東武東上線「一夜にしてホームドア出現」の舞台裏

一夜にしてホームに出現, 深夜に走る“回送列車”, 知らないうちに進む基礎の工事, 「縁の下」で支える製品も, 設置までの長い準備期間

東武練馬駅の2番線に到着する4時54分発池袋行きの始発列車。終電後に設置したホームドアの筐体(きょうたい)がずらりと並ぶ。左の1番線には翌週に設置した=2025年11月2日早朝(記者撮影)

2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。木下藤吉郎秀吉・小一郎長秀(のちの秀長)兄弟の出世の道への大きな一歩として描かれたのが「墨俣一夜城」だ。

【写真はこちら】▶まるで現代の一夜城?東武練馬駅に「ホームドア出現」の舞台裏▶「ホームドア」は遠く離れた車両基地から東武東上線のベテラン車両に載せられて運ばれてきた▶前日昼の搬入から、“回送列車”による深夜の運搬、日付が変わった未明のホームでの設置作業に密着

秀吉は蜂須賀小六が率いる木曽川沿いの地侍、川並衆を味方に付け、織田信長の美濃攻略の足がかりとして要衝である墨俣に一夜にして城を築いた、という逸話が知られている。

もともと一夜城伝説は後世の創作でフィクションの要素が強いとされており、今回の大河ドラマではさらに“一夜で炎上”という独自の解釈まで加えられた。が、川の上流で木材をいかだに組んで川に流し、下流で組み立てるという工期短縮の手法は時代を越えて実用的なアイデアといえる。

一夜にしてホームに出現

現代でも、毎日通勤通学で使い慣れた駅に一夜にして可動式ホーム柵(ホームドア)がずらりと設置されていて驚くことがある。

例えば東武東上線の東武練馬駅。25年11月2日日曜日の早朝、上り方面(池袋方面)の列車が発着する2番線にホームドアが出現した。

【写真を見る】東武東上線の東武練馬駅に一夜にして出現した「ホームドア」は、実は遠く離れた車両基地から運ばれてきた。前日昼の搬入から、特別ダイヤで走る“回送列車”による深夜の運搬、日付が変わった未明の設置作業まで密着

この時点では2番線のみで扉は筐体(きょうたい)と呼ぶ部分に収納されたまま。設置した後もさまざまな調整が必要となるため、すぐには運用できない。

翌週設置した1番線とともに、実際に稼働するのはそれからひと月以上経った12月12日になってからのことになるが、カーブの途中にある昔ながらのホームの風景は一変した。

前日の11月1日土曜日の昼、東武練馬から40km以上離れた森林公園の車両基地に普段とは少し様子が異なる通勤車両「10000型」(10両編成)が停められていた。ドア横に作業台が設けられ、トラックから降ろされたホームドアの筐体が次々運び込まれていく。

東武練馬駅を発着する東武東上線の列車は4ドア車の10両編成。ホームドアは40ある開口部を合わせて約200m分あることになる。

昼間に車内に運び込んでおき、深夜になるのを待って設置する駅まで列車で運搬。終電から始発までの限られた時間内で一気に据え付ける。ホームドアの設置にはよく使われる手法だ。

一夜にしてホームに出現, 深夜に走る“回送列車”, 知らないうちに進む基礎の工事, 「縁の下」で支える製品も, 設置までの長い準備期間

森林公園の車両基地での積み込み作業=2025年11月1日(記者撮影)

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トラックで運んできたホームドアの筐体を通勤車両に積み込んでいく=2025年11月1日(記者撮影)

【写真をもっと見る】東武東上線の森林公園駅近くの車両基地。前日の昼間に着々とホームドアの搬入作業を進め、夜が更けるを待つ。東武練馬駅までの真夜中の運搬を担うのは往年の「ベテラン車両」だ

深夜に走る“回送列車”

11月1日23時30分頃、特別ダイヤの「回送列車」が森林公園駅に入線。郊外へ帰宅する乗客の流れとは反対に東上線を都心方面へ走っていく。

東京都に入って1駅目の成増でしばらく待機した後、池袋方面へ。東武練馬駅には日付が変わった11月2日の1時頃到着した。待ち構えていた作業員たちは、まず車体を傷付けないようドアと側面を養生。ホームドアの筐体を降ろし、所定の場所に据え付けていった。

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車内にホームドア筐体を固定し、森林公園駅で出発を待つ「回送列車」=2025年11月1日(記者撮影)

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東武練馬駅では多くの作業員が「回送列車」を待ち構える。ホームドアがない駅の姿はこれで見納めだ=2025年11月2日未明(記者撮影)

【写真をもっと見る】ホームドアが車内の通路にずらりと並んだベテラン車両。東武練馬駅まで運搬する”回送列車”の様子。到着すると近くのドアから運び出し、ホームへ据え付ける。5時前には普段通りに始発電車が走り出す、まさに時間との戦いだ

東武鉄道の担当者、施設部通信施設課の宮﨑純一課長補佐はこれまで電気関係の職場が長かった。ホームドアの設置は前週、前々週の東武スカイツリーライン西新井駅に次いで2駅目だ。

ホームドアの設置をする際には普段の深夜の保線作業ができなくなるため、土曜日の終電後から日曜日の始発の前に実施することが多いという。

東武練馬は高架区間の駅とは異なり、前後を踏切に挟まれた場所にある。宮﨑さんは「踏切の近くに電車を停めて作業すると、その先の踏切が鳴りっぱなしになってしまうため、特殊な措置をとって鳴らないようにする必要がある」と説明する。

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回送列車から降ろしたホームドアを東武練馬駅の2番線に設置していく=2025年11月2日未明(記者撮影)

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東武鉄道施設部通信施設課の宮﨑純一課長補佐。翌週には向かいの1番線の設置作業が控えている=2025年11月2日未明(記者撮影)

知らないうちに進む基礎の工事

東武鉄道に限らず、古くからある盛り土式のホームは最初からホームドアを置く想定をしているわけではなく、重量物を“縁の下”で支える基礎部分の改修が必要になる場合が多い。

ホームドアの筐体は一晩で一気に取り付けるが、ホームの基礎部分の工事は、そのかなり前から少しずつ進めている。こちらも利用者の目には触れない深夜の作業だ。

東武練馬では東改札口付近、上りホームの裏側に当たる場所に資機材を置く工事用のスペースを整備した。

宮﨑さんは「普段の基礎部分の作業は目立たなくても実はかなり重要で、工事が遅れると、たくさんの人員が必要なホームドア設置作業に影響してしまう。そのためコストをかけてでも工事用のスペースを確保し、深夜の限られた時間を有効に使えるようにしている」と話す。

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ホームドア設置前の東武練馬駅。筐体を載せるホームの基礎部分が補強されている=2025年10月9日(記者撮影)

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東武練馬駅北側の斜面に設置された工事用スペース=2025年10月9日(記者撮影)

【写真を見る】ホームの補強のために東武練馬駅の裏側に築かれた“まるで砦のような”工事用スペース。ホームドアの使用開始のころには姿を消していた

近年バリアフリー対策として大都市の駅を中心にホームドアの設置が進むが、車両によってドアの数や位置が異なっていたり、もともとホームの幅が狭かったりと、取り付けるにあたってさまざまなネックが存在する。ホームドアのメーカー各社は軽量化や省スペースをアピールして自社製品の採用拡大にしのぎを削る。

一方、ホーム側で下支えする基礎部分で強みを発揮する企業もある。コンクリート二次製品を手掛けるベルテクスもその1つ。ベルテクスコーポレーション傘下の同社は21年にホクコンとゼニス羽田が合併して発足した。

京都府南部の城陽市にある同社工場では、ホームドアの基礎のほか、高架橋遮音壁、地中に埋めるケーブル用の「ハンドホール」など、鉄道に関連した製品も多く製造している。

一夜にしてホームに出現, 深夜に走る“回送列車”, 知らないうちに進む基礎の工事, 「縁の下」で支える製品も, 設置までの長い準備期間

ベルテクス鉄道営業部の杉本英俊部長(左)と京都工場の堀井憲一工場長(記者撮影)

「縁の下」で支える製品も

とくに補強用繊維を練りこんだ「高強度繊維補強コンクリート」の製品は、鉄筋が入った従来のコンクリート製品と比べ、任意の形に加工でき、穴を開ける場所などの自由度が高いことを特長とする。

鉄道会社で施工を担当する土木部門と、ホームドアを取り付ける電気部門は穴を開ける場所などで意見が対立する場合があるというが「施工するタイミングでホームドアの仕様が決まっていなくても対応できる」(鉄道営業部の杉本英俊部長)などといった利点がある。

盛土式ホームに埋め込む「C型ホーム基礎」は関西の鉄道事業者を中心に引き合いが増えているという。

京都工場の堀井憲一工場長の趣味は“乗り鉄”。「工場で製造した高架橋遮音壁は実際に電車からどういうふうに見えるのかな、と乗りに行きました」。

一夜にしてホームに出現, 深夜に走る“回送列車”, 知らないうちに進む基礎の工事, 「縁の下」で支える製品も, 設置までの長い準備期間

盛土式ホームに埋め込んでホームドアを支える「C型ホーム基礎」(記者撮影)

国土交通省のデータによると、24年度末時点で全国のホームドア設置駅数は1190駅・2830番線(ホーム)。15年度の665駅から約1.8倍に増えた計算だ。国が25年7月に取りまとめた新たな目標案では、30年度までに全国4000番線のホームに整備するとしている。

東武練馬駅では2番線の工事の1週間後、下り方面の1番線にもホームドアの筐体を設置した。使用開始までは扉が開いた状態のため、ホーム上の安全を確保するために警備員を配置。最終的な総合試験は一晩かけて実施し、12月12日に使用を開始した。

26年2月22日には下り方面へ1つ隣の下赤塚駅、3月10日には成増駅のすべての番線で稼働するようになった。

一夜にしてホームに出現, 深夜に走る“回送列車”, 知らないうちに進む基礎の工事, 「縁の下」で支える製品も, 設置までの長い準備期間

ホームドア使用開始初日の東武練馬駅=2025年12月12日(記者撮影)

【写真をすべて見る】東武東上線の東武練馬駅に一夜にして出現した「ホームドア」は往年の「ベテラン車両」によって森林公園の車両基地から運ばれてきた。前日昼の搬入から、深夜の運搬、日付が変わった未明のホームの設置作業まで密着

設置までの長い準備期間

駅利用者のホームから線路への転落を防止するだけでなく、鉄道の安定輸送を支えるホームドア。だが、列車が到着するたびに問題なくスムーズに開閉し、通過列車の風圧にも耐えられなければかえって運行トラブルの原因になりかねない。

さらに設置にあたっては、毎日早朝から深夜まで走る列車を止めることなく、ほかのメンテナンス作業とも調整しながら、限られた時間とスケジュールのなかで工事を進めなくてはならない。

朝、いつものように駅で電車に乗ろうとしたらホームが様変わりしていた――駅の利用客を驚かせるトリックのような「一夜城」の裏には、想像以上に関係者の労力が隠れている。