福岡のうどん「ウエスト」なぜ地元の定番に?

ウエストの牛肉うどん730円。麺はやわらかくてもっちり、表面はつるりとしているのが特徴だ(筆者撮影)
「ウエスト」は、福岡を中心に展開する外食チェーンで、九州各地に店舗を構える。深夜でも開いている店が多く、ごぼう天うどんや揚げたてのかき揚げは、福岡県民の生活に溶け込んだ定番メニューになっている。
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福岡のうどんは「やわらかくてコシがない」と語られがちだ。ところがウエストのうどんは、ただやわらかいのではなく、かなり弾力がある。もっちりしていて、表面もかなりつるっとしているのが特徴だ。福岡のうどんの代表格でありながら、個性的な麺である。スープは雑味がなく、後味が良くて、飽きがこない。ウエストのうどんを食べると「ホッとする」と感じる人が多いのは、この優しい出汁が影響しているはずだ。
しかし、ウエストは昔から福岡県民にとって“うどんの店”だったわけではない。90年代の福岡では、ウエストはむしろ「焼肉」のイメージが強かったはずだ。筆者も子どもの頃は焼肉屋としてウエストに通い、大人になって、気づいたらうどんを食べていた。
いったい、いつの間にウエストは「うどんの店」になったのか。その変化の過程をたどる。
90年代は焼肉店を拡大させていたウエスト

焼肉ウエスト橋本店(写真提供:株式会社ウエスト)
もともと広い土地を活かした「味の街」という業態で、うどんや和食など複数の専門店を併設していたウエスト。その一角として始まった焼肉は、当初こそ不安もあった。アルコールがつきものの焼肉は、ドライブイン型店舗に合わないのではないか。回転率も決して良いとは言えない。それでも「失敗したらやり直せばいい」という判断で導入した基山店の焼肉は、軌道に乗るまでに時間こそかかったものの、やがて味の街の中でも優良部門へと育っていった。
決定的な転機は1988年3月、原店の全面リニューアルだった。韓国ブームが起き始めていた時期、苦戦していた和食レストランを改装し、120席規模の大型焼肉専門店として再出発する。掘りごたつ席を導入し、純和風で家族連れが安心して楽しめる大衆焼肉店へ。さらに生ビール100円のオープニングサービスが加わり、店は一気に活気づいた。
その盛況を目の当たりにし、創業者である故・境豊作氏は断言する。
「いま、ウエストが同業他社と勝負できるのは焼肉だ!」
その後の展開は早かった。改装や新築を含めた焼肉専門店が次々に誕生し、単独の「焼肉ウエスト」が各地に広がっていく。味の街の一コーナーに過ぎなかった焼肉部門は、やがてウエストのメイン業態となった。
90年代、ウエストは焼肉を軸に拡大を続ける。年間数店舗のペースで新規出店を重ね、焼肉店としての存在感を強めていった。多くの人にとって、この時代のウエストは「うどん」ではなく「焼肉」の店だった。
だが、その快走は長くは続かなかった。
2001年9月、国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)に感染した牛が発見される。いわゆる狂牛病問題だ。焼肉業界全体が急激に冷え込み、客足は止まり、倒産も相次いだ。焼肉を主軸にしてきたウエストにも、その影響は容赦なく及ぶことになる。
1999年、「うどん100店計画」という決断

うどんウエスト麦野店(筆者撮影)
BSEが発生し、焼肉業界が大きく揺らぐなか、ウエストはすでにうどん単独店へのシフトを進めていた。
そもそも、1996年のO-157による集団食中毒の発生が、すでに焼肉業界に大きな影を落としていたのだ。一時的とはいえ客足は遠のき、「焼肉離れ」が起きる。外部要因によって業態が大きく揺らぐ現実を、ウエストは身をもって経験していた。
その流れの中で、1999年3月、ウエストは「うどん」を焼肉に続く「第2の核」として明確に打ち出す。それまでの10年間、焼肉単独店の出店に全力を注いできた方針を完全転換する決断だった。
同年6月には、うどん単独店を一気に4店舗同日オープン。各店とも好調な売り上げを見せ、1年後には20店舗へと増加する。そして掲げられたのが「うどん100店」という目標だった。約6年後の2005年、その目標は達成される。
この時期の変化について、当時を知る同社広報・人財室の加来勇一さんはこう振り返る。
「100店の目標を達成したあたりから、世間の認知が変わったと思います」
うどんの単価は焼肉より低い。しかし回転率が高く、さほど広い面積がなくても出店できる。小回りが利く業態として、うどんは急速に生活圏へ入り込んでいく。結果として、この1999年の決断が「ウエスト」の重心を静かに移していくことになる。
定番化を支えた麺・スープ・揚げたて天ぷら

かき揚げうどん650円(筆者撮影)
うどん100店計画と同時にウエストは「味の作り方」を根本から変えていった。それは効率化のためだけではなく、“安定した一杯”を守るための選択だ。
ウエストはかつて手打ちうどんも行っていた。打ちたては確かにおいしい。しかし問題は、常に打ちたてを出せるわけではないことだった。
「手打ちでやると、タイミングによってどうしても順繰りに質の落ちたものが出てしまう。時間とか日によって味が違うわけです」
店が忙しい時間帯、仕込みのタイミング、職人の熟練度。条件が少し変わるだけで味は揺れる。苦労して手打ちをしても、悪い状態のものを出してしまえば意味がない。そこで選んだのが、粉から徹底的に開発した特注の冷凍麺だった。これにより、ウエストが重視する“モチモチ感”を、安定して再現し続けられるようになった。
スープも重要である。ウエストではあじこやいりこを手で剥き、各店舗で出汁を取っていた。だが店舗数が増えるにつれ、味のばらつきが目立つようになる。人手も足りなくなってきた。そこで材料を砕いたものを使い、鍋に入れるだけで安定した出汁が取れるティーパック形式へと切り替えるようになったのだ。
そして、揚げたての天ぷら。当時、多くの個人店では揚げ置きの天ぷらをうどんに乗せるのが一般的だった。そこに揚げたてを導入する。手間は増える。現場からは負担の声もあったという。
しかし結果は明確だった。揚げたてのかき揚げは名物になり、ボリュームと価格のバランスで支持を集める。香り、音、食感。うどんの印象が1段階引き上げられた。
うどん100店計画と同時に推し進めていたのが、CMだ。
「ウエストのうどんが断然おいしくなりました!」
「テッテデー」と始まる、軽快な音楽とともに、メニューごとに「断然おいしくなりました!」と宣言する。麺、出汁、天ぷら。単に「おいしい」と言うのではなく、「前より良くなった」と言い続けた。
「それぞれの素材をどんどんブラッシュアップしていったんです。ちゃんと本当にブラッシュアップされていて、それを楽しみに来ているお客さんもいました」
CMと実態が一致していたことで、ファンが増えていった。冷凍麺への転換。出汁パックによる安定化。揚げたて天ぷらの導入。裏側で進めていた仕組みの改善を、CMという形で外に出していた。広告は誇張ではなく、更新通知だった。うどんが刷新され、評価を高めていくうちに、だんだん状況は変わり始める。
「最初はウエストといえば焼肉の話をしていたんです。でも、途中からうどんの話が先に来るようになった」
それからというもの、人気芸人がウエストを語ったり、人気ミュージシャンがSNSに写真を上げ、コンサート帰りの定番として紹介されたり。そんなことを繰り返すうちに、ウエストのうどんは「福岡の定番」と、語られるようになっていった。
店舗拡大とともに、味の刷新をアピールし、期待に応え続けていった結果だったのだ。
黒字撤退も…。ウエストの現在地

うどんウエスト新宮店(写真:株式会社ウエスト)
うどん100店を達成し、「うどんのウエスト」として定着した現在。拡大の時代は終わり、今では閉店する店舗も出始めている。
「物件が契約満了になると、家賃が上がってしまうことがあるんです。単価の低い日常食として提供しているので、採算が合わなくなる店舗が出てきました」
物件の契約更新時に家賃が大幅に上がって、採算が合わなくなってしまい、店舗が黒字のまま撤退するケースが増えているという。原材料や建設費の高騰も重なり、新規出店のハードルも上がっている。かつて100店計画で拡大を続けた勢いとは、環境が大きく異なる。
もう1つの課題は人だ。ウエストのうどん店は、直営よりも「経営パートナー」と呼ばれる、業務委託店舗が多い。パートナーの高齢化が進むにつれ、体調不良や引退で、続けられなくなるケースも出ている。その影響は営業時間にも及ぶ。
「24時間がだんだんできなくなってきた」
かつては「いつでもお腹いっぱい食べられる」を掲げ、24時間営業が基本だった。現在は24時間営業の店舗は減少している。うどんはウエストを救い、広げ、定番にした。だが今は、そのうどんをどう維持するかが問われている。
現在のウエストは「どう増やすか」ではなく、「どう守るか」に変わっているのだ。
うどん・ウエストの積み重ねが躍進を生んだ

うどんウエストの厨房(写真:株式会社ウエスト)
振り返れば、2000年以降の躍進は、奇策ではなかった。1999年に掲げた「うどん100店計画」で、まず街に可視化された。年間10数店というペースで出店を重ね、「どこにでもある店」へと変わっていった。
同時に、味の作り方を仕組みに変えた。冷凍麺で不本意な一杯をなくし、出汁パックでブレを抑え、揚げたて天ぷらで体験価値を引き上げた。店舗が増えても崩れない構造を整えた。
さらに、「断然おいしくなりました」とCMで宣言し続けた。改善を公言し、音とフレーズで記憶に刻み、やがて語られ方が変わる。会話の入り口が焼肉からうどんへと入れ替わった。その積み重ねが、ウエストを「福岡の定番」へと押し上げたのである。
そして今、拡大から維持へとフェーズは移りつつある。それでも、うどん一杯を安定して出すという姿勢は変わらない。これからもウエストのうどんは、福岡県民の定番として愛され続ける。