赤字鉄道が廃線危機にさらされるそもそもの理由 道路は「公共」で鉄道は「ビジネス」、住民の望みでは覆せぬ法制度

一部廃止方針が決まった名鉄広見線(写真:KUZUHA/イメージマート)
名鉄広見線は一部廃止方針を決定
名鉄広見線の新可児~御嵩間(岐阜県)の廃止方針が事実上決まったというニュースが流れてきた。「みなし上下分離方式による鉄道存続協議を終了する」というのがその内容で、事業者である名鉄と、沿線自治体である可児市や御嵩町が協議を続けてきたが、合意に至る道筋が見いだせなかった、というのがその経緯である。
昨年には富山地方鉄道が、本線の滑川~新魚津間や立山線の岩峅寺~立山間を、沿線自治体からの支援がなければ廃止すると表明したことも話題になった。
埼玉県の秩父鉄道の影森~三峰口間や千葉県のいすみ鉄道も、さらには長野県と新潟県にまたがる南小谷~糸魚川間のJR西日本の大糸線でも、事業者と沿線の自治体が鉄道や地域公共交通のあり方を検討する会議を開いていると報じられている。
名鉄広見線の場合は、住民アンケートで過半数は公的支援をしてでも鉄道を残すことに賛成していたそうだ。だが、それでも事業者と自治体が諦めてしまえば、廃止にいたってしまう。
しかし、そもそも論に立ち返ってみれば、公共交通である鉄道において、その存廃をめぐって「協議」や「議論」をしなければならないのはなぜだろうか。
国の法律や制度で、どこそこに鉄道が走るべし、といった決まりはないのだろうか。道路や空港や港は公共の社会基盤(インフラ)として当たり前のように存在しているが、なぜだろうか。
学校なら、憲法に教育に関わる義務と権利が定められていて、学校教育法があって、小中学校を設置するのは市町村で…と、なんとなくでも想像がつく。日本全国がどこかの小中学校の学区に属していることも納得ができる。
では交通インフラはどうなのか。道路や新幹線、そして鉄道の枠組みの違いについて整理していきたい。
道路は法的に守られている
道路から考えてみよう。たとえば、東名高速道路が東京から名古屋までの高速道路として存在できる法的根拠は何だろうか。
あるいは、国道8号は新潟から北陸地方、そして琵琶湖の東岸を抜けて京都まで続く道路で、しかも8番目という重要そうな数字がついている。そもそもこのルートの道路が国道で、しかも8号である、その法的根拠はどこにあるのだろうか。
実は国道に関しては、「道路法」の規定に基づいて「一般国道の路線を指定する政令」というものが制定されており、その「別表」に、国道8号をはじめ、すべての国道の起点、終点と主な経由地がリストされている。

夜の東京・万世橋交差点。日本橋からの国道17号が左に折れ曲がる。五街道の一つである中山道を継承する道路で、政令では東京都中央区を起点に新潟市まで続く道路である(筆者撮影、以下同)

能登半島の沿岸を一周するように通る国道249号。起点は七尾市、終点は金沢市で、重要な経過地として珠洲市や輪島市が指定されている。2024年1月1日の能登半島地震で甚大な被害を受けた。写真は2025年1月で、仮復旧した輪島市の千枚田より少し先、名舟付近の国道である。
道路法という、議論を経て国会で可決された法律があり、それを実施するために内閣が閣議決定した政令がある。法的根拠や枠組みがすっきりしている。
高速道路の場合は一見すると制度が国道よりややこしく、「高速自動車国道法」と「国土開発幹線自動車道建設法」という二つの異なる法律がある。
前者は道路法を高速道路に拡張するような形になっている。国道の場合と同じく、この法律に基づいて「高速自動車国道の路線を指定する政令」というものがあり、国道と同様に起点と終点が列挙されている。例えば、ここで「第一東海自動車道」として指定されているものが、いわゆる東名高速道路だ。
ただし、国道の場合と違って枝分かれする例があり、例えば一般に「東北自動車道」と呼ばれるのは正式には「東北縦貫自動車道」、その下に「弘前線」と「八戸線」があり、前者は一般に「東北自動車道」と呼ばれ、後者は一般に「八戸自動車道」と通称される。この高速自動車国道法に基づく路線は業界用語で「A路線」と呼ばれることがある。
「国土開発幹線自動車道建設法」はこれとは異なり、高速道路の建設を主な目的とする法律である。第一条では目的を「この法律は…全国的な高速自動車交通網を新たに形成させるため、国土を縦貫し、又は横断する高速幹線自動車道を開設…することを目的とする」と明記している。
ここにもやはり別表があり、「第一東海自動車道」が東名高速道路に、「東北縦貫自動車道」の弘前線が東北自動車道に、分岐する八戸線が八戸自動車道に対応する。
ただしこれはあくまで建設予定の路線を別表としたもので、未開通のものも含まれている。例えば「北海道縦貫自動車道」は函館から室蘭、札幌、旭川を通り稚内までの道路と別表にあるが、本稿執筆時点では全区間が開通しているわけではない。制定当初の1966年には7600kmの予定路線が記載され、1987年には1万1520kmに拡張している。
このほかにも、一般の利用者から差はわかりにくいが、高速道路に準じる一般国道がいくつかある。
一つは「高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路」あるいは「A’路線」と呼ばれるもので、「隠れ高速」などと呼ばれたりもする。秋田自動車道(秋田から北)や山陰道(米子道路など)、伊勢湾岸道路などが該当する。
さらには「B路線」と通称される「国土交通大臣指定に基づく高規格幹線道路」がある。幹線からやや外れたところが多く、東日本大震災の復興として整備が進んだ三陸縦貫自動車道や、能登半島を縦断する能越自動車道といったものが該当し、法的にはこれらはあくまで一般国道の扱いである。
これに「本州四国連絡道路」と正式に呼ばれる、淡路島経由、瀬戸大橋、そしてしまなみ海道で、本州と四国を結ぶ3つの道路が加わる。
これらを総称して「高規格幹線道路」というのだが、1987年に2480kmが追加されて、A路線と併せて約1万4000kmの高規格幹線道路網が計画されている。このあたりは、国土交通省の資料に詳しいので、興味のある方はそちらを参照されたい。
このように、国道や高速道路は、それぞれの法的根拠の下に、政令として区間が指定されているのが原則である。要するに、国が全国を結ぶ道路網として、法律と政令の枠組みをつくり決めているのである。
ちなみに日本で現在供用されている道路網は、高速道路(高速自動車国道)がおよそ9100キロ、国道がおよそ5万6000キロ、都道府県道は約13万キロもの延長があり、日常の生活道路なども含む市町村道は103万キロもある。

熊本市内を通る県道28号。1960年に熊本県が県道として認定し、1971年には建設省(当時)が主要地方道として指定している。
では鉄道はどうだろうか。こちらも詳しく見てみよう。
国の整備計画に支えられる新幹線
法律の体系が道路とやや似ているのは、新幹線である。1975年に整備された全国新幹線鉄道整備法という法律があり、国はこれに基づいて「基本計画」(建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画)を策定する。そのうえでさらに「整備計画」が策定される。
この基本計画によって、国道や高速道路の場合と同様に、起点と終点、そして主な経由地が公的に示されるのであるが、道路のような政令の形は取らず、あくまで告示の形態である。
現在の基本計画は1971~73年に告示されたもので、1971年に東北新幹線(盛岡まで)、上越新幹線、成田新幹線(計画失効)が、1972年に東北新幹線の盛岡以北、北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線、1973年には西九州新幹線が最初に制定された。1972年に基本計画が公示された路線に対応する整備計画は1973年に制定され、1990年代以降順次開通している。

宇都宮駅を通過する東北新幹線。この区間を含む東京~盛岡間は1971年に「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」が公示され、同年4月には整備計画が決定されて着工した。
これらはよくまとめて「整備新幹線」と呼ばれるが、この整備計画が最初に策定されたのがこの5路線であることに由来する。また中央新幹線として基本計画が示された路線は2011年に整備計画が決定され、リニアとして建設が進んでいる。
余談だが、それよりも前に計画や建設がスタートした東海道・山陽新幹線と、1971年に基本計画が告示された東北新幹線の東京から盛岡まで、それに上越新幹線は、「既設新幹線」と呼ばれることがある。整備新幹線は国や自治体の資金による公共事業として整備されるが、既設新幹線は当時の国鉄の自己資金や財政投融資などで建設されたためである。
このあたりは、筆者も携わった土木学会の「日本のインフラ体力診断Vol.3」の新幹線編に詳しいので、興味のある方は参照されたい。
いずれにしても、新幹線は国が法律の形で整備の計画を示している。細かな差異はあるが、大枠では高速道路の建設が国土開発幹線自動車道建設法で規定されているのと同様の立てつけになっている。日本の現在の新幹線ネットワークは、在来線を改良して直通できるようにした「ミニ新幹線」を別にすると、およそ3000kmである。
では、在来線鉄道は?事業者が運行したい区間を申請
問題は新幹線以外の在来線鉄道である。1987年に当時の国鉄が分割民営化されたのは多くの方々がご存じだろう。この際に廃止された法律の一つに「鉄道敷設法」がある。名前から想像がつく通り、鉄道の建設を目的とした法律で、いわば全国新幹線鉄道整備法の在来線版である。
この法律は、おおもとをたどれば1892年(明治25年)の鉄道敷設法(旧法)と、1896年(明治29年)の北海道鉄道敷設法が源流で、これらを1922年(大正11年)に一本化した法律である。その別表に、「埼玉県与野ヨリ東京府立川ニ至ル鉄道」(主に現在の武蔵野線の南浦和~西国分寺に該当する区間)といった具合で、建設予定の路線の一覧が記されていた。

福島県内を走る会津鉄道。もとは国鉄・JR線を転換した第三セクター路線で、1922年の鉄道敷設法で「栃木県今市ヨリ高徳ヲ経テ福島県田島ニ至ル鉄道」として記載された路線と軽便鉄道法により敷設された路線が起源であるが、現在はあくまで会津鉄道による事業という位置づけである。
国鉄の民営化の前段としての大きなきっかけの一つは、地方部を中心に多数のローカル線の建設を計画し進めたこととされるが、これらのローカル線建設の根拠法となったのがこの鉄道敷設法であり、批判の的ともなった。
1980年(昭和55年)の国鉄再建法(日本国有鉄道経営再建促進特別措置法)では、輸送密度4000人/日を下回る路線を「特定地方交通線」として廃止・転換することとなったが、鉄道敷設法に基づいて建設が進められてきた路線も、一部を除いて建設予算が凍結された。そして、1987年の国鉄分割民営化の際に、鉄道敷設法は廃止された。
一方で、国鉄分割民営化の際に施行された法律に鉄道事業法がある。この法律では、鉄道事業者は、施設概要や輸送力などを示した「事業基本計画 」や、「事業収支見積書」などを添えて、許可申請をすることになっている(第四条)。この許可がなければ、鉄道事業は経営できない(第三条)。
全体として、事業者から鉄道事業を行いたいという申請があった時に審査をして、国土交通大臣が許可をするという立てつけになっているのである。
これが、国鉄分割民営化以後の、日本における鉄道の法的位置づけの根幹をなしていると言ってよい。つまり、鉄道事業者がどこからどこまで鉄道を運行したいかを決めて、それに対して国が許可をするという体制になっているのである。
全体として、道路の場合のように、国がどこからどこまで鉄道を通すべきかを定めた法律や政令は、新幹線についてはあるのだが、在来線についてはないのである。
首都圏など大都市では、交通政策審議会が答申という形で今後建設されるべき鉄道路線を示しており、その対象となっている路線に限っては、ある種の公的な存立根拠があるとも言えるが、あくまで人口100万人を超えるような大都市とその近郊に限られた話である。
それ以外の地域の鉄道では、あくまで鉄道事業者が事業として運営したいと許可を申請したものに限られるのである。
被災したら公費でアップデートされる道路、対して鉄道は…
全体として、整備新幹線を別にすると、国レベルでは、鉄道路線の存立根拠というのは、道路のような法令の形では存在していない状況となっている。あくまで鉄道事業者が営業路線として届け出ている、という体裁なのである。
やや本筋から離れるが、現在の高速道路網を規定した第4次全国総合開発計画が策定されたのが、国鉄分割民営化と同じ1987年である。過去40年ほど、法的な裏付けを得た高速道路網が着々と整備される一方で、法的裏付けのない鉄道網は都市部での若干の新規開業こそあれ、地方部を中心に廃止が続いてきた。
2000年の鉄道事業法の改正後は、鉄道事業者は廃止の許可を得る必要すらなく、国土交通大臣に「届け出る」だけでよくなった。沿線自治体など利害関係者との調整が必要であるとはいえ、あくまで廃止を届け出るのは事業者である。
道路が法的に「公共のもの」として位置付けられているのに対して、鉄道は「事業者のビジネス」として位置付けられている。法的な位置づけにアンバランスさがある。
そのアンバランスさがさらに端的に表れるのが自然災害からの復旧である。
道路はというと、道路が被災したところを、大きく迂回したり新たにトンネルを掘ったり橋を架けたりして、現状より大幅にアップグレードすることがごく当たり前に行われている。
近年の有名な例は熊本地震で被災した阿蘇山麓の国道57号だろうが、2020年の集中豪雨で被災した長野県天龍村の国道418号のように、小規模でも同様のアップグレードが行われている箇所が多数ある。法体系の中で道路として存在することになっているのだから、災害があれば公費で復旧が迅速に進むのも当然と言える。
これに対して鉄道は状況が全く異なり、災害復旧は原則として事業者の負担である。
鉄道軌道整備法という法律があるが、この枠組みで公的補助が可能なのは、原則として直近で赤字を出している事業者に限られる。しかもその補助率は最大でも2/3である。
また規模が大きい災害の場合は特定大規模災害等鉄道施設災害復旧補助という制度がありこちらは事業者の負担はほぼないのだが、赤字を出している路線のみが対象である。
こうした制度では対応しきれず、2005年の大雨の後に復旧を断念して翌年に廃線となった宮崎県の高千穂鉄道のように、復旧そのものを断念したケースさえもある。
法的な存立基盤が事業者の申請による許可という立てつけゆえの、道路との差とも言える。
では、鉄道の世界でも路線やサービスの存在に対して、改めて何らかの法的根拠を与えることはできないのだろうか。かつての地方ローカル線建設のような無制限な「我田引鉄」は厳に慎まれるべきだが、社会の役に立っている鉄道路線まで廃線になりうる現在の制度体系というのもだいぶ脆弱である。
実際、広島県のJR可部線の可部~あき亀山間のように、いったんは廃線となりながら、廃線区間の一部を再開して都市鉄道として機能させている例もある。同区間はその先も含めて2003年にいったん廃線となったが、2017年に「復活」して開業した。こういった「いったり来たり」も、もっとシステマチックに制度設計していけば抑制できるのではないだろうか。
次回は、欧州連合の例を参照しつつ、鉄道路線の存在がどのように法的位置づけを与えられているのか、掘り下げてみていきたい。またその前提のもと、鉄道や道路の上の公共交通サービスの存在が、どのような法的位置づけを与えられているのかも、あわせてみていきたい。
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