りくりゅうペアに「なぜ結婚秒読み説」夫婦超えの本当の関係追う

「公開プロポーズ」にSNS沸き立つりくりゅうペアの本当の関係
ミラノ・コルティナ五輪の11日目(2月16日)、フィギュアスケート・ペア個人でSP5位からの大逆転で金メダルをつかんだ「りくりゅうペア」の三浦璃来(24)・木原龍一(33)=木下グループ=。日本中が歓喜に沸く中、SNSでは一部で「結婚秒読み説」まで浮上した。海外では、米メディア「heavy」が「三浦璃来と木原龍一は付き合っているのか」とストレートに2人の交際説を取り上げるなどの注目ぶりの中、X(旧ツイッター)上では、その親密ぶりから、「結婚秒読みじゃね?」「りくりゅうの絆がエモすぎて胸熱!! 結婚秒読みでしょ!!!」「りくりゅう、夫婦か? 結婚秒読み」などの書き込みが行われているのだ。

「結婚秒読み説」まで浮上のりくりゅうペアの絆(佐藤徳昭撮影)
金メダル獲得時の氷上ハグや、木原が三浦を抱えた状態でスケートリンクを移動する「木原運送」も話題になった。2月23日放送のNHKスペシャルの最後の木原の発言は、まるで三浦に対する「公開プロポーズ」だ。
こうした中、2月27日、りくりゅうペアは、「心身のコンディションを戻すことは難しい」という理由で3月開催のフィギュアスケート世界選手権(3月24〜29日、チェコ・プラハ)の辞退を発表。声明に添えられた「今後に関してはシーズンが終わった後に私たち自身で発表させていただきます」の一文からも、X上では「結婚してプロ転向!?」と憶測を呼び、一部で「結婚秒読み説」がささやかれている。
なぜ「結婚秒読み説」なのか。金メダルの感動だけでは説明がつかない。りくりゅうの2人はペアを組んでから7年間、カナダでは長く共同生活を送ってきた。「ご想像にお任せします」とはぐらかす木原の態度、そして世界選手権辞退の声明に添えられた意味深な「今後の発表」予告——こうした材料が重なり合い、ファンの間で2人の関係への憶測が膨らんでいるのだ。

記者会見で見つめ合うりくりゅうペア。「結婚しないの?」待望論
日本に帰国後の2月25日の会見で2人の関係を問われた三浦は、「もうなんかそれを超えてるよね」「家族みたいになってる」と語り、木原は「ご想像にお任せします」とかわした。
「私が違う人と組んで続けるっていうのは絶対にない」「生まれ変わっても必ずまた璃来ちゃんと組みたい」——絶望の淵で涙が止まらなかった木原を、三浦が立ち直らせた舞台裏を紐解くと、恋愛や結婚といった既存の言葉では到底収まらない関係の実像が浮かび上がる。本人の発言と周囲の証言から、りくりゅうペアの本当の関係と〝夫婦超え〟の絆の正体を追った。

りくりゅうペアの木原龍一とのペアでソチ五輪出場の高橋成美さん
7年間、三浦をリードし、引っ張り続けてきた木原。だがSPで5位に沈んだ夜、そのメンタルは過去に例のない形で崩れていた。
2月25日の日本帰国後の会見で、木原は当時をこう振り返っている。
「SP直後はもう絶望感しか残っていなくて。点数差を見た時も、逆転は厳しいかなと感じてしまって、7年間積み上げてきたものがもうここで終わってしまったんだという絶望感にずっと苛まれていました」
一度は気持ちを切り替えようとしたが、うまくいかなかった。帰りのバスの中では「明日は絶対160点近くを出して勝とう」とチーム全員に宣言したものの、その後また涙がこみ上げてきた。翌朝起きた瞬間から涙が止まらず、朝食でほうれん草を口にしながら泣き、公式練習のウォーミングアップに入っても理由の分からない涙が続いた。「こういった状態が続くのは現役生活で一切なかった。自分でも何が起きているか分からなかった」と木原は語っている。
三浦にとっても、それは初めて見る木原の姿だった。金メダル獲得直後の2月16日、リンクサイドで行われた、かつて木原とペアを組み、2014年のソチ五輪に出場した経験もあるタレントの高橋成美さん(34)のインタビューで、三浦はこう語っている。
「今日、ウォーミングアップからずっと泣いてて。そんな龍一くん見たことがなくて。めっちゃ頑張ってね。お姉ちゃんになってたよ、今日」。
普段はネガティブな感情を表に出さず、失敗しても次に切り替えられる人だと三浦は会見で説明している。だからこそ、初めて聞いた木原の弱音は衝撃だった。同じ2月25日の会見で三浦はこう述べた。
「本当に不本意なミスだったんですけど、終わってしまったミスはもうしょうがないと感じていたので。そこからどう切り替えてフリーに臨むかが1番大切だと私は思っていた」。
2月17日のミラノ現地会見では、カナダ人コーチのブルーノ・マルコット氏(51)の言葉も明かされている。「野球は9回裏3アウト取られるまで試合は終わらない。2018年の平昌でアリオナ・サフチェンコ(42)とブルーノ・マッソ(37)のペアもSP4位から逆転で金メダルを獲った。絶対に諦めるな」。チーム全体が木原を支えようとしていた。
だが最も深く木原の心に届いたのは、最も近くにいた三浦の存在だった。
2月23日放送のNHKスペシャルの中で、三浦はフリー前日の場面をこう振り返った。
「放心状態で何もしゃべることができない龍一くんっていうのは本当に初めてで。そんな姿を見ていると私しかいないので強くならないとなって」
三浦は、結果への不安に囚われた木原に対し、意識の向け先そのものを変える言葉を選んだ。「結果のためとか、金を獲るために滑るんじゃなくて、私はあなたのために滑るよ」。同じインタビューで三浦は「本当に常に支えてもらっていたので、次は私が支える番だなって」と語っている。
木原の反応は即座だった。「僕も璃来ちゃんに、『お互いのために今日は滑ろう』ってすぐ、心から声が出ていました」。三浦はその返答を聞いて「ああもう龍一くんは大丈夫だなって思った」という。
さらに三浦は、もう一つの仕掛けを用意していた。
2月25日の日本帰国後の会見で木原が明かしたところによると、試合前に体を温めるために使うお灸のジップロックに、三浦がメッセージを書いてくれていたという。「『私たちなら絶対大丈夫、絶対できる』っていうようなことを書いてくれたんで、それを見てまた泣いてたんですけど」と木原。しかしその涙を最後に、木原は顔を洗って「この弱い自分は全部流して」と心に誓い、三浦のもとへ行って「もう僕は大丈夫」と宣言した。
2月17日のミラノ現地会見でも木原はこの場面に触れ、「『もう大丈夫、ありがとう。もう強い僕に戻ったから』って言って6分間練習に入りました」と語っている。
なお、2月25日の会見では後日談も明かされた。帰国に向けたパッキング中に再びそのジップロックが出てきて、「また泣きそうになってしまった」と木原は声を詰まらせた。
7年間は常に木原が引っ張る側だった。北京五輪でも毎試合「ここに連れてきてくれてありがとう」と三浦に声をかけ続けた。その積み重ねがあったからこそ、三浦は今回、「お姉ちゃん」として木原を立ち直らせることができた。2月25日の会見で木原はこう語っている。
「あの日僕をもう1度強い自分に戻らせてくれたのは、やっぱり三浦選手が強い心を持っていて、僕を引っ張り上げてくれたから。これが7年積み上げてきた絆なんだなと改めて思います」。
本人たちの言葉だけではない。身近で彼らを見てきた人間の証言からも、りくりゅうペア2人の関係の独特さが浮かび上がる。
2月16日の金メダル獲得直後のインタビューで、前出の高橋さんはこう証言した。「練習後にコーチと3人で少し話して、リンクサイドに戻る時に、2人がどうしても一心同体すぎて、1人に見えた瞬間があった」。実際に2人の演技を解説した高橋さんの言葉は、氷上の「演技」と「素」の区別がもはやないことを示している。
今回のミラノ五輪のフィギュアスケート女子シングルで銀メダルを獲得した坂本花織(25)=シスメックス=は、2月20日のミラノ現地での会見で、りくりゅうとの普段のやり取りをこう語った。
「璃来と龍一くんの夫婦喧嘩みたいなのをずっとひたすら聞いてて。龍一くんが『かおちゃん聞いてよ、璃来がさ』みたいな感じで話し、『でも龍一くんが…』みたいな話を一生聞いてます」。そして一言、「ずっと仲良しやな」。
坂本はSP後にもりくりゅうを支えていた。2月17日のミラノ現地会見で三浦が明かしたところによると、SP後にとぼとぼ歩いて帰った際、坂本がバスを降りた所で待っていて「璃来たちなら絶対大丈夫だよ」と声をかけてくれたという。木原も「花織ちゃんがいなかったらチームジャパンは成り立たない」と感謝を語り、「僕たちがショートで大失敗したのは花織ちゃんの分の厄落とし。全部引き受けたので、花織ちゃんはのびのび滑ってほしい」と冗談交じりに送り出している。
メディア業界関係者が語る。
「りくりゅうがこれほど人の心を掴むのは、単に仲が良いからではありません。ペアの選手は氷上で息が合っていても、リンクを降りればそれぞれの顔を持っていることも珍しくない。でもこの2人は、会見での掛け合いも、坂本選手が証言する『夫婦喧嘩』も、高橋さんが言う『一心同体』も、氷上と氷の外でまったく切れ目がないんです。作っている感じがどこにもない。だからこそ視聴者やファンは『この2人は本当に付き合っているんじゃないか』『結婚してほしい』と思わずにいられなくなるんだと思います」
【発言全文】りくりゅうペアのインタビュー(2026年2月16日)
三浦璃来:成ちゃん!
高橋成美さん:おおぉん…!りくりゅう、おめでとう(三浦とハグ)。おいで、おいで(木原も一緒に3人でハグ)。本当に良かった。
木原龍一:成ちゃん本当にありがとう。ペアの世界に成ちゃんがいたから、みんな、今のペアが、次世代がみんな出てきて、成ちゃんが……俺たちが取れたから、繋いでくれてありがとう(涙声)。
高橋成美さん:ありがとう。でも、今のりくりゅうが、りくりゅうじゃなきゃ、金メダルは本当になかったの。
三浦璃来:いや、私たちだけでは本当に取れなかったです。本当にたくさんの方に支えていただいて、あの、私たちもここまで成長することができて、本当に皆さんがいなければここまでたどり着くことができなかったです。
木原龍一:マイクの向け方、ははははは(笑)。
三浦璃来:もう可愛かった(笑)。
高橋成美さん:へへへ(笑)。
木原龍一:本当にありがとうございます。もう今日なんか朝からずっと泣いてたので。
三浦璃来:そう。今日本当に、あの、ウォーミングアップからずっと泣いてて。そんな龍一くん見たことがなくて。めっちゃ頑張ってね。お姉ちゃんになってたよ、今日。
高橋成美さん:今日の練習終わった後、ブルーノコーチと3人で少し話す時間があって、リンクサイドに戻るまでの少しの間。そのリンクサイドに帰るときに2人がどうしても一心同体すぎて、1人に見えた瞬間があったのね。なんかあの瞬間、また2人がさらに1人になった感じがあったんですけど、どんな言葉をかけられたんですか?
三浦璃来:本当にたくさんの言葉をかけられすぎて。
木原龍一:落ち込みすぎてたので、その、自分たちを励ます言葉をたくさんブルーノコーチがかけてくださった。1つに絞れない、なんかもうたくさん。もうとにかく、あの、へこまないように気持ちをもう1回奮い立たせてくれる言葉をたくさんかけてくださったので。思い出せないです。なんかたくさんすぎて。
高橋成美さん:すごい感動してて。今日はりくりゅうの夢の金メダル叶ったけど、気づいてないかもしれないけど、目の前の私の夢も今日叶って。でも、もっと世界中のたくさんの夢を叶えた人で、もう何してもいいと思うの。
三浦璃来:どういうこと? (笑)
木原龍一:どういうこと?ははは(笑)
高橋成美さん:明日、なんか極限からの解放みたいな感じでやりたいことはありますか?
三浦璃来:ティラミス食べたい!
木原龍一:僕は睡眠がいいっす(笑)。いや、なんか全然寝れなくて。その、ショックすぎて。なんか寝れなくてって、8時間しっかり泣きながら寝てて、でも起きても泣いて。
三浦璃来:もう本当に昨日からずっと泣いてたの。
木原龍一:もう感情が…。
三浦璃来:こんな龍一くん初めて。
高橋成美:璃来ちゃんありがとうね。みんなが、それはそうかもしれない。でも、龍一くんが璃来ちゃんと会って、璃来ちゃんが龍一くんと会って、このりくりゅうが生まれたことは本当に人生においての宝物だし、これからも大切にしていく。とり…とにかく今日はおめでとう! そしてみんなで一緒に言いたいことがあるんだ。「ペア大好き」って言いたいの?
全員:せーの! ペア大好き!
高橋成美さん:ありがとう!おめでとう!本当に嬉しいんだから。ありがとう。もう1回ハグしよう!(三浦とハグ)。強さにびっくりした、あの迷いのないランディングとか、ジャンプめっちゃ無双してて。
木原龍一:ありがとね、成ちゃん!
三浦璃来:成ちゃんのこと、練習中ずっと見えてた(笑)。
【発言全文】りくりゅうペアの会見(2026年2月17日)
岡崎朋美さん(MC):オリンピックのフィギュアスケートペア個人で日本史上初の金メダルという歴史を刻まれました。どのような意味を持つ大会になりましたか? 競技の未来にとってどのような一歩になるとお考えでしょうか?
三浦璃来:本当にまだ実感が湧いてないんですけれども、オリンピックという舞台で自分たちらしい演技をすることができて本当に嬉しく思っております。今回金メダルを取ることができて、これから日本のフィギュアの未来に貢献できてたらいいなっていう風に思ってます。
木原龍一:正直本当にまだ実感が湧いてないっていうところもありますし、試合が終わってからまだ一睡もできてないので、なんかまだその試合があった日が終わってない感じがするので、「取った」っていうような感覚はないんです。
今回(ショート)で大きなミスをしてしまって、正直ダメだなっていう風に僕の中では思ってしまって、本当に心が折れてしまっていたんですけれども、パートナーの璃来ちゃん、コーチ、トレーナーの方だったり、本当に皆様が僕の心をもう一度立ち直らせてくれて。このオリンピックで、本当に口で言うのは簡単なんですけど、諦めないことの大切さってのを改めてすごい学べたかなってすごく感じました。
Q.いろいろな方からメッセージが届いたり、反響が2人にも届いてるか。
木原龍一:本当に試合が終わってからたくさんの方々からあの、メッセージをいただけている、2人とも2台携帯を持っているので、練習拠点であるカナダ用と日本用の携帯があるので、本当にたくさんのメッセージをいただけて。
ただ、終わってから色々ドーピング検査だったり、宿舎に帰ってきたのがもう3時だったりしたので。明日カナダに戻られるので持って帰っていただく、予備のスケートグッズだったり、そういったものをパッキングしていたので、ほとんど、まだしっかりとチェックできていないので、今日少しでも早く合間を見つけてお返しできたらなっていう風に思ってます。
三浦璃来:本当にたくさんの方々からメッセージをいただいて、本当にたくさんの人にサポートされて私たちはここにいるんだなっていう風に痛感しました。
Q.ペア結成からの7年を振り返り、今回の結果がどのような意味を持つのか、これまでの自分にどういった言葉をかけてあげたいか。
三浦璃来:本当に私たちから伝えたいのは、こんだけショートで本当に大きなミスをしてしまって、それでも諦めずに前を向いたことで金メダルに繋がったっていう風に思っているので。
どんなことがあっても絶対諦めない気持ちを持つことは、本当に大切なことなんだなっていう風に思います。本当にチームを結成してからすぐ、コロナ禍であったり、また2人のお互いの怪我であったり、常に色々試練があったと思うんですけど、その試練を乗り越えるたびに本当に強くなれてきたのかなって思います。
「よく頑張ったよね」って。本当に今までそういうことは自分にあまりかけないように、頑張り続けなければいけないって思ってたんですけど、今日は2人で、チームとして本当に頑張ったねって思いたいなって思ってます。
Q.ショートからフリーにかけてどのように切り替えられたのか。また三浦選手、木原選手が大泣きしてるあの瞬間はよく見る光景なのか、今回は特別なのか。
木原龍一:正直ショートが終わった後っていうのはもう絶望的な感じで、点数差ももう絶望しか残ってなかったので、僕自身の心ってのはすごく折れてしまっていたんですけれども、コーチの方から、「野球は9回裏3アウト取られるまで試合が終わらない。だから今この試合はまだ終わってない。絶対諦めるな」って言われて。
2018年の平昌オリンピックで、ペアでアリオナ・サフチェンコ選手とブルーノ・マッソ選手が同じようなシチュエーションになって、ショートプログラムから少しミスがあってフリープログラムで挽回するっていうこともあったんだから、絶対この試合終わってない、諦めるなってことは先生からも、すごく勇気づけられました。
もう本当僕、ショート終わって次の日の朝から涙が止まらない状態だったんですけど「まだ終わってない」ってみんなが本当に僕の心を立ち直らせてくれて。本当にチームの力は大きかったかなって思います。
ショートの後、絶望と悲しみからあんまり睡眠を取ることができなかったので、睡眠不足も影響していたので、公式練習が一度終わった後に1時間ほどしっかり寝たら逆に気持ちもリフレッシュできて。
そこからもう「自分はもう大丈夫」って璃来ちゃんに宣言をして、「もう大丈夫、ありがとう。もう強い僕に戻ったから」って言って6分間練習に入りました。
三浦璃来:龍一君が演技終わった後に大泣きする場面っていうのは、1年に1回のイベントなんで、全く珍しいものではなかったんです。ショート終わってから、フリーの当日練習からずっとポロポロポロポロ泣いてて。それがやっと嬉しい泣きに変わって、私は本当にそれが良かったなって心から思いました。
Q.2人の今後の目標は。
木原龍一:今までペア競技を見ていただくのはなかなか難しかったと思うんですけれども、今回オリンピックを終えて今までペアのことを知らなかったあの方々にも知っていただく機会っていうのが少しずつ増えていくと思うので。
僕たち世代でこのペアが終わってしまっては、この日本のスケートがペア大国になるために、その僕たちを見てそのスケート、ペアをやりたいっていう子が出てきていただけるようにまたなればいいなっていう風に思いますし、もっとペアを広めていきたいなっていう風に思います。
三浦璃来:私も龍一君と同じ思いで。まだ後輩もすごく育ってきているので、本当にこのまま引き続き日本からペアの選手がどんどんどんどん出ていけるように、私たちも頑張っていきたいなって思ってます。ありがとうございます。
Q.昨日終わって坂本花織選手とコミュニケーションを取るタイミングはあったか。
三浦璃来:花織ちゃんにはもう団体戦のショート、それよりも前か、もうもっと前から私たちは常に支えられていて。本当になんか彼女の明るさであったり、そういった部分にすごく救われていて。
ショートであの大きな失敗があって、2人ともこうとぼとぼ歩いて帰ってたんですけど、花織ちゃんがバス降りたところで待っててくれてて。あの「璃来たちなら絶対大丈夫だよ」って声をかけていただいて。
本当にもう花織ちゃんのためにも、みんなのためにも頑張ろうと思って。で、フリーもね、もう私たち以上に大泣きしてくれて。本当に素晴らしい人柄でもありますし、本当に心から、私たちも現地に行ってちゃんと応援、ちゃんと応援したいです。
木原龍一:本当に坂本選手には僕たち2人ともエネルギーとパワー、エネルギーパワー一緒か(笑)、本当にいただいていて。今回も個人戦フリーの前にもたくさん勇気をもらって、花織ちゃんがいなかったらやっぱりチームジャパン成り立たないんだなっての改めて思って。
今回僕たちショートですごい大きな失敗をしたので、それは多分花織ちゃんの分の厄落としだと思うので、そこで全部引き受けたので、僕たちが。花織ちゃんはもう全然問題ないと思うので、あの、恐れずあののびのびと滑って欲しいなって思います。
Q.ブルーノコーチが持つポジティブなエネルギーを吹き込む言葉の力の印象的なエピソードはあるか。
三浦璃来:本当にブルーノコーチの観察力っていうのは本当にすごくて。私たちが何も言わなくても、私たちの状況をいち早く理解してくれたりとか。
私たちのこの普段の練習を見て、結成して1年目の時の世界選手権か、2年目か、コロナ禍でなくなったから2年目か、の世界選手権で、「あなたたちは絶対10番以内に入る」って言ってて。
その時は本当に私たちそれも全然信じられなくて。でも10番以内に入ることができて、本当に観察力、先生の言霊みたいな、本当にすごいなって思ってます。
木原龍一:本当にブルーノコーチは常にポジティブな方で。僕は自分で言うのもあれなんだけど真面目な、考えすぎてしまう癖があって、どんどんマイナスにあの、思ってしまう癖があったので、そんな時に、「物事を良くしたいのであれば、常にポジティブでいなさい」っていう言葉をブルーノ・コーチからいただいて。その言葉が僕のペア人生の中でもすごく助けになってるかなって思います。
Q.木原選手、過去に一度フィギュアスケートをやめたいと思ったと話していたが、メダルを獲得してその時の自分にどうやって声をかけたいか。
木原龍一:やめた方がいいのかなって感じていた時は、大体2019年、璃来ちゃんからトライアウトの誘いを受ける本当に直前ぐらいだったと思うんです。やっぱり自分のペアの技術力のなさをすごく感じていた時期でしたし。
脳震盪、肩関節唇損傷、そういったケガもあったので、もうあの、そろそろ引退した方がいいのかなっていう思いはあの抱えた時期だったと思うんですけど、その時期の自分にかける言葉はですよね。とにかくもう少し頑張ってみよう、必ずいいこと待ってるから、っていう風に伝えたいです。
Q.三浦選手はどのようにこれまでサポート、2人で歩んできたのか。
三浦璃来:私たちがここまで成長してこれたのは、7年前のあの瞬間もそうですし、支えてくださった方々もそうですし、どれが欠けてしまったらここまで本当にたどり着くことはできなかったと本当に断言できるので。本当に全ての方々、そしてあの龍一君に本当に感謝だなって思ってます。ありがとうございます。
【発言概要】坂本花織の会見(2026年2月20日)
Q.昨日はりくりゅうペアとどんな話をしたか。
坂本花織:りくりゅうたちと何話したかな…なんか、何の話したっけ 。なんか、(三浦)璃来と(木原)龍一くんのなんか夫婦喧嘩みたいなのをずっとひたすら聞いてて 。なんかいつもするんですよ、あの2人が 。なんか、なんか龍一くんが、「かおちゃん聞いてよ、璃来がさ」みたいな感じで話し、「でも龍一くんが…」みたいな話を一生聞いてます。それに対して「ずっと仲良しやな」っていう、ほんわかムードの会話しかしてないです。
ではりくりゅうの関係は何なのか。2月25日の日本帰国後の会見で、記者からついに直球の質問が飛んだ。「見る人によっては仲の良い兄弟、友人関係、夫婦にも見えるが、何が正解なのか」。
2人の答えは、こんなやり取りだった。
三浦璃来「もうなんかそれを超えてるよね」
木原龍一「戦友じゃないですけど」
三浦璃来「一緒にいて当たり前ですし」
木原龍一「喧嘩もすごいしますし」
三浦璃来「やっぱりなんか家族みたいになってる」
木原龍一「あとは皆様のご想像にお任せします」
どの既存のカテゴリーにも収まらない。本人たちはあえて定義することを避けた。
木原が2019年7月に三浦と出会うまでの数カ月間、名古屋市のスケートリンク「邦和みなとスポーツ&カルチャー」でアルバイトをしていた際の同僚、飯岡裕輔さん(34)は、NEWSポストセブンの取材に対し、りくりゅうの2人はどちらかというと「“兄妹“の方が近いかもしれません」とコメントしている。だが、それでも交際説は根強い。
同じ会見で互いの強みと弱点を問われた場面では、2人の関係の別の側面が見えた。三浦は木原の強みとして「心からの言葉を内に秘めずに必ず話してくれるところ」を挙げ、弱点については「真面目すぎて考えすぎて追い込みすぎてしまう。もっとポジティブになればいいのに」と指摘した。
一方の木原は、三浦の弱点を「忘れ物が多い」と笑った。帰国時、空港の荷物受け取り所にメダルの入ったバックパックをそのまま置いて入国審査を通過してしまったエピソードを披露し、こう付け加えた。「忘れ物が多い時っていうのは璃来ちゃんがすごくスケートにフォーカスしている時なので、すごく良かった原因もその璃来ちゃんの忘れ物なのかなと思います」。欠点すら肯定的に解釈する。それは恋愛感情とも友情とも違う、長い時間をかけて磨かれた信頼の形だった。
2月23日放送のNHKスペシャルでは、三浦が木原をこう表現している。「隣にいるのが普通みたいな、いてくれないと困る存在ですね」。
スケートにおける技術と芸術に続く3つ目の要素を問われた場面(2月25日会見)では、2人とも即座に「信頼」と答えた。木原は「自分たちのスケートにはお互いの信頼がすごく出ていると思う」と語っている。
【発言概要】りくりゅうペアのインタビュー(2026年2月23日)
三浦璃来:放心状態で何もしゃべることができない龍一くんっていうのは本当に初めてで。そんな姿を見ていると私しかいないので強くならないとなって。本当にネガティブのままやってしまうと失敗を引きづってフリーもボロボロになる未来が見えていたので、それは本当に良くないなと思って。
自分たちが持っているものというは、戦っていけると自信があったので。結果を気にして滑ってほしくないって思ったので自然と出ました、「結果のためとか、金を獲るために滑るんじゃなくて、私はあなたのために滑るよ」って声をかけました。本当に常に支えてもらっていたので、次は私が支える番だなって。
木原龍一:今まで僕の方が引っ張る立場になることが多かったんですけど、自分がダメになったときに、こんなにも強くサポートしてくれるようになったんだっていう感動がすごくあったので、僕も璃来ちゃんに、「お互いのために今日は滑ろう」ってすぐ、心から声が出ていました。
三浦璃来:本当にすぐその言葉が返ってきたので、ああもう龍一くんは大丈夫だなって思いましたね。
三浦璃来:(木原は)真面目で人思いで自分のこともちゃんと考えて、本当にスケートのために生活をしていて、一緒に頑張ってこられてよかったなと思います。隣にいるのが普通みたいな、いてくれないと困る存在ですね、ふふふ(笑)
木原龍一:本当に競技以外でもどんな形であれ、体が動くうちは、璃来ちゃんと1日でも長く滑ることができたらいいなって思います。もう史上最高のパートナーで、璃来ちゃんしかパートナーはいないなって思いますし、もし生まれ変わってもう1度スケートをして、ペアをするにしても必ずまた璃来ちゃんとチームを組みたいなって思います。
こうした関係は一朝一夕で生まれたものではない。7年間、怪我と隣り合わせの競技生活の中で、2人は独自の支え合い方を築いてきた。
2月25日の会見で木原はこう語った。「お互いの怪我が、やっぱり乗り越えてきたことかなと思いますし、どちらかが怪我をしたら一緒に通院して、リハビリメニューを一緒に覚えたり、リハビリをやってる時に僕が撮影したり、逆に三浦選手が僕を撮影してくれたり。常にどんな状況でもお互い支え合ってきた」。
三浦も同じ会見で「怪我をした側とそれを支える側、どちらの気持ちも理解できたのは大きかった」と述べている。
怪我のたびに2人が言い聞かせてきた言葉がある。「必ず強くなって戻ってこよう」——2月25日の会見で木原が明かした。壁を乗り越えるたびに強くなっているという実感が、今回のSP後の逆転劇の下地にもなっていた。
木原のペアスケーターとしての身体の変化も劇的である。2月25日の会見によると、13年前にペアを始めた当時は体重60kg台前半、ベンチプレスは左右15kgがギリギリだった。現在はシーズンオフで80kg、ピーク時にはダンベル片手80kgを扱った。ただし「ただ筋肉を大きくすればいいわけじゃないと気づいた」と語り、近年は瞬発系トレーニングに切り替えている。
そして木原には、三浦と出会う前に引退を考えた時期がある。2月17日のミラノ現地会見で語ったところによると、2019年、脳震盪や肩関節唇損傷が重なり「そろそろ引退した方がいいのかな」と感じていた。三浦からのトライアウトの誘いを受けたのは、まさにその直後だった。
「あの時の自分にかける言葉は、とにかくもう少し頑張ってみよう、必ずいいこと待ってるから」と木原は振り返っている。
カナダでの長い共同生活も、2人の距離を縮めた。拠点を海外に置くペアスケーターとして、練習も生活も常に隣り合わせの日々が7年間続いている。
2月25日の会見で、4年後について問われた三浦はこう答えた。
「木原選手が引退する時は私も一緒に引退する時だと以前お話しさせていただいたので。私が違う人と組んでまた続けるっていうのはもう絶対にない」
24歳の三浦が、33歳の木原と歩みを完全に一致させる宣言だった。
2月25日の会見で将来像を問われた木原は「2人が日本でペアの指導者になることが目標」と語り、「女性のパートは三浦選手の方が分かっている部分も多い。1人でコーチングするより、チームで一緒にやりたい」と構想を述べた。三浦も「木原選手のコーチングについていく」と即座に応じている。
2月23日のNHKスペシャルでは、木原がさらに踏み込んだ言葉を口にした。「本当に競技以外でもどんな形であれ、体が動くうちは、璃来ちゃんと1日でも長く滑ることができたらいいなって思います。もう史上最高のパートナーで、璃来ちゃんしかパートナーはいないなって思いますし、もし生まれ変わってもう1度スケートをして、ペアをするにしても必ずまた璃来ちゃんとチームを組みたい」。
フリーの選曲が映画「グラディエーター」の音楽だったことも、2人の関係性を象徴している。2月25日の会見で木原は、以前から2人で何度もこの曲を使いたいと話していたが、振付師に「雰囲気が合わない」と却下されていたと明かした。五輪で後悔したくないと最後にもう一度直訴し、実現にこぎつけた。ただしテーマは映画のストーリーではない。
「自分たちの運命を自分たちで切り開くということをテーマに今シーズンやってきた」(木原龍一)。
そして2月27日、日本スケート連盟を通じて世界選手権の辞退が発表された。「心身のコンディションをオリンピック前の状態まで戻すことは難しい」。その声明に添えられた一文は、憶測をさらに加速させるものだった。「今後に関してはシーズンが終わった後に私たち自身で発表させていただきます」。
2月25日の会見の最後。ご褒美として2人でやりたいことを問われた三浦が「何かやりたいことある?」と木原に振ると、少し間を置いて木原はこう答えた。
「璃来ちゃんとキャッチボール」
【発表全文】りくりゅうペアの声明(2026年2月27日)
【三浦璃来・木原龍一】このたび、世界選手権への出場を辞退させていただくことにいたしました。
今シーズンはオリンピックを大きな目標としており、シーズン開幕前から世界選手権に出場するかどうかについてはまったく考えていませんでした。
オリンピックで金メダルを獲得することができたことから、その後すぐに世界選手権に向けて、心身のコンディションをオリンピック前の状態まで戻すことはやはり難しいと判断し、辞退を決断いたしました。
今後に関してはシーズンが終わった後に私たち自身で発表させていただきます。
引き続きりくりゅうを温かく見守っていただけますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
【発言全文】りくりゅうペアの会見(2026年2月25日)
Q.一言ずつお願いできれば。
木原龍一:本日はたくさんの方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます。こうしてたくさんの方々に足を運んでいただいて、初めて自分たちが金メダルを獲得したんだなっていう実感が、帰国してから本当に湧いてきました。本当に今まで支えてくださった方々に、心から感謝の気持ちが今湧いてきています。本当にありがとうございます。
三浦璃来:本当に本日たくさんの方々にお越しいただいて、本当に嬉しく思っております。ありがとうございます。本当にこの7年間、木原選手と結成して、辛いこともすごくあったんですけど、その中でも悲願の個人戦金メダル、団体戦銀メダルを獲得することができて、本当に心から嬉しく思っております。
Q.日本での反響の大きさというのを帰国してからどのように受け止めているか。
三浦璃来:私たちは拠点をカナダにしているので、試合から日本に帰国することがあまりなかったんですけど、今回本当にオリンピック終わって、日本に帰国させていただくことになって、本当にたくさんの方々に、お出迎え、そこでやっと自分たち、メダルを獲得することができたんだなっていう風に本当に思うことができました。本当にたくさんの方々に支えられて、私たちは結果を残すことができたんだなっていう風に思いました。
木原龍一:正直現地の方でたくさんの方々から、今日本がすごく大変なことになってるよっていう風に教えていただいていたんですけれども、実際自分たちはミラノにおりましたので、実感っていうものがあまりなかったんですが、今回帰国して昨日、初めてたくさんの方々を目にして、本当に現実なのかなっていうのが今正直な気持ちで。本当に浦島太郎さんがもし生きてたらこういう気持ちだったのかなっていうような気持ちには2人でなってました。
Q.(5位と出遅れた)ショートプログラムの後のフリーまでの1日間は何と戦っていたか。
木原龍一:正直、ショートプログラムが終わった直後っていうのは、もう絶望感しか自分の中には残っていなくて。点数差を見た時も、逆転は厳しいかなっていうような点数に自分は感じてしまっていたので、7年間積み上げてきたものがもうここで終わってしまったんだっていう絶望感にずっと戦っていました。
1度は気持ちを切り替えようっていう風にはなんとか自分でトライしていたんですけども、なかなかその気持ちを切り替えることがうまくいかずに、翌朝も起きた時から自分の中で涙が止まらず、もう自分の中で試合が終わってしまったような感覚に陥ってしまって。その涙っていうのはなかなかそのコントロールすることができなくて、今までのそのスケート人生の中でそういった経験っていうのは自分の中でなかったので、自分でも何が起きてるか分からない状況に陥ってしまっていました。
ただその中で、リンクに公式練習に行った際に、パートナーの三浦選手であったり、コーチであったり、トレーナーの方だったり、たくさんの方があの、僕のことを心配してくださって。そこで温かい言葉をかけてくださったり、日本の友人、いろんな方からのメッセージを読み返していく中で、「やっぱりこんな形で自分がオリンピックを諦めていいのか」っていう思いが徐々に湧いてきまして。そこで「最後絶対勝ちに行こう」っていう気持ちをもう一度自分の中で作り直して。
正直夕方の公式練習が終わった後まだ泣いていたんですけども、でも、「このまま泣いていたらかっこ悪い」「ダメだ」っていう風に自分の中で切り替えて。最後この、泣いたトイレで顔洗って、全部流して、そっからもう一度強い自分に戻っていくっていう風に、自分の中で、心の中に、誓って。最後もう1度璃来ちゃんのところに行って、「もう僕は大丈夫」ってそこで宣言して、そこからしっかり立ち直ったと思ってます。
Q.金メダルとの距離感で、あの日何を思ってどう2人で折り合いをつけたのか。
三浦璃来:初めてあの、木原選手の口から、今までこの7年間頑張ってきた結果、そのショートプログラムをミスしてしまった、こういう結果になってしまったんだ、みたいな感じのことを聞いて。彼は普段すごくポジティブで、失敗してもあの、それを考えずに次にこう挑戦できる方なんですけど、初めてその言葉を聞いて。
本当に不本意なミスだったんですけど、もう1回朝からやり直したいなっていう風な思いもずっとあったんですけど、本当に終わってしまったミスはもうしょうがないっていう風に感じていたので。そこからどう切り替えてフリープログラムに臨むかっていうのが1番大切だなっていう風に私は思っていたので。やっぱりミスとしてはすごく悔しい部分があったんですけど、本当にそのミスが私たちを大きく成長させてくれたかなっていう風に思ってます。
Q.2人の関係は三浦選手の方が依存度が高かったのか。
三浦璃来:はい。本当に木原選手が常にサポートしてくださる立ち位置で、あまりネガティブな感情を表に出す選手ではないです。
Q.(三浦選手は)「お姉さん」と言っていたが、木原選手はそういう感じで受け止めているか。
木原龍一:普段は僕がお兄さんなんですけど、あの日は本当に三浦選手のそのメンタルの強さっての改めてすごく感じて。「これが7年積み上げてきた絆なんだな」っていうのは改めて、あの日だけではないんですけども、あの日僕をもう1度その、強い自分に戻らせてくれたのは、やっぱり三浦選手が強い心を持っていて、僕を引っ張り上げてくれたんだなっていうのは改めて思います。
試合の時、普段自分たち湿布薬を使うんですけど、僕が使用するジップロックにメッセージを書いてくれていて。その湿布を貼る際に、僕が気づくようにメッセージを書いてくれていたので。「私たちなら絶対大丈夫、絶対できる」っていうようなことを書いてくれたんで、その文章もすごく、それを見てまた泣いてたんですけど。泣きそう、うん。やっぱりそこでもう1度、2人の気持ち、僕なんですけど主に、その気持ちが強くなったかなっていうのを、昨日パッキングしていてまたそれが出てきたので、また泣きそうになってしまったんですけど。今ふと思い出してました。
Q.昨日の会見で木原選手はキャンピングカーでアメリカを横断したいと話していたが、具体的にどんな季節にどんな場所にどんなメンバーと行ってみたいか。三浦選手は興味を持っているか。
木原龍一:1番行きたい時、季節、やはり、春から夏にかけて。ただ夏からだとハイシーズンになって値段が高くなってしまうので、そこはちょっと予算しっかり決めて予定を立てていたんです。中学生の同級生と一緒にアメリカを横断しようっていうような話になってましたけど自分のスケジュールがなかなか、その2週間ほどかかると思うので、そのスケジュールを確保するのが今問題かなっていう風には思ってます。三浦さんの方はお誘いしたんですけれども、「私は多分寝てるだけになっちゃうからいいです」っていう風に、断られました(笑)。
三浦璃来:そうですね(笑)。私まだ運転免許も持ってないですし。本当に中学生の頃からずっとカナダにいたので、国内で旅行に行ったことがなかったので、国内旅行はしたいなっていう風に思ってます。1泊2日なんですけどもう決まったので、それを楽しみにして。
Q.この先2人で目指していきたいは目標はあるか。
木原龍一:正直オリンピック終わってから自分たちで考える時間っていうものがあまりなかったので。ありがたいことにたくさんの方に取材していただいたり、本当に振り返ることがまだ何もできていない状態なので。まずは落ち着いて、しっかりゆっくり考えてから、次の目標であったり、世界選手権のことを考えていきたいなっていう風に思ってます。
Q.ショートプログラムのミスを受けてオリンピックに魔物がいるっていうのは感じられたのかどうか。
木原龍一:魔物を感じたというよりは、オリンピックという舞台で少し自分たちが動きすぎてしまっていたのが原因かなっていうのが、その映像を少し見た時に感じたことで。普段より、音より早いテンポになっていたので。サイドバイサイドのジャンプを着氷した後に、普段の音より早いタイミングになってしまっていましたし、そこからのリフトの軌道と回転スピードが、体が動きすぎてしまったがゆえにずれてしまったミス。衣装が滑ってしまったっていう問題もあったんですけど。
魔物の正体は、動きすぎて、いつもよりその調子が良すぎてしまったのが原因だったのかなっていう風に思います。
三浦璃来:私も本当に同じく、2人ともやっぱりオリンピックっていうのをどこか考えすぎていて、すごくアグレッシブに動いていたのが、ショートプログラムのリフトのミスに繋がってしまったのかなっていう風に分析をしたので。本当に試合自体は普段の試合とは本当に変わらないんだなって思ってます。
Q.中国にも2人を応援しているファンがたくさんいるが、どのように受け止めていいるか。
三浦璃来:本当に国を超えてたくさんの方に応援していただく、本当にありがたいっていう風に心から思います。私たち去年の四大陸で韓国、その前の四大陸で中国、本当に現地の方々にメッセージ、お手紙をたくさんいただいて。本当にたくさんの方に愛されているんだなって、ファンの方たちのために滑りたいなっていう風に思いながら滑らせていただいてます。
木原龍一:中国は本当にペア大国だと思いますので、本当にたくさん、そのペア大国のスケートファンの方からそういったお言葉をいただけたっていうことが本当に嬉しく思います。2人の憧れ、隋文静選手と韓聰選手(編注:2022年北京冬季五輪フィギュアスケートで金メダルのペア)、本当に僕たちはそのお二方を非常にリスペクトしてるので、本当に中国の方からそういったお言葉をいただけたってのを嬉しく思ってます。
Q.逆境にいるような方への何かメッセージをいただけるとありがたい。
三浦璃来:私たち毎シーズン怪我であったり、本当に苦しい、頑張っても頑張っても結果が出ない時期であったり、壁を乗り越える度に自分たちが強くなっていっているっていうのは、お互いすごく実感していたので。
全日本でも私の肩の脱臼があったんですけど、そこからいかにこうマイナスに捉えずに、これも試練だっていう風にあの思って、そこからオリンピックまでの間本当に強い気持ちで臨むことができて、結果本当に金メダルを取ることができて。それがあったからこそより、自分の肩であったりそのコンディションをさらにこう強めていかないといけないっていう風な気持ちになったので。
逆境に立ってもそれが将来の自分のためになるっていう風に思って取り組めば、逆境だったとしても、経験できてよかったなって風に思えるので。私たち自身もすごくいい経験ができたかなっていう風に思ってます。
木原龍一:自分たちは怪我だったりアクシデントがあった時に常に言ってるのが、必ず強くなって戻ってこようっていうのを、お互いの怪我があった時はすでにあの話をしていました。
怪我をした時っていうのは非常にその先が見えなくて、どうしたらいいんだろうっていう思いはあったりするんですけれども、その壁を乗り越えた時っていうのは、「必ず自分たちはあの強くなってるんだよ」っていうことを常に言い聞かしていたので。
もしその辛い状況にある方が、僕たちからメッセージを送らさせていただけるのであれば、必ずそれが強くなるチャンスと信じて、諦めずにあの頑張って、一緒に頑張っていきたいなという風に思います。
Q.今回の大会は4エリアを分散する広域な大会、今までの五輪と違った点、良かったと思った点、困ったなと思ったことはあるか。
木原龍一:今回広域開催だったので、選手村の規模がその以前のオリンピックに比べては少し小さいかなっていう風に感じました。ただ前回大会がその無観客試合、なかなか選手村外に外出することができなかったので、今回のオリンピックは前回に比べてはその外出することもかなり自由があったので、精神的、ストレスというのは前回のオリンピックに比べて減ったかなっていう風に思います。
三浦璃来:私にとっては前大会の北京オリンピックが初めてのオリンピックだったので、外にも出れない状態、そのオリンピックのイメージが本当に強かったので、今大会、有観客でのオリンピック、私にとっては試合と変わらず挑むことができたかなっていう風に思ってます。
困った点は正直あまりなかったんですけど、閉会式だったり移動は少し長いかなっていう風には思いました。
木原龍一:そうですね。移動の件だけですね。
Q.その深い絆の根底には何があったのか、信頼なのか、何としてでも勝つというこの執着なのか、勝利への執着なのか、それともお互いを慈しむ心なのか。
三浦璃来:私たちにとっては、どれも当てはまるのかなって風に思っています。やっぱり自分1人ではないので。良い結果をあの、木原選手に取っていただきたいなっていう風な思いもありましたし。自分は足を引っ張っちゃダメだなっていう風にも思いますし。本当に木原選手がずっとサポートしてくれていたので、それにも応えたいっていう気持ちもありましたし。今回金メダル取って、7年間たくさんのサポートを受けて、恩返しではないですけど、本当にこの結果を得られてよかったなっていう風に思ってます。
木原龍一:やっぱり2人で7年積み重ねてきたその信頼感っていうのは本当に1番大きかったかなっていう風に思いますし、2人で乗り越えてきた壁だったり、今回のこの結果に繋がったかなっていう風に思ってます。
Q.ペア大国を作っていきたいというのは、2人がトップであり続けることで作っていきたいのか、それとも後進の育成に興味があるのか。
木原龍一:まだしっかり話し合いもできていないのと、自分たちの中で考える時間もなかったので、あまり詳しいことは分からないんですけども、やっぱり今までは怪我のリスクもあったので、お手伝いやそういったことができなかったので、可能な限りあの、お手伝いさせていただきたいなっていう風にはあの思ってます。将来的にやっぱり2人が日本でそのペアの指導者になるってことは目標にしてます。それがどのタイミングになるかっていうのは全く分かりません。
Q.三浦選手は右手にサポーターをしてるが。
三浦璃来:料理人さんが鍋振りすぎて腱鞘炎になってるみたいな感じと同じような感じで。骨が当たってしまってたのでそれのサポーターを普段の練習からずっとしてます。
Q.木原選手がリフティングを支えるために、今回の逆転劇を支えた筋力アップを解説してほしい。
木原龍一:ペアを始めたのが13年前だと思うんですけど、当時60kg台前半で、今がシーズンオフだと80kg、シーズン途中で75kgになると思うんです。やはりそのペアを始めた当初っていうのは人を持ち上げる筋肉っていうのは一切なかったんで、ベンチプレスで大体15、左右にえっと15キロつけてギリギリ上げれるような状態だったと思うんです。今、1番ウェイトトレーニングやってた時はダンベルで片手80キロはやってたと思います。
ただそん中で自分がその筋肉を大きくただすればいいわけじゃないっていうことに気づいたので、今はもちろん持ち上げる筋肉は必要なんですけど、どちらかと言ったらその瞬発系のトレーニングをメインに切り替えました。昔はどうしても知識がなかったので、重さをとにかく上げれるようになればいいっていう考えを持ってしまっていたので。
そこは怪我だったり長年ペアを経験させていただいて、そん中で自分で気づいたり、トレーナーさんからアドバイスをいただいたりする中でそういう風に切り替えていきました。
Q.瞬発力の訓練はどういうものがメインなのか。
木原龍一:そうですね。ツイストリフトを想定したような動きで、トレーニングのシャフトにあのダンベルをつけて何回も上下にしたり、全身運動で使う普通のトレーニングより少し氷上の動きを想定したトレーニングを結構ここ数年は取り入れてました。
Q.試合に臨む、試合から解放される緊張と弛緩の繰り返しの対処の仕方を2人でどう図っているのか。2人での対処、1人での対処どういうルーティンなのか。
三浦璃来:私たちにはルーティンがあって、試合後にチートデーとして好きなものを食べるっていう風なものがあるので、それに向けて本当に日々の節制、食事の管理であったり頑張れるのかなっていう風に思ってます。
木原龍一:自分たちは普段試合のことを考えすぎないように、ゲーム機で試合の空き時間であったり、出発前にゲームをプレイして気分転換であったり、スケートのことを一切忘れるっていうことを意識的にやっていました。やっぱりスケートのことばっかり考えてしまうと、なかなかうまくいかなくなるので、あえて考えないっていうことを常にやってきました。
Q.木原選手は1日の割合としては大体どれぐらいの割合でやっているのか。
木原龍一:そんな1日中ゲームしてるわけではないんですけど、準備の合間時間であったり、空気圧を使ったマッサージ機やってる時に2人交互にやったり、対戦型のゲームをよく2人であのやってます。
Q.金メダルを獲る中、あるいは普段で2人のパワーになっている日本の農産物はあるか。
木原龍一:お米、2人とも本当に大好きなので、あの試合にも必ず、そのま、乾燥米ですけどあの、持参させていただいて。その普段と変わらないあの生活を、あの摂取量を心がけてますし。お米大好きです。
三浦璃来:私も同じくお米が大好きなので、試合にも持っていってますし、普段、木原選手も私もそうなんですけど、グラム数を測ってあの食べていて。体調とかその日のコンディションに合わせて食べています。
Q.山一ハガネさんのスケート靴、ブレードが今回の金メダルという結果にどういう風に影響を及ぼしてくれたのか。
三浦璃来:元々私より先にあの木原選手が山一ハガネさんを使用していて、すごくお勧めされていて、それで私も変えたんですけど。本当に木原選手のスピードについていけるようになったのは本当に山一ハガネさんのブレードのおかげだと思っております。本当に一滑り一滑りがすごく伸びると言いますか、本当に安定もしますし。本当にいつも私たちの滑りをあの支えてくださって、本当にあの感謝しております。
木原龍一:以前私はブレードの問題を抱えていたんですけれども、山一ハガネさんにブレードを提供していたけるようになりまして、ブレードの問題ってのをほとんどあの解消されました。やっぱりワンプッシュでの伸びが圧倒的に違いますので。元々自分たちはスピードを出すっていうことが得意だったんですけれども、ブレードを提供していただけるようになってから、2人の強さっていうのはあの際立つようになったかなっていう風に思います。やっぱりこのブレードがなければ、自分たちは今回このような結果を残すことができなかったと思うので、本当に心から感謝したいなっていう風に思っております。
Q.金メダルが決まった瞬間は大きく喜びを爆発させるとおもうが、三浦選手が笑顔で木原選手を抱きしめて、神々しいマリア様のような表情で遠くを見つめていた。どういう思いだったのか。木原選手は何を感じていたのか。
三浦璃来:普段の試合ではありがたいことに最終滑走で滑らせていただくことが多いんですけど、その時に高得点を出させていただいて、優勝が決まった時っていうのは本当に2人喜びを爆発させるんです。今回ショートプログラムで5位スタートだったので、私たちの後に滑る選手がたくさんいらっしゃったので、点数自体にはすごく喜んでいたんですけど、他の選手の方々が滑ってらっしゃってたので、心から喜びを大爆発させることはできなかったですね。
木原龍一:ペアスケーターの仲間っていうのはお互いが苦労してきたその努力の過程をすごく分かっているので。その横で、完璧な演技を、もちろん皆さん目指されてたと思うので、一緒に戦ってきたそのライバルたちの真横で自分たちが全力で喜ぶことはできなかったかなっていうのは、ああいった喜び方になった原因、理由の1つかなっていう風に思います。
本当にペアスケートは大変で、試合で100%の力発揮するってのは本当に難しいことなので。正直試合をあの、リーダーズチェア(編注:フィギュアスケートの試合で暫定首位の選手が待機する席のこと)で皆さんを観戦させていただいてる時に、本当にハラハラしている気持ちはあったんですけども、途中でやっぱりみんながベストで終わってほしい、ベストでみんなぶつかり合いたい、そんな気持ちに最後なっていました。
Q.2人共、そしてチームだからこそ逆境を乗り越えられたという経験はあるか。
三浦璃来:私たち怪我も経験したんですけど、いいって言ってしまったらダメなんですけど、お互いその怪我をした側とそれを支える側っていう立場を経験させていただいたので、そのどちらの気持ちも理解することができたのは本当にあの、大きかったかなっていう風に思っております。私たちだけじゃなくて、コーチ、トレーナー、現地で支えてくださってる方であったり、本当にたくさんの方にお世話になって、私たちだけでは怪我も乗り越えられなかったと思います。たくさんの方に感謝の気持ちを忘れずにいたいなっていう風に思ってます。
木原龍一:お互いの怪我が、やっぱり乗り越えてきたことかなっていう風に思いますし、どちらかが怪我をしたら一緒に通院して、リハビリメニューを一緒に覚えたり、リハビリメニューをやってる時、僕が撮影したり、逆に三浦選手が僕のことを撮影してくれたり。常にどんな状況でもお互い支え合ってきたと思います。怪我が多いスポーツだったんで、怪我を乗り越えてきたっていうことが、今の自分たちの本当に糧にもなってるかなっていう風には思います。
Q.具体的にフィギュアのペア強化のために、2人ではなくて国、協会、企業、国民一般など、誰にどんなことをサポートしてもらえればペアを強化できると思うか。
木原龍一:やはりまだペアスケートっていうハードルがすごく高いような気が僕にはしていて。この技ができないとペアをやれないよね、だったり、身長差がこれぐらいなかったり、これぐらい小さかったりしないとできないよねっていうハードルが少し高くなってしまってるかなっていう気が僕は感じていて。僕が1つ思ってるのは、ペアにもし興味を、少しでも持っていたけるなら、少しでもいいから挑戦していただきたいなっていう思いがやっぱりあります。
2つ目がやっぱり環境問題、リンクの練習環境の問題で。今現在日本が徐々に改善されていて、素晴らしい環境に近づきつつあると思うんですけども、やはりペア競技っていうのは非常に危険で、あの大人数での練習ってのは非常に危険なので、ペア専用リンクってのがもっともっとできてきた時に(競技)人口も増えやすいかなっていう風に思ってます。
3つ目にやはり指導者が日本にまだたくさん数がいないっていうことが、ハードルが上がってしまってる原因かなっていう風に思ってます。そのペアをやろうっていう風に思った時に、まず最初に行かないといけないのが海外ってなってしまうと、どうしてもペアのハードルが高くなってしまうので。いずれ自分たちがまず日本でそのペアがどういうものなのかっていうのを、指導できるようになることが、そのペアが難しくなってしまう要因を1つ消せるかなっていう風には思ってます。
三浦璃来:木原選手とこのような話をさせていただくことがあるんですけど、私自身もその木原選手のコーチングについていくって言ったらあれですけど、そうです。
木原龍一:もちろんそのペアの技術に関してはまだ勉強不足の部分あると思うんですけども、女性のパートであったりそういった部分っていうのは、三浦選手の方がやっぱり僕よりも分かってる部分も多いと思うので。1人でコーチングするというよりは、チームで一緒にコーチングしていきたいなっていう風には、将来的に、今すぐではないですけど、そういう風には感じてます。
Q.4年後の自分をどのように想像されているか。指導者となっているのか、どちらかがプレイヤー、スケーターとして続けておられるのか。
木原龍一:本当にオリンピック終わってから忙しくて、自分とも向き合う時間もなかったですし、2人でもしっかり話す時間がなかったので。正直なところ本当に分からないですっていうのが僕たちのあのお答えになってしまうかと思います。
三浦璃来:まだ分からないんですけど、以前お話しさせていただいたんですけど、木原選手が引退する時は私も一緒に引退する時だと、お話しさせていただいたので。私が違う人と組んでまた続けるっていうのはもう絶対にないです。
Q.挑戦する場合は2人で挑戦するということか。
三浦璃来:そうですね。
Q.金メダル獲得後に家族とは何か話をしたか。
木原龍一:試合後、母とは直接会うことができましたし、母は観客席にいたので最後表彰式の時に「お母さんありがとう」っていうのをリンクから観客席にあの向けて、お話しすることができました。父とはあの、携帯のメッセージの方で、本当に父にも「ありがとう」っていう風に、やっぱりフィギュアスケートってのは非常にお金がかかる種目で、父は本当に自分のためにお金を使うことってのは多分できなくて、きっと僕のことで本当にお金を使ってしまっていたので。本当に申し訳なかったっていう気持ちがあったので、本当にありがとうっていう風にあの伝えて、帰ったらウイスキーで乾杯しようって話をしました。
三浦璃来:私も携帯のメッセージをたくさんいただいて。私自身中学生、中学1年生からカナダの方に1人で渡航してたんですけど、その時から本当に心配をしていただけてたんですけど、それでも私のオリンピックっていう夢があったので、本当にあの心置きなくというかあのカナダに送っていただけて。日本から荷物であったり定期的に送ってくださったり、本当に家族のサポートがなければ私はカナダにも行けてなかったという風に思うので。本当に日々の支えになっていると思います。実際にまだ会えてないんですけど、帰ったらきちんと感謝を伝えたいなっていう風に思ってます。
Q.映画のグラディエーター、フリーで古代ローマ帝国を舞台にした映画音楽を選択していたが、選曲の理由は。映画のストーリーはどういう思いで演技に生かしてきたか。
三浦璃来:このフリープログラムは昨シーズンから使いたいっていう風にあの話していて。今シーズン、イタリアの地でのオリンピックでもあったので、心から滑りたいっていう風に2人とも打診をして、滑らせていただくことになりました。私たちと振付師さんの中では映画のストーリーではなく、手を取り合って夢を掴み取るっていう風な歌詞があるんですけど、本当に歌詞に合ったあの振り付けをしてくださって。私たちもそれを考えながら技や振り付けをしていたので、映画というよりかはその歌詞に合わせていました。
木原龍一:本当に以前から2人でよくこの曲を聞いていて使いたいねっていう風に何度も話していて。ただ何度か振付師の方にご提案させていただいたんですけれども、なかなかその雰囲気が2人に合ってないかもしれないっていうことで使用することはできなかったんです。やはり今シーズンそのあの振り付けしていただく前に、どうしてもオリンピックで後悔のないようにしたいっていうことをもう1度振付師の方にお伝えさせていただいて、じゃあこの曲で挑戦しようっていうことになり、あの曲を使用させていただくことになりました。
映画の内容をテーマにするのはやめようっていう風に振付師の方とお話しさせていただいて、自分たちの運命を自分たちで切り開くっていうようなことをテーマで今シーズンやってきました。
Q.りくりゅうの2人は見る人によっては、仲の良い兄弟、友人関係、夫婦にも見えるが、何が正解なのか。
三浦璃来:もうなんかそれを超えてるよね。
木原龍一:戦友じゃないですけど。
三浦璃来:なんか一緒にいて当たり前ですし。
木原龍一:喧嘩もすごいしますし。
三浦璃来:やっぱりなんか家族みたいになってる。
木原龍一:あとは皆様のご想像にお任せします。
三浦璃来:お任せします。
【三浦璃来】私たち普段、諦めないことっていうのを第1に考えてやってたんですけど、その中でも今回のオリンピックはショートで大きなミスがあって、そこから立ち直る、気持ちを切り替えることが本当に難しかったんですけど、フリープログラム諦めずに私たちらしい演技をして、優勝することができたので、本当に今大会、どんな状況であっても諦めないことの大切さを知ることができました。
【木原龍一】口で諦めないっていうのは簡単かもしれないんですけど、いざこうしてやってみると本当に大切さっていうのを2人で学べました。本当にこの諦めないってことは、今後スケートを引退した後も必ず大切になってくることだなっての改めて感じました。生涯忘れずに頑張っていきたいなっていう風に思います。
【発言全文】りくりゅうペアの会見(2026年2月25日)
【三浦璃来】私たちの試合は本当に朝早い時間帯にあったんですけど、それでも本当にたくさんの方々に応援いただいて、現地にも足を運んでいただいて、たくさんの応援ありがとうございました。ショートプログラムで大きなミスがあったんですけど、今までの7年間の自分たちを信じて諦めずに滑り切ることができたので、個人戦金メダル、団体戦銀メダルを獲得することができました。本当にありがとうございました。
【木原龍一】本日はたくさんの方々にお集まりいただき誠にありがとうございます。オリンピック中、早朝だったと思いますけれども、たくさんの応援をいただき本当にありがとうございました。自分たちは本当に心が、僕なんですけど、心が折れそうになった瞬間に、たくさんの方から応援をいただき、なんとか立ち直ることができました。そして、金メダルを獲得することができました。本当にたくさんのご支援をいただきありがとうございました。
Q.ショートプログラムでのミスの後に立ち直り、完璧なスケート、どういう風に2人で実現することができたのか。
木原龍一:1つは試合が終わってからバスに乗って宿舎に帰るまでの道のりで、2人で振り返っていくうちに、僕自身な、ここで落ち込んでいる場合じゃないなっていう風に思ったので、「明日は絶対160点近くを出して2人で勝とう」っていうことを急に僕が言い出して。とにかくそこで一度、から元気じゃないですけど、自分たちをもう1回勢いづけるために、「明日絶対160近くを出してもう1回戦いに行こう」っていうことをすぐバスの中でみんなに宣言して、バスの中にトレーナーの方だったり連盟さんがいたので、「あともう1日よろしくお願いします」っていうことをお話しさせていただいたんです。
またその後悲しくなってしまいまして、また泣いてたんです。また朝起きて泣いてしまって、朝食を食べながらそのほうれん草を食べた時に、なぜか理由も分からないんですけどほうれん草を食べながらまた泣いて、リンクに公式練習のウォームアップに行って、また理由も分からず泣いてしまって。途中で正直、自分が何で泣いてるのか分からない状態に陥ってしまって。こういった状態が続くってのは僕の現役生活の中では一切なかったので、本当に自分自身でも何が起きてるか分からない状態。悲しかった、何なんだろうって涙が続いてて、不安から来てたかもしれないんですけど。
その中でもやはりそのパートナーの三浦選手、璃来ちゃんが、が「やっぱり自分たちがやってきたこと絶対あるから絶対大丈夫、まだ試合終わってない」っていう風に強く何度も僕に話しかけてくれ、それが1つ立ち直れたことだったと思うんです。
また私たち試合の始まる前にその、貼るお灸をよく貼ってるんですけど、体を温めるために。その僕が使うジップロックに璃来ちゃんが内緒でメッセージを書いといてくれて。僕のスーツケースを開けてその貼るお灸を貼ろうと思って出した時に、そのジップロックにも「私たちは絶対できる、やってきたことがあるから」っていう風にあのメッセージを書いてくれていて、またそれを見て泣いてたんです。でもその涙を最後に、もうあの顔を洗って「この弱い自分は全部流して、今自分は立ち直った。こっからもう一度勝ちに行くんだ」っていう気持ちをあの持って、あの本当に試合直前のウォームアップには臨みました。
Q.フィギュアの競技でペアを組むのはどういうタイミングがベストなのか、早ければ早いほどいいのか、ある程度物心がついて相手の気持ちが分かるようになってからのほうがいいのか。
木原龍一:スケート始めた3歳4歳からペアをやるってのは正直不可能な話です。ただま7、8歳、海外ではノービスの下のクラスもあるので、インターメディエイト、ある程度の年齢になればそのペアを組むことっていうのは可能です。やはり小さい頃からペアを始めていた方が、大きくなった時その苦労は減るかなっていう風に思います。
三浦璃来:私自身、小学校低学年からペアにすごく興味があって、あの時本当にちょうどいいタイミングでペアのトライアウトが中京大学の方であって、参加させていただいてたんです。トライアウトっていうのはすごく、ペアの世界に入るきっかけにもなりましたし、1年に1回なんですけど今は、将来的には私たちも、コーチ陣としてトライアウトのサポートができたらなっていう風に思ってます。
Q.最初のジャンプ、最初の大きなリフトの時は緊張したと思うが、どういう気持ちの揺れ動きがあって、最後の最後に辿り着いたのか。
三浦璃来:今回は私がお姉さんだったんですけど、この7年間の試合っていうのは本当に木原選手がリードしてサポートしてくださって。前回大会の初めてのオリンピックの時も「ここの場に一緒にあの連れてきてくれてありがとう」っていう風な言葉を本当に毎試合毎試合かけてくださった結果、私が今回サポートする側に回れたのかなっていう風に思ってます。
木原龍一:正直フリーの方は、今シーズンいい練習を積めていたので少し自信は持っていたんですけども、前日にリフトの失敗があったんで、リフトに入る前、リフトをしている最中ってのは非常にその怖さもありました。リフト上げた瞬間に2人ともいつも以上に力が入っていたので、少し逆に力が入っていることも怖かったので。リフトを下ろした瞬間に三浦選手に「少しリラックス」っていう風には伝えました。
ただ技をあの重ねていくうちに、だんだんだんだんノーミスが近づいてきていたので、自分たちもどんどん高まってきたなっていう気持ちは持っていました。ただ最初からノーミスを狙っていたっていうわけではなかったですね。1つ1つの技に集中していたっていうのが正しかったかなっていう風に思います。
Q.パートナーの最大の強みは何か。弱点はあるか。
木原龍一:2人はやはり信頼関係がすごく強いのかなっていう風に思います。自分たちで言うのもなんですけど、他のチームの方よりも圧倒的に仲がいいのかなって、見てて思います。弱点ですけど、あの忘れ物が多い、昨日は空港の荷物受け取りの後に自分のバックパックを忘れて入国審査を通過しちゃったんです。
色々ちょっと忙しかったんで焦ってたら分かったんですけど、バックパックをそのまま荷物受け取り所に置いて出てきてしまって。その中にメダル入ってました。逆に今回のオリンピックってのは璃来ちゃんがものすごく忘れ物が多かったので、忘れ物が多い時っていうのは璃来ちゃんがすごくスケートにフォーカスしている時なので、すごく良かった原因もその璃来ちゃんの忘れ物なのかなっていう風に思います。
三浦璃来:龍一くんの強みは本当にたくさんあって選びきれないんですけど、1番は本当に優しくて真面目で、心からの言葉を、内に秘めるんじゃなくて必ず話してくれる、そういったところが強みかなって思います。弱点は、真面目な分、思い詰めやすいというか、本当に重く受け止めて、ちょっと真面目すぎて。真面目すぎて少し考えすぎてしまう、もっとポジティブになればいいのに、全部、真面目すぎて考えすぎて追い込みすぎてしまう、受け止めてしまうところがある。だからそれを私たちやコーチ陣とかがサポートして、うまくいって。
Q.4年後のオリンピックに出るのか、予定はあるのか。
木原龍一:正直オリンピックが終わってから、自分たちでしっかり話をする時間も取れなかったりして、自分自身と話をする時間もなかったんで、今、将来のことが全く考えられてない状況っていうのが今の正直な気持ちです。
Q.若い人たちが本当に信頼できる2人のようなパートナーを見つけるために、やはり小さい頃から組むのがいいのか。国籍の決断を迫られる状況はどういう風に考えているのか。
三浦璃来:私自身もそのジュニアからのペアスタートだったんですけど、やっぱりカナダで練習していて、チームメイトにノービスのペアであったりとかいらっしゃってて、幼いうちからペアを経験できる環境は本当に羨ましいなという風に私自身も思っています。
木原龍一:あまりいい答えが分からないんですけど、やっぱり若いうちからペアに触れるってのはすごく素晴らしいことですし、将来的にすごくいいのかなっていう風に思います。国籍の方はあんまりいい答えが今浮かばなくて、すいません。
Q.普段は体を動かしているアスリートの方は飛行機の中に乗ってる時、固まったようになってしまうと思うが、解きほぐす工夫はあるか。
三浦璃来:私は結構、飛行機の中ではずっと寝られるタイプなんですけど、木原さんから「良くないよ」っていう風に言ってくださって数時間おきに「動きに行きなさい」っていう風に声かけが来ます。
木原龍一:数時間おきに起こしに行くんですけど、基本的に寝てるのであまり嬉しそうな顔はされないんです。でも一緒に、トイレのところに結構スペースあるじゃないですか、そこでストレッチを2人でしてます。
Q.ペアの中で最も難しい役割は男性か女性か、その理由は。
木原龍一:一生決まらないですからね、どっちも。いやこれは今答えてしまうとまた喧嘩が始まってしまうので、お答えできないです。ま、どっちも大変だし、お互いのそのパートをすごくリスペクトしてるっていうのが正直なところです。
Q.スケートは技術の部分、芸術の部分、あともう1つあるとすれば、先輩の織田(信成)さんが本の中で、3つ目は人生の生き様かなと言われていた。2人にとって技術、芸術、もう1つあるとすれば何か。
三浦璃来:私としては多分木原選手と回答が被ると思うんですけど、3つ目には信頼関係がくるのかなという風には思ってます。
木原龍一:本当に信頼かなっていう風に思います。自分たちで言うのもなんですけど、自分たちのスケートってのはお互いの信頼がすごく出てると思うので。その3つ目に当てはまる言葉ってのは信頼かなっていう風に思います。
Q.2人はストレスをどう乗り越えていくのか。ストレスを通じて強くなっていることはあるか。
三浦璃来:本当にたくさんの素晴らしい選手の中で試合をさせていただく機会が多くて、毎試合毎試合、簡単ではないという風に自分たちも思っていて。その中でいかに自分たちができることを試合で出せるか。毎試合の積み重ねが今大会に繋がったのかなっていう風に思ってます。
木原龍一:今回極限の状況の中で自分たちが乗り越えられたっていうのは、やはり日頃から自分たちが積み上げてきた練習に自信を持っていたので、最後に追い詰められた時に自分たちのやってきたことを信じられたっていうことが大きかったかなっていう風に思います。極限の状況でやっぱり乗り越えるには、日々の積み重ねが大事なのかなっていうのは改めて思いました。
Q.海外で日本選手が成功している例がたくさんあるが、政府または企業など、日本からどのようなサポートが今あるか。
木原龍一:本当に私たちもたくさんの企業の方々からサポートをいただいて、競技生活を続けられています。フィギュアスケートってのはそもそもすごくお金がかかるスポーツで、なかなか続けるってのは厳しくて。また、ペアをやろうと思うと海外に行かないといけないので、非常に金銭的な負担っていうものが大きくなって、続けたいっていう気持ちだけでは続けられない現実っていうのはあったと思うんです。本当にスポンサーさんがなければ、自分たちは海外に拠点を置いてトレーニングをすることは本当に不可能だったので、支えてくださった全ての企業の皆様に感謝したいです。
Q.2人は日本をペア大国にしたいと話しているが、これからペアを始めようと思ってる方、興味を持ってる子供たちに何か伝えたいメッセージはあるか。
三浦璃来:興味を持っていただくこと自体本当に難しかったので、私たちがその場を設けられるようになれればなっていう風に心から思ってます。あとは、本当に怪我がないように、ペアにトライしてほしいなって思ってます。
木原龍一:自分たちの夢は日本をペア大国にするっていうことが目標、今まではなかなかペアはハードルが高く感じてしまう方ってのはたくさんいらっしゃったかと思うんです。まず少しでもペアに興味を持っていただけたんなら、とにかく挑戦していただきたいなって。難しく考えずに、「身長が高いから私できないや」「私ちっちゃいからできないや」じゃなくて、少しでもペアに興味を持っていただけたら、近くにいる子と手をつないで滑るだけでもペアになるので。
もし投げたかったら、怪我だけしないようにちっちゃく投げたらそれだけでもペアになるので、少しでも興味を持っていただけたら、連盟に電話して…窓口になります。
Q.3月末に世界選手権を控えているが、オリンピック後のこの大会はどのような気持ちで臨まれるか。
木原龍一:正直、世界選手権…オリンピック終わってからしっかり自分たちと向き合う時間がなかったので、世界選手権がどうなるか、出場できるのかは正直今分からない状況なので、どういったあの気持ちでやるかは、まだお答えできない状況です、すいません。
Q.2人の仲の良さが非常に話題になったが、ご褒美として2人で取り組みたいこと、やってみたいことはあるか。
三浦璃来:何かやりたいことある?
木原龍一:ちょっと休息が…ええやってみたいこと? 璃来ちゃんとキャッチボール。
恋人なのか、夫婦なのか——本人たちはあえて回答を避けた。2人の首にかかった金メダルは、その絆の証明書としてはまだ軽すぎる。
(zakⅡ編集部・小野田聡)