抗議船転覆と同志社国際生徒死亡の火種「なぜ告発削除」動機追う
- 死因は溺死──救命胴衣を着けていたのに
- 波浪注意報下の強行出航と、連鎖した悲劇
- 救命胴衣を着けていたのに──武石さんの死の経緯
- 安全管理の不備と「責任不在」の構図
- 学校と「抗議船」の不透明な関係──食い違う説明
- 辺野古コースの沿革と船舶の運航実態
- 事故後の対応──遺族への報告と生徒のケア
- 告発アカウントはなぜ消えたのか──「しおり」流出と削除の経緯
- 武石知華さんという人
- 【会見全文】辺野古沖・抗議船転覆事故 ヘリ基地反対協議会/同志社国際高校(2026年3月16日・17日)
- 【発言全文】ヘリ基地反対協議会の会見(2026年3月16日)
- 出航の経緯と判断基準
- 運航の実態と安全管理
- 今後の対応と活動方針
- 【発言全文】同志社国際高校の会見(2026年3月17日)
- 辺野古ボート見学(Fコース)の経経緯と船長との関係
- 出航判断と安全管理の欠落(無登録・波浪注意報・教員未乗船)
- 保護者への説明と「抗議船」に対する学校の認識
- 被害状況・亡くなった生徒について
- 危機管理マニュアルの運用実態と事故後の対応

事故で転覆した後に辺野古漁港に引き揚げられた抗議船「平和丸」
16日、沖縄県名護市辺野古沖で抗議船「平和丸」「不屈」の2隻が転覆し、修学旅行の「平和学習」で乗船していた同志社国際高校2年の武石知華さん(17)と「不屈」船長で牧師の金井創さん(71)が死亡した。第11管区海上保安本部(那覇)は17日から業務上過失往来危険・業務上過失致死傷の両容疑で、18日には海上運送法違反容疑での捜査にも着手。19日には、業務上過失致死傷容疑などで「ヘリ基地反対協議会」の事務所や抗議活動者らが集まる「テント村」を家宅捜索する方針を固めたことも判明した。産経新聞が報じた。

抗議船転覆で生徒死亡の同志社国際・西田校長(右から2人目)ら
死因は溺死──救命胴衣を着けていたのに

船転覆事故で生徒死亡の同志社国際・西田校長(右から2人目)ら
また19日の司法解剖の結果、武石さんと金井さん2人の死因はいずれも溺死と判明し、武石さんは裏返った「平和丸」の船体の下で救命胴衣の一部が船尾付近の構造物に引っかかった状態で発見されていたことも明らかになった。
今回の事故を巡っては、学校および同協議会の会見では安全管理をめぐる問題が相次いで明らかになった。さらに火種となったのが、事故後にX(旧ツイッター)上で現れた「同志社国際高校2年生」を名乗るアカウントによる研修旅行の「しおり」の公開だった。16日の学校側の説明と矛盾する事実が明るみに出たのだ。
ただ、告発アカウントは削除に追い込まれた。しおりを公開したアカウントはなぜ消えたのか。会見で浮かび上がった矛盾と、告発削除の動機を追う。
2隻の抗議船は長年、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設工事への抗議活動に使われてきたほか、基地が集中する沖縄の実態を学ぶ平和学習の場としても運航されていた。金井氏は日本基督教団の牧師で、キリスト教主義に基づく教育を行う同志社国際高校と個人的なつながりがあったとみられる。
17日の同志社国際高校の会見では、波浪注意報下での出航判断を船長に一任していたこと、教員が船に同乗していなかったこと、保護者には「抗議船」という言葉で伝えていなかったことが明らかになった。
11管は18日には、反対協が海上運送法で義務づけられた事業登録をしていなかった疑いで、同法違反容疑での捜査に乗り出した。反対協は16日の会見で、「無償のボランティア」を理由に登録の必要はないとの立場だが、学校側は船の使用料として計1万5千円を支払ったと説明しており、両者の主張は食い違っている。

転覆事故で生徒の死亡を母親に伝えた同志社国際・西田校長(右)
事故後には、X上で「同志社国際高校2年生」を名乗るアカウントが出現し、研修旅行の「しおり」画像を投稿した。このしおりによると、学校側は16日の取材で「運航主体は把握していない」と答えていたが、しおりには金井船長が研修初日の開会礼拝に登壇者として正式に組み込まれていた事実が記されていた。
しおりがSNSで拡散されると、資料に明記されていた東武鉄道子会社の旅行会社「東武トップツアーズ」のロゴにも注目が集まった。同社は18日のBusiness Insider Japanによると、修学旅行の担当を認めたものの、関与は「ホテルから港までの送迎」までで「そこから先はかかわっていない」と回答した。
この告発が広がりを見せるなかで不穏な動きも起きた。17日、同志社国際高校の「OB」を名乗るXアカウントが、「配布物の無断公開は指導・処罰の対象にもなる」としおりを公開したポストに警告。告発した同志社国際高校2年生のアカウントは「注意: このアカウントは一時的に制限されています」「不審な操作が確認されているアカウントです」とX側の警告が表示される状態に追い込まれ、アカウントが削除された。
何が語られ、どこで食い違ったのか。会見での発言や関係者の証言から検証する。
波浪注意報下の強行出航と、連鎖した悲劇
同志社国際高校の研修旅行は14日から17日の3泊4日で、2年生262名(男子120名、女子142名)が参加し、引率教員は13名。3日目の16日は7つのコース別学習に分かれて行動する日だった。事故が起きたのは「Fコース」、正式名称「辺野古ボートに乗り海から見るコース」。37名が希望し、最終的に36名が乗船予定だった(1名減の経緯は不明)。18名ずつ前半・後半に分け、先発の18名のみが乗船して事故に遭った。
当日は午前9時頃に辺野古に到着、9時15分前後に出航。10時10分頃、海底にサンゴ礁が広がる波の立ちやすい浅瀬付近で2隻が相次いで転覆した。「平和丸」には、死亡した武石さんを含めた生徒10名と乗組員2名の計12名、「不屈」には生徒8名と亡くなった船長・金井氏の計9名が乗船。第11管区海上保安本部の調査によると、2隻は不屈・平和丸の順に縦列で航行し、先に「不屈」が左前方から高波の影響で転覆。約2分後、救助に向かった「平和丸」もほぼ同じ場所で転覆した。
「平和丸」の船長は17日のオール沖縄会議の緊急幹事会で、「自船の生徒を避難させるか、救助に向かうかの葛藤の末、沈没した船の方に向かった」と語った。18日の関係者への取材では「パニックになった。助ける以外ないと思った」とも証言しており、極限状態での救助行動が二次的な転覆を招いた可能性もある。
また、引率教員2名はいずれも船に同乗していなかった。陸上で後発隊の生徒対応にあたっていたという。教頭も別グループの引率でFコースの現場にはいなかった。教員らは1時間を超えても生徒が戻らないことを不審に思いつつも、岸から見えない海域だったため状況を把握できず、救急車の到着で初めて事故を知るという状態だった。過去には教員が乗船していたこともあったが(一昨年は乗船)、教員の乗船はルール化されておらず、判断は現場に任されていた。
救命胴衣を着けていたのに──武石さんの死の経緯
死亡したのは同志社国際高校の女子生徒で2年生の武石さんと抗議船「不屈」の船長で牧師の金井さんの2名。事故から約1時間後に17名が救助されたが、安否不明だった武石さんは心肺停止の状態で発見された。18日に行われた司法解剖の結果、2人の死因はいずれも溺死と19日に発表された。
名護市消防本部によると、16日午前11時15分頃、潜水士の隊員が裏返った「平和丸」の船体の下で仰向けの武石さんを発見。救命胴衣(ライフジャケット)の一部が船尾付近の構造物に引っかかっており、潜水士がこれを外して引き上げたという。
捜査関係者によると、武石さんは裏返った船体の下から発見され、着用していた救命胴衣が船内部の構造物に引っかかった状態だった。
17日の学校側の会見発表では、乗船生徒18名のうち死亡した1名を除く17名について、16名が負傷、1名が治療不要だったとされた。負傷した16名の内訳は、口内の裂傷および歯の脱落が1名、指の骨折が1名、すり傷や打撲等が14名と説明されている。11管の17日時点の発表では、負傷者は計14名(生徒12名、乗組員2名)とされている。また、救命胴衣については乗船した全員が着用していたとされている。
安全管理の不備と「責任不在」の構図
当日の16日、沖縄本島北部には波浪注意報が出ていた。教頭は朝の時点でこれを把握していたが、学校規定に「注意報時の対応」が明文化されていないことから、出航判断を現場の教員と金井船長に委ねた。同志社国際高校の西田喜久夫校長は17日の会見で、「海のことはよく分からないということもありますので、船長の方のお考えの形で出航を決められた」と述べた。校長自身は船に乗ったことがなく、今年度は担当教員が下見に訪れた際も乗船せず、金井牧師にも直接会っていなかった。
沖縄気象台によると、事故が発生した16日午前10時ごろの現場海域の波の高さは約3メートルで、12日から継続してうねりを伴う波浪注意報が出されていた。また、11管や乗船者によると、当時の現場付近の風速は4メートル、波の高さは0.5メートル程度だった。11管の海保の職員は、白波が立っていたことから出航前の2隻に海上で「危ないから注意して」と直接呼びかけていたが、西田校長は17日の会見で、「把握していなかった」と回答している。
反対協側の出航基準は朝7時半のミーティングで船長が判断し、風速7〜8メートル以上なら出航しないというものだった。反対協の仲村善幸共同代表は16日の会見で「これには基準があります」と述べた。ただ、仲村共同代表は17日には、報道陣の取材に対し、出航を見合わせる基準は風速7~8メートルについて、「明文化されたものはない」と語った。抗議行動時と平和学習時で基準に違いはなかった。
さらに、2022年の知床遊覧船沈没事故を受け、一般不定期航路事業は有償・無償を問わず登録制となったが、「不屈」「平和丸」はいずれも未登録のまま運航されていた。反対協側は「ボランティアだから事業ではない」と主張するが、学校側は17日の会見で、船長を含む乗組員3名に5000円ずつ、計1万5000円を「船の使用料」名目で支払ったと明言している。この支払いは旅行社を介さず学校と金井牧師の直接のやり取りで、文書での契約は交わされていなかった。
運輸安全委員会事務局那覇事務所の事故調査官2名は17日から現地調査を開始し、辺野古漁港に引き揚げられた2隻の船体を確認した。「不屈」は操縦席付近の損傷が激しく原形をとどめない状態で、調査官は「転覆時のものなのか、曳航時のものなのか分からない」としている。運輸安全委の調査官は「印象としては小さい船に定員ギリギリの大人数が乗っていたと感じた」とも語った。「平和丸」は長さ7.63メートル、最大搭載人員13人(当日12人)。「不屈」は長さ6.27メートル、最大搭載人員10人(当日9人)だ。11管は18日、これらの船が無登録だった疑いで、海上運送法違反容疑でも捜査に着手した。
2022年4月、北海道・知床半島沖で波浪注意報下に出航した観光船「KAZU I」が沈没し、乗客乗員26名全員が死亡した。この事故を受けて海上運送法が改正され、小型旅客船事業は届出制から登録制に移行した。この知床事故後の対応について記者に問われた同志社国際高校の西田校長は、17日の会見で、「その事故を受けてということではなく、船に乗せるということに関しては一応学校の中では協議はいたしました」と回答。その結論は「信頼関係の中で大丈夫だろうという判断」だったと述べた。船舶の登録制度については「そういう制度があること自体は了解はしておりました」としたが、該当船舶が登録されているかは「把握をしておりませんでした」と答えている。
学校と「抗議船」の不透明な関係──食い違う説明
この事故をめぐる責任の所在は、関係者の説明が食い違うなかで見えにくくなっている。
16日の抗議船転覆事故で亡くなった金井さんは日本基督教団佐敷教会の牧師で、キリスト教主義の同志社国際高校との間に接点があった。同校の西田校長は17日の会見で、聖書を教える教員が金井牧師と接点を持っていたこと、金井牧師の側から「船に乗って沖の方から現場を見ることもできるよ」という話があったことを認め、教員と金井牧師の「個人的なつながり」がプログラムの発端だったと説明した。西田校長自身は金井牧師とは「ご挨拶をさせていただいたことがございます」という程度の関係だという。
一方、反対協側は「学校からの依頼」と説明しており、どちらが主体的に持ちかけたのかで双方の説明は食い違う。学校法人同志社の瀧英次常務理事は17日の会見で、「教育の主体的なところは各学校現場にある」と法人レベルでの関与を否定。18日のBusiness Insider Japanでは、東武トップツアーズは「ホテルから港までの送迎」までで、そこから先の関与を否定した。同社広報は、抗議団体の船への乗船について広報レベルでは把握せず、現場レベルでは把握していた可能性や過去のケースについては、「社内調査中だ」とした。
同志社国際高校の説明も、16日と17日で変わっている。事故当日の16日、同校の担当者は産経新聞の取材に「抗議団体だからこの船を選んだということはない」「チャーターするにあたって何らかの理由でそこになった。運航主体は把握していない」と回答し、辺野古に行くようになった経緯も「不明」と答えていた。翌17日の会見では西田校長が2015年からの経緯や金井牧師との関係を詳しく語っており、事故直後の時点では学校として情報の整理が追いついていなかった様子がうかがえる。
同志社国際高校側は、保護者への説明は不十分だった。2月の保護者説明会ではスライドを使い「特定の政治的立場を持たせる目的ではない」と記載されていたが、「抗議船」という表現では生徒にも保護者にも伝えられず、保護者からの個別の同意は得ていなかった。西田校長は17日の会見で、「保護者にどこまで伝わっていたかは、今思えばちょっと怪しいのかな」と述べている。結果として、保護者が十分な情報を持たないまま、生徒は抗議船に乗っていたことになる。
辺野古コースの沿革と船舶の運航実態
同志社国際高校の沖縄研修旅行は開校当初から続く伝統行事で、辺野古への研修は2015年頃に陸上からの見学として始まった。コロナ禍を挟んで2023年3月から船での見学が導入されたが、昨年度は雨天で運航中止となっていた。コース別学習は全7コースで構成されていた。
Aコース:読谷散策+民泊
Bコース:金城実アトリエ+民泊
Cコース:カヌー体験+佐喜眞美術館
Dコース:農業・食文化+サンゴ植え付け
Eコース:遺骨収集+聖地
Fコース:辺野古ボートに乗り海から見るコース+美ら海水族館(事故発生)
Gコース:美ら海水族館+美術館
反対協の16日の会見によると、「平和丸」は20年余り、「不屈」は9年以上運航されてきた。金井船長の運航歴は10年以上(一部報道では20年)。金井船長は金曜・土曜の当番で、事故当日の月曜は本来の当番日ではなかったという。
反対協の東恩納琢磨事務局長は、高校生の海上案内は「珍しい。年2回ぐらい」で、最近は同志社国際高のみ。海上での案内の受付は海上行動チームが担い、1週間前の会議で共有されていた。船のメンテナンスは月1回、船の修理屋と連携して実施していると説明した。
仲村共同代表は、過去に「波が荒くて航行が大変だった」という報告もあったし、乗船名簿は学校側が作成し、反対協では保管していなかったと明かした。
事故後の対応──遺族への報告と生徒のケア
16日の抗議船転覆事故は、同志社国際高校の西田校長への第一報は11時時過ぎ、別コースを引率していた教頭からの電話だった。11時14分に校長・教頭・事務の3名で緊急対策本部を設置。亡くなった武石さんの母親は、西田校長が死亡の情報を得る前にすでに学校に来ていた。別の保護者経由で事故を知ったとみられ、西田校長が母親に直接、娘の死を伝えた。
16日夜、沖縄のホテル2か所で教頭と団長教員が生徒に事故の経過を伝えた。泣き出す生徒、食事が喉を通らない生徒、部屋で寝るのがつらいと訴える生徒がおり、同行していたカウンセラーがケアにあたった。保護者説明会は併設中学の卒業式との兼ね合いで遅れ、24日に予定されている。学校法人同志社は3月中をめどに第三者委員会を設置する方針だ。
オール沖縄会議は17日に那覇市内で緊急幹事会を開き、海上での抗議活動を「事故原因が明らかになり安全な活動ができるまで自粛」と決定。陸上の抗議活動も週内は自粛し、来週以降再開するものの月内は拡声器を使わないとした。4月から通常の活動を再開する方針。
告発アカウントはなぜ消えたのか──「しおり」流出と削除の経緯
メディア業界関係者が語る。
「事故当日の16日、同志社国際高校の担当者は産経新聞の取材に『抗議団体だからこの船を選んだということはない』『運航主体は把握していない』と回答し、辺野古に行くようになった経緯も『不明』と答えていました。 こうした中、X上に『同志社国際高校2年生』を名乗るアカウントが現れました。
X上で拡散されたスクリーンショットによると、同アカウントは『抗議船であることは事前には知らされていませんでした』と訴えたうえで、同校の『運営主体は把握していない』という説明を『嘘です』と否定し、あわせて研修旅行の『しおり』画像を公開したのです。
公開されたしおりには、牧師の金井創さんが研修初日の14日の開会礼拝でメッセージ、祈祷、派遣・祝福と3つの役割を担っていたことが記されていました。学校側は『把握していない』どころか、金井さんは初日の礼拝から3日目の船舶運航まで、研修旅行における役割があったようなのです。
なお、翌17日の会見では西田喜久夫校長自身が金井牧師と学校側の接点を詳しく語っており、16日時点の『把握していない』『不明』という回答との食い違いが生じていました」
前出のメディア業界関係者はこう続ける。
「しおりに関しては印刷されていた東武トップツアーズのロゴも拡散の中で注目され、旅行代理店と研修旅行の関係が問われるきっかけともなりました。
このしおり画像の投稿に対しては、事故後に開設された同志社国際高校のの『OB』を自称するアカウントが、『配布物の無断公開は、学校によっては指導・処罰の対象にもなる』と投稿しました。このOBを名乗るユーザーは『火消しの工作員ではない』『先生方に不手際があれば罰せられれば良い』とも書いています。
その後、しおりを公開した側のアカウントにはX側から『注意: このアカウントは一時的に制限されています』『不審な操作が確認されているアカウントです』との警告が表示されるようになり、現在アカウントは削除されています。本人の判断で消したのか、外からの圧力があったのかは分かっていませんが、投稿が想定以上に拡散したことで身元が特定されるリスクを感じた可能性はありますね。参加者が限られる行事ですし、すでに身バレしていてもおかしくありません」
武石知華さんという人
同志社国際高校の西田校長の17日の会見での証言によれば、武石さんは中学から同志社国際に入学した帰国生徒で、英語力はネイティブ並みだった。海外経験が長く、留学準備や英語コンテストへの参加など前向きに取り組み、国際的な舞台で活躍することを夢見ていた。廊下で気軽に「おはよう」「こんにちは」と声をかけてくれる生徒で、真面目で、きちっとやらないと気が済まない性格だったという。母親から校長に伝えられていたのは、研修旅行を「非常に楽しみにしていた」という言葉だった。
今後の焦点
11管は17日から業務上過失往来危険・業務上過失致死傷の両容疑で捜査を進め、18日には海上運送法違反容疑での捜査にも着手した。19日には業務上過失致死傷容疑などでヘリ基地反対協議会の事務所や抗議活動の拠点を家宅捜索する方針を固めた。
運輸安全委員会は17日から現地調査に入った。学校法人同志社は3月中をめどに第三者委員会を設置する方針で、保護者説明会は24日に予定されている。出航判断の妥当性、未登録運航の法的責任、そして同志社国際高校の安全管理体制がどう検証されるか。捜査と調査は続いている。
(zakⅡ編集部・小野田聡)
【会見全文】辺野古沖・抗議船転覆事故 ヘリ基地反対協議会/同志社国際高校(2026年3月16日・17日)
16日の辺野古沖の抗議船「平和丸」「不屈」の転覆事故をめぐり、運航団体のヘリ基地反対協議会(16日夜)と学校側の同志社国際高校(17日)がそれぞれ記者会見を行った。出航判断の根拠、海上運送法の無登録問題、教員が船に同乗していなかった経緯、保護者への説明内容など、責任の所在をめぐる両者の主張がどう食い違ったのか。何が語られ、どこで食い違ったのか。会見での発言を全文掲載する。
■ヘリ基地反対協議会の会見(3月16日)
冒頭:共同代表2名による謝罪──「命を守るべき運動の中で命が失われた」
波浪注意報下でなぜ出航したのか──朝7時半ミーティングと船長判断の実態
「平和丸」「不屈」の運航歴と船長の当番体制──事故当日は当番外だったのか
高校生の海上案内は「珍しい。年2回ぐらい」──受け入れの実態と申し込みの流れ
「ボランティアで事業ではない」──海上運送法の未登録と無償主張の根拠
乗船名簿・メンテナンス・過去のヒヤリ事例
海上抗議活動の自粛方針と今後の体制見直し
■同志社国際高校の会見(3月17日)
冒頭:校長の謝罪と時系列報告──第一報から死亡確認、遺族対面までの経緯
学校法人同志社・瀧常務理事の声明──第三者委員会の設置表明と法人の責任
辺野古ボート見学(Fコース)はなぜ始まったのか──金井牧師との「個人的なつながり」と2015年からの経緯
「金井牧師が安全と言ったから安全と判断した」──出航判断の全容と校長自身の関与の不在
教員はなぜ船に乗っていなかったのか──「見落としでございます」資料訂正の経緯
海上運送法の未登録と知床事故後の対応──「制度は知っていたが該当船かは把握していなかった」
保護者に何を伝え、何を伝えなかったのか──「抗議船」の不告知と同意未取得
乗組員への5000円支払いと「無償」主張の食い違い──文書契約なし、旅行社不介入
亡くなった武石知華さんについて──校長が語る人柄と母親の言葉
負傷者16名の内訳と学校側・海保側の数字の食い違い
生徒への報告──「泣き出す生徒、食事が通らない生徒、部屋で寝られない生徒」
危機管理マニュアルの運用実態──「警報なら中止、注意報の対応は明文化されていない」
事故当日(16日)の「運航主体は把握していない」回答との温度差
【発言全文】ヘリ基地反対協議会の会見(2026年3月16日)
仲村善幸共同代表:まず、命を大切にし、命を守るべき私たちの運動の中で、お二人の命が失われるという大変な事故を引き起こし、亡くなられたお二人、さらには関係者、ご家族の方々に大変な事態を引き起こしてしまったことに対するお詫びを、まずは申し上げたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。
この事故の詳細については、乗船されていた方々などが今、事情聴取なども受けていますので、詳細については私たちも直接聞いておりませんけれども、海に出た、大きなうねりに遭ったということは聞いており、その中で転覆があったということが報道もされておりますので、これを何とか食い止められなかったか、避けられなかったかということを、本当に悔やんでおります。
このような事態を引き起こしたことに対して、ヘリ基地反対協として心からお詫びを申し上げたいと思います。本当にすみませんでした。
浦島悦子共同代表:私も共同代表の一人として、実は昨日、浜テントの座り込みに行きました。私たちの闘いも、もう22年、その前もあるんですけど。その中で、こういう事故を起こしてしまったということは本当に初めてでございますし、命を守るための活動を私たちはやってきたはずなのに、このような事態を引き起こしてしまったということは本当に痛恨の極みです。
仲間を失ったこと、そして何よりも、これからの将来を約束されていた若い命を失ってしまったこと、本当にご本人に対しても、またご遺族に対しても、関係者の皆様に対しても深くお詫び申し上げます。
今日の詳しい状況については、よく分かっておりませんし、今この場にその現場を見ていた方もいらっしゃらないので、これから何が原因だったかということを検証していくことになると思うんですけれども、聞いた話では、今日は海況は悪くなかったと、それで船長も大丈夫だということで出航の判断をされたと思うんですけど、突然高波が来て、そして最初の船が転覆して、それを助けようとして次の船もまた高波に襲われて転覆したというように聞いております。
実際のところがどうだったかというのは、まだこれからちょっと分からないんですけれども、そのような本当に考えられないことが起こるということも初めてのことで、本当にここにいるみんなすごく動揺しています。
ですけれども、やはり私たちのヘリ基地反対協の運動の一環としての案内というか、学校さんも、生徒さんたちにこの現場の実態をぜひ見てほしいということで多分ご依頼されたと思うんですけれども、そういう中でそれと全く逆の事態が起こったということは、やっぱり私たちの責任としてきっちりこの責任を取っていかなくてはいけないというふうに思っております。詳しいことに関してはまだ分かりませんので言えませんけれども、どうぞご理解ください。
出航の経緯と判断基準
Q.今日起きた高校生を案内する活動はいつ頃から行われていて、今日は何時頃に出発したのか。
仲村善幸共同代表:担当の人には以前に連絡があって、8時頃から10時頃の間に出発するというような話は聞いていまして、対応は第2テントの人たちにしていただいております。
たくさんのグループの方が来られて、この辺野古新基地建設の現状について知りたいという方々が20名余りでしょうか、もっといたとも言われていますけれども、来られて、何人か交代で今まではやっていたと思います。だから今日もそのような計画であったというふうに聞いています。
Q.本活動はどこが主催し、取りまとめているのか。ヘリ基地反対協議会なのか。
浦島悦子共同代表:そうではないです。学校から、辺野古のことを学習したいので行きたいのですが、というお話があって、私は海上のことはよく分からないんですけど、浜とかテントとかでお話をすることは、ずっと何年も前からやっております。
修学旅行シーズンは割と、一学年200何十名とかですね、来る場合もあるんですけれども、そういう場合は学校さんの方から前もって辺野古に行きたいということでありますので、海の場合はちょっと海上チームが中心にやっているので、私はちょっと分かりませんけど、一応そういう形があるのではないかと思います。
Q.出航の判断はどのように行われたのか。明確な基準はあったのか。気象情報などの基準に基づくのか、それとも船長の判断か。
東恩納琢磨事務局長:朝7時半にミーティングをして、その時の船長が判断して出航するということです。朝の天候と気象情報を見て、3人の船長が最終的に打ち合わせをして判断します。もちろん、注意報や警報が出れば、それは判断材料になります。
Q.朝7時半のミーティング時点では、警報は出ていなかったのか。
東恩納琢磨事務局長:まだそのことは聞いてないんですよ。そこまではちょっと分かってない。
Q.事故に遭った2隻はヘリ基地反対協の所属だが、本日の出航は事前に把握していたのか。
東恩納琢磨事務局長:はい。1週間前の会議で、そういうことが話されていたということですね。そのやり取りは、船長が先方の学校側とやり取りをしていて。1週間前の会議というのは、このヘリ基地反対協の会議で。
Q.海上メンバーの会議でのことか。
東恩納琢磨事務局長:海上メンバーの会議で共有されていたということです。反対協としても把握していた。
Q.登壇者の氏名と役職は何か。
東恩納琢磨事務局長: はい、共同代表の仲村善幸さんです。
浦島悦子共同代表: 共同代表の浦島悦子です。
安次富浩顧問: 顧問をやってます安次富浩です。
仲本興真顧問: 顧問の仲本興真といいます。
Q.亡くなった船長は金・土曜日の当番だと聞いているが、本日(月曜日)の出航は船長自身の意思か、学校側からの要望か。
仲村善幸共同代表:もともと、頼まれたようなことで出たことがあるという、そのつながりではあったと思います。
Q.当番外の日でも出航することはあったのか。
東恩納琢磨事務局長:今日のことはちょっと確認中なんです。
Q.今回が当番外の出航であったのか、協議会側は把握していないのか。
仲村善幸共同代表:今日のことは、今、ほかのメンバーで確認をしていますので。それは本人が今日、自分がなぜ行ったのかということになるので、こちらは詳しくは分かりません。
Q.修学旅行での海上案内の問い合わせは、年間または月間にどの程度あるのか。
浦島悦子共同代表:案内というのは、陸も含めて、メールとかファクスで、辺野古に伺いたいのでお話してくださいとか、ちょっとご案内くださいというのは、本当にアトランダムですね。それに対応できるかどうかは、こちらの状況ですけど。
Q.実際に案内を行う件数はどの程度か。
浦島悦子共同代表:海の方はちょっと分からないんですけど、この陸でのお話とかは、季節によっても修学旅行シーズンとかもありますし、それから夏休みとか、そういう時にはたくさんあるんです。
仲村善幸共同代表:海の方はたくさんあるわけではなくて、数件程度です。
Q.海上での具体的な学習内容は何か。今回の学習コースは通常のルートと同じだったか。
浦島悦子共同代表:分かりません。海を見たいということで、できるかどうかの判断をこちらでしていたということです。
Q.定型のプログラムはなく、依頼の都度、学校側と相談してコースを決定しているのか。
東恩納琢磨事務局長:特に決まったコースを持っているということではなくて、案内する船長の方とやり取りをして、海の状況を見て判断して案内しているのだと思います。
Q.船長が救命胴衣を着用していなかったという情報があるが、協議会として救命胴衣着用の認識はどのようになっているか。
東恩納琢磨事務局長:船長が救命胴衣をつけてなかったというのは、まだ確認されてないんですけど、その方はですね、腰に巻く救命具で、見てすぐ分かるようなものではないんですね。
必ずしも肩から着るタイプだけじゃなくて、腰から着けるのも認められてますので、それを着用するのは私は見たことがありますから、やってなかったということではないかもしれません。
運航の実態と安全管理
Q.他人の需要に応じて人を運送する場合、運輸局への登録が必要となっているが、今回の船舶は運輸局へ登録されているか。
東恩納琢磨事務局長:登録というよりは、要するにボランティアで、事業でやっているわけではないので。
Q.旅客船でなくとも、第三者の要望で乗船させる場合は「他人の需要」に該当し登録対象となる可能性があるが、その点について認識しているか。
東恩納琢磨事務局長:確認してみます。
Q.ボランティア活動ということは、無償で行っているという認識で間違いないか。
仲村善幸共同代表:はい。
Q.乗船希望者や修学旅行生に対して、ボランティアで完全無償で案内しているのか、一定の費用を求めているのか。
仲村善幸共同代表:これはもう強制はしないです。カンパということをお願いしますとは言ってないです。
浦島悦子共同代表:基本無料ですけど、カンパしてくださる方はいるんです。もちろん、払えない方もいますけど、カンパしてくださる時はあります。そこまでカンパを強制しないけれども、運動に対するカンパは常に受け付けておりますので。
Q.乗船名簿の作成は普段行っているか。
仲村善幸共同代表:普段、そのあたりは学校側です。
Q.作成された乗船名簿は、協議会で保管、あるいはどこかへ提出しているか。
仲村善幸共同代表:こちらでは保管はしていないです。来られる時には学校の方で把握してやっています。
Q.名簿は学校側から毎回何らかの形で提出を受けているのか。
仲村善幸共同代表:今日もチェックされていましたので、先生がその名簿を。
Q.協議会や海上行動チームとしても名簿を受け取り、確認を行っているのか。
仲村善幸共同代表:船長さんがやってると思われますけど、ちょっとそこまではしないです、こちらは。
Q.名簿の提出は協議会側から求めているのか、学校側に一任しているのか。
東恩納琢磨事務局長:学校側から(任意で提出)です。
Q.過去に見学の予定で来訪した際、海況不良のためテントでの学習など別内容へ変更した事例はあるか。
浦島悦子共同代表:あります。特に冬場は海が荒れるので、結構、私は海のこと分からないけど、海に出られなくなったからお話しさせてくださいというようなことは、たまによくあります。
Q.今回の乗船にあたり、カンパ等の費用は発生しているか。
仲村善幸共同代表:まだ聞いてない、ちょっと把握はしてないです。担当の人と、船長さんたちとかまだ会ってませんので、会ってません。
Q.学校や旅行代理店との事前のやり取りの中で、費用の話は出ていなかったか。
仲村善幸共同代表:それはないと思うんですけど、こういうことを聞いたことはありません。
Q.船の整備状況や、過去のエンジントラブルなどの有無について説明してほしい。
東恩納琢磨事務局長:メンテナンスを月1回ということでやってきまして、もちろん船の修理屋さんと連携を取ってやって、適切にされていたわけです。
Q.今回、不屈船に乗っていたシバタさんとはやり取りをしているのか。
浦島悦子共同代表:まだ会ってません。
Q.電話等での連絡も行っていないのか。
東恩納琢磨事務局長:今、電話でどこどこにいるっていうことは聞いてるんですけど、まだ実際に会って話を聞いたことはない。まだ行われてない状況ですね。で、不屈に乗ってたかどうかも、私はまだ把握していません。
Q.現在地の確認以外に、当時の状況について本人から話は聞いているか。
東恩納琢磨事務局長:まだです。
Q.今回亡くなった船長は、どれくらいの期間、船を運航していたのか。
東恩納琢磨事務局長:10年ぐらい。
Q.一部報道では運航歴20年という情報もあるが、事実か。
浦島悦子共同代表:そうかもしれませんよね。ご本人が、あちこちで講演されてる時に、そんな話をされてるのを聞いたことがあるので。
Q.協議会としての認識はどの程度か。
東恩納琢磨事務局長:10年以上は。
Q.10年以上、平和学習目的で船を運航していたということか。
浦島悦子共同代表:平和学習っていうよりは、一応、抗議なので、基本は。
Q.抗議船としての運航歴が10年以上ということか。
東恩納琢磨事務局長:そうなるのかな。10年以上でしょう。
Q.「不屈」と「平和丸」は、それぞれいつ頃から抗議活動に運航されているか。
浦島悦子共同代表:平和丸の方は、海上行動が始まってから、もう20年余りです。
Q.それは2隻ともか。
東恩納琢磨事務局長:不屈は9年以上だと思います。
Q.過去に転覆の危険性を伴う事例はあったか。また、運航後の船長同士のミーティングでそのような情報共有は行われているか。
東恩納琢磨事務局長:船長同士、終わった後のミーティングで、「今日はそういうところがあったかな」といった話し合いはするようにしています。
仲村善幸共同代表:そういうことがあったかというと、波が荒かったとか、そういう話は僕らも聞いていた。波が荒くて、航行がやっぱり大変でしたねという話も、途中で荒れたとかいう話も聞いているので、運航はもう徹底して天候と相談をして、船長が決めていくということだけはっきりしています。
Q.波が荒い場合は出航しないということか。
仲村善幸共同代表:波が荒れていたら出ないですね。これには基準があります。基準というかね。
Q.生徒の乗船を把握した「1週間前の会議」とは、9日のことか。
東恩納琢磨事務局長:ちょっと何日っていうのは聞いてないんですけど、海上メンバーの方が一緒にこの情報を共有していました。
Q.朝の気象情報を見て、船長が出航判断を行うということで間違いないか。
東恩納琢磨事務局長:7時半ですね。
Q.気象を見て出航を判断した場合、それ協議会に共有されるのか。
東恩納琢磨事務局長:1週間前に運航されるということは共有されていて、今日の判断は現地のことで、そこについては私たちには共有されていません。
Q.抗議行動時と平和学習時で出航基準に違いはあるか。また、波高何メートルで出航を見合わせるなどの具体的な基準はあるか。
東恩納琢磨事務局長:基準は違わない。どっちも同じで、波高というよりは風速でいえば、大体南風で7メートル、8メートルともなるとですね、それより強い場合は出ない。
Q.常に無線を受信・監視している担当者はいるか。
東恩納琢磨事務局長:います。
Q.気象や海象が急激に変化した場合、船長へ情報伝達される体制になっているか。
仲村善幸共同代表:船長も情報を持っていますので、最終的には船長が判断します。
Q.常に船長が判断を下す体制か。
仲村善幸共同代表:全部機械を持ってます。機械というか、情報は持ってますので。
Q.抗議船の航路について、今回も含め、辺野古漁港を出発して同漁港へ戻る予定であったのか。
東恩納琢磨事務局長:そう。
Q.中学生、高校生、大学生のそれぞれの受け入れ頻度は年間でどの程度か。
浦島悦子共同代表:中学はないです。海はですね。海は、どんな学校っていうのはあんまりないね、分かりませんけど。
Q.高校生による海上の学習は珍しいのか。
東恩納琢磨事務局長:珍しい。年2回ぐらい。
Q.今回の学校は毎年来訪しているのか。
東恩納琢磨事務局長:最近そういう話を聞いたことがあって、船長との知り合いということのようですが、そこはちょっと確認してないんです。
Q.今回の高校以外に、県外からの海上案内の来訪はどの程度あるか。
浦島悦子共同代表:海は、もうこの高校以外、最近はそれしか聞いたことがないです。今回の高校が最近では。
Q.大学生の場合はどの程度あるか。
浦島悦子共同代表:大学のゼミは多分、時々ありますよね。先生が連れてきて。でも人数は多くないから、5、6名とか、7、8名とか。
Q.高校生は年2回とのことだが、大学生も同程度か。
浦島悦子共同代表:海上はそんなにない。
Q.今回事故を起こした2隻が運輸局の登録を受けていなかった理由について、現時点で把握していることはあるか。
東恩納琢磨事務局長:営業でやっていることではなくて、不定期に、知り合いなどから相談があった時にボランティアで対応してきたので、登録はしていなかった。
Q.案内の受付窓口はヘリ基地反対協と海上行動チームのどちらか。今回も規定の手順に則った事前申請があったのか、それとも船長個人のつながりによる出航か。
東恩納琢磨事務局長:海上行動で受け付けていて、それを報告いただいています。今回も海上行動のメンバーで事前に話し合いはしたそうです。
Q.今回の案内は船長個人の活動ではなく、ヘリ基地反対協の海上行動としての案内であったという認識で間違いないか。
仲村善幸共同代表:そこがまだ、申し込みが反対協にあったということについては聞いていませんけれども、僕らも知らなかったわけではなくて、行動は反対協が責任を持って、それは反対協のメンバーですので、海上メンバーは反対協の朝のミーティングで決めていますけど、それは反対協の意思でやっているということです。
浦島悦子共同代表:基本ですね、海上行動もそうですけど、抗議行動もそうですけど、やはり私たちのこの運動を、あるいは私たちの思いを、なるべく多くの人に知っていただいて、それから若い人たちに伝えたいっていう思いで私たちやってるので、その一環として、やはり海を見て、私たちも見て、このきれいな海を見てほしい、それから工事の現状を見てほしいって気持ちもあるし、そういうことをぜひ生徒たちに見せたいっていう学校側の希望もありますので、それに応える形でやってるということを。
今後の対応と活動方針
Q.建設現場を生徒に見せることの、平和学習としての意義は何か。
浦島悦子共同代表:それは学校側からのオファーの問題です。
仲村善幸共同代表:こちらから平和学習に来てくださいということではないですので、関心のある方々が来て。
Q.年数回というのは、学校側が平和学習の一環として依頼してくる回数という理解でよいか。
仲村善幸共同代表:こっちからお願いしたら営業みたいになってしまいます。そうです。それはできないし、お金も取ってないということです。
Q.本事故を受け、今後の活動や対応方針について話し合われた事項はあるか。
仲村善幸共同代表:これから、明日はまたオール沖縄の幹事会がありますので、そこでもいろいろ議論します。
これから反対協でも、あり方をきちっと、この案内のあり方であるとか、説明のあり方であるとか、行動のあり方とか、そういうことを今日のことを受けてですね、人命に関わるような危険なようなことはやってはいけないことですのでね。海上行動などは特に危険が伴うですから、そこは議論をして改めていかなければいけないんじゃないのかなというふうには思いますから、明日の会議であるとか、またこれからの会議できちっと話し合えるということになると思います。すいません。
Q.献花などの追悼を行う予定はあるか。
浦島悦子共同代表:それも含めて今後、検討していきたいと思います。もう明日すぐに、という話ではまだまとまってはいないです。
やっぱり私たち自身も、今までこういう事故もなく、ある意味、気の緩みがあったというのはすごく痛感しているところです。だから本当にこれから、命を大事にしていくというのが今まで以上に問われるような運動でないといけないと思っていますので、それも含めて、もう1回体制を立て直していきたいと思ってます。
仲村善幸共同代表:この前の事件などもありましたけれども、ゲートでの座り込みもありますけれども、これはもう細心の注意を払って、事故とかそういうことが絶対起きてはいけないというようなことを確認をしてやっていますのでね。それを、これからしっかり現場でやっていくのは大きな課題というか責任だと思います。
Q.明日、オール沖縄会議で話し合われるのか。
仲村善幸共同代表:オール沖縄会議でそういう話も取り上げると聞いています。こっちも行くことになってます。
Q.事故前から予定されていた会議か。
仲村善幸共同代表:ではないです。
Q.この事故を受けてか。
仲村善幸共同代表:そう聞いています。
Q.会議の開催場所と時間はいつか。
仲村善幸共同代表:オール沖縄に問い合わせされたらいいと思います。
Q.今後のボランティアによる受け入れ体制のあり方について、現時点で話し合われたことがあれば教えてほしい。
仲村善幸共同代表:これもとても大事なことですので、きちっと議論をして、安全に行動ができるようなことを徹底していかなければと思います。今回のは特に海の中ですので、何が起きるか分からないということで、不慮の事故と言っても済まされないと思いますのでね。
【発言全文】同志社国際高校の会見(2026年3月17日)
西田喜久夫校長:本日はご多忙の中、ご参集いただき誠にありがとうございます。すでに現地報道等でご承知のように、本校の高校2年生1名が、研修旅行中の不慮の事故により亡くなりました。私どもも、もうすでにご遺族と対面を果たしております。初めに、衷心より哀悼の意を表します。今回の報に接しまして、驚きと悲しみに耐えがたい気持ちでございます。また、在校生のご家族様をはじめ、関係者の皆様、その他多くの方々に多大なご心配、ご心労をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。加えまして、今回の事故におきまして一緒に命を落とされました金井(創)牧師におかれましても、哀悼の思いを述べさせていただきます。
生徒の顔を思い浮かべると、にこにこ笑っていたあの姿を、どうしても私たち教員は思い出してしまいます。今日の朝も職員会議を開きましたが、そこでも教員たちは涙、涙の中で会を進めておりました。4日前、大阪を飛び立って希望に燃えて沖縄の方に行きました1人の生徒が、このような形で帰らぬ人となったことに関しまして、本当にどういうふうに受け止めたらいいのか、悲しみをどう受け止めたらいいのか、このことに関しまして、もう私ども教員1人1人、とらえようのない悲しみに包まれております。
今日これからご説明の方をさせていただきますが、うまくご説明できないところもあるかもしれませんが、どうぞお許しください。最後に、重ねまして、ご本人の未来ある命をこのような形で失われましたことに関しまして、悲しみの中、安らかにお眠りくださいというふうに、哀悼の意を表したいと思います。
それでは着席でご説明させていただきます。現在まで私どもが把握しております内容について、これから順次ご報告いたします。ただ、遠く離れた場所でのやり取りの中でのことですので、時系列に多少揺らぎがあったり、若干情報が錯綜しているところもございました。そのため、記者発表の方も遅くなりましたが、できる限り精査した内容でお話ししたいと思います。ご理解ください。
また、今回の事故につきまして、これから説明をしてまいりますが、開始に先立ちまして1点お断りがございます。すでに一部の報道では、亡くなりました私どもの生徒が実名報道されておりますが、ご遺族の方から、今回の会見で名前を出さないでほしいとの強いご意向がございました。ご遺族の思いに従い、この会見の中では生徒名に関しましては伏せさせた形で申し上げたいと思います。それでは説明してまいりたいと思います。
まず、今回の事故の第一報が私校長のもとに届きましたのは、昨日3月16日月曜日の午前11時過ぎでございました。研修旅行の本体に同行している教頭の方から、私の携帯の方に連絡が入りまして、本校の生徒が乗船した船が転覆した、警察、海上保安庁等が出動している、生徒の安否は不明というものでございました。その後の時間の流れに関しましては、お手元にございます資料の時系列のところにお書きしている形になりますが、ここで状況を説明いたします。
11時14分に、18名の生徒のうち17名が救助された、残り1名に関しては安否不明という連絡が参りました。それから20分ほどたった頃ですか、15分ほどですか、安否不明だった1名に関しまして、心肺停止で発見され病院に搬送されたという情報が次にやってまいりまして、同時に、それ以外に2名けがをした生徒がいる、この2名に関しても病院に搬送されたという情報が参りました。
それから1時間ほどたった時に、今度はその教頭の方から、心肺停止の1名に関しまして病院の方で死亡が確認されたという連絡が入りました。この時点で、お母様がもうすでに学校に来ておられましたので、お母様にその事実をお伝えし、娘様のお待ちになる沖縄の方に行っていただくための準備をしていただくことになりました。
12時50分に、念のために残り15名に関しても病院の方で診察を受けるという連絡が入っておりました。この時点では、あくまで念のためという連絡であったんですけれども、後ほどちょっとご説明しますけれども、15名のうちのほとんどの生徒は何らかの治療を病院の方で受けております。15時51分、教頭が病院の方で生徒の死亡を確認いたしました。本校生徒1名の死亡が確認されるまでの経緯に関しましては、以上のようなことになります。
その後、学校といたしましては、現場の状況を確認しつつ、必要な情報を一斉配信で保護者様にお伝えいたしました。また、転覆した生徒の状況につきましては、直接引率している担任から保護者様に連絡を入れました。現地では教頭と担任が中心になりまして対応にあたり、搬送された生徒たちの確認と、現地でのプログラムの一部をカットして、残された生徒たちのケアに多くの時間を割きました。今回の研修旅行には本校のカウンセラーも同行しておりましたので、そのカウンセラーにもお手伝いいただいて、残された生徒のケアにあたりました。
こちらの方がその後とらえた情報といたしまして、当初搬送されました2名は、1名が擦り傷と打撲、もう1名は口内、口の中のけがを負ったということで、歯が抜けたり裂傷があったというふうに報告を受けています。また、転覆の後、念のためにということで搬送されました15名に関しましては、そのうち1名が指の骨を骨折していたということが分かり、その他は擦り傷、打撲、それから海水を飲んだというような形の状況で、その生徒たちに関しましては病院の方で治療を受けたというふうに報告を聞いております。
その後、引率教員や生徒の証言を総合して、事故当時の様子として現時点で私の把握している話をいたします。正式には、海上保安庁での調査が今まだ継続しており、本校の教員、生徒の方の聴取もまだ行われているということですので、全てのことが今分かっているわけではないという前提で、お話をお聞きいただければ幸いです。
本校の研修旅行、一般には修学旅行と言われるものですが、本校では開校以来、沖縄の方に研修のための旅行をしてまいりました。沖縄研修の目的が平和学習に重きを置いているからということで、本校はその平和学習というのをこの学校の1つ大きなアピールポイントというふうにも考えております。
生徒1人1人がこの研修で何かを学び、1人1人が平和を作り出す人になれるようにという思いから、40年以上にわたり沖縄研修を続けてまいりました。第1期生の時からずっと沖縄の方に足を運んでおります。沖縄の中の多くの方々にお力添えいただき、南部戦跡を中心に戦跡を訪ね、また多くの沖縄の方々のお話をお聞きし、平和への思いを培ってまいりました。
今年度は、2026年3月14日土曜日から3月17日火曜日の予定で日程を組んでおり、3月15日日曜日は南部戦跡を中心とした平和学習、そして事故のございました3月16日月曜日は、7つに分かれてのコース別学習をしておりました。コース別は、沖縄の歴史や文化を体験するコースであったり、いろんなコースがあるんですけれども、今回事故の起こりましたのは、その中のFコースという名前のコースでございまして、午前中に辺野古の方の見学をし、午後から美ら海水族館の方を回る予定をしておりました。
9時頃に辺野古に到着した生徒たちは、先発隊と後発隊、2つのグループに大きく分かれまして、まずその先発隊のメンバー18人が2隻の船に分乗し、出航いたしました。戻ってくるのを教員、生徒で待って、戻ってきたら次の後発隊がその船に同じように乗って出ていくというのがプログラムの流れでございました。実際に、生徒たち、教員たちが待っていたところ、思いのほか長く帰ってこないということで、どうしたんだろうというふうな思いではいたようなんですけれども、暮らしているうちに救急車のサイレンの音がしまして、その港のところに救急、緊急車両がやってくる事態になりました。その時に初めて、現場の教員は転覆事故があったという事実を聞いたそうです。
報道等では、当時波浪注意報が出ていたということが書かれていましたが、本校教員が現場で船長の金井牧師と打ち合わせをした時も、金井牧師の方からはそのことについて特に言及はなく、出航に関しましての疑念も話されなかったということです。そこで、予定通りの工程を確認して、生徒たちは乗船をいたしました。ちなみに教員は、陸で残っている生徒の指導に当たっておりましたので、その船には乗船をしておりませんでした。
転覆した船に乗っていた生徒の証言によりますと、2隻のうちの1隻がまず転覆をし、その船の救助に向かったところ、その救助に向かったもう1隻も転覆したというふうに聞いております。
私どもの平和学習は、長年、先ほど申しましたように40年以上にわたる活動を続けておりますが、その中で辺野古への研修旅行をするのは、2015年頃から行っておりました。なぜ辺野古なのかという疑問がネットなどではたくさん見られておりましたが、私たちは、辺野古はご存じのように現代の沖縄が抱える基地問題の1つの縮図のような場所だというふうに考えております。
それは基地反対運動に生徒たちを巻き込むというような意図ではなく、少なくともそのような視点で基地に疑問を感じている方々がおられるという事実、その発見にあるというふうに考えております。京都にいてはなかなか感じにくい沖縄の実相を、見せないのではなく見せることによって、各自がそのことの意味を考える機会としてほしいという思いで、毎年ではないですが、今までから沖縄の研修コースとして辺野古を取り上げておりました。
当初は、辺野古の研修に関しては陸の方から説明を受ける形をしておりましたが、今回お亡くなりになりました船長の金井牧師は、日本基督教団の牧師先生でございます。その先生と私どもの学校がキリスト教主義であるということで、懇意にしていただく機会がございまして、その中で辺野古での、海上からの研修に関してお話をさせていただいたことがございました。
そういう折に、金井牧師の方からも、船に乗って沖の方から現場を見ることもできるよというふうなお話をいただきまして、本校で検討し、この海上からの辺野古基地の見学というふうなものを研修旅行の中に取り入れることになりました。もちろん、船上で抗議活動をするようなことは一切しておりません。また、その抗議活動に立ち会うようなことも一切ございません。あくまで辺野古の海の美しさを感じ、そしてそこに立つ基地の姿を見る、そのことがポイントでございまして、普段基地に疑問を抱いている方たちの意識を感じる、そこにポイントがございます。生徒たちに特定の政治的な、もしくは思想的なものを持つように指導をするようなための研修旅行では全くございません。
次に、これもネット等でいろいろ疑問として出されたんですけれども、ボートの安全性ということがございました。今、私が把握している中では、いずれも定員以内の乗船であったということ、また海域の中の立ち入り禁止区域には入っていないということ、乗船にあたっては全員が救命胴衣をつけていたということ、以上、報告で受けております。当時の天候や波の状態については、最終的に船長がどのようなお考えのもと判断をされたかは今となっては不明でございますが、学校としては、最終的に教員と話し合った上で、船長の判断にお任せしたということでございます。
平和教育は本校の教育の中での重要な部分であり、今後とも継続していく所存でございますが、今回のことを踏まえまして、その中身に関してはもう1度精査をしてまいりたいというふうに考えております。今回の事故に関しての説明に関しては以上となりますが、ご遺族の皆様のお気持ちを思うと大変残念に思いますし、結果としてこのような事態を招きましたことは大変心苦しく思います。改めて哀悼の気持ちをお伝えいたします。
現在の状況でございます。研修旅行中の生徒につきましては、プログラムを一部変更いたしまして、今日の午前中に予定しておりました那覇市内の散策活動は取りやめ、ホテルの方で待機しております。そして、予定しておりました便に乗りまして、今日こちら大阪の方に戻ってくる予定になっております。また、引き続き現地の本校教職員やカウンセラーに、生徒のケアにあたるように指示しております。
亡くなりました生徒のご家族は、昨日の飛行機で現地に到着された後、すでにご遺体と対面され、また現地では海上保安庁、消防局などが事故の検証を継続しております。本校としましても、教頭をそのまま現地の方にとどめ、亡くなりました生徒のご遺族の方々のケアにあたるのとともに、引き続き情報の収集と調査、検証、生徒のケアにあたってまいろうと思います。
最後になりますが、今回、思いがけない事故に遭遇した生徒たちは大変動揺しております。生徒はもちろんですが、その保護者様や卒業生、在校生も非常に心を痛めている状態です。報道各社の皆様におかれましては、本校生徒、保護者、卒業生、在校生等へのインタビューなどの接触は格段のご配慮をいただきますよう、よろしくお願いいたします。また、本日生徒たちが空港の方に戻ってまいりますが、そちらの方の取材に関しましても、ぜひ配慮の方よろしくお願いしたいと思います。私からの説明は以上でございます。ありがとうございます。
瀧英次常務理事:まず、このたびの同志社国際高等学校の沖縄修学旅行におきまして、尊い命が失われましたことに対し、亡くなられた生徒さんに心よりご冥福をお祈り申し上げますとともに、ご遺族の皆様には法人を代表して深くお詫び申し上げます。生徒の命を守るべき教育機関として、このような事態を招いたことに対しまして、痛恨の極みであり、重い責任を感じております。本日の会見に際しまして、3点お伝えさせていただきます。
第1は、法人の安全管理体制と責任についてです。法人では、学校の校長で構成する学校長会のもとにリスク管理連絡会を組織し、リスク軽減のための情報共有と意見交換を定期的に行っております。しかしながら、個別の修学旅行の具体的な工程や安全対策については、各学校の教育方針に基づき、校長の判断と決定に委ねているのが実情でございます。今回の事態を受け、法人としての監督管理体制が不十分であったと認識するとともに、今回の事故における責任は、設置者である学校法人同志社にあると考えております。
第2に、原因究明と再発防止についてです。今回の事故を深く受け止め、客観的かつ公正な視点から原因を究明するため、外部の有識者からなる第三者委員会を速やかに立ち上げます。本委員会の調査を通じて、計画段階から実施に至るまでのプロセスにどのような不備があったのか、組織的な課題を含めて徹底的に調査してまいります。二度とこのような事故を繰り返さないよう、法人を挙げて管理体制の抜本的な見直しをしてまいります。
第3に、ご遺族への対応と生徒のケアです。ご遺族の皆様に対しましては、誠心誠意対応をさせていただきます。また、事故を目の当たりにした生徒および同行生徒の心のケアにつきましても、専門家の協力を得て、法人組織を挙げて全力で取り組んでまいる所存でございます。今回の事故につきまして、深くお詫び申し上げます。
辺野古ボート見学(Fコース)の経経緯と船長との関係
Q.2015年頃から辺野古には研修旅行で行っていたというが、最初は陸から見学していた。このボートに乗るようになったのはいつ頃からなのか。
西田喜久夫校長:コロナ前に関しましては、辺野古の方を陸から見学させていただく、もしくはコースの都合上、辺野古がコースに入らないこともございましたけれども、実際にボートで行くようになりましたのは、2022年度、2023年3月からでございます。
Q.それは、こういうこともできるよというふうにお話があって始まった、という理解でいいか。
西田喜久夫校長:というふうに私は聞いております。はい。
出航判断と安全管理の欠落(無登録・波浪注意報・教員未乗船)
Q.当日の経緯、いつの時点で、どなたが何を確認した上で出航、このプログラムを行うということを決めたのか。そして、行っている時の安全確認の仕方がどのように行われていたのか。加えて、現地の先生、教頭先生も含めて、どういうふうに乗船していたのか、していなかったのか、していなかったならどこにいて、どういうふうに見ていたのか。
西田喜久夫校長:まず、朝の時点で教頭の方は注意報が出ていることは確認をしていたようです。その上で、最終的に乗るか乗らないか、出航するかどうかに関しては、現地で引率しました担当教員と、それから船長の金井牧師の方で相談をして決めることになっておりました。
特に向こうに行った時に、牧師の方から、そんなに出航できない条件ではないというふうなことが、多分会話として交わされたんだろうと思うんですけれども、特に今回のその出航に関しての異議といいますか、不安とかいうことの表明がない形で、そのまま出航する形になったというふうに報告を受けています。
あと、教員の引率ですけど、2名の教員が現地の方に引率で行っておりました。その2名の教員は、陸の方に生徒を残している状態でしたので、その陸の方の生徒の対応に当たっておりました。ですから、船の方には乗船していなかったという形になります。
Q.多くの乗船は2023年から始められたというが、それまでトラブルがなかったのか。船の運行に対していくらかのお礼や運賃など払われていたのか。
貴志浩行事務長:謝礼の方ですけれども、船長の金井牧師を含め、現地の方には使用料として5000円、ボランティアみたいなものなんですけれども、それをお渡ししておりました。
西田喜久夫校長:このプログラムの実施状況に関してなんですけれども、先ほど申しましたように、2023年以前の2年間に関しましては、実はコロナの中で沖縄の方の研修旅行に行けない状態にございました。その関係でその2年間はなくて、その前数年間は、その辺野古の研修自体が他のプログラムの関係でちょっと動かせない状態になってまして、中止をしておりました。
2015年、16年あたりは、陸からの見学というふうな形をしておりました。このここ3年間、情勢の形で実施をしてまいったわけですけれども、私が把握しているところでは、昨年度に関しては雨が降って、実際には運行できなかったというふうに聞いております。
ですから、その現場で天候も含めまして、船長の方が最終的な判断をして、安全性も含めて決定をしていただいているんだろうというふうに考えております。
Q.船は、一般不定期航路事業は、国土交通省で登録制。2022年4月の知床の事故以来、届出制であったものを登録制にしているはず。有償無償に関わらず登録しなければいけないが、今のところ、「不屈」という船と「平和丸」、見つけられない、校長先生としてはいかがな認識なのか。それから抗議船として使われている船に乗船することについて、生徒さん、生徒の親御さんからの承認、承諾は得るのか。承諾を得ている場合は文書なのか口頭なのか。
西田喜久夫校長:まず、その今回の船2隻が登録されているのかどうかということに関しましては、申し訳ございませんけど、私、存じ上げておりません。そういう形でボートを出しておられて、普段から観光客であるとか研修旅行、修学旅行生とかを乗せたりもしているというお話も聞いておりましたので、そういう形で運用をされているんだろうというふうに私どもは理解をしておりました。
それから、抗議船と言われるものに生徒を乗せることの是非といいますか、承諾があったのかどうかということなんですけれども、まず、今回、辺野古に行くにあたって、こういう船には乗りますというのは、保護者の方に、というか、生徒の方にアナウンスはしております。
これは先ほど申しましたコース別学習なので、生徒がどのコースに行くかというのは選んで、このコースを選んで参加をしている状態になります。その中で、それを抗議船という名前で私たちは生徒には説明をしていませんし、保護者の方にも説明はしていません。こういう形で、普段、基地反対を唱えている方々が乗ったりしている船というふうな言い方はしますけれども、抗議船という言葉では生徒の方にも保護者の方にも伝えていることはありません。
その中で、生徒の方に関しましては、少なくともこういうふうにいろいろなことに関して了解済みでの乗船だというふうにお考えください。保護者の方には、それに関してこういう船に乗りますという連絡はしてますけれども、それに対して同意を取ったりという形はしておりません。
Q.一般不定期航路事業、2022年の事故が起きてから(登録を)やらなきゃいけないことになっている。有償無償関係ない、どうして確認しなかったのか。また、辺野古の住民は、基地の移設について賛成反対どういうふうな状況になっているか、確認したことがあるか。
西田喜久夫校長:私が直接現地で確認したことはございません。ただ、いろんな形で、その沖縄の方々のご意見を知ることはございます。また、報道等で、その周辺の住民の皆様の思いというのもいろいろな形で確認はしております。
Q.登録制の部分の確認は義務だ、有償無償関係ない。過失じゃないか。保険はどうするのか。そういうことを学校は確認するのではないのか。昨日の金井牧師の団体の会見では、(乗船は)金井牧師からの言及ではなく学校の方から、と話していたが、金井牧師の方から言ってきたということでいいのか。
西田喜久夫校長:乗せるというか、乗せて海上から見学することもできるよという話があったのは聞いております。
Q.保険の関係はどうなのか。
西田喜久夫校長:そこの部分に対しては、すいません。
Q.なぜ確認しなかったのか。
西田喜久夫校長:申し訳ありません。それは本当に私どもの落ち度。
保護者への説明と「抗議船」に対する学校の認識
Q.辺野古の住民、ほぼ全ての世帯回って確認したが、ほとんどが移設に賛成。そういうことについてはどうお考えか。
西田喜久夫校長:本校の事前学習の中で、辺野古には限定せずに、このアメリカの基地があることに関して、またその辺の施設に関して、さまざまな意見があるということは、事前学習の中では生徒たちにも説明しておりますし、そういう立場の共有はしております。
Q.「不屈」という船の名前からして背景は瀬長亀次郎さんの言葉、共産党の衆議院議員。日本基督教団もいろんな考え方の方がいる。いろんな多様な意見があって、いろんな考え方がある問題を、1つどころに全部収斂させて教育させて、しかも抗議に使っている船に乗せて、目線で見させる、しかも危険な場所で実際に事故が起きて、保険の有無も分からず、登録制も確認せず、そんなのでいいのか。金井牧師の方から言ってきたという認識で変わらないということか。
西田喜久夫校長:先ほども申しましたように、金井先生の方から言ってきたというよりは、金先生に私どもの方が、この辺野古の方での活動に関してもやってるんですよって話をした時に、こういうふうな船に乗せることもできるよというふうなお話があったということです。
Q.それは同志社の総意というか、それとも個人的なのか。
西田喜久夫校長:少なくとも学校全体の総意とかではなくて、私どもの教員が、向こうの先生に相談をした時に出てきた話だということです。
Q.個人的な、つまり教員の方と金井牧師との個人的なつながりで今回のことをやるようになった、スタートはそこにある、それについて校長先生は承認したのか。
西田喜久夫校長:少なくとも、そういうふうなものに関してプログラムの中に入れたいということに関しては承認しております。
Q.学校法人同志社大学としても、同志社としても、確認、承認してるということか。
瀧英次常務理事:その点に関しましては、先ほど冒頭で申し上げましたように、教育の主体的なところは各学校現場にあるということで、私どもの方はその内容について承知しておりませんでした。そこが管理体制としてご批判いただいている点かというふうには思っております。
Q.資料には「18名及び引率教職員が海に投げ出された」というふうに書かれてるが、教員は乗ってたのか。
西田喜久夫校長:申し訳ございません。お配りした資料の方の私どもの見落としでございます。引率教員は船の方には乗船しておりませんでした。生徒さんだけ、18名のみです。
Q.本日の午後に伊丹空港に着かれるということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.波浪注意報が当日出されていたのを教頭先生は確認、現地で引率の先生と船長が出航の判断をしたおちうが、学校の安全体制のフローとして、波浪注意報が出ていても現地で判断をするというフローになっていたのか。
西田喜久夫校長:本校の基本的な危機管理の中では、警報が出た時には全ての行事は中止するという形になっております。それは、例えば大雨とかいうふうなものも含めてですけども、警報が出た場合には全ての学校行事はストップする形になっております。今回も、波浪の部分に関して、もちろん警報が出れば自動的に中止になったかと思うんですけども、今回は注意報ということで、そこは現地の判断という形になります。
Q.Fコースの男女の人数、負傷して搬送、亡くなられた方以外の負傷者の男女、研修旅行全体の生徒数と教員数は。
貴志浩行事務長:259名です。
西田喜久夫校長:すいません。男女の割り振りに関しましては、私ども正確に今把握しておりません。誠に申し訳ございません。
Q.そちらの生徒さんでは。名簿もあるはずでは。
西田喜久夫校長:確認をいたしまして、各社の方にお示しさせていただきます。
Q.16日の平和丸、不屈の出航、教頭先生は波浪注意報については把握、担当教員が金井船長と話した上で云々と続いてあったが、担当教員は教頭とは別で、要は担任の先生ということでいいのか。
西田喜久夫校長:いえ、担任というわけではなくて、今回の研修旅行に引率教員が担任プラス7名ついて行っております。全部で13名の教員が引率をしているんですけども、その中の2名という形でございます。
Q.教頭は含まれていないということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.出航の可否を判断はどの先生がされるのか。
西田喜久夫校長:その現場に行った先生、その2人ということです。
Q.今回は陸上におられた方か。
西田喜久夫校長:そうです。
Q.出航の可否は、金井船長のご意見をもって決定されたということでいいのか。
西田喜久夫校長:基本的には、私どもにしてみれば海のことはよく分からないということもありますので、船長の方のお考えの形で出航を決められたというふうに理解しております。
Q.一般不定期航路事業の有無も確認せず、安全の保障された遊覧船その他の類いであるかどうかも確認せず、抗議団体が改造なり国の船に対して体当たりというか衝突があり海上保安部からも何回か警告が出てるような海域。波浪や気象条件以外にも危険な状態というのは報道も予想もされていたと思うが、あえてそういった海域に見学をすることに対する危険性、気象条件以外の危険性は、学校としては考えていなかったのか。
西田喜久夫校長:どこまで詳細に考えたかということに関しましては、実際にはなかなか難しく、そこまで思いが至らなかったというのが実際のところだろうというふうには思います。ただ、私どもとしましては、その海域の方に進めること、生徒を出すことに関しまして十分に先生ともお話をしておりますし、その中で安全は一応担保されているというふうに考えていたというのが事実でございます。
Q.安全担保の根拠は何だったのか。
西田喜久夫校長:それは先生とのお話の中で、ということでございます。
Q.金井牧師が安全であると言ったゆえに、安全であると判断したということか。
西田喜久夫校長:そうでございます。
Q.今後の補償、保険云々は船がどういう資格で動いていたかどうかもあると思うが、どういうふうに、どなたと話し合っていく動きになるか。
西田喜久夫校長:もちろん補償の部分に関しましては非常に重要なことですので、ここも考えていく形になると思うんですが、現時点では、その詳細の部分については決まっておりません。それぞれの今、部署の方といいますか、海上保安であるとかそういうところが調査をしている状況の中で、いろんな判断結果も見ながら、どういう形でしていったらいいのかというのを、現地に参ります教頭とも相談し、また今後どういうふうな形で補償の実施ができるのかということに関しましては、今後弁護士とかも交じりながら相談をしていく形になるかと思います。
Q.金井牧師との判断で出航を決めたというが、波が高いとか風が強いとか、素人でも分かるような状況があったと思う。実際に先生たちは、本当に大丈夫なのか、不安は感じたりしなかったのか、そういう会話があったのか。船長1人で判断を下すようなところだったのか。
西田喜久夫校長:まず、現場に行った教員の方から、その海に出ていくことの不安感というものに関しましては聞いておりません。あと、どういうふうに船長の方が判断をされたかということに関しましては、この部分に関しては私ども知る範囲ではございませんので、ちょっとお答えできないでございます。申し訳ございません。
Q.けが人、資料には負傷2で書かれている。その残りの15名の中にも負傷された生徒がいる認識だが、結果として負傷は何人になるのか。
西田喜久夫校長:はい。どこまでをけがというかということはあるかと思うんですけれども、いわゆる病院で治療を受けたというレベルで言いますと、15名中14名は何らかの治療、例えば擦り傷であったり打撲であったりというふうなものが大半でございましたけども、そういう治療を受けたというふうに聞いております。1名に関しては、全く治療の必要はなかったというふうに聞いております。
Q.14の中には、先に搬送された生徒2名も含まれてる認識でいいか。
西田喜久夫校長:いや、その生徒2名を除いた15名の中の14名でございます。
Q.では16名になるということか。
西田喜久夫校長:そういうことになります。
被害状況・亡くなった生徒について
Q.亡くなった生徒の人柄の部分を教えてほしい。
西田喜久夫校長:私も非常に細かくよく付き合ったというわけではないんですけども、顔も知っている生徒でございます。非常に優秀な生徒で、英語の力は特にネイティブ並みに英語は話せるお子さんでございました。海外での経験が長くございまして、本校には帰国生徒として受験してまいりました。
その中で、いろんな形で留学であるとか、それから英語でのいろんなコンテストであるとか、そういうところにも出ていくような準備をいろいろしていたりということで、非常に前向きに勉強に取り組んでいたというふうに聞いております。また、廊下なんかでも会った時に、非常に気軽に、おはようとかこんにちはとかいうふうに声をかけてくれる生徒でございました。
危機管理マニュアルの運用実態と事故後の対応
Q.学校安全法では、修学旅行など校外活動についても、いわゆる危機管理マニュアルというものを定めるよう定めていると思うが、今まで定められていたのか。また今回それが運用としてどうだったのか。
西田喜久夫校長:危機管理だけではなくて、行動全てに関しましてマニュアルを作成はしております。今回のような重大事故に関しましては、その研修旅行の危機管理マニュアルというよりは、学校全体のフローの中での危機管理のマニュアルの適用にあたるような内容でございますので、そちらの方を適用して判断をしているような形になります。
Q.生徒さんに引率した教員の方は船に乗っていなかったというが、なぜ乗らなかったのか。例えば乗っていれば、何か引き返すという判断、そういうことができたのかなと思うが。
西田喜久夫校長:実際、過去にそちらの方で研修をさせていただいた時には、教員が乗ってることもございましたし、乗ってないこともございました。今回に関しては第1陣が移動する中で、第2陣の生徒が陸の方に残ってる状態でしたので、そちらの方の生徒のケアに実際には当たっていたというふうに聞いております。
もちろん2人教員がいるので、1名がそちらの方で1名が船というふうな形もあったのかと思うんですけども、そこに関してはどうして2人が陸にいたのかということについては、ちょっと私の方で現在まだ把握していない状態でございます。
Q.では乗るべきだったのでは。検証を行うべきだったという考えか。
西田喜久夫校長:実際にはその時の状況がどうだったのかがまだ今、詳細には分かりませんので、今何ともその点に関してはお答えできないことでございます。
Q.校外活動について、学校については安全配慮義務があると思う。今回のことについて、安全配慮義務がしっかり果たせたかについてはどうお考えか。
西田喜久夫校長:実際にこういう形で事故が今起こっているものなので、何らかの安全配慮の抜け道といいますか、抜けているところがあったのではないかというふうには思っております。そこの部分に関しましては、今後少しお時間をいただいて、学校の方でしっかり検証していきたいというふうに考えております。
Q.このコースは旅行会社は関わっていないものなのか。どなたが責任者なのか。
西田喜久夫校長:講師の人選に関しましては、旅行社が直接関わっていません。私どもの方が、この先生にお願いしたいということで、もちろんそこに移動する手配であるとかに関しては旅行社の方に入っていただいていますけども、講師の選定に関しましては本校の方がいるのでございます。
Q.このコースの責任者はどこにあるのか。
西田喜久夫校長:研修旅行の本体ということでいきますと、本体の代表は団長というものを置いておりますけども、プログラムの構築にあたりましては基本的には担任団が中心に検討している形になります。
Q.Fコースの冒頭の選定には担任の先生があたったのか。
西田喜久夫校長:担任もおりました。
Q.例年同じように案内していたのか。
西田喜久夫校長:乗り組みの方が3名おられたということで、その中の1名が金井船長だったということです。
Q.研修旅行の下見の実施はいつ何人ぐらいで、実際にボートに乗っているのか、どの程度まで下見が行われていたのか。
西田喜久夫校長:下見に関しましては、毎年夏休みを利用して教員の方が行っております。通常3名で回らせていただいてることが多いです。その中で、船の方に関しましても乗って実際に行ってる時もありますし、去年も乗ったのでということで乗ってないっていうこともございます。今年は乗っていないというふうに聞いています。
Q.負傷した生徒2名のけがの程度は。けがはどこなのか。
西田喜久夫校長:実際に搬送された2名なんですけれども、私どもがその後に得た情報によりますと、2名のうちの1名は擦り傷と打撲という形のけがであったというふうになります。あともう1名に関しては、口の中のけがということで、歯が抜けていたり、半ば、いわゆる歯の骨折と言われるでしょうか、ぐらついている状態であったり、それから口の中に裂傷があるというふうな状態だろうというふうに聞いております。
Q.校長先生が「報告があった」という表現を使っているところ、この時刻は実際に搬送された時刻、あるいは確認された時刻なのか。校長、あるいは今日学校の本部が知った時刻なのか、その時刻の意味は。
西田喜久夫校長:時刻に関しましては、私が電話を受けました時刻という形でございます。直接、その教頭からの報告を受けた時間という形になります。
Q.第一報以降についても、先生が電話を受けた時刻ということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.何をもってこのボートが安全と学校を判断していたのか。事前の下見に夏休みに行くという話があったが、今年は乗っていないだとか、保険の加入の有無も確認していなかった、登録制であるかどうかも確認をしていなかった。学校としては金井先生の話だけをもって安全だというふうに判断をしていたという理解でいいか。
西田喜久夫校長:現状といいますか、実際のところに関しましては、その通りにございます。私どもと先生方との信頼関係の中で、大丈夫だということで、それをそう理解をしていたということでございます。
Q.金井牧師と同志社国際の教員の先生方との間だけでという形か。
西田喜久夫校長:はい。
Q.けが人、2人が先に搬送されて、残り15人のうちも何人かけが人がいるということだが、結果的には何人がけがをしたのか。また、教頭先生がどこにいたのか。もう1人の教員先生は浜にいたというが、教頭先生はどこにいて、見ていたのか見ていなかったのか。
西田喜久夫校長:まず、けが人の総数ですけれども、先ほど申しましたように、2名が先に病院の方に搬送されて、その後残り15名が搬送されました。ただ、その残り15名の中の、私どもが情報として把握してる分に関しましては、15名の14名が何らかのけが、具体的には切り傷であったり打撲であったりというのが大半で、1名だけ指の骨折をしたという生徒がいるというふうには聞いています。
その15名中14名がけがをしているということですので、総数で申しますと、先に搬送しました2名と14名、合わせて16名という形になります。それから、どういう時に教頭がどこにいたかということなんですけど、実は教頭はその辺野古の方には当時おりませんでした。別のところのグループに入って、そちらの別のグループの方の引率をしていたんですけども、そちらの方に辺野古に行ってた2名の教員の方から連絡が入ったということでございます。
Q.辺野古に行ったのは2年生、どういうどんな形で発表するのか。何か発表するようなことはあるのか、生徒、一般生徒は。
西田喜久夫校長:自身の経験を受けて、事後学習の中で取り上げて、何かの形で報告するような場面が作られることもあると思います。必ずそれをやっているというわけではないです。
Q.何か決まった発表の場があるとか、そういうことか。
西田喜久夫校長:むしろ事前学習でかなり沖縄の問題を多面的に取り上げて、生徒たちが理解し考えてという形になっています。
Q.沖縄なら例えばひめゆりとかではなくて、辺野古みたいな、現在進行形の沖縄を見せることに関しては、例えば外部の人から、そんな教育おかしいじゃないか、など何か言ってこられたとかはないのか。
西田喜久夫校長:そういう意見をお聞きすることもございます。ただ、私どもの平和学習の中の1つの考え方としまして、もちろん、過去の戦争で痛ましいことがあった、その事実に関してもしっかり捉えておきたいですし、実際に研修旅行でもガマの中に入って、壕の中に入って、その壕の様子を体験したり、そこで体で感じるレベルでのその地の様子っていうのももちろん体験をします。
それが研修旅行の2日目に主にそういう形をするんですけども、3日目に関しては、沖縄の、ある意味今を知る、文化を知るための日というふうにしてグループ学習をしておりまして、こちらの方では、それこそ水族館であるとか、そういうふうな今の沖縄が作っているいろんな施設も見ますし、それから文化体験を実際にしてみたり、これも年度によって違うんですけども、例えば沖縄料理を実際に作るような教室に行ったり、沖縄の琉球舞踊を踊るような教室に行ったりとかいうふうな形の文化体験もしています。
その中の1つとして、実際に今沖縄がどういう問題に直面してるかという部分を考えるようなコースも作っております。それが例えば、今の中で言いますと、その辺野古見学であったり、それから佐喜眞美術館の方に行かせていただいて、館長先生のお話も聞きながら、またその上からの基地の様子を見るとかいうふうなことも実際にしながら考えております。
そういうことをどうしてあるのかというふうに保護者の方々からもいろいろお聞きすることあるんですけども、私どもの研修旅行に関しましては、いつもよく私どもが説明するのは、今、高校なんかでは海外の方に研修旅行に出ていく学校もかなり多いんですけども、どうしてその中でこの学校はずっと沖縄なんですか、というふうな質問もよくされるんですね。そういう時に、いずれ君たちは確実に海外に出ていくから、国際生なので海外に出ていくから、だからこそ日本のことをしっかり説明できないとだめという言い方をして、日本のことをしっかり勉強してくださいっていう言い方をします。
その日本のことをしっかり勉強することの1つのものとして沖縄が、ある意味日本を映し出している部分でもありますし、またいろいろな難しい問題を抱えてる部分でもある。そこをしっかり見るためには、現代の沖縄の目線というのも生徒たちにはつけてほしいという思いが私の研修旅行のベースにあるので、そのことを保護者の方にもご説明させていただきます。
Q.現在進行形のことに関しては、かなりおかしいじゃないか、やめた方がいいんじゃないか、ぐらいの抗議があったことってないのか。
西田喜久夫校長:そうですね。やめた方がいいというふうな形ではないですけども、こういう在り方はおかしいんじゃないですかというふうな形のご批判の連絡を受けたことはございます。
Q.修学旅行に行くにあたっては生徒さんたち、旅行の保険があるか思うが、今回のような事故は補償としてカバーされるとかされないとか。先生の言われた「落ち度」は何のことを指しているのか。
西田喜久夫校長:補償に関しましては、今回の旅行保険の対象になると聞いてます。ちょっと私、その「落ち度」という言い方をしたかどうか、記憶がないんですけども、今、旅行社の方と相談をしている中に関しましては、今回も旅行保険の対象内ではあるというふうに伺っております。
Q.亡くなられたことやけがについて旅行保険でカバーされないということではなさそうということか。
西田喜久夫校長:というふうに旅行社の方からは報告を受けております。
Q.今回の事故を受けて何か保護者の方からどういった声が今のところ届いているのか。第三者委員会を法人の方で立ち上げるという認識でいいか。
瀧英次常務理事:法人の方で立ち上げて検証してまいります。
西田喜久夫校長:保護者の方に関しましては、もちろんこういうふうな痛ましい出来事がございましたので、たくさんのご心配のご連絡と、それからお叱りのお電話を頂戴しております。昨日、たくさんそういうふうなお問い合わせがございましたので、そちらの方に関しましては学校でお答えをさせていただいておりました。また、該当の高校2年生の保護者様に関しましては、さまざまな動きに関しまして私どもが把握したものを随時、一斉配信という形で連絡をさせていただきました。
Q.現時点で今回の旅行に関しまして、ああしておけばよかったとか、こうすべきだったと今思っていることはあるか。
西田喜久夫校長:今回のこの記者説明会の中でも様々なご指摘もいただいておりますので、そういう中で、改善をこうしておけば良かった、ああしておけば良かったっていう点は多々ございます。1番大きなところに関しましては、その船の安全性の部分に関して、もう少し私どもで何か事前にすることができたのではないかとかいうふうな部分に関してはもちろんございますし、今後また捜査がいろいろ進んでいく中で、新たなこちらの方の改善しなければならない点というのが見えてくるのかなというふうには思っております。
Q.安全性でもう少し何かとは、1番今感じていることはどういったことか。
西田喜久夫校長:今日ご指摘いただきましたその安全性の部分に関しまして、こちらの方が、ある意味思い込みといいますか、いろいろな人間関係の中で大丈夫だというふうに思っていた部分に関しましてですね、やはりもうちょっと事前に調査も含めましてできることがあったんではないかというふうなことでございます。
Q.先発が18人で後隊は何人いて、全部で何人だったのか。18人プラスアルファ、全員このFコースを希望していたのか、あるいは本当は別のコースに行きたかったが定員の関係とかでFコースに回った方もいたのか。
貴志浩行事務長:船に乗っておりましたのが、女子生徒10名、男子生徒8名です。修学旅行参加人数、男子生徒120名、女子生徒142名、合計262名です。
Q.負傷者の方は。
西田喜久夫校長:負傷した生徒に関しましては、女子が9名、男子が8名になります。その9名の中には今回亡くなりました生徒も含んでおります。
Q.つまり後発隊は乗ってない、合計37名乗る予定だったが、後発隊は乗っていないので乗ったのが18名だけという理解でいいか。
西田喜久夫校長:はい。後発隊は19名だったということになります。
Q.37人全員がFコースを最初から希望されてたということか。
西田喜久夫校長:はい、37人です。
Q.最初に校長のご説明で、まず1隻が転覆、もう1隻が救助場に向かって転覆したと。最初に転覆したのはこれは「不屈」の方でよろしいか。
西田喜久夫校長:すいません。そこまでちょっと把握しておりません。
Q.最初に船が転覆した時の状況は。
西田喜久夫校長:実際その現場での状況に関しては、今私どもの方にはまだ情報が何も入ってきておりません。そこの部分に関しまして、海上保安庁の方が今、生徒の方にも聞き取りはしてるっていうふうには聞いておりますけれども、それに関しましては私たちまだ把握しておりません。
Q.保護者説明会は高校2年生の保護者を対象とした説明会なのか、1年生から3年生を含めた対象なのか。
西田喜久夫校長:今のところ、全校生の保護者というふうに考えております。
Q.今回こういう船に乗船していたことを保護者の方が知らないっていうことだが、早急に保護者への説明も必要なのかなと考える。24日からになった経緯、理由は。
西田喜久夫校長:状況に関しまして、先ほど申しましたように、まだ今、遠く離れている状況の中で全ての状況を私自身も把握できている状態ではございません。それと、今実際、調査もまだ継続しているという状態ですので、それがある程度、今週いっぱいぐらい、いろいろなことにかかるんじゃないかというふうに聞いております。来週早々にというふうに思ったんですけども、来週の月曜日が私の中学の卒業式を予定しておりまして、その行事の関係でどうしてもその日に実施するのが難しいということで、今設定をしてます。
Q.それよりも前に説明するということではなく、卒業式が終わってからということか。
西田喜久夫校長:そうですね。先ほど申しましたように、今日、現地から先生方戻って来られる中で、まだ捜査の方はこのまま続いて、先ほど申しましたように、本校の教頭も現地にそのままとどまって、亡くなりました生徒のご遺族の皆様対応にあたっている状態が、今週いっぱいぐらい続くんじゃないかというふうに今考えておりますので、その後という形に思っております。
Q.当時の管理体制は十分だったと考えているか。また、現地の教員の方々はどう話しているか。
西田喜久夫校長:管理体制に関しましては、実際にこういう形で事故が起こってきたので、本当に十分だったかどうかっていうことは少し検証させていただく必要があるのかなというふうには思っております。こういう形で残念なことが実際に起こっているので、簡単に私が今これで十分でしたっていうふうにお答えすることはやっぱり不適切だろうというふうに考えますので、そこに関しましては今後検証をさせていくという形でお答えをさせていただきたいと思います。
教員ですけども、現場の教員の中で、特に引率をしてる辺野古の方にいました2名の教員に関しましては、当時の状況などを私も直接電話の方で確認をいたしました。その中で、とりあえず出航した後、状況が全然つかめないままであったというふうな話をしておりましたので、むしろ今回、救急車であるとか警察車両とかが来ることによって事実が全て分かって、そこから本当に現場での教員たちは動いてくれてたようでございます。
Q.当時の状況、教員の方々は当時気づいてはいなかったのか。
西田喜久夫校長:これは聞いた話ですけども、その岸の方から見えるところではなかったという話をしておりました。ですから、その状況としてそういうことが起こったことも一切分からないまま待ってたというふうに聞いております。
Q.なぜ船に乗っていなかったのか。
西田喜久夫校長:そこの部分に関しては、ちょっと私も今の段階では何ともお答えできないというか、分からないというのが正直なところでございます。実際に必ず乗られなければならないというふうにルール化してる部分でもなかったので、そこの部分でどういう判断があったのかは、もう少し詳しく聞いてみなければならないなというふうに思っております。
Q.去年は教員は乗船していたのか。
西田喜久夫校長:すいません。去年に関しましては、雨天で航行自体を中止しております。一昨年は、一面、教員が乗っていたというふうに聞いております。
Q.亡くなった生徒さんはクラスではどんな存在、どんな生徒だったか。
西田喜久夫校長:実際にクラスの中でどういうふうな活動をしたのかっていうのは、ちょっと私、今詳細には分からないんですけども、実際、友達もたくさんいたようですし、特に本校の中学からずっと上がってきた生徒でしたので、非常に仲の良い友達もたくさんおりましたし、クラスの中でもいつも穏やかに対応をしていたというふうに担任の方から報告を受けております。
Q.日常の生活を見ていてどんな性格をしていたと見ているか。
西田喜久夫校長:一言言えば、とても真面目な生徒だったと思います。きちっとやらないとなかなか気が済まないような真面目な部分を持った生徒だというふうに聞いております。
Q.金井牧師と個人的なやり取りの中でこの船の乗船を依頼したという話か。
西田喜久夫校長:もしそういう機会があるんだったらということでお願いをした、というふうにこちらの方では考えております。
Q.昨日は金井牧師も所属の抗議船を保有していた団体の会見もあったが、その団体に依頼したというのと、金井牧師個人に依頼したというのと、実際にはどういう流れだったのか。
西田喜久夫校長:基本的には、私どもが直接お会いをしてお話をしたのは金井牧師でございます。
Q.5000円の使用料はどこに払っていたのか。金井牧師個人に払ってたのか。
貴志浩行事務長:お渡ししてからのお金の流れに関してはちょっとこちらの方では把握はしていないですけども、基本的には今回乗船されておりました3名の方々それぞれに、私どものこのプログラムにご協力いただいたということで、5000円ずつお支払いをしているという形でございます。
Q.5000円ずつで計1万5000円を支払うのか。
貴志浩行事務長:そうですね。1人ずつの名義で5000円ずつお支払いをしているという使用料でございます。船の使用という名目であったかとは思います。
Q.金井牧師、その3名と直接やり取りに代理店は入っていないのか。
貴志浩行事務長:旅行社とかそういうところは入っておりません。
Q.学校保健安全法で危機管理マニュアルが公的に必須、いくつかマニュアルの名称があったかと思うが、学校保健安全法で規定されているところのマニュアル、話の中のどれに該当するのか。
西田喜久夫校長:危機管理に関しましては各で定めております。それぞれの学校で作成しておりますので、その事態に合ったもので作成しておりますので、それを学校長会で共有はしております。
Q.内容は具体的にはどういうものなのか。特に修学旅行であるとかそういうことに関連するものとしては、どういう規定がなされているのか。
西田喜久夫校長:本校の例という形になるかと思いますけども、もちろん学内にいる時の災害もですけども、その同じマニュアルの中にある中で、学外の中で災害に遭った時にどうするかとか、学外の中で生徒がけがをしたとか、トラブルを起こしたとか、巻き込まれたとかいうふうな時にどうするかっていうのをまとめたものでございます。
Q.今回の修学旅行での事故はその中ではどういうふうに位置づけられているのか。
西田喜久夫校長:修学旅行にあたる事故といいますか、これは形としましては、先生の管理である内容には関わらず、学外にいる時の事故対応という形のマニュアルになります。
Q.学外の対応は、具体的に事案が起きた後にどのように対応すると規定してるのか。また、それに対して今回の対応はそれをどの程度履行したものなのか。
西田喜久夫校長:学外の事故に関しまして、私どもが規定してるものには、まずその情報が教頭なり誰かに入ってくる、教員に入った段階で、校長の方に至急連絡を取って、学校の中で緊急対策本部を立ち上げるというところからスタートをします。その後、それぞれ校長の方から教員の方に指示を出して、何をするかというのを1つの流れの中で校長が全てに対して権限を持ってやるということが定められております。
Q.これに照らして今回は具体的にどのように対応されたのか、つまり例えばいつ緊急対策本部が設置されて、その後の対応、そこにどなたが参加されていたのか。
西田喜久夫校長:緊急対策本部は、本校の中の緊急対策本部は、私どもの学校の校長と教頭、それから事務の3名がそこに属してる形になります。そこで協議をして、すぐにそれぞれの教員に対して適切な指示を出すというふうな形になっております。今回に関しましては、事故発生の連絡が入りました直後に対策本部を立ち上げております。
Q.何時か。
西田喜久夫校長:実際には11時03分に情報が入って、その段階ではまだあまりに不確定でしたので、その後の17名が救助されて1名は行方不明という情報が入った段階でございます。
Q.そうすると11時14分に。
西田喜久夫校長:はい。
Q.あらかじめ規定していた危機管理マニュアルに照らして、今回の対応は適正なものだったと認識されているのか。
西田喜久夫校長:少なくともマニュアルの流れの中では、それに沿った形で対策本部を立ち上げまして、それぞれに指示を発している状態かと思います。
Q.何をもって安全と確認、あるいは認識したのか。学校側としては実際に生徒が乗る今回だったら2隻あったわけだが、その船を実物を見ていることはないのか。
西田喜久夫校長:少なくとも今年度に関して、その事前に見てという形ではなかったと思います。
Q.これまで乗った時に関しては、事前に見たこともあったか。
西田喜久夫校長:下見の段階で見せていただいたりすることももちろんありますし、今回は研修旅行って形ですけども、研修旅行以外でもその船の方は運営されておりますので、そういうふうなものに参加をした者もいたというふうに聞いています。
Q.今回の場合は、夏休みの下見の段階でも見てないのか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.第三者委員会はどういったメンバーの有識者の方が入られて、どういったことを検証し、いつ頃めどの結果を出すのか。
瀧英次常務理事:第三者委員会のメンバーにつきましては、これから選定をしてまいります。学外のものを中心にということになります。有識者、専門家をということで考えております。徹底した調査が必要なため、現時点で正確に公表の時期とか、その内容についてというのはここで申し上げることはできませんが、可能な限り迅速に進めてまいりたいと思っております。
Q.資料の中にある研修旅行のコース学習Fコースの正式な名称は。
西田喜久夫校長:正式名称としましては、「辺野古ボートに乗り海から見るコース」というのが、私どもが生徒に配っております研修旅行のしおりの方に書かしていただいてるコース名になってます。
Q.「辺野古」は漢字で、「ボート」はカタカナか。
西田喜久夫校長:はい。辺野古が漢字を、「ボート」がカタカナで、「に乗り」は漢字で、海が漢字、「から」がひらがな、「見る」が漢字で、「コース」がカタカナでございます。
Q.昨日の報道では人数、約270人と各社報じている。先ほどのお話の中で参加人数262人、今回の研修旅行に参加してた生徒さんたちという意味で262として大丈夫。
西田喜久夫校長:当日欠席をした生徒たちがおりますので、それを引きました実際の人数が262というふうに捉えております。
Q.金井牧師に依頼した経緯、元々2015年頃から浜からの見学、市民の方から話を聞いたりなどしていたと思う。その時話を聞いていた方々の主体も、辺野古の反対協議会だったのか。その団体と今回のボートの運用になった団体とは別なのか同じなのか。
西田喜久夫校長:私、研修旅行の時に特にこういう平和学習をする場合には、平和学習の先生についていただいて一緒に行っていただく形になっております。辺野古に訪問ということではなくて、平和学習の先生に同行して連れて行っていただいたという形でございます。そこにおられた方の中に協会の方がおられたのは、私も一緒に行ってましたので知っておりますけども、その方が主体になって動かれたわけではないというふうに考えております。
Q.亡くなった生徒さん、校長自身は関わり、何か教えていたりとか、先生自身の何かエピソードみたいなのはあったか。
西田喜久夫校長:直接私、授業も担当してなかったですので、そういう形での深い関係はございません。ただ、顔は知っておりますし、先ほど申しましたように、いろんな場面でわりとよく廊下で上がってきたりする生徒でしたので、そういうところで、こういう生徒がいたっていうのも知ってますし、またお姉さんがいるんですけども、本校に在籍したこのお姉さんも非常によく私の方は存じ上げておりましたので。
Q.例えば表彰を受けたりとか、どういった活発な生徒だったのか。
西田喜久夫校長:いろんな場面で表彰を受けたりとかいうことです。
Q.今回、波浪注意報が出ていたことは学校側としても確認、警報が出たら中止になるということで現場の判断だったと思う。注意報が出ている段階で学校側として中止という判断基準を持っていたのか。
西田喜久夫校長:警報、注意報の中におきまして、私どもの基本的な規定として、警報に関してはもう中止である、注意報に関しては状況判断で何かに関しては全て決定をするという形になっております。それは別に今回の波浪だけではなくて、大雨とか暴風とかも全部そうなんですけども、その中で今回は注意報ということで、最終的にはその現場の判断という形になったというふうに聞いております。
Q.波の高さが3メートルになるかもしれないというような予報、報道もある中で、学校側の働きかけで今回は中止にしましょうという判断はなかったのか。
西田喜久夫校長:もちろん、今から思えばそういうふうな判断をする必要もあったのかなというふうには感じますけれども、基本的にやはり私、このプログラムに関しましては、その現地の海の場面を提供していただいてる方々との中でできているプログラムですので、船長さんの方が大丈夫だよということだったら、それをあえて覆すというふうな判断に至らなかったんだろうというふうに思います。
Q.過去のプログラムで同じように注意報が出ている段階でも出航させたということはあったのか。
西田喜久夫校長:その辺はちょっと私は把握してません。ただ先ほど申しましたように、昨年度に関しましては雨が降っていてということで、そこでも運行を中止するという判断を金井牧師の方がされたということでしたので、基本的にはその判断に従ったっていう形だと思います。
Q.実際に船に乗っていたのは先発隊、女子生徒10名、男子生徒8名の18人、このうち男女8人ずつがけがで搬送、治療、プラス1名の女子生徒が亡くなったという認識でいいか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.先発隊は行って戻ってくるのを待って、後発隊が次に出発するということだったが、この先発隊、行って帰ってくるまでにどのくらいの時間を予定されてたのか。
西田喜久夫校長:実際にその現場に行った教員とかの感覚としては、1時間もあれば行って帰ってくるんだろうなっていうふうに思ってたと思います。ただ、1時間超えても帰ってこなかったので、どうしたんだろうというふうに思っていたというふうに聞いております。
Q.帰ってくるのが遅いなと思い始めたのは、どれくらいか。
西田喜久夫校長:多分1時間たって過ぎぐらいかなというふうに思うんですけど。
Q.陸にいらっしゃった教員の2名の方は、おかしいなと思いつつも何もできないままだったのか。
西田喜久夫校長:そうですね。はい。
Q.救急車とかが到着して状況を発見されたということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.船について事前に生徒さんに、普段基地反対を訴えてる方々が乗っている船に乗るということを説明、実際にそこでどういうことをしている船だとか、詳しい説明はなかったのか。
西田喜久夫校長:ちょっと実際に現場で担当しました教員たちがどういう形で伝えたのかは定かでないところもあるんですけども、生徒の方に、もしくは保護者の方に説明をしている文章の中では少し書いております。
「辺野古のボート見学につきましては、特定の政治的立場や考え方を生徒に持たせることを目的としたものではありません。あくまで現在沖縄で起きている出来事を実際の現場を通して知り、事実を自分の目で確かめる学習の一環として位置づけています」というふうな形で、生徒、保護者の方には文書でも説明をしています。
それに加えまして、生徒の方に説明をしている文書の中では、実際にその基地を反対している方々がいるというふうな事実であるとかも合わせて伝えております。あくまで普段こういう活動をしているんだよという説明だったということです。
Q.保護者の方への直接的な説明はなく、生徒さんが保護者に話していれば保護者も認識していただろうなという感じか。
西田喜久夫校長:一応2月に沖縄研修旅行に関しまして保護者説明会を開いておりまして、その時はスライドを使って内容に関してはご案内はしております。
Q.何か反対の声があったか。
西田喜久夫校長:聞いておりません。
Q.皆さんが海に投げ出された中、なぜこの女子生徒さんだけが亡くなるという状況になったのか。
西田喜久夫校長:本当に逆に私たちもそこの部分を知りたいというふうに思っておりますし、保護者の方も同じ思いでいらっしゃると思います。今現在その調査が進んではいますけども、そこの部分に関しては私どもの方に一切情報が入ってきておりません。
Q.この春から入学、進学を控えてる方々からの問い合わせとかはあったりするか。
西田喜久夫校長:現在そういう問い合わせは具体的には来てないというふうに聞いております。ただ、この春休み中も私どもの場合、たくさん海外からの帰国生とか、学校見学に来られたりするような状況はございます。その中で、そういうふうな問い合わせに関しましては、今後こういうふうなことについては質問も出てくるのかなというふうには思っております。
Q.辺野古のFコースの他にどういうコースが、コースは全部でいくつで、他にはどういうところを回る予定だったのか。
西田喜久夫校長:それはちょっと申し上げます。全部で7コースございます。Aコースが、「読谷ぶらぶらコース」という名前でございます。これはですね、チビチリガマの方の見学、実際の中には入りませんので、前からの見学になりますけれども、読谷村の方とあと読谷村役場の方を回って、そのまま民泊をしに行くコースになっております。
Bコースの方が、「金城実先生アトリエプラス民泊コース」。金城実先生っていうのは沖縄の彫刻家の方ですけども、その金城実先生のアトリエで彫刻というか粘土造形みたいなものの体験をさせていただいて、その後民泊に行くという構成でございます。
それからCコースが、「沖縄の自然観察と佐喜眞美術館コース」ということで、カヌー体験と佐喜眞美術館がセットになったものでございます。
Dコースが、「沖縄の農業・食文化とサンゴの植え付けコース」になっております。これは沖縄料理の体験をして、その後ガーラ青い海の方でサンゴの植え付けの体験をするというコースでございます。
それからEが、「戦没者の遺骨収集と沖縄の歴史と信仰を感じるコース」になっております。これは遺骨収集作業を実際に体験をした後、聖地の方に行くというふうな構成でございます。
次がFのコースで、先ほど申しました、今回の事故の起こりましたコースで、辺野古の方に行って、その後美ら海水族館の方に行くコースでございます。
最後Gになりますけども、こちらの方が、「美ら海水族館と沖縄戦を語る美術館コース」ということで、午前に美ら海水族館から、午後、美術館の方に行って見学をするというコースになっております。以上のコースでございます。
Q.Dコースのサンゴの植え付けというのは、実際に海に潜るのか。
西田喜久夫校長:「Gala 青い海」という施設がございまして、そちらの施設の方で、海に潜らず陸場で別件体験をするものでございます。
Q.今回の女子生徒は、「平和丸」に乗っていたのか「不屈」の船に乗っていたのか、どちらの船に乗っていたのか。
西田喜久夫校長:すいません。ちょっと正確に今もしかしたらお答えできてないかもしれないですけども、私、「不屈」の方に乗っていたというふうに聞いております。
Q.Fコースについては、どういったコースなのかを保護者や生徒に対して説明されていたのか。
西田喜久夫校長:もちろん、生徒の方に関しましてはコース選択の段階で、それぞれ生徒が調べてきて、ここではこういうことをしますというのを生徒全員の前で発表してますので、もちろん生徒の方にはその情報としてこういうコースで行くんだよというのも伝わっておりますし、保護者の方に関しましても、保護者説明会であるとか、生徒を通したプリントであるとかで、辺野古の方の見学に関しましてはこういう目的でやりますというのはご説明をしております。
Q.それは今回の2艘の船に乗るということも説明しているのか。
西田喜久夫校長:先ほども申しました。それが抗議船であるとかそういう言葉は使っておりませんけども、こちらの方でボートの上から見学をするという話はしております。
Q.生徒は寮に住んでいる生徒だったのか。
西田喜久夫校長:いえ、自宅でございます。
Q.どういった部活に入っていたかとか、教えていただいて。
西田喜久夫校長:部活という形では、私も入っていたというふうには把握はしておりません。ただ、非常にいろんなことにチャレンジングな生徒でしたので、いろんなことをしていたというふうには聞いております。
Q.課外活動に取り組んでおられたとか、先生のご記憶に残ってる部分はあるか。
西田喜久夫校長:先ほども申しましたように、非常に積極的に留学の準備を進めたり、いろんなコンテストとかに参加をするような生徒でございました。
Q.船は毎年乗っていたということだったと思うが、過去にヒヤリとするような例とか、そういう報告は受けたことあったか。
西田喜久夫校長:私が知る範囲では、そういう報告は受けておりません。
Q.今回事故になった2隻の船に乗り始めたのが2023年ということだと思うが、2015年以降とそれ以前、そういった船に乗るということはこれまで一切してこなかった、辺野古の見学のみだったという認識で間違いないか。
西田喜久夫校長:少なくとも私が把握してる段階では、2014年以前に関しましては辺野古はコースに入っていなかったというふうに思います。2015年からコースに入り始めて、コロナ禍を挟んで、コロナ後に今の形、船に乗船するというふうな形での見学になったというふうに理解しております。
Q.先ほど金井牧師の言葉を借りる形で安全とおっしゃっていたが、校長先生は実際に乗船されたことはあるか。
西田喜久夫校長:私はございません。
Q.船に関して何をもとに安全だという認識をされていたのか。
西田喜久夫校長:今となっては本当にそこの部分に関しては、私の認識の甘さ、それから学校の判断の甘さっていうのがあったんだろうと思うんですけれども、先ほど申しましたように、金先生のお言葉、それと私どもの教員との信頼関係の中で、普段から乗船されている先生のおっしゃることがあったから、というふうな思いがあったんだろうと思います。
Q.校長先生は金井牧師とは直接お話しされたことはあるか。
西田喜久夫校長:ご挨拶はさせていただいたことがございます。
Q.波浪注意報について金井牧師から言及はなかった、出航への疑念、心配はなかったというような趣旨のことをおっしゃっていたと思うが、出航への疑念はなかったというのは、現地で引率していた2名、出航可否を判断された先生2名の気持ちということでよろしいか。
西田喜久夫校長:はい、そうでございます。
Q.生徒からの話で1隻が転覆した後に救助に来たもう1隻も転覆したというように聞いているということだが、そこをもう少し詳しく教えてもらえるか。
西田喜久夫校長:私どもが直接その生徒と、私が直接生徒と話したわけではないので、その聞き伝えにはなるんですけれども、その中で生徒の方が言ったのは、今まさにおっしゃった通りで、先に出ていた1艘が転覆をした、それを見たもう1艘が救助に向かったけれども、それも転覆したというふうな形でしか私どもは把握しておりません。
Q.「救助に向かった」というのは、生徒さんが乗っていた2隻目か。
西田喜久夫校長:はい。
Q.このお話は教頭先生からの聞き伝え、生徒の方に直接インタビューしたのは他の教員か。
西田喜久夫校長:はい、他の教員でございます。
Q.抗議船という名称を使わないで保護者に伝えたことは、今の認識として校長先生はどう考えているか。海上保安庁と衝突を起こしていることも含めて今現在適切だったのか。また、金井さんとこの話を決めたのか、校長先生ではないのか。110番通報と119番通報を開始してた時刻が先生方にもし入ってたら教えてほしい。
西田喜久夫校長:まず最後のご質問に対してですけども、学校の方はその正確な時刻に関しては把握しておりません。これは本当に憶測でしかないんですけれども、多分、船の方が沈没した時に、もう1艘の船の方か、もしくはその船本体から救難信号を出したのじゃないかというふうに、現地の人たちからの話としてはあったということです。ただ、これは本当に憶測で、何かそういうふうなものが実際に調査結果として出てきたということではないので、そういうふうな話は聞きましたということでご理解いただきたいと思います。
それから、初めの方にご質問いただきました、抗議船ということに関して、それを生徒に名称を伝えないでというふうな部分に関しましてですけども、その抗議船という言葉を伝えることに重要性があるのかどうかっていうところは、やはり今でも私の中では思うところとしてはあるんです。
ただ実際にこうして事故が起こって、これから先、保護者の方々からも多分そこの部分に関していろいろ質問が出てくるだろうというのは想定をされますので、隠してたというわけではないですが、そういうふうな形で情報を提供せずに今回の研修旅行を実施した、そしてこういうふうな事故になったという部分に関しましては、やはり真摯に反省をして。
今後どういうふうな形でというものにも含めて、その船に乗せる乗せないとかいうことではなくてですね、今後どういうふうな研修旅行のあり方を探るのかということも含めて、ちょっと考えていきたいというふうに思っております。
Q.校長先生としては今回の事故を受けて、どのような責任の取り方を今お考えか。
西田喜久夫校長:私の責任の取り方に関しましても、まだ今、私自身がどうというふうな形で考えているわけではございません。もちろん、実際にお子様を預かっている学校の責任者としまして、また今回の研修旅行の最終的な責任者としまして、何らかの形での私自身に対する処罰といいますか、責任の取り方っていうのはあるんだろうというふうに思っております。
ただ、今現在はですね、まずそれよりも、生徒たちのメンタルな部分でのケアであるとか、亡くなりました生徒様、それからその保護者様、ご家族様の意向であるとか、そういうふうな部分に関しましてまずさせていきたいというふうに考えております。
Q.警報の場合には学校の活動を中止、注意報の場合には現場で対応するという理解でいいか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.警報の場合は中止、注意報の場合は現場で判断をするというのは、危機管理マニュアル以外は何かに明文化されていることなのか。
西田喜久夫校長:文章として明文化されてるわけではございません。ただ、私ども、先ほど申しましたように、学校の各事に対する基本的な姿勢としまして、警報が出てる中では一切しないっていうのがまずあります。それに加えて、注意報が出てる部分に関しましては、現場の判断でやるかやらないかっていうことに関しては基本的に全てを決めているということがございます。
Q.そうすると、その警報の取り決めは、暗黙にみんな共有しているということか。
西田喜久夫校長:暗黙という言い方が正しいのかどうか分からないですけども、認識として全員がそういう形で持っているというのは間違いないと思います。
Q.どういうふうに認識の共有をしているのか。
西田喜久夫校長:学校生活のマニュアルの中で、学校生活誌があるんですけれども、生徒に出している。その誌の中でですね、警報時の取り扱いっていうのがありまして、そこでは警報が出たら学校は休みになります、などが書かれているのでございます。
基本的には、それを運用する形で、外で活動する場合に関しても、その地域で警報が出てる場合、警報の種類には問わないんですけども、警報が出てる場合に関してはその活動は中止されるというのが全教員の一応理解ということでございます。
Q.それは何というマニュアルなのか。
西田喜久夫校長:「学校生活のマニュアル」というのがございます。
Q.いわゆる校則のようなものか。
西田喜久夫校長:そうですね。校則っていうか、学校でのいろんな生活をする上で、例えば学校の成績はこういうふうにつきますよというのが説明をされていたり、1日はこういうスケジュールですよとかいうのが説明をされていたりするような冊子でございます。
Q.それ以外では。
西田喜久夫校長:本校が作ってます「警報時の対応について」っていう文章が載せてあるんですけども、そこの中で規定をされている内容にございます。
Q.その文書は、学校保健安全法に規定されてるところのマニュアルとは違うものか。どういうもなのか。
西田喜久夫校長:本校が全校生徒、全教員に出している「警報時の取り扱いについて」の文章でございます。学内での取り決めを定めたものです。
Q.事故の前、現場の海保の職員さんが、「海上危ないから注意してくださいね」と呼びかけていたという一部報道があるが、そちらについて学校側、あるいは現場にいた当人は把握していたのか。
西田喜久夫校長:把握していたというふうには聞いておりません。
Q.知床の遊覧船の事故が2022年にあったが、知床の事故を受けて船に乗るということについて何か危険性であるとか考えられたり、教訓を折り込まれたりされていたのか。また、今回の出航の可否、運航の可否について、団体側で何か基準を持っていたのか、あるいは学校で持っていたのか。団体側が持っていたとしたら、それは学校側として把握していたのか。
西田喜久夫校長:今2点ご質問があったかと思いますけども、まず初めの方ですね。知床の事故を受けて、学校の方がそういうふうなもの、船に乗るというふうなことに対する安全確保といいますか、安全理解というものがあったかどうかっていうことですけども、その事故を受けてということではなく、船に乗せるということに関しては一応学校の中では協議はいたしました。
ただ、その上で、今までのその長らくお付き合いがあります先生との信頼関係の中で大丈夫だろうというふうな判断を最終的にしたというのが実際のところでございます。
それから2点目に関してですけども、その今回のその船の運営、運用に関してどういうふうな取り決めがあったのかということに関しましては、実は学校の中の規定に関しては、先ほど申しましたように、学校の中で運行に際して特にこうマニュアルがあるというわけではなくて、天候であるとかそういうものの判断は、もし荒天であったり警報が出たりというふうな状態でしたら無理というふうなことはもちろんありますけども、明文化されたようなその取り決めが学校の中であったわけではございません。
それと同時にですね、向こうの船の方の団体の方が何らかそういう取り決めを持っておられるのかどうかに関しましては、これはちょっとすいません、私どもの方では把握しておりません。
Q.把握されていないということは学校として把握されていないということ、つまり、金井さんの感覚に頼り切っていたということになるのか。
西田喜久夫校長:ちょっとその辺も、私では今ここでは何とも申し上げられません。基本的にはその現場の方で判断をするっていうことだったので、そこに何かマニュアルに沿って金先生が動かれていたのかどうか、ちょっと私の方は存じ上げません。
Q.旅行会社代理のようなものが関わっているのかというお話があったが、今回の旅行全体に関わる旅行会社はあったののか。その旅行会社からこの予定は危険だとか、何か注意した方がいいとかアドバイスみたいなものがあったのかなかったのか。
西田喜久夫校長:今回、旅行会社の方には飛行機の手配、宿泊の手配等々、バスの手配等々お願いしています。また、選択コースあるいは他のコースについても、旅行会社さんは経験ございます。これは危ないんじゃないかという会話はすることはございます。
Q.今回の船に乗船について、そういった会話はあったのか。
西田喜久夫校長:もしかすると、現場で実際に旅行社の方と一緒に教員たちがそういうふうな問いかけをしたかどうかはちょっと分かりませんけども、少なくとも上がってきてます情報としましては、なされたというふうには聞いていません。
Q.聞いていないということはまだ確認が取れていないという理解でいいか。
西田喜久夫校長:少なくともそういうポイントでは確認をしておりません。
Q.コースの設計自体はどなたがなさっているのか。学校がなさっているのか、旅行会社がなさっているのか。
西田喜久夫校長:このコースの中に辺野古を入れるということに関しましては、私どもの学校の教員がプランとしては立ち上げております。
Q.亡くなられた生徒さんはどういった志を持ってこの学校に入られ、どういったことに興味を持って勉強されていたのか。今回の事前学習、平和学習はどういった形で勉強なさっていたのか。あるコンテストを目指しておられたっていうお話もあったが、どういったコンテストを目指すおつもりだったのか。
西田喜久夫校長:私どもの学校に中学の段階から入学をしてきた生徒でございますので、自分が海外で幼少の頃から使ってまいりました英語を、さらにこの学校に入って伸ばしたいということで、私どもの学校を選んでいただいたというふうに理解をしております。非常にその英語の部分に関しては本当に長けた生徒でございまして、その力を生かして将来何かいろいろ国際的な舞台で活躍することを夢見ていたというふうに理解しております。
また、今回の研修旅行に関してなんですけども、本当に個別の事前学習でどういう活躍をしたかっていうのは今ちょっと分からないですが、お母様の方から、今回の研修旅行に行くことに関して非常に楽しみにしていて、そこでいろんなこと、こんなことしたい、あんなことしたいというふうな話をしていたというふうなことがよくあっておりました。
Q.どんなことをしたいというおっしゃっていたのか。
西田喜久夫校長:すいません。具体的にそういう中身は聞いておりません。
Q.沖縄という平和とか命の大切さを学ぶ場所で、生徒さんご自身が命を落とされるということになったこと、改めて思われることはあるか。
西田喜久夫校長:1番初めにも申しましたけども、本当にこういう形で生徒の命をなくしてしまうっていうことに関しましては、悔んでも悔いきれないですし、どういうふうにしてその悲しさを表現したらいいのかも分からないぐらい非常に辛い気持ちでおります。
もちろん、私なんか比較的本人と関わっていない教員なんですけども、そういう教員でも、やはりその彼女の笑顔であるとか、そういうふうなものも思い出しますし、もっと身近で彼女に関わっていた教員たちにとっては、もう本当に忸怩たる思いといいますか、どういうふうにして今後この学校の中で生徒教育をしていくのかっていうことについて、多分今思い悩んでいる教員もいるのかと思います。
そういうふうな中でですね、今回沖縄研修旅行で、本当でしたら今おっしゃっていただいたように、命の大切さであるとか、生きることというふうなものを生徒たちに伝えなければならない、その検証の中で、今回こういう形で生徒たちの心を傷つけた状態で研修旅行が終わってしまう状態というのは、本当に残念で残念で仕方がございません。
そういう思いに関しまして、学校として全教職員で力を合わせまして、まず生徒たちの生活が、学校での学びが正常に戻るような取り組みをしていきたいというふうに考えております。
Q.今回の事故で生徒さんには女子生徒さんが亡くなられたということについてお伝えになっているのか。インターネット上でさまざまな言説が飛び交っているが、インターネットの使用等について何か生徒さんに呼びかけされていることはあるか。
西田喜久夫校長:まず、今沖縄にいる生徒たちに報告したかどうかということですけれども、これは報告をいたしました。私どもの教頭、それから学園の代表の方が、昨日の夜の時点では本来、民泊をする予定だった生徒たちがいたんですけども、なかなか民泊ではその生徒たちの心理的なケアも難しいということで、急きょホテルを取りまして、ホテルの方で集めました。
ただ、他の生徒たち、民泊をしてない生徒たちがいるホテルと同じホテルで部屋を確保することができなかったので、2か所に分かれて、教員も2か所の方に分かれてその生徒のケアをするというふうな形にしておりましたが、それぞれの場所で今回の事実に関しまして、生徒の方に報告をいたしました。
それとともにですね、心理的な部分でのメンタルケアの部分をするために、カウンセリングの担当の先生にも生徒たちに直接の呼びかけと、どういうふうな状況になった時にどういうふうに対応すればいいかみたいなお話もしていただきました。それが今、生徒に対して言っている状況でございます。
Q.亡くなられた女子生徒さんが乗っていたのは「不屈」の方で、これは最初に転覆した方なのか、救助に向かった方なのか、どちらか分かっていたら教えてほしい。
西田喜久夫校長:そこに関しまして、ちょっと私は今把握しておりません。
Q.船長の金井船長はどちらに乗っていたのか。
西田喜久夫校長:その女子生徒が乗っていた方と同じ方に乗っていたというふうに聞いております。
Q.現地の教頭先生から学校が第一報を受けた後に、お母様も学校にいらっしゃってるということだが、ご遺族の方、ご家族にどのようにお伝えになったのか。
西田喜久夫校長:ちょっとここの部分がよく分からない部分ではあるんですけども、多分状況から申しますと、海上に行かずに浜に残っていた生徒の誰かがこういう事故の発生のことを自分のお母さんに連絡をし、そのお母さんからその生徒さんの方に、亡くなった生徒のお母様の方に連絡が行ったのかなというふうに思います。私がそのご本人の死亡の情報をつかまえる前に、お母様は学校の方に来ておられましたので、私が直接対応して、お母様の方に状況をお伝えいたしました。
Q.まずお母さんに入った第一報、学校に来られて、亡くなられたことを伝えたのは校長先生か。
西田喜久夫校長:はい。
Q.後発隊で浜に残っていた生徒さんたちはその後の予定されてた水族館などには向かわずにホテルで待機されていたということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.亡くなられた生徒さん、けがされた生徒さん含めて全校生徒の皆さん、その家族、保護者の方々が、数ある学校の中から同志社国際を選んで、安心して信頼を寄せて通わせていらっしゃったと思うが、こういった事故が起きてしまったことについてどうお考えか。
西田喜久夫校長:本当に保護者様、それから私どもを選んでお越しいただいてる生徒の皆様に対して、こういうふうな形での事故が発生してしまいましたこと、またそこの部分に関しまして、私どもの方に何か至らない点があったのかもしれないということ、現在の状況に関しまして、まず学校としてお詫びを申し上げるのと同時に、今後こういうことを二度と繰り返さないように法人とも協力いたしまして体制を整えていくのと、できる限り保護者の皆様、生徒の皆様に寄り添う形でケアを今後も続けていきたいというふうに考えております。
Q.出発し戻ってくるのが1時間だと思っていたっていう話だったが、1時間は予定に組み込まれていたのか。あるいは教員の方の認識としてあっただけなのか。出発した時刻は書かれてないが、大体いつ頃に船が出発したのか。
西田喜久夫校長:そこでの現場でのやり取りを聞いた形では、多分10分とか長くても15分、到着してからというふうに思います。辺野古に本体が到着しましたのが予定通りですと多分9時でございます。そうずれる形ではなく到着してるというふうに思いますので、そうすると9時15分前後には港を先発隊の方は出発したのではないかなというふうには思います。
Q.基本的には船長とやり取りして動線、計画を進めていた、その中で署名のやり取り、契約、何か取り決めを文書で交わしたりはされていたのか。
西田喜久夫校長:多分、文章での契約という形では交わしていないと思います。こちらの方から依頼文みたいな形のものは多分送っているかとは思いますけども、それだけかなとは思います。
Q.双方が何か名前を入れる形ではないのか。
西田喜久夫校長:契約を交わしてるわけではございません。
Q.けがをされた方、治療中の方もいらっしゃるということだが、この方も含めて今日帰ってくるのか、どういう予定か。
西田喜久夫校長:亡くなりました1名以外、全員が今日、こちらの方に戻ってくる予定でございます。
Q.ニュースが流れてから学校の方の対応、研修旅行の予定についていろんな意見がSNS等で飛び交ってると思うが、学校としてそのような意見をどういうふうに受けているか。学校に対して直接、メールなり電話、学校関係者以外の人から、抗議はあったか。
西田喜久夫校長:そういうメールでありますとか、電話とかも何件か学校の方に届いております。数件程度です。お叱りの部分に関しては、電話であって、どういうことなんだとかいうふうなものはそこそこ件はございますけれども、いわゆる過激な形でのものっていうのは、そんなにはないというふうに。
Q.過激なものも中にはあったのか。
西田喜久夫校長:そうですね。ちょっとなかなか、強いお叱りのあったものもございます。
Q.どういった内容か、方向性も教えてほしい。
西田喜久夫校長:学習のあり方っていうのが果たして正しいのかどうかであるとか、そういうふうな部分ですね。政治的なものがあるんじゃないかみたいなものであるとか。
Q.数件程度、電話なりあったけれども、その中の一部にそういった強いものもあったということか。
西田喜久夫校長:はい、ありました。
Q.亡くなられた生徒さんのお母様がご確認されたのは昨日ということでいいか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.船の下見に関して、今年は乗らず辺野古に行ってもないということか。
西田喜久夫校長:ちょっとそこの部分に関しては、今ちょっと間違ったことをお伝えできないので、詳細はちょっと確認をしておりません。今年に関しては、その訪問をした折に金井先生もお会いをしてないというふうには聞いております。お電話の方で、向こうのご事情でその時におられなかったということで。
Q.では最低限その船には乗ってないということか。
西田喜久夫校長:はい。
Q.亡くなられた生徒さん、船長が乗っていて船は。
西田喜久夫校長:先ほどもちょっと申しましたように、そのどちらの船に乗ってたかっていう部分に関しては、ちょっと私も情報がいくつか入ってきておりまして、正確にちょっと船の名前まで分からないのが実です。ただ、ある情報として「不屈」の方に乗っていたというふうな話がありましたので、先ほどそういうふうにお答えさせていただきましたけども、そこの部分に関して私もちょっと自信がございません。
Q.金井牧師とのつながりに、時系列的にいつ頃ぐらいから同志社さんと金井さんとでやり取りがあったのか。
西田喜久夫校長:本校と金井先生の間でのつながりということに関しますと、もう本当にごく最近かなというふうに思います。ただ、先ほど申しましたように、キリスト教主義の学校で牧師先生で、ということで、非常に有名な方でもありましたので、そういう中で私どもの教員の何人かが接点を存じ上げていたというふうなところがスタートだとは思います。
Q.具体的にどんな科目を教えておられる先生なのか。
西田喜久夫校長:例えばということで申し上げます。例えば聖書を教えている教員とかいうことございます。
Q.例えば現代社会だったりとか、そういう先生は絡んでおられるか。
西田喜久夫校長:私が知る範囲では絡んでいないといいますか、つながりはないと思います。
Q.沖からその辺野古を見るという目的になってるが、他にも船会社は無数に沖縄なのであるかと思う。どうしてその金井さんと最初にジャッジをしたのか。
西田喜久夫校長:ここに関しましても、先ほど少し申し上げましたように、そもそも辺野古の中で研修をしてるんですよってお話をさせていただいた時に、こういうふうなこともできるよっていうふうなお話があったっていうところがスタートラインで、その段階で私どもとしてはその他の選択肢っていうところになかなか思いが至らなかったというのが事実だと思います。
Q.学校法人のリスク管理の面で、個人的なつながりでお願いするよりは、ちゃんとそうした会社さんにお願いした方が安心できると思うが、どうしてその個人的つながりを優先されたのか。
西田喜久夫校長:今おっしゃったことは本当にその通りだと思いますが、もう少しそのリスクの部分を十分に検討すべき内容だったんだろうと思います。ただ、なぜそうしなかったのかっていうところに関しては、実際なぜかっていうところに関してちょっと分からないんですけれども、今までのそのつながりの部分での安心感、それからご説明いただけるというふうな安心感が1番初めにあったのかなというふうには思います。
Q.経緯は後第三者委員会を通して明らかになるところもあるかと思うが、設置のめどについてだけでも、まずいつ頃か、今月中なのか、来月のどこかなのか。
瀧英次常務理事:今月中をめどに立ち上げたいというふうに思っております。
Q.来週の保護者説明会以降ということになるのか。
瀧英次常務理事:その辺も含めて、国際中高と話をしながらできるだけ速やかに対応していくっていうのが大事だと思っております。
Q.危機対応と法人の対応、マニュアルとして規定しているわけではないかと思うが、事業計画書を拝見すると、「緊急対策規程」、あるいは「危機管理規程」みたいなものを規定してると思う。この警報時の対応と緊急警報時の対応はどうなるのか。
柳井望法人事務部長:法人事務部長の柳井と申します。法人では「緊急対策規程」というのがありまして、学校法人の規程です。ご参考までに、その対策本部の構成メンバーは、総長、理事長、常務理事、常務理事っていうのは5人いらっしゃいます、大学、女子大学、そして有識者というか、そういう形で、そのもとに各学校が緊急対策本部を設けると、そういう立て付けになってます。
Q.そうしますと、先ほどおっしゃっていただいた学校生活のマニュアル冊子及び「緊急時の対応について」という文書、こちらの位置付けは、法人全体の法的な内容、それとも同志社国際中学校・高等学校の中だけで共有するものか。
柳井望法人事務部長:法人の中で通用するということではなくて、それぞれの学校で状況も違いますので、それぞれの学校が規定をしている文書っていう形になります。
Q.公的に、学校としての内規、それとも単に認識を共有しているだけということか。
柳井望法人事務部長:それぞれの学校で学校危機管理マニュアルを制定しているということで、その中で今校長先生がおっしゃったのは、その中の細則で、生徒の生活ハンドブックであるとかいうことは各学校でまたその下に規定をしているということです。危機対応に関しては、各学校危機管理マニュアルというのは作成しているという前提です。
Q.先ほどのご質問の中では、警報は中止で、注意報は現場判断というようなことは明文化されていないという。
西田喜久夫校長:先ほど申しましたように、本校が出している文章「警報時の取り扱いについて」という文章があるんですけども、この文章に警報が出れば学校休みになりますとかいうふうな規定が書かれています。警報が出れば休みになりますって書いてますけども、警報が出てない時にはどうかっていうのはもちろんその規定の中には書かれていない状況になります。
その中で、例えば外部でいろんな課外活動をしたり、もしくは部活動で外部に出ていたというふうな場面が学校教育の中では多々あるんですけども、そういう場面の中ではですね、警報が出てないから必ずやるとかいうことではなくて、例えば警報は出てなくて注意報だけど、この後警報に変わってくるよねというふうな可能性があれば、現場判断として注意報でもやるやらないをやっぱり決めなければならないですし。
逆に警報も注意報も出てないけれども、今この状況で非常に暑い状態が例えばあって、それ以上活動続けられないよねっていうふうなことがあれば、活動を中止するというふうな判断もあります。ですから、警報が出てないところに関しては、それぞれの現場の判断が優先されるという形になると思います。
Q.「警報じゃない場合は現場に任せます」ということ自体は明文化がされてるのか。
西田喜久夫校長:警報が出ればこうですよっていうのは明文化されてますけど、警報が出てない時にはこうしますよっていう明文化はないです。
Q.民泊は普通のホテルを使ってはだめなのか。民泊をどういう前提で選んでるのか。関係者の方、生徒さんの関係の方々からメールが来て、結構思想が強いみたいなことをおっしゃる方がいる。
西田喜久夫校長:民泊先に関しましては、読谷村の方で提供していただいてる民泊のグループがあるんですけども、そちらの方にお願いをしてやっております。
どういう方がその中におられるかっていうことに関しましては、実際に私どもが全部は把握してるわけではなくて、今までの過去に行った生徒たちが、こういうふうな家だったというふうなことをいろいろ情報としては聞いていることもありますので、中には、ちょっとここの家庭に関しては難しいですというふうなことを、次年度に向けてお願いをしてるようなことも過去ございました。
Q.それはちょっと極端すぎるみたいな趣旨か。
西田喜久夫校長:そうですね。
Q.資料に保護者説明会が3月24日に予定とあるが、これは何時から開催なのか。
西田喜久夫校長:それに関しては今のところまだ未定でございます。
Q.平和教育で2015年頃から平和教育の一環としてとあるが、これは2015年でいいか。
西田喜久夫校長:少なくとも学校で今確認をできる資料では、2015年に辺野古の方に行かせていただいてるのは間違いございません。
Q.その時は船には乗っておらず、浜から見学、船に乗るようになったのは2023年からか。
西田喜久夫校長:そうですね。
Q.生徒が亡くなったことを伝えた日、昨日の夜に、これは先生から生徒に、2つのホテルでそれぞれ伝えたという認識でよろしいか。
西田喜久夫校長:はい、そうでございます。
Q.それはどのぐらいの方が、どういった立場の先生がされたのか。
西田喜久夫校長:教頭と、それから今回引率をしておりました本体に引率をしておりました研修旅行団長の教員が伝えております。
Q.その時の生徒の反応は、校長先生はどう承知になっているのか。
西田喜久夫校長:すでに事前に情報をキャッチしてる生徒たちもおりましたので、そういう意味では、正しい事実をしっかり伝えるってことと、精神的な部分でのケアをしっかり学校でやるよというふうなことを伝えるための連絡だったんですけども、やはり泣き出したりする子もおりました。
Q.泣いてしまった生徒のほかには、どういう生徒がおられたと承知しているか。
西田喜久夫校長:なかなか食事が喉を通らない生徒であるとか、ホテルでの宿泊になっておりますので、その夜に部屋で寝る状況がつらいというふうに言って、他の特別の部屋に入り込んだ生徒がいるというふうな話は聞きました。
Q.保護者説明会があった後、また改めて会見を開いていただく予定はあるのか。
西田喜久夫校長:今のところは予定しておりません。
Q.船の登録制の話、国交省の登録制になっているということ自体をもうそもそも把握していなかったということなのか。
西田喜久夫校長:そういう制度があること自体は了解はしておりましたけども、それに該当している船かどうかということに関しては把握をしておりませんでした。
Q.当時の引率のお2人、現場にいらっしゃったその2人は、波浪注意報が出ていることは認識していたか。
西田喜久夫校長:どの程度それを認識してたかっていうことに関してはちょっと分からないですけど、スクールの教頭は朝の時点で全員の教員のところで情報は共有してるかと思います。
Q.危機管理マニュアルはいわゆる学校保健安全法に基づくものという認識でよくて、各学校で定めているものか。策定済みだったということだが、事前対策、現地の状況把握の十分な確認であったり、生徒からの報告体制とか緊急連絡体制を整備、その対応マニュアルに沿った対応ができていたと考えているのかどうか。
西田喜久夫校長:基本的には、そのマニュアルの項目に関して実行していたというふうに認識をしております。ただ、先ほど申しましたように、実際にこういう形で事故が起きてしまったというふうなことを考えますと、どっかに抜け落ちがあったのではないかというふうに今は思います。
Q.今回どういう船に乗るのかを生徒や保護者にどう伝えてたのか。抗議船という言葉は使ってませんということだが、基地に対して反対している人がいる、その抗議活動に使う船に乗るということ、抗議という直接的な言葉は使っていないけれども、生徒にお示ししていたということか。
西田喜久夫校長:はい。生徒はその部分に関しては理解をしてると思います。
Q.保護者への説明はその辺りどこまで伝わってるという整理でよかったか。
西田喜久夫校長:保護者に関して、本当にどこまでそのことが伝わっていたのかっていうのは、今思えば、もしかするとちょっと怪しいのかなというふうに思います。
ただ、辺野古のボートに乗って見学をするっていうところが、政治的な立場とか思想であるとか、そういうものを生徒に強要するものではないというふうな言い方をしておりますので、そういう立場の方々が乗っている船であるというふうな認識は、一部の少なくとも保護者の方々はしていただいたのかなというふうには理解してます。
Q.金井牧師、今回キリスト教の関係でつながりがあってということだが、牧師として、また協議会の活動してる方ということも認識した上での今回お願いということか。
西田喜久夫校長:金井牧師に関しましては、沖縄でそういうふうな形の基地反対の運動をされてるっていうことはかなり有名な方でございました。ですから、もちろんそういうふうな運動に関わってる方であるということは、初めの段階で知っていたというふうには思います。
Q.金井牧師との信頼関係の中で今回の活動が成り立っていたということだが、何をもって長年の関係なのか、何をもってこの方のおっしゃることなら信頼したのか。
西田喜久夫校長:牧師とは、先ほど申しましたようにご挨拶をしたぐらいの関係ですので、そこの部分に関して今私が十分にご説明できるだけの情報を持ち合わせていないのが実際のところでございます。ただ、それこそ長年のお付き合いの中で、担当の教員といいますか、その先生と関わってこられた教員が、信頼できる方というふうに考えられたのかなというふうに思います。
Q.亡くなった女子生徒が違う船に乗っていたか、自信がないということか。亡くなった生徒が船長と同じ船に乗っていたかどうかは。
西田喜久夫校長:私が聞いている情報としましては、同じ船に乗っていたというふうに聞いております。
Q.ということは「不屈」ということか。
西田喜久夫校長:と思うんですけれども、先ほど「平和丸」の方ではないかという話がありましたので、ちょっと私もその辺は自信を持ってこうだというふうに言えない状態でございます。
Q.どなたの情報なのか。
西田喜久夫校長:同じ船に乗っていたっていうのは、周りの証言の中であったお話でございます。
Q.生徒からということか。
西田喜久夫校長:はい。複数の方だというふうに私は認識ではないかというふうに思っていた、ということでございます。