菅直人元首相の妻・伸子さん(80)が語る「やっぱり『おじさん政治』だけじゃまずいんですよ」

 “首相の妻”として、2010年6月から約1年3カ月、さまざまな役割を担ってきた菅伸子さん(80)。政治談議が飛び交う家庭に生まれ、津田塾大と早稲田大を卒業。菅直人氏(79)との結婚後は、専業主婦として暮らしていた。だが、夫の政治家への転身をきっかけに、「菅直人を売って歩くこと」が家業だと考えるようになった。地域を歩き、多くの女性たちの声を聞くなかで、時代の変化をどのように捉えたのだろうか。(全2回の1回目/つづきを読む)

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――1945年、岡山県に生まれた。父は医師で、母は町議会議員。家庭では政治談議が飛び交っていた。

 母は大正生まれでしたから、女学校を出るとすぐに「嫁」に行きました。本当は大学に進みたかったんです。でも、22歳を過ぎた女の人には、後妻の話しかない時代。そこに憤りがあったのだと思います。

 それもあってか、「女の子だから」と言われたことが一度もないんです。きっと母が、「女に生まれて損した」と思っていたからでしょうね。勉強しろとは言われたけど、お手伝いをしなさいとは一度も言われませんでした。母はすごく強くてね、もし今の時代に生きていたらもっと激しい人だったかもしれない。

――高校卒業後は、私立女子大の最高峰とも呼ばれる津田塾大学の英文学科に進学した。3年生の終わりごろから、いとこだった菅直人氏の両親が持つ三鷹の自宅で、菅氏、菅氏の姉、伸子さんの3人で暮らし始めた。津田塾大を出て、早稲田大学に学士入学。70年に卒業し、その年の冬に菅氏と結婚する。

 母親は、「女の子であっても、したいことは何でもすればいい」という考えの人。私が「大学卒業後はすぐに結婚したい」と言うものだから、理解ができないって嘆いていましたね。

 なぜって、働きたくなかったんです。朝から新聞を読むのが好きで、「9時5時」で働くとそんな時間も取れないでしょう。

 同級生のなかで、就職せずに結婚したのは私ともう一人だけでした。津田は、女子学生も働くんです。地方に帰って、学校の先生になる人も多かった。「先生」という職業は、割に男女差が少ないし、どの地域でも必要とされているから。

 大学まで行かせてもらいましたから、「肩身の狭さ」みたいなものは感じていました。社会に貢献していないというか、お金も稼いでいないし、まずいのかなという気持ちはありました。

――夫である菅氏は、弁理士として働いていた。だが、当時政界を引退していた市川房枝さんを呼び戻したいと、市民運動を始める。76年には菅氏も衆議院選挙に無所属で出馬。落選が続いたが、80年の衆院選で、選挙区1位で初当選する。

 最初の選挙のとき、長男は4歳になったばかり。2回目の選挙は、私のおなかには次男がいました。その後も子育てに手いっぱいで、手伝えることもなかった。でも、4回目の選挙で当選したときに、秘書の方が「私が運転するから、伸子さんも一緒に名簿を回りましょう」と言ってくれたんです。

 名簿というのは、支持者の方の名前が載ったリストです。そこを一軒ずつ訪ね歩くなかで、「選挙って家業だ」と思ったんです。共稼ぎとまではいかないですけどね。八百屋のおかみさんなら、お店で野菜や果物を売っているでしょう。だから私の家業は、「菅直人」を売って歩くことなんだなと思うようになりました。

■犬にかまれたことも

――思い描いた専業主婦の生活からは程遠かったが、抵抗感はなかった。

 名簿に載っている人ですから、ピンポンすれば出てきてくださって、話ができる。社会とつながったと感じたし、本当におもしろかったですよ。

 そうそう、犬にかまれたこともあるんです。門が開いていたから、中に入って玄関まで行ったら、犬が野放しになっていた。よく見なかったのがいけないんです。他には、「菅直人なんて大嫌いだ」って怒鳴られたりもしました。おもしろいでしょう。

 そう思えたのは、選挙区に恵まれたからでしょうね。田舎はね、投開票まで結果が読めない。「まあまあ、どうぞ」と玄関で話を聞いてくださるけど、応援しているかどうかは別です。都会の方は話をしているときに、応援してくれるのかダメなのかがなんとなくわかるんです。

 一番良かったのは、訪ねていけばそこから広がっていくことでしょうか。選挙区の入った名刺を持って、「このなかにお住まいの人がいたら教えてください」とお願いすれば、近所の人を紹介してくれる。中選挙区のころは大変でしたよ。なにせ15市あった。今は3市ですけどね。とても全部回りきれなくて、期間中、1市に1度入れるかどうか。今考えるとめちゃくちゃな選挙をしていましたよね。

 掲示板にポスターを貼るのも一苦労でした。両面テープなんてなかったから、ハケとのりを使うんです。それだけではすぐに剥がれちゃうから、四隅をがびょうで留めてね。ある議員のポスター貼りを頼まれたときは、高い位置で手が届かなかった。他党の人が来たから、「うちのも貼ってちょうだい」って。おおらかな時代でした。

――96年に民主党が発足。菅氏が鳩山由紀夫氏と共同代表に就任したことで、伸子さんの役割も大きく変化する。

 菅さんは他の候補者の応援に行かなければならず、自分の選挙区に選挙期間中、3時間くらいしか入れなくなった。そのとき、初めてマイクを持ったんですよ。これがまたおもしろかった。

 だってね、好きなことを言っていいんです。悪口だって言えますから(笑)。車の速度に合わせて呼びかけを変えて、信号で止まったときは名前を連呼せずに政策を伝える。そんなふうに工夫して、蓄積していくのも楽しかった。

――当時を知る人は、このときに伸子さんの「菅直人を売り込む才能」が開花したと振り返る。

 とにかく売らなきゃいけないからね。演説も地元回りも、同じことをしゃべるから、くたびれるんですよ。でもそういうふうにしていると顔見知りが増えて、今度は向こうから事務所に来てくれたりする。やっぱり人はつながっていくんです。

■辻元さんには頑張ってもらいたい

――政治の世界に足を踏み入れ、半世紀が過ぎた。多くの市民と接するなかで、女性の意識に変化はあったのだろうか。

 私の母親は、「女が新聞なんて読むもんじゃない」と叱られていた世代。女性に選挙権なんていう感覚もなかったんじゃないかと思うの。「女、子ども」は政治に関心を持たなくていいという風潮がありましたよね。

 そのなかで市川房枝さんのように、「おかしい」と声を上げる女性が出てきました。だから、女性の首相が出たのは画期的だと思う。女性政治家はもっと増えたほうがいいですよ。

 菅さんが公的介護保険制度の創設に尽力していたときに、特にそう思いました。それまで介護は「女のもの」で、妻か娘が担うという空気があった。でも、これは立派な社会問題です。今は女性が働き出したこともありますが、介護にフォーカスが当たるようになったと思います。

――1月の衆院選では、立憲民主党と公明党が立ち上げた新党「中道改革連合」の面々が男性一色だったとも指摘された。一方で自民党は、高市早苗氏(65)を筆頭に小野田紀美氏(43)、鈴木貴子氏(40)など女性議員の存在感が目立った。

 やっぱり「おじさん政治」だけじゃまずいんですよ。かといって、女の人が出りゃいいってもんじゃないし、難しいね。辻元(清美)さんには頑張ってもらいたい。あの人はすごく上手ですよね。人柄も素敵な方だと思う。

 でも、(中道が)リベラルじゃないと思われたら、おしまいですね。何よりネーミングセンスがゼロでした。

――中道が苦戦した裏側で、安野貴博氏(35)が率いるチームみらいなどの若手政党が躍進した。

 私は安野さんやチームみらいのことはよく知らないんです。新しい政党には疎くて、参政党のこともあまりわからない。でも、そうやっていろんな政党が出てくるのは、政治への関心が高まることにもつながると思う。自民党や中道のような一部の政党だけで選挙をしていても、「何だろう」と引いてしまう層がいることは事実だから。

――菅氏は2024年10月に政界を引退。25年8月1日、大腿骨の転子部を骨折して入院し、認知症を発症したとも報じられた。だが、伸子さんはこう笑い飛ばす。

 要介護3だって言われたことが独り歩きして、みんな「大変ね」って言うけど、そんなことないのよ。脚の手術直後のリハビリ入院中で一歩も歩けないときに介護認定を受けたから、介護度が高くなっただけなの。入院中は一人で過ごす時間が長くて、ちょっと認知がひどくなったりもしたしね。

 今は杖をついてだいぶ楽に歩けるようになったし、お昼に一人でラーメンを食べに行ったりもしていますよ。次の認定のときにはガッと下がると思っています。

 最近は、週2回朝9時にデイサービスへ行ってリハビリをし、お昼を食べて3時半くらいには帰ってきます。世間話が苦手ですぐに政治の話をしちゃうから、おとなしく過ごしているようです。

■「菅直人のそっくりさん」として生きていた

――人生の大半を政界で過ごした菅氏にとって、世間は「政治」のなかにあるのかもしれない。

 そう、世間は政治なのよ。入院していたリハビリ病院には患者さんやお見舞いの人が談笑できるスペースがあって、いつも女性たちが集まっていたんです。菅さんがそこを通りかかったら、「ほら出てきたわよ、そっくりさん」ってヒソヒソ話が聞こえてきた。菅さんは病院では、「菅直人のそっくりさん」として生きていたよう。でも、介護保険があって本当によかった。

――今年、伸子さんは81歳、菅氏は80歳を迎える。

 いつまで生きるかは、お互いわからないわね。私も80になって、いよいよ死ねる年になったって思う。そうそう、菅さんはね、お酒が好きなの。今も毎晩飲みます。でもベロンベロンにはならないし、次の日にも残っていない。肝臓の数値だけはすごくいいんです(笑)。

(構成/AERA編集部・福井しほ)

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