかを教えてくれると考えているようだ。

安全策が降伏に転じるとき

だが、これは重大な誤りであり、責任放棄に等しい。偉大な出版物の「奇跡」の一部は、読者が自分では関心あることに気付いていなかったニュースや考え方に向き合わせ、新たな世界への扉を開くことにある。

ジャーナリズムにおいて人間の主体性を後退させれば、それとは正反対の効果が生まれる。

この憂慮すべき状況には、もう1つ重要な要素がある。ポストが突然の人員削減を行う前から、アメリカの大都市の新聞ははるかに緩やかだが、衰退の道をたどっていた。

私がジャーナリストとして活動を始めた頃は、アメリカのほぼ全ての主要都市に強力な地方紙があり、多くの場合は2紙あった。スタッフは少なくても全国紙と競い合い、世界各地に支局を置き、書評、思想、芸術の報道も積極的に行っていた。

<報道の弱体化は、民主主義の弱体化と表裏一体だ。ポスト危機は、権力監視の土台が崩れ始めたことを突きつけている──>, リストラの裏に政治的配慮?, 「データ重視」という勘違い, 安全策が降伏に転じるとき

ニューヨーク・タイムズの自由な報道はいつまで持ちこたえられるか KYLIE COOPERーREUTERS

だが今、かつて地方紙が担っていたような全国規模の報道力を持つ新聞は、事実上2紙しか残っていない。私が外国特派員としてキャリアを築いたニューヨーク・タイムズと、ウォールストリート・ジャーナルだ。

いずれも野心的な活動を行って利益を上げているが、この状況の中でいつまで持ちこたえられるだろうか。

特にニューヨーク・タイムズはそのリベラルな立場を理由に、トランプ政権からたびたび攻撃を受けている。多くの読者は、政治的に不安定かつ不確実性が増すなかで同紙が生き残りを優先し、慎重姿勢を強めつつあるのではないかと感じている。

この点について、私自身はまだ断言できない。だが、この問題に簡単な答えはないこと、安全策がやがて降伏に転じかねないことは分かる。

そして米第3代大統領のトーマス・ジェファソンが述べたように、力強く自由な報道がなければ民主主義は破滅することも知っている。

数十年前にポストの編集局に初めて足を踏み入れた私が目にしたのは、自分たちに知らないことがあるのを認め、それを探し出すという決意を持つ自信に満ちた組織だった。

その精神こそが民主的な営みを支えている。利害の衝突や慎重論の名の下に、それを手放すことを許してはならない。そんなことをすれば、本質的な何かが失われてしまったと気付く頃には、もう手遅れになっている。

From Foreign Policy Magazine

ハワード・フレンチ