ライブ・ツアー中止が続出。いま音楽業界で起きている“ブルードット・フィーバー”とは?
今、音楽ライブ業界で異変が起きている。ここ数年は空前のライブブームが続いてきたにもかかわらず、有名アーティストのツアーや公演のキャンセルが相次いでいるのだ。背景にあるといわれるのはチケット販売の不振。チケット販売サイトの売れ残り席を示す“青い点(ブルードット)”から「ブルードット・フィーバー」と呼ばれるこの現象。音楽ライブ業界を取り巻く複雑な事情と打開策を探る。

ビヨンセの「ルネッサンス」ワールドツアー、アムステルダム公演。 Kevin Mazur / Getty Images
相次ぐツアー中止、“ブルードット・フィーバー”とは?
ライブ会場でしか味わえない高揚感がある。観客たちは人生の喜びや悲しみに寄り添ってきた楽曲を一緒に歌い、同じリズムに身を委ねる。アーティストは毎晩違う街でステージに立ち、自分の夢をリアルタイムで叶えていく。ライブは私たちにとって魔法に最も近い体験だ。“推し”がステージで輝く姿をひと目見ようとファンが会場へ向かうのには、そんな理由もある。
しかし今、その魔法の一部が失われてしまったようにも見える。というのも、5月頃の数週間のうちに、複数の大物アーティストがツアー日程キャンセルを発表したからだ。なかにはツアーそのものを中止したケースもある。ポスト・マローン、メーガン・トレイナー、ゼイン・マリク、キッド・カディ、プッシーキャット・ドールズなど、名前を挙げればきりがない。
表立って語られることは少ないものの、いくつかの報道によれば、その背景にはチケット販売不振があるとみられている。チケット販売サイトの座席マップでは空席は青い丸印(=ブルードット)で表示される。その青い点が会場中に広がる光景から、この現象はいつしか“ブルードット・フィーバー”と呼ばれるようになった。
数多くのビジネスが絡むライブイベント

2026年4月10日、米カリフォルニア州インディオで開催された「コーチェラ・フェスティバル」のサブリナ・カーペンターのステージ。 Kevin Mazur / Getty Images
しかし、これらの公演がキャンセルされたアーティストをオワコン扱いするのは早計だ。ライブ業界には、あらゆるレベルでビジネス上の目標が絡んでいることを考慮しなくてはならない。チケット販売会社は各種手数料で利益を得て、会場側は座席販売や売店で収益を上げ、レコード会社はツアー全体の成功から取り分を得る。そしてアーティスト自身も、チケットやグッズ販売で荒稼ぎをする。もっとも、そのどれもが熱心に推しを支えるファンダムなしには成立しない。
「48時間で2万枚売れなければ中止」JP・サックスの訴え
昨年夏、JP・サックスはTikTokで切実なメッセージを発信し、大きな話題を呼んだ。「48時間以内に2万枚のチケットを売れなければ、ツアーは中止になる」と、ファンへ助けを求めたのだ。動画をきっかけに、ファンによる草の根的な拡散運動が起こり、ほかのアーティストからの支持も集結。さらに動画によって新たなオーディエンス獲得にもつながったが、最終的に目標販売数には届かず、ツアーは中止となった。
チケット代高騰とSNS時代のライブ事情

Timothy Norris / Getty Images
米音楽興行業界誌『Pollstar』の年末分析によれば、2025年のアメリカにおけるライブチケットの平均価格は132.62ドル(約21,000円)に到達したという。悲しいことに、これは現在の相場ではまだ安いほうに入るだろう。インフレが進むほど、ファンは誰のライブに行くかをより慎重に選ぶようになっている。さらに昨今では、ステージ演出、衣装チェンジ、セットリスト、ライブ全体の構成までもが初日からSNSに投稿してシェアされる。カジュアル層にとっては、現地で体験する前にネタバレされてしまう状況なのだ。
SpotifyやLive Nationが始めた“ファン優先”施策
このような中、ファンに歩み寄る企業も登場しつつある。
5月21日、音楽配信サービスSpotifyはPremium会員向けの新機能「Reserved」を発表した。これは、チケットがボットではなく、本当のファンの手に渡ることを保証する仕組みだ。特定アーティストを最も熱心に聴いているユーザーをSpotifyが識別し、一般販売前に2枚分のチケット購入権を一定期間キープする。まさに“ファンファースト”の考え方を体現した施策といえる。
一方、ライブ・エンターテイメント企業Live Nationも毎年「Summer of Live!」キャンペーンを実施。1週間限定で、手数料込み30ドル(約5,000円)のライブチケットを提供している。
ファンの声に耳を傾けるアーティストの成功事例

ジョナス・ブラザーズの結成20周年記念ツアー「JONAS20」LA公演。 Amy Sussman / Getty Images
チケットを購入しているファンからの批判や要望に耳を傾けたアーティストたちが結果的に成功を収めているケースも見られるようになった。
ジョナス・ブラザーズは昨夏の20周年ツアーで、スタジアム規模からより小規模で親密感のある会場へと路線変更した。結果、観客にとっては以前より手頃な価格設定となった一方で、ツアー総収益は2,630万ドルを記録した。
また、アムステルダムで行われたハリー・スタイルズの「Together, Together」レジデンシー公演では、ステージの高さによって一部観客の視界が遮られているという指摘を受け、ハリー側は改善策を検討することを決定。ツアー関係者は『バラエティ』誌の声明で、「フロア演出は、観客が固定された視点ではなく、自由に移動しながらライブを体験できるよう設計されたもの」と説明。そのうえで、「一部エリアで視界が制限されていたことを確認しており、安全基準を満たしたうえで調整を進めている」と明かした。
手の届くライブを目指すヤングブラッドの挑戦

ヤングブラッドの「IDOLS」ワールドツアー、ミシガン公演。 Scott Legato / Getty Images
自ら新たな仕組みづくりに乗り出したアーティストもいる。英国出身のロックミュージシャン、ヤングブラッド(Yungblud)は2024年、ライブ音楽をより身近なものにすることを目的に、自ら音楽フェス「Bludfest」を立ち上げた。今年の開催に向けたインタビューで彼は次のように語っている。「ライブ音楽が身近でなくなってしまった。チケットが売れずにアーティストが公演をキャンセルするケースが後を絶たない。今のライブは、普通の人にとって高すぎるんだ」
「僕が何より熱くなるのは、アーティストとファンにこそ変える力があるということ。だからこそ『Bludfest』を始めた。コミュニティと一緒なら、もっと手頃で、リアルで、コミュニティ中心のライブ体験をきっと作れるはず」

2025年の「Bludfest」より。ビリー・アイドルがサプライズ登場 Joseph Okpako / Getty Images
業界を支え、時には懸念を示しながらも、アーティストたちにより良い作品を期待し続ける――ライブ業界を動かすのは企業ではなく、結局はファン。その声こそが、未来を変える力になるのかもしれない。
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