東京から縁もゆかりもない離島へ夫婦で移住 「競合がないからやりやすい」島根・隠岐での子育てと仕事のリアル

日本海に浮かぶ隠岐(おき)諸島(島根県隠岐郡)。その島前(どうぜん)地域に位置する西ノ島町は、人口およそ2500人の小さな町だ。この島で、首都圏から移住し、3人の子どもを育てながらプログラミング教室を開いているのが、小山瑛司さん。地方から立ち上がりつつある“学びの未来”を描く連載「未来の学びは地方から始まる」の第2回は、自然豊かな島での暮らしと子育て、そして子どもたちの「学び」の場づくりについて話を聞いた。<1回目:「離島の県立高校に、国内外から生徒が集まるのはなぜか? 「存続の危機」から復活した島根・隠岐島前高校の魅力とは【ルポ】 から続く>
■子ども向けのプログラミング教室を開催
海面から垂直にそそり立つ断崖で知られる国賀(くにが)海岸の摩天崖(まてんがい)や、「日本の夕陽百選」にも選ばれた観音岩。
自然の造形が色濃く残るこの島は、2013年に島全体が世界ジオパークに認定され、現在は「隠岐ユネスコ世界ジオパーク」として、国内外から観光客が訪れる場所となっている。

そんな西ノ島の玄関口・別府港から徒歩5分ほどの場所に、ひときわ目を引く空間がある。その名も「あそびと暮らしの店 海月堂」。
外観は、どこか懐かしさを感じさせる木造校舎。3年前にそこを町から借り入れ、リノベーションしたという中は、一歩足を踏み入れると、大人も子どももワクワクする空間が広がっている。
ゆったりとしたカフェスペースに、遊び道具が点在する広々としたキッズスペース。島のクリエーターたちが手がけた作品が並ぶ雑貨コーナーもあり、奥にはギターや音楽機材が置かれ、ミニコンサートが開かれることもあるという。

この場所のオーナーが、「隠岐デジタルラボ」代表の小山瑛司さん(40)だ。地元企業のシステム開発やWebサイト制作を手がける傍ら、ここ海月堂のキッズスペースで、週1回ほど地元の子どもたちを集めたプログラミング教室を開いている。
カフェを切り盛りしているのは、妻の亜理沙さん。夫婦二人三脚で、この場を育ててきた。

■東京から、縁もゆかりもない島へ
小山さんが西ノ島に移り住んだのは、今からおよそ10年前のこと。きっかけは、亜理沙さんの転職だった。当時、小山さんは東京のIT企業でシステムエンジニアとして勤務。一方、亜理沙さんは千葉県で高校教員をしていた。
「隠岐島前高校の教員採用試験を受けてみたい」
そんな相談を受けたのが始まりだった。
隠岐島前高校は、「高校魅力化」や「島留学」の取り組みで全国的に知られ、全国から教員を募集していた。
「話を聞いて、すぐに『面白そうだな』と思いました。僕自身、30歳になったばかりで、この仕事を40代、50代まで続けている姿がどうしても想像できなかった時期でもあったんです」(小山さん)
亜理沙さんは無事に採用試験に合格。二人は縁もゆかりもない隠岐へと移住することになる。最初に暮らしたのは、学校のある海士町ではなく、西ノ島町だった。
「本当は教員宿舎に入る予定だったんですが、空きがなくて。そこで隣の島である西ノ島の県職員宿舎に入ることになりました。妻は船で通勤していましたが、数分で着きますし、便数も多いので、思ったほど大変ではなかったようです」
そうして暮らすうちに、西ノ島での生活そのものに魅力を感じ、本格的に腰を据えることを決めた。
■島で見つけた、もう一つの働き方
移住後、小山さんは観光協会が運営する施設で働きながら、空いた時間でアプリ開発やWeb制作を続けてきた。隠岐の島間を運航する船の案内アプリなども個人制作として作ったという。
やがて3人の子どもに恵まれた。現在は、小学4年生の女の子、小学1年生の男の子、3歳の女の子を育てる3児の父でもある。
島での子育てについて尋ねると、小山さんは笑ってこう話す。
「3人とも島で生まれて島で育ってきたので、正直、都会の子育てがどうなのか分からないんです。
もう10年ここで生活していて慣れたというのもありますが、特に不便は感じていません。スーパーも役場も病院も車で数分。病院の待ち時間もほとんどない。スーパーの品数は都会ほど多くありませんが、選択肢が少ない分、迷わなくていいんです。近所の方から畑の野菜や釣った魚をお裾分けしてもらうことも多いですね」
便利さとは違う尺度で、暮らしの豊かさを実感する日々が続いている。
■自然の中で育つ、子どもたちの「好き」
島で育つ子どもたちは、どんな遊びをしているのだろうか。
「家ではゲームをやったりYouTubeも普通によく見ていますよ」と前置きしつつ、小山さんはこう続ける。
「でも、何かに興味を持ったとき、すぐそばに手付かずの自然があるのは大きいと思います。長男は一時期キノコにハマって、家の周りや森で見つけたキノコをiPadで撮影して、それを見ながら紙に写生し、オリジナルの“きのこ図鑑”を作っていました。ずっと釣りをやっている子もいますね」
■「一斉に教えない」プログラミング教室
小山さんが主宰する、ある日のプログラミング教室をのぞいてみた。
集まったのは、幼稚園生から中学生までの5人。子どもたちはキッズスペースの好きな場所に座り、それぞれが自分のやりたい課題に取り組み始める。
「以前は全員で同じものを作っていたこともありました。でも、それだとどうしても興味を持てない子が出てしまう。今はそれぞれが『今、作りたいもの』を作るやり方にしています。僕は横でサポートするだけです」

ある子はシューティングゲームを、ある子は格闘ゲームを作る。使うツールも、Scratch、マインクラフト、KOOVとさまざまだ。
「好きなものなら、子どもは勝手に集中しますから」
小3の娘と年長の息子のきょうだいでここに通う子どもたちの母親はこう話す。
「親が専門外の分野でも、子どもの『好き』を広げてあげられたらと思ってきょうだいでこちらに通い始めました。ここはとにかく自分のペースでできるのがいいですね。ほかの習い事は嫌がることも多かったのですが、ここはそんなことがないですね」
ちょっと行き詰まっている子には手を貸すこともあるが、無理に続けさせようとせず「嫌だったら、こっちをやってみる?」とほかの選択肢を示す。
途中でストレッチを兼ねた休憩を挟み、最後はそれぞれがその日の成果を見せ合う時間。幼稚園児の作品を中学生が見たり、その逆もある。年齢を超えて意見を交わす姿が自然に生まれていた。
「島の生活は、子どもたちの縦のつながりがあるのがいいです。学校が小さいので同じ学校のお兄ちゃん、お姉ちゃんが自然と面倒を見てくれる。近くの広場や神社などにみんなで集まって遊ぶ。親がずっと見守らなくてすむ安心感があります」と語るのは前出の母親だ。
■「つながり」を作る実験の場
「あそびと暮らしの店 海月堂」は、子どもたちだけでなく、親たちの交流の場にもなっている。
「カフェもプログラミング教室も、島ではほとんど競合がありません。だからこそ、やりやすい。もともとこの島には、外から来た人を自然に受け入れてきた文化があります。その空気感が、私たちにとっても居心地のよさにつながっていると感じています」(小山さん)
亜理沙さんがカフェを営んでいるのも、単なる「カフェをやってみたい」という理由だけではない。元教員として、子どもや親が自然につながり、学びや気づきが生まれる場はどうすればつくれるのか。その問いを日々の営みの中で試している場でもある。
「私にとっては一つの社会実験の場ですね」と語る亜理沙さんの言葉も印象的だった。

(文・写真/教育エディター・江口祐子)
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