高齢者の医療費負担を増やしても若者世代は救われない? 社会保障の負担付け替え進める高市政権の狙いは
高齢者の医療費窓口負担の引き上げが現実味を帯びてきた。財務省は、「できる限り早く現役世代と同じ3割を原則とすべき」だとし、日本維新の会も自民党との協議で主張。近く公表される「骨太の方針」に向け調整中だ。若者の負担軽減が目的とされるが、現役世代が高齢になっても負担が続く構図は、解決策と呼べるのか。世代間の対立をあおる政治手法の危うさとは。(松島京太、中根政人)
◆日本一の長寿タウン川崎市麻生区で高齢者に聞いてみた
平均寿命が男女ともに全国で最も長いとされる川崎市麻生区。「こちら特報部」は12日、小田急線新百合ケ丘駅周辺で高齢者に、医療費の窓口負担について尋ねてみた。

連立政権合意書に署名する自民党の高市総裁㊨と日本維新の会の吉村代表=2025年10月、国会で
「働いていた時は保険料も税金も払ってきた。今になって負担を引き上げると言われても困る。デモでも陳情でもしたい気分だ」。同区に住む川村伸夫子(のぶこ)さん(92)は怒りに声を震わせる。現在1割の窓口負担で、リウマチやぜんそくで日常的に医療機関に通っている。「3割負担になれば医療費の支出が3倍になる。他の何かを切り詰めなければ」と語る。
現在、2割負担の同区在住の男性(82)は「引き上げは個人的にはキツいのは確かだけど、若い世代にツケを回さないためにはやむを得ない。ただ、高額療養費制度は残してもらわないと」と述べた。
◆現役世代「年金ももらえるか分からないし、国に期待しない」
現役世代はどう受け止めるのか。ベビーカーを押していた東京都町田市のフリーランスの女性(35)は「月々の社会保険料の支払いも高い。これから日本を支える世代を大切にしてほしい」と訴える。その上で「自分も高齢者になったときに負担が増えるだろうけど、年金ももらえるか分からないから将来のために貯蓄するしかない。国には期待していない」という。

75歳以上の高齢者の医療費の窓口負担を所得によって引き上げる法案に対し、会見で反対する石川県社会保障推進協議会のメンバー=2021年2月、金沢市で
財務省は4月、財政制度等審議会の分科会で、高齢者の医療費の窓口負担割合に関し、「可及的速やかに現役世代と同様に原則3割とすべき」などと提言。70~74歳については「もはや一律に高齢者扱いすべきでない」とした。また日本維新の会も今月9日、自民党との協議で、高齢者の原則3割負担を改めて主張。自民内には異論もあり、両党が今夏にまとめる「骨太の方針」でどう反映されるか注目される。
現在、高齢者の医療費窓口負担は、70~74歳は2割。75歳以上の後期高齢者は原則1割で一定以上の所得があると2割負担。いずれも現役並みの所得があれば3割負担となる。今回、これらを一律3割負担とすることが議論となっている。
◆受診控えが進む懸念、重症化すればむしろ医療費増大
全国の医師らで構成する全国保険医団体連合会(保団連)の試算では、負担引き上げの影響を受ける現在1、2割負担の高齢者は2580万人。年間負担額は70~74歳の単身高齢者で3万円程度、75歳以上で16万円程度増えるとみられる。保団連は、低年金の高齢者の支払い能力に対し、医療費支出の割合が高くなり、世界保健機関(WHO)が定義する「破滅的支出」に該当すると批判する。
懸念されるのが受診控えだ。徐々に高齢者負担を増やす制度改革が進む中で、高齢者の受診日数の減り幅は現役世代よりも大きくなっているといい、保団連の本並省吾事務局次長は「受診が抑制され血圧や血糖の管理ができなければ、重症化してむしろ医療費増大につながる恐れがある」と警鐘を鳴らす。「国際的にも日本の健康寿命が長いのは充実した医療にすぐにアクセスできることが大きい。退職年齢は遅くなったが、仕事をしていることと、病院に通わなくていいことは全く別の話だ」と語る。
◆若者支援掲げて支持拡大を図る各党
与党の維新に限らず、各政党は最近の国政選挙で、若年層からの票集めを狙った「若者・現役世代支援」を重点政策として掲げ、支持拡大を図るケースが目立つ。

連立政権樹立で正式合意し、合意文書を手にする自民党の高市総裁(中央右)と日本維新の会の吉村代表=2025年10月、国会で
国民民主党は2024年の衆院選で「手取りを増やす」のフレーズを繰り返し訴え、公示前の4倍の議席を得たほか、昨年の参院選でも改選議席を増やした。参政党も、国民の所得から税金や社会保険料がどの程度支払われているかを示す「国民負担率」の上限を35%に抑えると主張し、公示前から大幅に議席を伸ばした。
自民と維新は昨年10月の連立合意文書に、社会保障の分野で医療費の窓口負担に関して「年齢によらない真に公平な応能負担の実現」を盛り込んだ。維新は今年の衆院選公約で、国民医療費の総額を年間4兆円以上削減することや、現役世代1人当たりの社会保険料を年間6万円引き下げるとしていた。
◆「高齢者VS若者」の構図で論じるのはあまりにも粗雑
少子高齢化の進行に伴って、高齢者の社会保障を支える若者の負担が増えるという理屈が「世代間対立」をあおり、政治が便乗する空気が強まっている。
若者の貧困の事情などに詳しい武蔵大の大内裕和教授(教育社会学)は、こうした問題を「高齢者VS若者」の構図で論じるのはあまりにも粗雑だと断じる。「社会保障のコストを削ることによって、若者たちの生活が楽になるわけではない。未婚の若者が親などと同居するケースが増えていて、親や祖父母の世代が若者の生活を費用面で支えている現実がある。医療費の窓口自己負担を引き上げることは、若者を支えている親や祖父母の生活を苦しめることになり、若者の『セーフティーネット』を奪う危険性が高まる」

高齢者(イメージ)
そもそも高齢者の「負担増」は、社会保障制度全体の運用改善につながる取り組みとなるのか。淑徳大の結城康博教授(社会保障論)は、高齢者の医療費の窓口負担を「原則3割」とすることには「反対だ」と主張する。理由については「70~74歳は就業率が低いため、収入面では非常に厳しい。厚生年金を夫婦で受給している世帯であっても、物価高で家計は苦しいのが実態だ」と述べ、実行した場合の弊害の大きさを訴える。
◆「つぎはぎ政策」「浮いたお金を防衛費に回そうとしているよう」
社会保障制度の問題に関して、高市政権は真摯(しんし)に取り組んでいるといえるか。財源として期待されるはずの消費税は、超党派の「社会保障国民会議」で、実務者が減税を巡る議論を展開。政府は、飲食料品を対象に2年間限定でゼロとするか、1%へ引き下げる案を検討している。一方で、市販薬と成分や効能が似た「OTC類似薬」を処方された患者への追加負担や医療費の自己負担を抑える「高額療養費制度」の月額上限引き上げなどに取り組み、「負担」に対する政策の整合性が図られていない。
前出の大内氏は、高齢者の医療費の窓口負担増は、「負担の付け替えであり、つぎはぎの政策に過ぎない」として、社会保障を巡る課題の根本的な解決には結び付かないと指摘。「高齢者の負担を引き上げることは、現在の若者が高齢者になった際の負担の重さを固定化することにもつながる」と批判する。
法政大の五十嵐仁名誉教授(政治学)は、政権の姿勢を「社会保障軽視」と切り捨て、こう危機感を表す。「高市政権は医療・介護などで国民の負担を増やし、浮いたお金を防衛費に回そうとしているように見える。この構造が一番大きな問題ではないか。国民生活を支えたり、健康を維持しようという意思を持っていないと言われても仕方がない」
◆デスクメモ
最近の選挙では、現役世代への支援政策が政党支持に直結するのだろう。選挙で約束したから消費税の減税は超党派の「社会保障国民会議」で議論する。だが、高齢者の医療負担については蚊帳の外。社会保障の財源を抑えながら、一方で窓口負担増を強いるのは矛盾ではないのか。(祐)
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