「おちょぼさん」と呼ばれる千代保稲荷神社が東海三県で絶大の人気を誇る理由、3/21に初午祭が開催

東海三県での人気は絶大, 「輪中」にある神社, 独特のお参り方法, 3月21日に春爛漫の初午祭

千代保稲荷神社 写真/Yama / PIXTA(ピクスタ)

(吉田さらさ・ライター)

東海三県での人気は絶大

 今回はわたしの故郷、岐阜県南部にある千代保稲荷神社(ちよほいなりじんじゃ)をご紹介しよう。興味深い神社を探して日本中を旅しているが、自分が幼いころからよく知っているこの神社がこれほど面白いとは、今まで気づいていなかった。地元では「おちょぼさん」と呼ばれ、昔から初詣の定番だった。わたしが生まれ育った岐阜市中心部とは少し離れているが、近所の人々は何かにつけておちょぼさんに出かけ、参道で買ったというお菓子をもらうこともよくあった。おそらくレジャーを兼ねたお参りに最適な距離感だったのだろう。

 それから何十年もたったが、現在でも年間の参詣者数は120万人にのぼるとのことだ。全国的に有名というわけではないだろうが、東海三県(岐阜県、愛知県、三重県)あたりでは、この神社の人気は絶大のようだ。

 稲荷神社の主たるご利益「商売繁盛、家内安全」を求める会社経営者や自営業、商店主の方々から篤く信仰され、月に一度のお参りを欠かさない人もいると聞く。年末年始だけでなく、毎月1日、15日、22日の月次祭の人出も多く、そうした日は岐阜市内の繁華街などよりはるかに混雑する。とりわけ毎月末日(みそか)から翌1日にかけての「月越参り(つきこしまいり)」では、前月のお礼と翌月のお願いをする人々で境内がごった返す。参道の両側にある店々も夜通し営業し、まるで昼間のような賑わいだ。

 もともと神社とは人の暮らしに直結する願いごとをする場所であり、願いが叶えばお礼をするものだった。地域で信仰される神様と住民との密接な関係。古くから日本各地に根付いてきた信仰の原型が、ここでは今も生きているのだ。

「輪中」にある神社

 では実際にお参りに行ってみよう。大混雑を体感したければ前述のような特定日に行くのがよいし、週末も食べ歩き目的でやって来る地元系観光客が人気店の前で行列している。ゆっくりお参りしたいなら平日がよいが、参道の店が閉まっている場合もあるので、特に行きたい店がある人は事前にチェックしておこう。

 近隣には電車の駅がないため車で行くのがよいが、無理ならどこかの駅からのバス便を探す。ただしこれは本数が少ないので要注意だ。なにせこの神社とその参道の周辺は広大な水田地帯で、近隣に他に訪ねるべき場所は見当たらない。この神社がある海津市は、濃尾平野を流れる長良川、木曽川、揖斐川の3つの大河が合流する場所で、輪中と呼ばれる地域だ。

 輪中とは、川に囲まれた居住地域を水害から守るためまわりに堤防を張り巡らす、この地方特有の集落の形である。稲作に必要な水は豊富だが、毎年のように洪水に苦しめられる人々。彼らにとっておちょぼさんがどれほど大切な存在であったかは、想像に難くない。

 このような立地条件のため、田んぼの真ん中にいきなり赤い鳥居が聳えたっている。南の大鳥居から東の鳥居までのおよそ600mの参道には、ぎっしりと飲食店や商店が並ぶ。その数およそ120軒。地元のテレビ局がタレントさんを連れて取材に来るほどのグルメスポットなのだが、詳しい説明はのちほどということで、まずはお参りだ。

 南の鳥居をくぐって少し歩くと、左手に小さめの鳥居が重なっている。これは千代保稲荷とは別の荷席稲荷という神社である。このあたりは前述のような地理条件により水害が絶えなかったため、この場所には大人の背の二倍ほどの高さの小山が築かれて「助命壇」と呼ばれる避難所となっていたという。この地域の人々は、せっせと育てた稲もろとも命を奪われる危機と隣り合わせで生きていたということだ。

 やがて京都からやってきた早川という一族がこの地の地頭となり、京都から伏見稲荷の分霊を勧進して助命壇の上に祀った。それがこの荷席稲荷の始まりだ。

 現在は小高く造営された小さな丘の上に社殿が建っている。地域住民の命を助け続けたありがたい神であると同時に、忘れ物や探し物にもご利益絶大とのことである。

 そしてその奥には、現在も続く早川一族の末裔の住宅がある。京都からやってきた早川家はこの地に定住して豪農となったが、明治時代の濃尾地震により邸宅が崩壊。その後、耐震性、水害対策なども考えた画期的な技術で新たな大邸宅を再建し、現在は国の重要文化財にも指定されている。写真で見る限り、実に立派な建物群である。見学も可能だが、日時指定で事前予約が必要だ。チャンスがあればぜひ実物を見てみたい。

独特のお参り方法

東海三県での人気は絶大, 「輪中」にある神社, 独特のお参り方法, 3月21日に春爛漫の初午祭

千代保稲荷神社 写真/Yama / PIXTA(ピクスタ)

 参道に戻ってさらに歩くと、左手に大きな鳥居がある。いよいよ千代保稲荷だ。まずは神社名の由来から。わたしは子供のころ「おちょぼさんには千代ちゃんという小さい女の子が住んでいるのだ」と信じていたが、それはもちろん違う。平安時代、源義家の六男である義隆が分家する際に「森」という姓を授かり、先祖の霊璽(れいじ、亡くなった人物の霊を祀る木札)、宝剣(ほうけん)、義家の肖像などを賜り、「これらを千代代々に保っていけ」と言われた。

 その後、今から550年ほど前の文明年間に、義隆の子孫 森八海(もりはちかい)という人物がこの里を開墾し、義家から伝わる霊璽を祀ったのがこの神社の始まりだ。つまり神社名は「千代に保つ」に由来している。祭神は大祖大神(おおみおやのおおかみ)、稲荷大神(いなりおおかみ)、祖神(みおやのかみ)。なるほど、霊璽を千代に保つための神社であるから、稲荷大神だけでなく、ご先祖様を神として祀っているのか。

 それほど広くない境内だが、いろいろと密度が濃く、独特のお参り方法もある。まずは油揚げとろうそくを求め、真ん中の燈明場でろうそくを上げる。そして、拝殿で油揚げを献じてお参りする。稲荷大神の眷属であるキツネ像を収めた霊殿でお参りする際は、扉に名刺を挟んで行く人が多い。理由ははっきりわからないが、この神社の信奉者は自営業者や社長さんが多いとのことなので、「うちはここです。商売繁盛をお願いします」と念押しする意味があるのだろうか。

東海三県での人気は絶大, 「輪中」にある神社, 独特のお参り方法, 3月21日に春爛漫の初午祭

お供えの油揚げ アストゥリオ・カンタブリオ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

 さらにはお百度を踏むための百度石、願い事が叶うかどうかを占う重軽石もあるので、特別なご祈願がある人はぜひ。ここで注意しておきたいことがひとつある。古くからの慣わしにより、この神社ではお札やお守りは授与されず、ご朱印の記帳もない。したがって、境内には古いお札をお納めする場所もないので、他の寺社で受けたお札類を持参するのはやめよう。

3月21日に春爛漫の初午祭

 お参りを終えたら、いよいよ参道グルメ巡りだ。昭和レトロな雰囲気の魅力的な店がいくつもあって迷うところだが、空腹なら、まず名物の川魚料理を食べてみたい。うなぎはもちろんのこと、もろこなど、珍しい魚もある。中でも一度は試してみたいのはナマズのかば焼きである。食べたことがない人も多いだろうが、インパクトがある外観に反して肉質は白身であっさりとし、意外に美味しいものである。ナマズ料理がある店は巨大なナマズの看板が出ているのですぐわかる。

 もうひとつの外せない名物は串カツである。一本単位で買えるので、ランチを食べたばかりでも、軽いおやつ感覚でイケる。店の中でゆっくり食べることもできるし、店先で立ち食いやテイクアウトもできる。立ち食いがもっともおちょぼさんらしいが、その場合は、以下のローカルルールを心得ておこう。

①積んである串カツを自分で取る。揚げたては熱いのでやけどに注意。

②ソースか味噌ダレを自分でつける。もちろん二度漬けは厳禁。

③串は捨てない。食べた本数を数えて支払う。

④キャベツが置いてあれば、それは自由に食べてよい。

 串カツの店は20軒ほどあり、食べ比べも楽しい。一番人気は黄金の服を着た社長さんの看板が目印の玉家。まれに実際の金ピカ社長に会えることもあるという。

東海三県での人気は絶大, 「輪中」にある神社, 独特のお参り方法, 3月21日に春爛漫の初午祭

どて串 写真/3Pac / PIXTA(ピクスタ)

 最後にひとつ、耳よりな情報をお伝えておこう。実は、今月この神社で大きな祭がある。全国の稲荷神社で2月の初午の日に行われる初午祭だ。稲荷信仰発祥の地である京都の伏見稲荷に、和銅4年(711年)の2月の初午の日に稲荷大神が降臨したと伝わっており、初午祭は、その日を祝うため、そして毎年の豊作を祈るための祭として広まったという。一般的には今年の初午祭は2月1日だったのだが、千代保稲荷では旧暦を使うため、2026年は3月21日に開催されるのだ。

 まずは平和祈念館という建物内で諸悪を祓う鎮魂の儀を行い、拝殿で五穀豊穣、商売繁盛、家内安全などを祈念する。その後、春爛漫の境内に響き渡る祭囃子に合わせて、実物大の張り子の馬が行列する。昔も今も変わらない神様と農村の人々とのあたたかな交流がそこにある。

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