イラン攻撃、日本の武器輸出解禁は「新たなファシズム」の予兆か? 政治学者・山口二郎氏が危惧する時代の空気感とは

■歴史修正主義との共通の特徴, ■本の題名に表れた危機感, ■日本におけるファシズムへの入り口, ■「現代版ファシズム」にいかに対抗するか

 国際法を無視した米国・イスラエルのイラン攻撃は、「力による支配」「新しい戦争」の到来を想起させ、日本でも軍事費増・武器輸出解禁の動きが活発化しています。日本を含めた世界のこうした出来事をどう受け止め、どのように捉えればいいのか。

 政治学者の山口二郎氏は、「20世紀前半の教訓を学ぶことの重要性を、今こそかみしめなければならない」と強調します。最新刊『現代ファシズム論』(朝日新書)から一部を抜粋・再編集してお届けします。

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■歴史修正主義との共通の特徴

 2010年代中頃から、ファシズムをめぐる議論は大きく変化してきた。きっかけは、2016年に起きた2つの事件であった。この年の6月、イギリスでは、国民投票の結果、51.9%対48.1%の僅差で、EU(ヨーロッパ連合)からの離脱が決定された。さらに、11月のアメリカ大統領選挙では、ドナルド・トランプが304人の選挙人を獲得して勝利した(得票率では、45.9%)。人々が「常識」では考えられないような非合理的な選択をしたことに、識者やジャーナリストは衝撃を受けた。

 国民投票で自滅的な選択をしたこと、人権を否定する粗暴な男を選挙で勝たせたこと(ヒトラーは選挙で総統に選ばれたわけではないが、自由な議会選挙で彼の政党が第一党になったことは確かである)は、いずれも1930年代のドイツで起きたことである。

 ここで起きた変化は、従来の代表民主主義という制度そのものに対する不満、不信の高まりと、従来の政治舞台の外側にいたアクターが既存の政治そのものを否定するような言説をまき散らして支持を集めるという現象である。

 その代表は、ドナルド・トランプやイギリスのEU離脱のシンボルとなったナイジェル・ファラージという政治家であり、ドイツの「ドイツのための選択肢」、フランスの「国民戦線」(現在の「国民連合」)などのポピュリストと呼ばれる政党である。

■歴史修正主義との共通の特徴, ■本の題名に表れた危機感, ■日本におけるファシズムへの入り口, ■「現代版ファシズム」にいかに対抗するか

 これらの政治家、政党は、20世紀後半に定着した政治の約束事を嘲笑し、否定する点に共通の特徴を持つ。意図的に虚偽をまき散らし、白人以外の人々や少数派を差別し、敵とみなした人物に対してその尊厳を否定するような攻撃を行う。また、欧米諸国がかつて奴隷制や植民地主義で多くの人間を差別、抑圧した歴史や20世紀における全体主義国家の罪を否定する、歴史修正主義も共通の特徴である。

■本の題名に表れた危機感

 そこで、学者や有識者は、民主主義の危機を明らかにし、人々に警鐘を鳴らすような本を書いた。たとえば、ビル・クリントン政権の国務長官を務めた、マデレーン・オルブライトは、『ファシズム』(みすず書房、2020年)を著した。彼女は、外交官だった父の下に1937年にチェコスロバキアで生まれた。幼少時、父は家族を連れてナチスの迫害からロンドンに逃れ、戦後母国に戻ったが、共産党支配の成立に伴いアメリカに亡命した。

 彼女は、トランプ政権の誕生という衝撃を受けて、自分の人生を振り返って、自由と民主主義がいかにもろく、また、いかに大切かを説いた。本の題名にファシズムという言葉をそのまま使ったことは、彼女が人生の最後で感じた危機感の表れである。

 比較政治学者のスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットは、『民主主義の死に方』(新潮社、2018年)という本を著し、民主政治の崩壊過程を様々な事例から抽出し、アメリカにとってもそれが他人事ではないことを力説した。この本についても、「死に方」という言葉を題名に入れたことから、著者の危機感が伝わってくる。

■日本におけるファシズムへの入り口

 日本でも、2010年代後半から2020年代にかけて、ファシズムというテーマに関する本が次々と出版された。あとで論じるように、トランプが実行したような権力の濫用や私物化については、第2次安倍晋三政権の日本こそが先行事例であった。したがって、同時代の日本政治を観察する識者は、ファシズムという概念を使うことが有効であると感じるようになった。私自身は、2019年に『民主主義は終わるのか』(岩波書店)という本を書いた。ただ、この時はまだファシズムという言葉を使うという発想はなかった。

 また、同年、評論家の佐藤優は思想史家の片山杜秀との対談本の中で、次のように述べている。

「世界をファシズムという妖怪が徘徊している。アメリカのトランプ大統領もロシアのプーチン大統領も中国の習近平国家主席もこの妖怪に取り憑かれている。わが日本の安倍晋三首相にもこの妖怪が取り憑き始めている。」(『現代に生きるファシズム』小学館、2019年)

 ちなみに片山は、同書の中で、戦前、戦中の日本の指導者がイタリア、ドイツを模倣してファシズムを樹立しようとしたが、超越的な権力の存在を許さない天皇制がそれに対する歯止めになったし、さらにそのことは現代日本にも当てはまると述べている(同書、26ページ)。しかし、皇位継承の継続可能性が危ぶまれる事態となり、天皇制の在り方自体が政治のテーマになりつつある今、天皇制の改変(たとえば元皇族男性を天皇家の養子にすることを可能にする)に伴うファシズムの樹立の可能性も存在する。

 2010年代以後の民主政治の混乱、あるいは社会における少数者への差別や抑圧などの現象を見れば、もはや先進国はファシズムの入り口に来ていると感じることにも十分理由はある。

■歴史修正主義との共通の特徴, ■本の題名に表れた危機感, ■日本におけるファシズムへの入り口, ■「現代版ファシズム」にいかに対抗するか

■「現代版ファシズム」にいかに対抗するか

 あとでも説明するように、政治学者はファシズムという言葉を現実の政治を論じる際に使うことについて、極めて慎重であった。この言葉は、特にかつての共産主義国で、権力闘争の中で敵を罵倒する際に安易に使われる道具だったからである。しかし、2020年代の今、民主政治が危機に瀕していることは、極めて多くの政治学者が共通して認めている。

 たとえばホロコーストのような90年前の過去の出来事が、そのまま繰り返されることはあり得ない。それにしても、政治の現状について、どこがファシズムと重なり、どこが異なるかを論じることが必要になっていると思われる。民主政治の深刻な病状を理解し、その崩壊に対する危機感を共有するためには、政治学者もファシズムを分析概念として使うことを躊躇できる状況ではない。

 本書では、第2次世界大戦後の民主政治が、どのような前提条件のうえに、いかにして形成されたかを明らかにしたうえで、1990年代以降のグローバル化、情報革命の中で民主政治がどのように崩れていったかを振り返る。そして、民主政治の動揺がどのような意味でファシズムへの接近をもたらしているかを考察したい。最後に、現代版のファシズムに対抗し、人間の尊厳と自由を守るために何をなすべきか、考えてみたい。

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