「あー、やっちまった」漫画家よしながふみさんが思わず苦笑した新作 大変だから描きたくない、でもどうしても読みたかった芸能界の物語

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
『大奥』『きのう何食べた?』など注目作を描き続ける漫画家よしながふみさんの新作は、欲望渦巻く芸能界を舞台にした群像劇『Talent―タレント―』(集英社)。若手俳優4人を軸に、才能とは何かを問い、光と影の中にある人間の魅力を浮き彫りにしていく。2000年代初めから四半世紀のタイムスパンで現在までを描く長期連載作品となる見込みという。「才能が花開く場面を見るのが好き。その瞬間を漫画で描きたい」と意気込む一方で「自分が読みたいのは、描くのが大変で自分では描きたくないような漫画」とも語る。連載を始めてから、よしながさんが「あー、やっちまった」と思わず苦笑したのはなぜか。芸能界を描く難しさと、あらがいがたい魅力とは何か。インタビューで語った。(共同通信=川村敦)

『Talent―タレント―』第1巻(ⓒよしながふみ/集英社)
▽才能が花咲く瞬間を漫画で
記者 新たな代表作になるのではという予感がします。まずは執筆のきっかけを教えてください。
よしなが いつかは芸能界のことを描きたいと、ずっと考えていたんです。私は子どもの頃から1日8時間ぐらいテレビを見て、さらに漫画を読んで…という、当時およそ子どものやっちゃいけないことを全部やって育ってきてしまっていまして、親と一緒にドラマばかり見ていました(笑)。そうすると、30年前に子役をやっていらした方がお母さんの役をやるようになったり、地道に頑張っていらした役者さんが当たり役を得てスポットライトを浴びたりすることに、感動する瞬間があるんです。
「こんなふうに輝けるんだ、すごい!」と思ううちに「じゃああの俳優さんはどんな役ならもっと輝けるか」みたいなことを頭の中の“エア”プロデューサーが勝手に考えるようになって…。才能が花開く場面を見るのが好きなんですよ。その瞬間を漫画で読みたいなと思って、じゃあ自分で描くしかないなっていう感じです。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
記者 そういう漫画がないなら、自分で描くしかないと?
よしなが そうですね。自分が読みたいのは、描くのが大変で自分では描きたくないような漫画なんだなっていつも思うんです。でも読みたいからしょうがない。今は『Talent―タレント―』が皆さんに楽しんでもらえるか、ただただ不安でいっぱいです。
記者 物語の冒頭は2000年。現実の世界ではちょうどよしながさんの漫画『西洋骨董洋菓子店』がテレビドラマ化された頃ですね。
よしなが たまたま同じぐらいですが、関係はないですね。単純に4人の成長を描くために、長い時間が必要だったんです。4人が四半世紀以上を経て現在に至り、私の好きなおじさん、おばさんになるための前振りです。
記者 主要な登場人物が4人というのも『西洋骨董洋菓子店』と共通します。4人もいると構成がかなり難しくなるように思いますが、こだわりがあったのでは。
よしなが 決めた後に「あー、やっちまった」と思いました(笑)。描くのが大変なんで本当は嫌なんですけど、結局4人(の構成)が好きなんでしょうね。女性2人は『大奥』の徳川家茂と和宮とか、『環と周』の明治時代の女学生の話とかがありますが、描いていて楽しかったですし、今作もずっと仲良しのまま年を取ってもらいたいです。
▽ちりばめられた技法に驚き
記者 純粋無垢な性格で見る人を惹きつける涼平、誰よりもうまい役者を目指す一慧、2世俳優として苦悩する華蓮、華やかな見た目で周囲から浮いてしまう自分を「異形の人間」と感じていたミコトです。涼平の服装は白、一慧は黒というシンボルカラーがありますね。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
よしなが そうですね、一慧君は強そうで、悪っぽいイメージかな。4人の中では涼平君が一番「才能とは何か」を体現する人になると思います。それが演技の才能なのか、スタッフさんたちへの気遣いとかの人間力なのかは、この先の展開を楽しみにしていただければと思います。
記者 4人がとあるドラマ(劇中劇)で共演し、運命が交錯する場面から始まります。
よしなが 劇中劇って、考えるのが本当に大変なんですよ。いつも「美内すずえ先生の『ガラスの仮面』ってすごい!」と思いながら考えています。
記者 海辺の古びた民宿を舞台にした劇中のドラマなど、世代によっては元ネタが分かるようにしてありますよね。リアリティーを演出するためですか?
よしなが いやいや、単にゼロから考えるのが大変だからです。
記者 どの劇中劇も練られている上、書き込みも細やかで、リアリティーがあります。
よしなが アシスタントさんからは「『大奥』が終わって、今回は現代ものだ、やった、楽になる!と思っていたのに…」と言われました(笑)。楽な漫画って本当にこの世のどこにもないんだなと、今かみしめています。
記者 第1話の冒頭の劇中劇は、涼平の「どこがだよ ウザくねえだろうがよ!!」という1ページを使った大ごまで終わります。涼平の必死さと演技のまずさを、あえて大ごまで表現する。こんな表現法があるのかと驚きました。
よしなが よくぞお気付きで…。漫画では、上手な演技よりも下手な演技を描く方がはるかに難しいですね。ついつい心を打たれる演技の方ばかりを一生懸命観察して勉強してしまいますが、そうではない演技もちゃんと見ておかないといけないなと思いました。
記者 こうした技法がちりばめられています。どんどん演技が上達していく涼平の描写に惹きつけられますが、涼平と恋仲になる一慧の魅力も1巻の推進力になっています。どこまでが演技で、どこからが本音なのかが分からないキャラですよね。
よしなが 一慧君は一番行動原理が分かりやすい人で、頂点を取るために手段を選ばないタイプ。涼平君に言い寄るのも、ちょっとした優越感を満足させたいみたいなことだったんだけど、涼平君の飛び越えた行動にぎょっとしたりする人間味もある。1巻ではブイブイいわせていますけど、このままのし上がっていけるわけがなくて…という感じですね。
記者 個人的には、一慧がとても好きで、4人の中で最も主人公的なのかと思いました。前途多難そうだからこそドラマがあるというか…。
よしなが 意外にもみなさんの推しがばらばらなんですよ。作者としてはうれしい限りです。
記者 それだけキャラクターが立っているということですね。
▽キャラが「勝手に動く」まで
記者 よしながさんの作品は「誰も悪くないのに悲しいことが起きる。どうにもならないことはある」というテーゼが一貫していて、切なさを感じる展開に引き込まれます。今作も、涼平がデビューする前の学生時代を支えていたバイト先の娘「のん子ちゃん」が取り残されて感じる孤独などに、同様の展開がみられます。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
よしなが あれはまさに誰も悪くない場面ですよね。
記者 ミコトというキャラもそうですよね。幼い頃から美しかったが故に、同級生からやっかまれて育った彼女は「良くも悪くも異形の人間はかなり気さくに振る舞わないと感じ悪い奴と思われるんだ」と語ります。芸能界に入ったのも「みんなに埋没して普通になってみたい」からでした。
よしなが 第1話だと、涼平君に対して彼女があざとく振る舞うのが印象的ですよね。だけど、あざといのもうそじゃないと思うんですよ。「かわいいからって調子に乗ってるんじゃないの」と言われてしまう彼女の生い立ちを描いてみて、どうやったら人に受け入れてもらえるかを考えてきた子なんだと分かりました。
記者 なるほど。描いてみて分かったんですね。よしながさんはキャラの詳細を綿密に詰めてから描き始めるタイプかと思っていたのですが。
よしなが 具体的なエピソードに落とし込むまでは、私のキャラはいつもぼんやりなんですよ。描いてみて、自分で気が付くという順番です。
記者 エピソードを重ねる中で輪郭がはっきりしていくんですね。
よしなが 涼平君にしても、編集者との打ち合わせで「いい子にしましょう」って決めたんだけど、具体に落とす時にはっきりする。例えば中学の卒業式で、第2ボタンを誰にあげるかという時に、最初に欲しいと言ってくれた人にあげたいと言うとか、コンテストで一番になった時に同級生に祝福されて「俺もめちゃくちゃ驚いてる」と答えるとか。こういうエピソードを書きながら「こういう子なんだ」と見えてくるというか、私も気が付くんです。そうすると解像度が上がっていく感じです。まだキャラが「勝手に動く」までではないんですが、これから積み重ねていければと思います。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
記者 だからこそ、キャラが生きている感じがするのかとふに落ちました。2世俳優の華蓮もすてきなキャラです。第1話ではどちらかというと怖そうなタイプに感じました。「地味顔」であることに屈折した感情を持っているようですが、1巻を通して読むと人柄のまっすぐさが伝わります。
よしなが いい子なんですよ~。芸能人ってやっぱり「才能」としか表現しようのない何かがあるんだけど、長く活躍するには人間としてきちんとしているかも無関係じゃないと思います。華蓮ちゃんは年を取った時に「勝ち組」になる顔だと思うので、これからいい感じの仕事が来たりするのかな。
記者 長くやっていれば、ミコトとライバルにもなる時が来るのかもしれませんね。
よしなが そうですね。先のことは分かりませんが、それこそ誰も悪くないけどちょっと悲しいことが起こるかもしれませんね。
記者 よしながさんの作品は「同志愛」も重要なテーマになっています。今作にもそういった部分があるのでしょうか?
よしなが 芸能界で長く生きれば、浮き沈みがあるわけですよね。恋愛もあるし、ライバルになることもある。取材を通して分かったことは、俳優さんというのはみんなセンターに立ちたい人たちだということです。同志になれるかは、4人のことを最後まで描いてみて、自分でも分かってくることだと思います。
▽漫画には独特の「乾き」がある
記者 よしながさんが考える、芸能界における「才能」とは何なのでしょうか?
よしなが 答えは一つじゃないと思うんです。演技がうまいとか、見た目が良いとか、それだけじゃない何らかのもの。『Talent―タレント―』を最後まで読んでいただければ「なるほど」と思ってもらえるよう頑張ります。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)
記者 タイトルに込めた思いは?
よしなが 日本の芸能界では、いろんなお仕事をされる人をタレントと呼びますよね。それと「才能」の両方の意味ですかね。演技の才能ばかりではない、芸能界で生きることとは、みたいな感じですかね。
記者 何が成功につながるのか、不思議な世界でもあります。
よしなが 事務所に押される力、好感度…。演技が一番うまい人や、一番きれいな人が一番売れるというわけでもない世界です。
記者 作中でも、演技派とされる俳優が映画の中でヌードに挑戦したことをきっかけにインターネット上でたたかれ、仕事を失う場面が出てきます。
よしなが そういう話が主眼ではないんですが、やっぱりそこも触れざるを得ないですよね。漫画には独特の「乾き」があって、ウエットな現実よりもすごく残酷な物語を描けてしまうからこそ、そういうことに関しては淡々と経緯を描こうと思っています。価値判断は読者さんに委ねるつもりで。
記者 現実の芸能界では、従来の価値観が崩れるような衝撃的な出来事が続いています。
よしなが そうですね。4人のことを2000年ごろから現在まで描くに当たって、現実の出来事をそのまま描くことはできません。ただ、ドラマの数を一つとっても、一時期は本当に減っていたんですが、今は配信でものすごく増えていますよね。そういうことも観察しながら、作品を今と接続させたいと思います。

『Talent―タレント―』より(ⓒよしながふみ/集英社)