「EVはオワコンです」無邪気に喜ぶネット民と、自動車トップの間に横たわる「深すぎる認識の溝」

ネットの楽観と経営者の危機感

 電気自動車(EV)に関する記事には「EVは失敗だ」「日本車の完全勝利だ」「補助金がなくなればEVは売れない」といった否定的なコメントが目立つ。ネット上ではEV批判に同調する読者が「いいね」を連発し、心地よい合唱のような光景が日常的に繰り返されている。

【画像】ヤンキーが「高級車」に乗れる理由

 ネット上の自動車ファンとは対照的に、業界内部では深刻な危機感が広がっている。トヨタ自動車出身である、日野自動車の小木曽(おぎそ)聡社長が発した言葉は、ネットの「勝利宣言」を根底から覆す警告である。

 日本経済新聞は2026年2月27日、「日野自動車の小木曽聡社長「中国車を安いで片付けるな」」というタイトルの小木曽氏のインタビューを掲載した。そのなかで小木曽氏は、中国メーカーが東南アジアで勢力を拡大している現状に対し、

「日本の会社が『中国は安い』で片付けたら将来はない」

と断言している。日本を代表するメーカーのトップがここまで強い危機感を示す事実は重い。作り手側が中国勢の脅威を認識する一方で、メーカーを応援するはずのファンの一部は「日本車の完全勝利だ」と信じ込んでいる。本稿では、ネット上の楽観と、業界トップが抱く危機感の間にある溝を明らかにする。

「安い」で片付ける思考停止

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日野自動車のロゴ(画像:時事)

 小木曽氏は前述のインタビューで

「乗用車ほどではないが、商用車も数年で競争が激しくなる。中国車が我々よりも安いままで品質やアフターサポートも良くなれば、日本車のブランドや実績は通用しなくなる」

と警告した。この言葉は業界全体に向けた強烈な警告である。

 多くのファンは中国車の安さを人件費の差で説明しようとするが、その認識は現実から大きくずれている。原価に占める人件費は約2割で、日本と中国の給与格差も3倍以下に縮まっており、人件費だけで圧倒的な価格差を生むことはできない。

 中国勢の安さの本質は、資源の自国調達能力と部品を徹底的に共通化する仕組みにある。バッテリーやモーターを大量に生産し、多くの車種で使い回すことで開発費を抑え、量産効果を最大化している。一方、日本メーカーは各部品に過剰な精度やこだわりを求め、それが高コストを招く要因となっている。中国メーカーは車両を

「ソフトで制御する道具」

と捉え、ハードを簡素化する発想に切り替えている。この発想の転換が、日本車が長年築いてきた技術的優位を無効化している。「中国製は品質が低い」という10年前の固定観念に頼っている間に、彼らは品質だけでなくアフターサポートも日本車と同等かそれ以上に整えつつある。

ブランド力の限界

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東南アジアで販売が好調なBYD・Denza(画像:BYD)

 小木曽氏は、商用車の領域でも数年以内に競争が激しくなると予測している。商用車は利益を生む道具であり、乗用車のような憧れや趣味は入らない。企業が車を選ぶ基準は、

「1円でも安く、1円でも多く稼げるかどうか」

に集約される。この合理性の前では、日本車のブランド力は影響力を失うかもしれない。

 かつて日本車の牙城だった東南アジア市場では、この現実が数字として表れている。2025年の主要6か国における新車販売では、日本車の販売台数は2019年比で約2割減少した。各国での日本車シェアも軒並み縮小し、前年比で3ポイントから8ポイント落ち込んでいる。一方、中国車の勢いは止まらない。インドネシアではシェアが前年のほぼ倍となり14%、タイでも9ポイント増の22%、シンガポールでは13ポイント伸びている。

 こうした市場の変化は、ユーザーの意識が情緒的な価値から、徹底した実益へ移った結果である。物流を担う企業にとって、車両は荷物を運ぶための機器にすぎない。中国のEV商用車は、単に走るだけでなく、運行管理やエネルギー効率の最適化に必要なデータ連携機能が優れている。日本車が提供してきた「故障の少なさ」という価値より、中国車がもたらす

「運用の効率化」

という実利が上回る事態が現れている。

生き残りへの再編

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日野と三菱ふそうの新持株会社の概要に関する会見(画像:日野自動車)

 小木曽氏が危機感を強く訴える背景には、三菱ふそうとの経営統合があるだろう。2026年4月に発足する新会社「ARCHION」は、ダイムラートラックとトヨタがそれぞれ25%を保有し、日野と三菱ふそうを100%子会社とする。

 長年のライバルが手を組み、背後の巨大資本までが動いたこの動きは、前向きな進化の表れではない。統合しなければ競合に食い潰されるという、生存本能に基づく決断だ。

 国内の大型トラック市場で日野は約7割のシェアを握るが、電動化では2017年から量産を始めた三菱ふそうに後れを取っている。二社が合流しても、いすゞとUDトラックスの連合に規模で及ばない現実がある。この統合が追い詰められた者同士の共助であることを物語る。

 共通化という名の整理によって、こだわりを捨て、部品を削り、姿を変えてでも生き延びようとする現場の焦りは限界に達している。経営トップがここまでなりふり構わぬ変革を急ぐ状況で、ファンが「変わらなくていい」「今のままで勝てる」と期待を続けるのは、結果としてメーカーの足を引っ張る。過去のやり方に固執することは、敗北を受け入れるのと同義だろう。

現実を直視する必要性

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日本イメージ(画像:写真AC)

 ネット上に広まる「EVオワコン(終わったコンテンツ)論」は、現実から目を逸らすための

「精神安定剤」

に過ぎない。充電インフラ、コスト、利便性といった課題は確かに存在するが、世界のどの地域も同じ問題に直面している。海外では歩みは緩やかでも、確実に電動化への移行が進んでいる。

 EVは終焉を迎えたのではなく、従来のルールとは異なる競争段階に入ったのだ。この変化を前に、日本の経営者は深刻な危機感を抱き、企業統合や巨額投資、戦略の抜本的な修正を進めている。

 本当に日本車を愛するなら、小木曽氏の抱く危機感を真剣に受け止め、その認識を共有すべきだ。ネット上で「EV叩き」に耽っている間に、日本の産業は衰退へのカウントダウンを刻む。過去の成功にこだわり、変化を拒む期待は、結果として

「メーカーの息の根を止める行為」

に等しい。今必要なのは、無邪気な勝利宣言ではなく、突きつけられた敗北の予兆を正視する勇気なのだ。

変化を受け入れる姿勢

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日本車市場の現状と課題。

 日本車が勝った――という物語は耳に心地よい。しかし、その心地よさに浸っている時間はもうない。中国メーカーは圧倒的な速さで変化し、日本が長年築いてきた壁を壊し始めている。これから直面するのは、まったく別の競争だ。

 生き残るには、過去の成功体験を捨てる必要がある。慣れ親しんだ車の形や仕組み、商売のやり方を根本から変えなければならない。日野と三菱ふそうの提携は、その苦しい決断の始まりを示している。伝統やこだわりを守る余裕は、今の日本メーカーには残されていない。

 車を愛するファンに求められるのは、メーカーの苦い改革を認め、支える姿勢だ。昔の面影がなくなったと嘆くのではなく、新しい姿で生き残ろうとする挑戦を後押ししてほしい。厳しい現実から目を逸らし、根拠のない勝利を信じ続けることは、日本車を追い詰めることになる。現実を直視し、変化を受け入れる。それこそが、日本車を本当に守る道だ。

 以前の記事でも触れたが、田中辰雄氏・浜屋敏氏の「10万人規模」の調査では、ネット上で目立つ過激な発言の多くは

「高齢者」

によるものだと示されている。これは自動車ファンに限定された現象ではなく、ネット全体の言論空間で見られる傾向だが、無視できない要素として意識しておくべきだ。

 日本はかつて、欧米ばかりに目を奪われ、アジアが持つ可能性を十分に見極めてこなかった。過去の価値観に固執せず、現実を見て変化を受け入れることが、これからの日本車を支える力になる。今、車に対する

「本物の愛情と誇り」

が試されている。