男子校で性教育を伝える産婦人科医が答える、男子にHPVワクチンが必要な理由と子どもたちへの伝え方
3月4日は「国際HPV啓発デー」だ。
性感染症であるHPV(ヒトパピローマウイルス)は、女子の子宮頸がんの原因であることは知られている。しかし、男性に急増中の中咽頭がんのほか、陰茎がん、肛門がん、尖圭コンジローマの原因になることは、まだまだ周知されていない現状がある。この事実を踏まえれば、女子だけでなく男子のHPVワクチン接種率があがることで、若者のがんや疾患のリスクが軽減するのは明白。
日本では女子のHPVワクチン接種率をより高めていくと同時に、現状1%に満たない男子の接種率をなんとか引き上げていくために国や自治体も動き始めている。
住んでいる自治体で無料接種ができたのにもかかわらず、その情報に気づかず、息子の無料接種の機会を逃した筆者が、今後女子に並んで男子の接種率も上がっていくために何が必要なのか、前編に引き続き思春期医療、性教育を専門とし、若者の健康支援に力を入れている産婦人科医の重見大介医師にお話を聞いた。
子どもに説明するときの難しさ
私が住む自治体でHPVワクチンの男子への助成が始まったのは、ちょうど息子が高1になったころのこと。男子のHPVワクチンの助成対象は女子と同じく小6~高1なので、息子もぎりぎりで助成を受けるチャンスがあったと知って、悔しかった。
息子が高1と言えば、コロナワクチンの接種券が定期的に自宅に送られていた時期だ。接種券とまではいわずとも、せめてハガキで息子がHPVワクチンの助成を受けられることを知らせてくれたらありがたかったのに、と思わずにいられない。
これまでHPVワクチンは「性交渉を経験する前に打つべき」と説明されることが多かった。そのため男子に比べて接種が進んでいる女子の保護者にも困惑の声があがった。「接種を勧めるとき、小6の娘に性の話から始めるのは難しい」「なんと説明していいか……」「恋愛もしたことない娘に性感染症といっても……」と悩む声はSNSでも散見される。

中学入学を機にと考える親は多いが、どう伝えるか悩んでいる人も多い。photo/iStock
「『性交渉を経験する前に打つべき』という説明は医学的には正しい情報です。HPVは性感染症のひとつですから、成長に合わせて正確で科学的な情報を与えていくことはとても大切。でも、いきなりここからHPVワクチンの意義について説明を始めるのは、日本の親子にとってハードルが高すぎるように感じます。子どもどころか親世代も包括的な性教育が足りていない現状で、突然、接種対象となる小6の子どもに向かって『性交渉をする前にね……』と話し始めても、親も話しにくいし、子どもにも響かないと思います。伝え方は大きな課題です」(重見医師)
HPVワクチン先進国はどう伝えている!?
世界的にみると、オーストラリアでは男女ともに接種率が80%前後に達し、アメリカでも60%を超えている。日本は、G7の中でも最下位。周辺国のアジア諸国からも接種率は遅れている。厚生労働省の調査(※1)によると、定期接種(全世代)の女子を見たとき2024年度対象者の前年接種率は31.6%で、男子の接種割合は1%未満と推定(公的な調査自体がないため)される。
ちなみに、オーストラリアでは、2028年には子宮頸がんの撲滅が達成できると予測されているのだ。これはすごい。
そしてHPVワクチン接種が日本以上に進んでいる国の公衆衛生機関は、HPVワクチンを“性感染症予防”ではなく“がん予防”として伝えていることにも注目したい。主な国のHPVワクチンのスローガンを見てみよう。
◆アメリカCDC(アメリカ疾病予防管理センター)
“HPV vaccine is cancer prevention.”
HPVワクチンは、がん予防です。
◆イギリスNHS(イギリス国民保健サービス)
“Protect against HPV cancers.”
HPV関連のがんから守る
◆カナダ公衆衛生庁
“Prevent HPV. Prevent cancer.”
HPVを防ぐ。がんを防ぐ
◆オーストラリア政府
“HPV vaccination protects you for life.”
HPVワクチンは、一生の健康を守る
性感染症の話を前面に出すというよりも、「若者のがん予防ワクチン」 として伝えるのが世界の潮流のようだ。また、HPVワクチンは「女子のため(子宮頸がん予防)」とアピールしたのは以前の話で、今は「若者全体の健康を守るため」のワクチンとして位置づけられている。日本でも、俳優の風間俊介さんが出演するHPVワクチンに関するCMでは、子宮頸がんだけでなく、男性でも罹患するがんや疾患についても説明している。日本でも発信の形は変わってきている。
女子の接種に関しても日本のCMでも「娘の未来に、私が今できること」とタイトルがついている。
「子どもに“インフルエンザにかかったら大変だよね”と説明してインフルエンザのワクチン接種を受けるのと同じように“がんを予防するために”とHPVワクチンを受ける意味があると説明すれば、子どもはすんなり理解できると思います。
子どもに性の話をするのが苦手な親側も、感染理由となる性交渉の話をとりあえず後回しにしてもいいのなら、ワクチン接種の話を切り出しやすいと思いますよ。実際に、ワクチン接種は、HPVが関与するがんを予防する目的です。ですから、まずその目的を伝えることを優先する、これが大事だと思います」(重見医師)
※1:ワクチンJAPN「全国の累積初回接種率推移データ(全世代)」
接種は、子どもの意思で打つべきもの
乳幼児のころ、親主導で次々に受けさせた定期接種の各種ワクチンとは違い、思春期のワクチンは、親の同意と本人の意思のバランスが難しい。親が「打ってほしい」と思っても、子どもが怖がれば無理強いはできないし、子どもが「打ちたい」と思っても、親が情報不足で不安を抱えていると接種に踏み切れない。
「親子間でHPVワクチンだけを突然、話題にするのは難しいですよね。だからこそ、学校の性教育の中で自然に扱うことが重要になるんですが、学校の授業で男子のHPVワクチンの重要性については十分に周知されていないのが、歯がゆいところです」(重見医師)

日本では性教育が進まないことも伝えにくさの要因になっている。photo/iStock
しかし、男子校などからも重見医師に性教育講演の依頼が増えているという。
「以前は男子校に産婦人科医である私が呼ばれることはまずありませんでした。でもここ数年、教師だけでは情報を的確に伝えるのが難しいという意図から、性教育の依頼が増えています。講演では、男女の体の仕組みや性感染症の話の中で、HPVワクチンが自然な流れで登場することになるので、聞いている男子生徒にも比較的理解しやすいと思います。
保護者向けの性教育に関する講演依頼も増えています。その中で、HPVワクチンに関する質問が増えているのを実感しています。副反応などについての不安の声もありますが、それ以上に、“よくわからないけど、どうなんだろう。専門家の見解を聞きたい”といった声が圧倒的に多いです。男子の保護者にも、男子本人のがんも防げるということが徐々に伝わってきて関心が高まり、接種に前向きな保護者が増えていると感じます」(重見医師)
「少なくとも中学生になったら、きちんと説明を受けさえすれば、自分の意思で決められると思う」と多くの子どもたちを見てきた重見医師は言う。「自分の体のことは自分で決める権利がある」ことこそ、包括的性教育の主眼。十分に正しい情報を与え、親の思いを伝えたら、決断は子ども自身に任せるのが、思春期に受けるワクチンの重要なポイントだと感じだ。
小児科の力に期待
女子がHPVワクチン接種を受ける場合、産婦人科医やレディスクリニックなどに行くことが多い。でも、男子がHPVワクチンを打ちたいと思ったとき、どこの病院に行けばいいのか迷ってしまう保護者は少なくないと思う。
「男子でも産婦人科で接種を受け付けてくれるケースは少なくないですが、思春期の男の子に産婦人科はちょっと敷居が高いですよね。泌尿器科でも受けられることがありますが、こちらも恥ずかしがる子がいるかもしれません。
その点、赤ちゃんのころから通っているかかりつけの小児科は子どもが最も信頼する医療機関であり、保護者も安心して相談できる医療機関です。高1になると『小児科は卒業』と思われがちですが、最近は高校生の間まで、もしくは20歳まで受診可能なクリニックも増えています。
ある母親が『小児科に“男性のHPVワクチン”のポスターが貼ってあって、息子が自然と興味を持った』と教えてくれました。親も子も信頼を置いている小児科の先生になら、HPVワクチン接種の相談や不安な点を質問するのも気軽にできますから、ぜひ相談してみてほしいですね」(重見医師)

ワクチンについては小児科に相談も可能だ。photo/iStock
泌尿器科や産婦人科、小児科のほかには、内科やメンズクリニックでも接種をしているところがある。病院が抱えているワクチンの数は異なるので、まずは電話などで接種に関して確認や相談をしてみるといいだろう。
学校の課題、オンライン相談の可能性
子どもが相談する場として考えられるのが通っている学校だ。重見医師に性教育の講演を依頼するような性教育およびHPVワクチンの知識普及に積極的な男子校もある一方で、コロナ禍でワクチンをめぐる対立が激化し、学校が何かを推奨すると保護者から抗議されることがある。それがトラウマになっているのか、ワクチンに関わる事柄、すべてに慎重になっている学校も少なくない。
「でも義務教育は、すべての子どもが通る場所。HPVワクチン接種だけでなく、性感染症であるHPVによる疾患を含めた性教育を行うことができるという点で、本来は最も効果的な啓発の場であってほしいです。
でも、最新のワクチンの情報伝達や包括的性教育などすべてを、学校の先生に担ってもらうのは厳しいでしょう。学校が専門家と連携して、信頼できる情報を届ける仕組みづくりが早急に進むといいですね」(重見医師)
また新たな相談先として、医師が取り組むオンライン窓口がある。これは重見医師も取り組んでいる活動のひとつ。
「実際に親子で病院に行く前に、気軽に相談できるのがオンライン相談の利点だと思います。親子間で性について話すのは抵抗がある・どう話せばよいかわからないという場合も、メールやチャットなら質問しやすいですし、子どもにどのように説明すべきか、具体的にアドバイスしてもらうこともできます。また中高生なら子どもに『オンラインで相談してごらん』とうながすのもよいですね。ただ、ネットでの情報は、精度が低いものもあるので、相談先を選ぶ際には、信用出来る情報なのか、偏った情報になっていないか確認することも必要かもしれません」(重見医師)

母親だけでなく父親も子どもといっしょに調べてみる、そんな姿勢も大切だ。photo/iStock
エンタメの力が行動を後押しする
FRaU webでは国際HPV啓発デーなどに合わせて、これまでもたびたび漫画『コウノドリ』の子宮頸がんが描かれたエピソードを期間限定で無料公開してきた。編集部には「『コウノドリ』を読んで接種を決めた」「中学生の娘が漫画を読んで、自分も打ちたい、と言ってきた」という声をたくさんいただいた。

FRaUwebでは2020年10月から、作者である鈴ノ木ユウ先生とモーニング編集部のご厚意をいただき、漫画『コウノドリ』の期間限定試し読みを不定期で行っている。
本来、医療情報はフラットに伝える必要があり、体験談などのエビデンス評価は医学的には低い。しかし、それでは人の感情に刺さりにくいという葛藤もある。その点、物語は人の心を動かす。情報だけでは人は動かないのだ。「信頼できる情報をベースに、心に働きかけるアクションも必要なのではないか」と、重見医師も言う。
「実際、韓国のドラマでも男性のHPVワクチンが描かれて、視聴者の関心が高まったという事例があります。『コウノドリ』で多くの人が子宮頸がんについて考えたように、日本でも男子がHPVワクチンを打つかどうか考えるヒントとなる漫画やドラマ、映画、アニメなどが生まれれば、強い後押しになるのでは、と期待しています」(重見医師)
韓国は日本の副反応報道でHPVワクチン接種の開始時期を遅らせたという経緯があったが、副反応に対する調査研究を行い、安全性を確認し、2016年に女子の接種を開始。今年2026年より12歳未満の男児の接種が無償化された。現在女子の接種率は74%(2023年度)。子宮頸がんに関しては、症例を最大27%、死亡を13%削減できる可能性が示されている。

韓国では、人気俳優のパク・ボゴムやビョン・ウソク、クォン・スヒョンらが出演したドラマ『青春の記録』(tvN)で男性がHPVワクチン接種するシーンが描かれ話題になった。出典/クォン・スヒョン公式Instagramより
そして、男子のHPVワクチンでもっとも多い質問のひとつに対する回答を最後に重見医師からもらった。それは「HPVワクチンは対象年齢を過ぎた男性が打っても効果がないわけではない」ということだ。性体験がないうちに接種するのが最も効果的なのは確かだが、重見医師は「大人の男性でも、接種によって将来のHPV関連疾患のリスクを下げられます」と話す。
重見医師自身も30歳ころに3回接種されたそうだ。
「接種当日は肩が少し重い感じがしましたが、翌日には打ったことを忘れてました(笑)。コロナワクチンのときには若干、打った部分が腫れたり、熱があがったりしたのに比べると、副反応は私の場合ごく軽微なものでした」(重見医師)
息子はすでに18歳になり、残念ながら自治体の助成対象ではないけれど、これから息子とHPVワクチンについて話をし、この記事も読んでもらおうと思った。そして息子が希望するなら、接種する方向で進んで行こう、と伝えるつもりだ。
重見大介医師
婦人科専門医/公衆衛生学修士/株式会社Kids Public 「産婦人科オンライン」代表。著書に男の子のための性教育本、『RESPECT 男の子が知っておきたいセックスのすべて』などがある。ニュースレターなどでも医療情報をわかりやすく発信している。