「ただの田舎料理」が駅弁5冠に…主婦の逆転劇

九州駅弁グランプリで5冠に輝いた駅弁、その誕生や販売の経緯をたどる(写真:筆者撮影)
第16回九州駅弁グランプリでB部門のナンバーワンに輝いた「百年の旅物語 かれい川」。手掛けているのは鹿児島県霧島市にある家族経営の小さな弁当屋「森の弁当 やまだ家」で、なんと今回で5度目の受賞である。
【写真を見る】B部門グランプリを受賞した駅弁「百年の旅物語かれい川」の中身はこんな感じ
今や九州駅弁グランプリの常連だが、この駅弁は最初から順風満帆だったわけではない。誕生当初は「こんなの普通の田舎料理なのに……」という批判もあったという。しかも販売しているのは山奥にある無人駅である。
なぜそのような場所で販売することになり、九州を代表する駅弁になったのか。その道のりを追った。
※本記事は2025年7月9日に配信されたものを基に、追加取材・加筆・再編集したものです。
行商から始まった
誕生は、22年前2004年に遡る。
同年3月13日に九州新幹線の部分開業に合わせて観光列車「はやとの風」が運行を開始することになり、沿線の嘉例川駅で販売する弁当が募集された。このとき声がかかったのが、地元で総菜の移動販売をしていた山田まゆみさんだった。

山田まゆみさん。配送用の車の前で(写真:筆者撮影)
だが山田さんは給食センターに勤めた経験はあったが、飲食店や弁当屋の勤務歴があるわけではない。料理上手が評判を呼び、2002年にひとりでお惣菜の製造・販売を始めただけだった。
厨房設備は知り合いのラーメン屋から間借り。ダイハツのタントを相棒に、惣菜を積んで売り歩いていた。それでも口コミで広がり、一日の販売先は10件ほどと人気だった。
そんな山田さんのもとに舞い込んできたのが、嘉例川駅で販売する駅弁コンペへの誘いだった。
「お声がけいただいて参加しましたが、行ってみたらプロの料理人のお弁当も並んでいて……。あんまり恥ずかしいから思わず『帰ります』っていったほどです」
辞退しようとするのを審査員が引き止め、コンペの結果は山田さんの弁当に決まった。
決め手は、ここでしか食べられない郷土の味であったこと。

「百年の旅物語 かれい川」。当時のコンペ用弁当の中身は今とほぼ同じだそう(写真:筆者撮影)
弁当に入れたガネ(サツマイモの天ぷら)やカボチャとナスのみそ田楽は、山田さん自身が昔から食べてきた母の味であり、ご近所さんから教わった味であり、暮らしの中に存在する等身大のものだった。「特別なごちそうは旅館やホテルで食べられるから」と、地元の家庭の味であることが支持された。

山田さんが作った、けせん団子とふくれ菓子(写真:筆者撮影)
あたたかい思いになる味を
料理は子どものころから大好きだった。しかし、有名な観光列車の駅弁販売という大舞台を担うことには、戸惑いもあったという。
でも作るからには届けたい情景があった。
「田舎に帰っておばあちゃんが『おかえり』とごはんを食べさせてくれたようなあたたかい思いになるお弁当を届けたいと思いました」
弁当箱に竹皮を選んだのは、嘉例川駅の歴史に思いを馳せてのこと。
「築100年以上の歴史ある駅で、今まであの列車に乗って旅をした人たちは家でおにぎりを握って、おかずを詰めて竹の皮に包んで食べていたんだろうなと」

多くの人を迎え、送り出してきたであろう駅舎(写真:著者撮影)
竹皮の弁当箱は嘉例川駅の木造の趣ある雰囲気にぴったりだ。見ただけで昔懐かしい気持ちになり、旅情を高めてくれる。車窓から木々の緑を眺め、気持ちの通った田舎の家庭料理を食べる……観光列車「はやとの風」で過ごす時間を特別なものにしてくれる駅弁である。

竹皮の弁当箱に、駅舎の写真をプリントした紙を巻いて竹紐で結ぶ(写真:筆者撮影)
「お弁当に対する批判があるよ」
駅弁は、当初は「はやとの風」開業イベントでの販売で終わる予定だった。しかし同年(2004年)4月より週末の嘉例川駅で定期販売をすることに。
イベントでの好評を受けての定期販売かと思ったが、山田さんからは意外な言葉が返ってきた。
「お弁当に対する批判があるよって言われたんですよね。山田さん、このまま流しといていいの?って。そこで覚悟を決めて続けることにしました」
批判というのは、「ただの田舎料理」「どこでも食べられるものを……」といったニュアンスのものだった。プロの料理人ではない山田さんが、有名観光列車での駅弁担当に選ばれたことに納得できないと感じた人もいたのかもしれない。
だがこの批判は、山田さんの決意を促した。
ラーメン屋での間借りをやめて、自宅前に小さな厨房を作ったのは覚悟の表れだ。これで後には引けない。駅弁作りに本気で向き合うことにした。
批判に使われた言葉だが「田舎料理」は山田さんにとっての誇りだった。家族や地域の人たちが教えてくれた料理であり、食べる人を思って丁寧に作られた料理であり、土地に根差した暮らしの知恵や工夫が込められている。
「田舎料理」が果たしてどこまで人の心に響くのか、山田さんの挑戦が始まった。

自宅前に建てた厨房。4坪程度のここで数百食もの弁当を作る。「当時は1人で使うだけだから十分だと思っていたんですけど……忙しいときは5人くらいで作業するからひしめき合っています」と山田さん(写真:筆者撮影)
なかなか売れない時代も…
2004年4月28日から土日祝日の嘉例川駅での駅弁の販売を開始。しかし、売れない日々が続く。
駅構内での弁当販売にあたり、許可取りに時間がかかっていた。そのため、当初は駅舎を出て数十メートルほど歩いた先で販売をすることに。立地も悪く、まったく売れなかった。

嘉例川駅から歩いて数十メートルの左手にある場所(現在は温泉施設がある)で駅弁を販売していた(写真:筆者撮影)
支えてくれたのは、お弁当にも使っているしいたけ農家・松下実雄さんの妻・さえ子さん。駅弁販売の日は応援に通い、励まし、賑やかしてくれた。それでも売れ残る日ばかりで「今日も売れないからお昼ごはんに食べるが」と2人一緒に駅弁を食べ「おいしいのにねぇ」と言い合った。

現在は嘉例川駅構内で夫の文昭さん(写真右)が販売を担当。文昭さんの駅弁販売中に、松下実雄さん(写真左)が応援にくることも。これは2025年9月の写真で、8月の豪雨災害による土砂災害で客足が減っていた頃(写真:筆者撮影)
売れない時代の駅弁販売で、忘れられない思い出がある。
雪が降る冷え込む日のこと。最終の「はやとの風」が停車した際、山田さんはホームに出て「お弁当いりませんか」と声をかけた。するとスーツ姿の男性が降りてきて「そのお弁当が売れないと帰れないの?」と尋ねてきた。おそらく社員旅行だったのだろう。男性は一緒に乗っていた人たちにも声をかけ、10個まとめて買ってくれた。

嘉例川駅舎(写真:筆者撮影)
「はやとの風」客室乗務員たちとの交流も思い出深い。
ある日、売れ残った駅弁を渡したところ、そのたったひとつを10人くらいの客室乗務員で分け合って試食をしてくれた。おいしさを知った彼女たちの一押しで、その後車内販売につながる。
「自分たちでこの観光列車を盛り上げようという気持ちを持った人たちで、車内販売でも熱心に宣伝してくださりました」

「はやとの風」が2022年に運行終了した際は、客室乗務員たちから手書きの感謝状が贈られた。駅弁「百年の旅物語 かれい川」は、観光列車の知名度や人気アップにも貢献したという(写真:筆者撮影)
駅弁グランプリで5冠
すぐには軌道に乗らなかった「百年の旅物語 かれい川」だが、折しも同時期に始まったJR九州主催の九州駅弁グランプリでの受賞で、徐々に注目を集めるようになっていく。
1回目は4位、2回目は3位、3回目は2位と順調に上がっていき、2007年にはついにグランプリに。さらに2008年、2009年もグランプリに輝き、3連覇の快挙を成し遂げた。
その後、駅弁グランプリの休止などもあったが、第15回、そして今回の16回でも再びグランプリを取得して5度の頂点に輝いた。同大会で5回も同じ駅弁がグランプリに輝いたのは異例である。
審査の際のJR九州の社長からのコメントで「年を追うごとにおいしくなっている」と言われたのが、山田さんにとっての励みだ。「田舎料理がこんなにご馳走なんだと気付かせてくれました」と評されたことも。「田舎料理」のままに味を磨き、ここまでたどり着いた。
最初は山田さんひとり始めたが、忙しく奮闘する様子を見て夫の文昭さんが夜勤明けの早朝から手伝うように。そこに娘さんも加わり、今は繁忙期にはアルバイトを頼んで乗り切っている。
文昭さんは「包丁なんて握ったこともない」タイプだったが、今や弁当作りの主戦力。キヌサヤやバラン切り、ごはんの盛り付けを担い、嘉例川駅での販売も主に担当している。
「安いお弁当じゃないですよ。自分たちは250個とか作るけど、このお弁当を手にして食べる人には1個だから。意識して丁寧に作るようにしています」

嘉例川駅で販売をする文昭さん(写真:筆者撮影)
列車の来ない駅に、人を呼び込み続ける
この駅弁が特異なのは、お客さんの心の琴線に触れる弁当だということだ。「食べながら涙が出る。こんなお弁当があったんだ」と、ハガキや手紙を貰うことも多いのだという。
また取材に来たとあるテレビ局のディレクターは「肉も魚もないのか…」と乗り気ではない様子だったが、ひとたびこの駅弁を食べると「なぜ人気なのかわかった」と前のめりになったという。
しかし、嘉例川駅を取り巻く状況は年々変わっている。
2020年7月の九州豪雨の影響で八代―吉松駅間が不通になり、その影響で観光列車「はやとの風」は2022年に運行停止した。さらに、2025年8月8日の九州豪雨の影響で吉松―隼人間も不通になり、嘉例川駅は列車が通らない駅になった。現在も復旧工事は進行中で、6月の運行再開が見込まれている。

嘉例川駅(写真:筆者撮影)
一時期は客足が大きく落ちた。それでも、車でわざわざ駅弁を買いに訪れてくれる人は決して途絶えず、北海道から訪ねてきた人もいるという。そしてこの度の駅弁グランプリでの受賞。「百年の旅物語 かれい川」の存在を知り、食べたくなる人はきっとまた増えるだろう。
かつて「こんな普通の田舎料理が」と言われた弁当は、いまやアクセスが限られる山奥の無人駅へ人を惹きつけ続けている。この駅弁を求めて今週末も、来週末も、山の中の嘉例川駅を訪れる人は絶えないにちがいない。